第二百三十五話 ~宇都宮尚綱~
<天文十六年(1547年)十一月 下野国 河内郡 宇都宮城 評定の間>
男体山から吹き下ろす「男体颪」と呼ばれる寒々とした風が下野国に吹き荒れる十一月。宇都宮氏当主宇都宮尚綱の居城「宇都宮城」での評定は、いつものように静かに始まった。
「で、では、評定を始める」
おどおどとした様子で評定の開会を宣言したのは、宇都宮家第二十代当主宇都宮尚綱その人である。年の頃は三十。だが背筋は曲がり、髪は薄く、覇気は関東をほぼ掌中に収めている者のそれでは到底なかった。
当主宇都宮尚綱は凡庸な人物であった。兄の第十八代当主宇都宮忠綱が那須家との戦中に討たれた後、跡を継いだ宇都宮興綱が家臣達に幽閉された為、僧として寺にいた所を無理やり還俗させられた。戦や政に興味は無く、それらを専ら筆頭家老壬生綱房に一任して放蕩の毎日を過ごしていた。
彼にとって極めて退屈な評定という催しを、尚綱はいつものように家老に一任することにした。
「あー、何からだったであろう…… 綱房?」
「では、僭越ながら某から。先月の陸奥国での戦においては……」
朗々と場を仕切り始めたのは筆頭家老の壬生城主壬生綱房だった。齢六十を迎える老練な男は、いつものように一切の淀みなく評定を取り仕切り始めた。弟の壬生周長は兄の一言一句に大きく頷き、有無を言わせぬ空気が評定の間を包んでいた。
「陸奥国の山本勘助は我らが放った毒矢を受け、白川城にて静養中とのこと。これを逃す手はありますまい」
「おお! そうじゃな! 兄者!」
「稙宗殿、いや、陸奥守殿! 再び攻め手をお願いいたしますぞ!」
壬生綱房に呼ばれたその人物。かつて陸奥国をほぼ掌中に収めた巨人。「洞の主」と呼ばれた男……
「ぐふふぅ、いよいよ白川城か! この期を待ち望んでおったわっ!」
『伊達稙宗』
元伊達家当主であり、婚姻や養子縁組を通じて蘆名家や最上家、田村家、相馬家などを乗っ取った男。出羽国須川にて羽茂本間照詮に一万の軍勢で立ち向かった「伊達稙宗」その人であった。年は六十を越えた頃であるが、深い皺と精力旺盛なその姿は陸奥国の王と呼ばれた覇気を十分に残していた。
息子伊達晴宗による反乱により国を追われ、娘婿の相馬家当主相馬顕胤を頼り行方郡小高城に身を寄せた稙宗は、その後関東で名を馳せている宇都宮氏の噂を聞き付け、陸奥国奪還の思いを胸に客将として宇都宮尚綱の元へ身を寄せていたのだった。
稙宗は、自信あり気に厚い胸をどんと叩いた。
「白川の城は儂にとっては庭のようなもの。勝手は十二分に熟知しておるわい。儂に任せておけい!」
「これは頼もしい! 兵などいくらでも用意いたします故、大戦果を期待しておりますぞ」
「うむ。三千程頂こう」
「心得ました」
稙宗は宇都宮城を取り仕切る筆頭家老の二つ返事にニタリと笑みをもらした。玉砕戦法が得意な稙宗は、先日の砦攻めと同様に力押しで陸奥国白川城に突っ込ませるつもりだった。
そこへ、
「お、お待ちくだされ!」
「む? なんですかな、高定殿?」
伊達稙宗の意図に気付き声をあげたのは、宇都宮家家臣で真岡城城主の芳賀高定という人物だった。
「恐れながら申し上げます! 先日の白川城南小屋山館砦を落とす際には、多くの民が戻らず犠牲となり申した! 日を置かずに更に三千もの民を徴兵するとすれば、村の仕事の担い手が無くなってしまいまする! どうかご一考を!」
「ふむぅ」
芳賀高定の言葉には説得力があった。
宇都宮氏が続ける戦において、兵達は罌粟の花を元にした「鴉片」と呼ばれる薬を飲まされることになっていた。それは気分を高揚させ戦意を大幅に向上させる代わりに、判断力が鈍ること、常習性があり正常な人に戻れないこともしばしばある薬だった。
大幅に進められる鉱山開発、罌粟の花の栽培、度重なる戦。下野国の民は大きく疲弊していた。
だが、
「高定殿のご意見は尤も。では、殿。如何為されましょうや?」
「…… ん? ああ、綱房に任せる」
「そうですか。なれば、兵は近隣の村から無理やりにでも搔き集めましょう。ここは血を流すことを恐れることよりも、機を逃す方が高くつくことでしょうから。それに、民などいくらでもおります故」
「ぬっ、…… 承知仕りました。殿の御下知であれば」
壬生綱房は、当主が自分の言いなりになることを知っていた。自分の一存ではなく当主が決定したこととすれば、誰も逆らえない。逆らえば処罰される。綱房はそのことを十二分に理解し存分に利用していた。
宇都宮氏筆頭家老は、もう一人の客将へと声をかけた。
「足尾銅山についてはどうなっておられますかな? 定憲殿?」
「イヒヒヒィ、極めて順調で御座る! 銅もたくさんたっくさん採掘されておるぞっ!」
異質な声を出した男。禿げた頭を布で覆い隠し、元あった顎鬚を撫でる仕草を続ける男……
『上条定憲』
先の越後の天下を決める「三分一ヶ原合戦」の首謀者。その後「佐越の戦い」において佐渡の内乱を画策するも脆くも狙いは瓦解、宇佐美定満に捕らえられ裸一貫で山へ放り出された男が、宇都宮氏に身を寄せ、鉱山奉行としてその力を奮っていた。
「イヒィ、小癪な佐渡の小僧と、憎き宇佐美定満を屠るまでは、この身を燃やしても燃やし尽くせぬ! 鉱山では民をやる気にさせる『鴉片』を飲ませ、いくらでも働かせておるわィ」
「ほほう、それは重畳。この綱房、定憲殿の働きに敬意を表します」
「何の何のォ!」
そう言うと定憲は顎に手をやった。だが、元あった顎鬚は生えなくなっていた為、定憲は黒ずんだ禿山を撫でただけだった。
下野国南西部で発見された足尾銅山では良質な銅鉱石が多数産出されていた。銅鉱石を精錬した銅は瓦状に固められて売られ、宇都宮氏の大きな財源となっていた。それは薬により不眠不休で働かされる民の労働と犠牲の上に成り立っていた。
「ヒヒヒ、硫砒鉄? という毒を含む石も多く出ておるが。これはまた綱房殿の館へ運べばよろしいか?」
「ええ。いい『毒』になりますからな。先に北条家当主を亡き者にした毒に」
壬生綱房は弟壬生周長に笑いかけた。
北条家当主だった『北条氏康』は、この世を去っていた。
天文十五年(1546年)、「河越大戦」と呼ばれる扇谷上杉家との大戦に夜襲をかけたが、相手方の想定外の備えに完敗。その後、どこからかもたらされた毒により死去。その後は嫡男北条氏親が跡を継いだが、宇都宮氏の支援を受けた扇谷上杉家や山内上杉家に押しつぶされるように北条家は姿を消していた。
「……ところで、定憲殿。陸奥国石巻湊には、その小癪な佐渡の領主が来ておるそうだ」
「ぬゥ? あの佐渡の小僧がっ?!」
「大仰な船に乗って石巻湊に先日着いたそうだ」
「イヒヒヒィ! ほほう! それはいいことを聞きましたぞィ!!」
名門上杉家縁の上条家当主だった男は目を血走らせ、かつてない程に大きく見開いた。彼自身も罌粟の花から取れる薬を使い気分を高揚させている一人だった。
「どうにかあの小僧に、足尾の鉱山から取れた毒を…… それはつまり、儂があの小僧を殺すことになる…… ウヒヒィ!」
「御気分を良くされたようで、嬉しく思います。ですな、殿?」
「ン…… ああ、そうじゃな」
宇都宮尚綱はただぼんやりと城の外を眺めていた。生返事だけがその場に響いた。
伊達稙宗と上条定憲。かつて羽茂本間照詮に立ち塞がった二人の男が、再びその牙を向けようとしていた。
「その小僧に近づくためにも、まずは戦じゃな! この『陸奥国の正当なる覇者』である稙宗に任せられィ!」
「期待しております」
「新しい女子の手配も嬉しく思うぞ! 生意気な女じゃが、それでこそしつけ甲斐があるというものじゃ! ガハハッ」
「御存分に」
「イィヒヒヒッ! 小僧を殺せる! 小僧を殺せる!」
「是非とも、御力添えをお願いします」
宇都宮城の評定の間では、議題が恙なく次第が進んでいった。
その城の主は、五月に見た美しい花の色を思い返していた。青みがかった茎の上で美しく咲く、純白で危険な花の色を。
足尾銅山は、中世~近代までに銅を産出し続けた非常に有名な鉱山です。
下野国南西部を治めていた佐野氏により1550年頃には発見されていたという説もありますが、江戸時代の慶長十五年(1610年)から幕府により認められ年間1000トン以上、1884年には年間6000トンもの銅を産出したとされています。現在では資料館にもなっており、足を運んだことがありますが江戸時代の貴重な採掘の様子が残されていてとても参考になりました。




