第二百二十八話 ~『願い』~
<天文十六年(1547年)三月 京 御所 小御所 >
「従四位上羽茂本間左大弁照詮殿、ご、御参内ーーー」
中年過ぎであろう公家の強張った声が小御所に響く。紫宸殿の北東、武家が参内するときに使われるこの建物に、太政大臣やら蔵人やらの有象無象が犇めくこの場所に、俺は燃え盛る炎を内に宿しながら静かに歩み入った。
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未だ騒めく小御所。
俺は引き続き帝をはじめとする宮中の人々に西南の海の出来事を伝えていた。
「美麗島(台湾)は誠に温暖な島に御座います。某が献上いたしました南国の果実を干した物、干し芒果は甘露にして滋養に充ち溢れて御座います。西班牙や葡萄牙、尼達蘭等から機先を取り、島の氏族は我らに臣従いたしました。『版図を拡大は存分にせよ』とのお言葉を頂き心強く思うておりました」
「おおおっ、流石は左代弁殿! 日ノ本の力を更に広げることができようとは!」
「いやいや、大した大きさではないのであろう?」
「そうやろねぇ」
貴族の皆様の反応は様々。
それはそうだろう。京の都から一歩も出ていない人に西南の海の広さは分かるまい。ましてや日ノ本の国の外だ。分からないのは至極当然だ。
俺はコホンと軽く咳払いをしてから美麗島の広さについて説明を加えた。
「これはこれは、失礼をいたしました。ここにいる皆々様が思うよりも遥かに、美麗島はことの他大きな島に御座います。例えるなら…… そう、某の故郷佐渡ヶ島、それよりも遥かに大きな島に御座います」
「何と?!」
「『淡路の島』と比べた方が公達の皆様には分かりやすいでしょうや? 『淡路島五十ほど』並べたよりも広う御座います」
「ご、ご、五十?!」
「はあぁ?!! 何たる広さか?!」
「四国の島よりも広いのではないか!? 偽りではなかろうやっ?!!」
面積は大体、淡路島は600㎢、佐渡は850㎢、四国は18000㎢、台湾は36000㎢だった、かな?
九州より少し狭いくらいだったはず。
「確かで御座います。島の中央には『富士の山より高い山』が連なり、島の西側の緩やかな沿岸部から開拓しようとしております」
「ふ、富士の霊峰よりも高い?!」
「な、何たる無礼か! 日ノ本の霊山は富士が最も高くなくてはならん! それよりも高いなぞ!!」
「…… 確かで御座います」
俺は侮蔑の気を込めて言い切った。
まだ残っていたのか親王派の貴族共。この者らは、世の広さを知らない。そして、広さを受け入れる度量も裁量もない。自分の知っていることが全てなのだ。変わろうとしない、変われない者は歴史から退場いただくしかあるまいな……
俺が旧態依然としている者らに見切りをつけている最中、
「何と…… 壱岐や対馬ほどかと思うたら、まさか九州ほどもあるとは……」
「流石は北の麒麟児よ。既に臣従の約まで取り付けておるとは」
そうではない者達の声も聞こえてきた。
ふむ、あれは確か、権中納言の山科言継と、一条房基の叔父、だったかな……
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<天文十六年(1547年)三月 京 上京 一条革堂 >
「謙信さぁ」
「何であろう?」
「これが燃えてうのは、我らのせいならなかやなあ(我らのせいではないですよね)?」
上京の中心である天台宗の寺院一条革堂は、逃げる足利幕府軍の残党が佐渡軍からの追撃を遅らせる為に放った火の為に轟々と燃えていた。
「佐渡軍は我らに恐れを為して逃げ帰るであろう」と豪語していた幕府軍は、想像もしたこともない程の猛攻を受け壊滅的な打撃を受けた。戦い慣れしていない幕府軍は薩摩越後の精鋭の敵にならず、ただただ無残に京の地を赤く塗らしただけだった。
「そうだな。だが、どうでもいいのではないか」
「ほほう?」
片耳の勇将、薩摩隼人の樺山義久は思わず声を洩らした。
「我らが放った火ではない。だが、幕府の残党からすれば『自衛の為に放った火』だ。我らが如何に『違う』と言っても、地縁も血縁の無い我らの言葉を京の者達が聞き入れるとは思えん」
「じゃ、じゃっどん(ですが)!」
「それに」
浅黒く日に焼けた上杉謙信は、これ以上なく口角を上げて微笑んだ。白い歯が光る。
「義兄上が『燃やしてもいい』と仰ったのだ。考える必要はないであろう」
「お、そうじゃな」
剛直な男は「そういえば『幕府の残党を狩れ』と言われた」と思い出し、すんなりと佐渡軍副将の言葉を受け入れた。
「じゃ、こん小僧を斬ってん問題なかな」
「ひ? ひぃいい!?」
樺山善久は、愛刀の先を縛られた捕虜の首筋に慣れた手つきでピタリと止めた。
頸動脈まで一寸。小僧と呼ばれた男は大いに慌てて唾を飛ばした。
「み、みども(公方の一人称)は、足利幕府の、だ、だ、第十三代将軍の、足利義藤であるぞ! だ、だ、だから、イ、命は! 『一生の願い』で御座る! 命だけはぁ!!」
「甘ったるっな! そん方も軍を率いっ将なら敗軍の責を負えい! 潔う観念せい!」
「ヒイィイ!!」
剛毅果断の勇将は拳に力を入れた。刀が素早く引かれた。
そして一気に白刃が足利幕府最後の将軍の首へと向かう!
ビュンッ!!
「まあ、待て、樺山殿」
「む?」
ピタッ
樺山善久の刀の切っ先は足利義藤の首の皮一枚を切った所で止まった。薄っすらと静かに血が滲むように流れ落ちていった。
「一応、殿にお伺いを立てよう。それからでも遅くはあるまい」
「そうじゃな」
謙信の言葉に片耳の勇将はすんなりと愛刀を鞘へと納めた。
僅か十一才で代を継いだ将軍足利義藤は微動だにしなかった。完全に失神していた為だった。
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<天文十六年(1547年)三月 京 御所 小御所 >
俺の話は献上品の説明へと変わっていた。
核心の話まではあと少しだ。
「加えますれば、美麗島より更に南に十日程にあります呂宋国。こちらにも我ら佐渡軍が日ノ本国の拠点となる町を築きまして御座います。現地の民草と共存共栄を図る所存に御座います。そこで仕入れました名高き『呂宋壺』、こちらを御上に献上致しまする」
「ほほう、どれどれ…… おおぉ!?」
「如何でしょうや?」
「……見事」
黒褐釉の四耳大甕。艶づやは光を反射して輝いてすら見える。口は狭く胴は広い。香料や高級酒を運ぶ為に大陸南部で作られたものだろう。名工の品に違いないが、あちらでは日用で用いる為の壺。だが、陶芸技術の未熟な日ノ本にとっては最高級の芸術品と呼べる代物だ。
「海の遥か向こうには、このような良き物があり数多くあり申した」
「ふむ…… 確かに素晴らしき『良き壺』ですな。ですが左代弁殿の話、疑う訳ではありませぬが、それらを信じるに値する『証』を頂けませぬか?」
純白の狩衣を着ている壮年の公家が俺へ声をかけた。
一条房通。
五摂家の名門、一条家の第十一代当主。従一位・関白・左大臣、内覧(天皇に見せる文書を先に見る役職)。前世で言えば内閣総理大臣か。土佐国国主の一条房基の叔父でもある。
確かに、実際に見たことの無いことを『信じる』ことは中々難しい。ホラ吹きだって山程いる。
いいだろう俺には証人がもいる。他に証明するものだってある。
「なるほどなるほど。なれば、証拠をご覧に入れましょう」
俺は後方に控えていた男に目配せをした。
すると心得ましたとばかりに紫色の道具衣に九条袈裟を身に着けた男が厳かに進み出た。
「…… 拙僧は左代弁殿と共に西南の海を見て参りました。二か月にも渡る海の旅の先には、誠に珍しき物や人、文化がいくつもあり申した。御疑いとあればこの元能登国国主『畠山義総』の目を御疑いくださりませ」
「!? は、畠山義総殿!?」
「…… 能登国の戦で亡くなったのではなかったのか?」
「お久しゅう御座いまする、御上」
「おぉおお、お主であったか!」
不無は若い頃は義父畠山義元と一緒に在京しており、当時親王だった今の帝と懇意の仲だったようだ。証人としての価値は十分だ。
もう一息だ。
「加えまして『呂宋大鷲』を献上致します。これ程見事な鷲を某は見たことがありませぬ」
帝や共の白塗り共が目を見開いた。
黒光りする鋭く大きな嘴。青灰色の丸い瞳。茶褐色の翼。鶏冠のように開いた頭頂部。
鷲だ。それも飛びきり大きく豪壮な鷲。日ノ本のどんな鷲よりも二回りは大きい。連れてくるのは苦労したが、それくらいの価値はある。
良い物好きの公家は目を白黒させて慌てふためき始めた。
「す、素晴らしい! 素晴らし過ぎる! 異国の鷲とは斯様な神秘的な生き物なのか?!」
「ふかしと思われてはならぬと思いまして。御上に相応しい鷲を西南の地よりお持ちいたしました。お気に召しましたか?」
「気に入るも何も…… よいのか?」
「ええ、勿論」
俺は御上の御言葉をさらりと受諾した。正直、ここまで見事な鷲は俺も見たことがない。アイヌの酋長ヘナウケから譲り受けた俺の愛鷹「レラ」は素早く賢いが、流石にこの鷲には大きさと威厳は勝ち目がない。気落ちする一条房基を勇気づけようとして譲ろうとしたこともあったが、予定通り帝へ進呈することにした。
「破格の進物じゃ。望みの物を差し上げよう…… と言いたいところであるが」
そう言うと帝は済まなそうに顔を曇らせた。
「麿がお主に渡せるものなど、官位くらいしかない。金銀財宝なぞお主の方がよほど持っておろう」
「とんでもございませぬ。某の持つ物は奇妙奇天烈な物ばかり。むしろ何も持っておらぬほどでございます」
「謙遜をするな。従四位上であれば、従三位か、それとも……」
ここだ。
俺の願いはここで伝えるべきだ。
「御上、恐れながら某が『一つだけ』欲しいものが御座います」
「ほほう? お主程の者が一つだけ、とな?」
俺ははっきりと言った。
「右大臣三条公頼が御息女『向日葵姫』を、某の『正妻』として迎え入れとう御座いまする。その願いが叶いませなんだら、某は二度とこの地を訪れませぬ。某たっての願いで御座る。どうかお許しくだされ!」
俺は本気だ。
もしこの願いが叶えられないのなら……
献上した鷲は「フィリピンワシ」と思われます。
世界三強猛禽類の一種で、世界最大・世界最強との声もあります。『鳥の王』とも呼ばれるそうです。




