第二百三十六話 ~留守景宗~
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新年初投稿になります。
<天文十六年(1547年)十二月 陸奥国>
「て、敵襲じゃとおっ!?」
見張りの兵からの報を受けた留守景宗は目を見開いた。
宇都宮軍の尖兵が突如として陸奥白川城へと進軍してきた。その数凡そ五千。
いつかは攻めてくると想定してきたとはいえ、先日の戦から間を置かずに攻め入ってきた敵に虚を衝かれた陸奥白川城を守る留守景宗は慌てて籠城の構えに取り掛かった。
「城を固めよっ! か、各地へ伝令をだせ! 一大事じゃぞ!!」
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<天文十六年(1547年)十二月 陸奥国南部 白河郡 陸奥白川城 評定の間>
ガチャリ!
大袖に折れた矢が刺さったまま評定の間に現れたのは伊達家庶流大條氏六代当主大條宗家だった。厳しい顔を崩さない兄留守顕宗から酒入りの瓢箪を受け取ると、宗家はカラカラに乾いた喉を潤すが為に酒を一気にグビリと飲み干した。その後、首をだらりと垂れ、俯いたままに声を発した。
「父上。宇都宮軍は攻め続けております。これで三日連続です……」
「我らは気力で持ちこたえておりますが、このままでは持ち堪えられませぬ……」
意気消沈しかけている二人の将。そこへ城主代理の鋭い声が飛んだ。
「泣き言を言うでない! 泣いて変わるなら儂もいくらでも泣くわい!」
彼らの親であり陸奥白川城城代である留守景宗は唾を飛ばし、半ば自暴自棄になりながら二人の息子を叱り飛ばした。
「相手に気圧されるな! 粘り強く守れば援軍は来てくれようぞ!」
「そろそろ着いてもいい頃なのでしょうが……」
事実、宇都宮軍の侵攻を知った留守景宗は援軍の要請の早馬を各地に飛ばした。陸奥国の一大勢力伊達家を束ねる伊達晴宗、陸奥国南部の領主として治政を行う越後国揚北衆の重鎮色部勝長、武名名高い勇将加地春綱へと急報は届いていた。三名とも援軍の打診を受けて兵を出そう動こうとしていた。
しかし、それは宇都宮軍に阻まれた。
伊達晴宗率いる軍は壬生周長率いる大軍に圧力を受け、色部勝長には芳賀高定が、加地春綱には上条定憲の別動隊がそれぞれに迫っていた。「白川城へ援軍を出したら攻める」という露骨な牽制。三軍は共に動くことができなくなっていた。
「宇都宮軍の力がここまで大きくなっていたとは…… 抜かったわ」
「大殿(羽茂本間照詮)の軍は?!」
「伊達晴宗殿と共におられる。だがおいそれと動くことはできまいて」
「攻められているのはこの城のみ。つまり、相手方の狙いはここですな」
「おのれ、稙宗め…… 伊達家の恥晒しがっ!」
景宗の読み通り、宇都宮軍の狙いは白川城だった。伊達稙宗率いる軍勢は城の弱点を衝きながら三方から兵を捨て石のように飛び込ませ、守兵達の体力を蝕んでいった。相手方に被害を与えていた稙宗の軍の勢いを増し、一両日中には城を落とす程までに高まっていた。
「陸奥国を護るはずの伊達家の者が、追放された腹いせに逆に攻め入ろうとするとは何たることかっ!」
「あの蛇蝎のような兄は昔から己のことしか考えておらなんだ! もう兄と呼ぶのも烏滸がましい! せめて刺し違えてもあ奴は倒すぞ!!」
「はっ! き奴の白髪首を切り落とし! その後は城の北を流れる阿武隈川に身を投げ、陸奥国の礎となりまする!」
「うむ! その意気じゃ!」
その時だった!
「「ウワアアアアアアアアアアッ!!」」
「「攻め込めエエエエエエエエえぇぇっっ!!」」
遂に伊達稙宗率いる宇都宮軍の総攻撃が始まったのだった!
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数刻後……
「む……、無念。ここまでか……」
留守景宗は戦の終わりを感じていた。
死を恐れぬ宇都宮軍の勢いは凄まじく、耐えに耐えていた門がいくつも破られたという報が次々と入ってきていた。
「景宗様! 今、東門は相手方の勢いが緩う御座いまするっ! 一刻も早く国主様と共にお逃げをっ!」
「む…… そうじゃな。勘助殿だけでも……」
毒矢の傷の癒えない陸奥国国主山本勘助。留守景宗は、酒飲み仲間であり盟友でもある片目の将だけでも戦場から逃がすことを考えた。
「よし、決死隊を組むぞ! 勘助殿の道を拓くのじゃ!」
それは景宗に出来るであろう最善の策だった。
だが、そこに弱弱しくも低く響く声が聞こえた。
「…… 『罠』であろう。景宗殿……」
「む、罠…… ?! か、勘助殿!!?」
白い鉢巻を頭に巻き、戦装束に身を纏った黒い眼帯の男。「佐渡四天王」の一人山本勘助が病を押して評定の間に現れたのだった。
「…… 攻め手を減らし、その先に兵を伏せ、儂が城から逃げるのを待ち構えておるのであろう…… いかにも伊達稙宗の弄しそうな策よ…… ぐぅっ!」
「勘助殿! 安静にしておらねばっ!!」
「ふっ…… 座して死を待つより、前に刃を受けて死ぬ方がましというものよ。我が子飼いの大砲隊は……?」
勘助の問いに、景宗は首を横に振った。
「既に弾も火薬も切れ、弓を持っておりまするぞ」
「最前線では、討ち死にも多く。鉄砲も……」
「…… 鉄砲も何丁も取られたか…… 殿に申し訳が立たぬな」
佐渡軍の強さの中核を為す大砲や鉄砲。それらが敵軍の手に渡ることは山本勘助に取って耐えがたい屈辱であった。
「無念だ。『蝶』となった殿と共に日ノ本を安んじる筈が…… それを見られなくなるとは。しかも佐渡軍の強さを保つ鉄砲まで…… 無念だ。誠に無念極まる……」
山本勘助は咽び泣いた。隻眼からは熱鉄の涙が止めどなく流れ落ちた。
「…… 醜悪な面相に片足の悪い儂を、ここまで導いてくれた殿には感謝してもし足りぬ。命は惜しくはないが、もうお役に立てぬのが無念じゃ……」
「勘助殿の子飼いの大砲隊が居らねば、ここまで持ちこたえることは出来ませなんだ。それにまだ負けと決まった訳ではありませぬ! 共に戦いましょうぞ!!」
留守景宗は精一杯の声を張り上げた。とても勝てる見込みはないと知っていても、声に出さない訳にはいかなかったのだ。
「…… 確かに。最後まで戦わねばな」
「ですぞ! 命を捨てるのは阿武隈川に飛び込めば容易い! ですがその前にやることがありまするぞ!
「そうだな。どれ、山本勘助晴幸、最期の働きを見せるとするか」
勘助の涙でぼやけた隻眼が眼下の戦場を見据えた。劣勢は明らかだと勘助は悟った。しかも門の外には新たな軍勢の影が見えた。
「新たな軍が見えるな。相手方の増援か…… 」
「『丸に一文字』、『一文字に三つ星』。あちらは『丸に橘』。…… はて、宇都宮軍にあのような紋があったであろうか……?」
「何!?」
死を覚悟していた勘助は、留守景宗の紋の名を聞いてカッと目を見開いた!
「景宗殿! 今の紋の名は誠であるかっ?!」
「えっ? 誠ですぞ……?」
「…… 『丸に一文字』『一文字に三つ星』『丸に橘』…… そうか。殿が動いて下さっていたのだな……」
「勘助殿?」
口元を緩めた勘助の笑みの意味を、留守景宗は理解できなかった。
直後、信じられない光景が広がった!
「ウワアアアアアッ!」
「勘助殿をお救いしろぉおおお!!」
「宇都宮軍、何するものぞ! つづけえええええええええッ!!」
何と先の紋を背負った軍が次々と伊達稙宗率いる宇都宮軍へと襲い掛かったのだ!
敵は城内のみと油断していた宇都宮の兵達は虚を衝かれ、次々と討ち取られていった!
突然のことに口をあんぐりと開けた留守景宗。
勘助の隻眼を流れる涙は、無念の涙から感涙へと変化していた。
「出羽の国人衆達です…… 砂越、寒河江、出羽清水……! 儂が出羽国主だった時に従ってくれた者達…… まさかここで来てくれるとは!!」
「あっ、ああっ?! ああああああああああっ!!」
留守景宗は思い出した。最上家らと共に出羽国にあった国人衆達を。
そして目を疑った。城が救われていくことに。消えかけていた生命の灯火が再び灯ったことに!
「殿が…… 殿が声を掛けてくれていたのだ。儂の為に、出羽の者達を雪の中をここまで……」
「何と! 大殿がっ!?」
「先の先を読んだのだのであろう…… 何たる才覚か」
勘助には確信があった。出羽から陸奥白河まで三日では届かない。味方の動き、敵の動き、先の先を読んだ羽茂本間照詮の恐るべき力に勘助は身震いした。そして低く濁った声を張り上げた!
「さあ、景宗殿、号令を。彼らと共に城を守り、伊達稙宗率いる宇都宮軍を破りましょうぞ!」
「お、応っ! 勘助殿!!」
留守景宗は、先程まで自らに刃を突き立てる為に握ろうとしていた皺だらけ手を、強く強く握った。
留守景宗は、伊達家第十三代当主伊達尚宗の次男として生まれました。長男は敵役として出てきている「洞の主」伊達稙宗です。嫡男を亡くした伊達一門である留守家第十五代当主留守郡宗の娘を娶り留守家を継いだとされています。
留守景宗は史実でも伊達稙宗と折り合いが悪かったらしく、「天文の乱」では稙宗の嫡男伊達晴宗側についたそうです。
人物像については資料がほとんど残っていませんが、本物語では鷹揚というよりは大仰といった感じでしょうか。
「留守」という字は、今では「いない」という意味で使われますが、元々は字の如く「留まって」「守る」。「主君が不在の城を守る」「後方支援をする」という意味だそうです。中国には未だにこの名がつく役職があるとか。江戸時代にも「留守居役」という藩邸を守る役職がありましたね。




