第二百二十三話 ~舎利寺の戦い(四)~戯論~
<天文十六年(1547年)三月 摂津国 舎利寺郊外 佐渡軍 本陣>
ザクッ
ザクッ
肉に刃が刺さる音が響く。無数の骸の中に生者がいないか確かめながら。
既に戦は終わりを告げていた。
「殿」
「何だ? 忠平?」
怪訝な顔をした小姓の忠平が俺に問いかけてきた。
「何故に『細川晴元の軍は、細川氏綱の軍へと向かった』のでしょう?」
「『疑心暗鬼』という奴だ」
「……疑心、暗鬼……?」
「誰しも心の中に『疑いの鬼』を飼っておる。出来事と出来事を繋げようとする、辻褄を合わせようとするのだ。特に人を騙す者ほど他人の裏を読もうとする。晴元はそれが強かった、ということだ」
「つまり、『細川氏綱の軍が我らと繋がっていると疑った』、ということでしょうか?」
利発な忠平は物事の本質を掴む力が年の頃にしては稀だ。将来は我が軍の中核を担う人物へと成長するだろう。頼もしい限りだ。
苛烈な戦は、その半ばにして風向きを変えた。
俺達へと矛を向けていた細川晴元の軍が突如として友軍であるはずの細川氏綱の軍へと襲い掛かったのだ。
急に横腹を衝かれた氏綱の軍は指揮系統を乱し慌てふためいた。両細川と対峙していたはずの戦が、三つ巴の修羅場へと姿を変えた。
その機を逃さなかったのは右翼前線の安芸国虎だった。目の前の畠山・遊佐の軍の意識が完全に晴元の軍へと向かった時に、中条藤資の子の景資と共に強襲をかけたのだ。用兵を誤った畠山播磨守政国を討ち取り、逃げようとした遊佐河内守長教を生け捕り、氏綱の軍を大きく屠ったのだ。
「そういうことになるな。聞けば氏綱は俺からの贈り物の香木を焚いていたらしい。前線はのらりくらりと戦っていた。晴元は腹心の三好政長が討たれ心が乱れている中でその報を受けて、疑心の鬼が大きくなり過ぎたのだろう、な」
「殿」
「何だ、忠平」
「殿の読みが大いに当たり、戦は我らの大勝。それなのに殿は『絶対の自信があった』とはお言いになられませぬ。何故でしょうや?」
「『自信』と『過信』は似て非なるものだ」
誰しも他人の心の中を見ることはできない。言葉にしてもそれは本当かどうか、その本人ですら分からないことすらあるのだ。絶対的な自信などある筈がない。『憶測で語る』『可能性を探る』、その不完全さを大切にするべきだ。努力の末の自信はあって然るべきだが、相手を侮り盲目となる過信は身を亡ぼす別物だ。
「…… 『戯論』という言葉がある。仏教の偉い人が言った言葉のようだ。怒りや悲しみなどの感情が自分の身体に刺さると、そこから第二第三の矢が自分の心に広がるという。あれこれ考えすぎることで妄執や悪しき見解、慢心などの心の乱れが起きる。それらのひろがりの意識が『戯論』だ。凡人はありのままを受け入れ、狂人は戯論に囚われ過ちを起こす。今回の晴元のようにな」
「ならば如何にすればよいのでしょう?」
「『戯論』を消すことだと思う。ありもしないことに一喜一憂せず、集中して物事の本質を見極める。難しいが俺なりに努力している。座禅もその一つだ。終わりのない修行だ」
終わりがない聞いて忠平は顔を顰めた。だが俺でもまだまだ修行が足りないと聞き、考えを改めたようだ。
「心得まして御座います。某も過信せぬよう、戯論に乱されぬよう心がけまする」
「うむ。励め」
「ははっ」
_______________
ガチャガチャ
ベリベリッ
従軍していた「戦場稼ぎ」と呼ばれる物取りの集団が無言で骸から使えるものを剥いでいく。刀や小手などは勿論、小さな釘から汚れた縄、褌に至るまで。俺から名をもらい改名した末吉勘兵衛利方の手の者が俺との約定を果たしている。喜んでする仕事ではない。だが生産性の低いこの時代に、生きるか死ぬかの惨い時代に、彼らの仕事を誰が責めることができるであろう。
「…… ど、どうか命だけは……」
俺の思案の外から、媚びるような命乞いが聞こえてきた。安芸国虎が生け捕った遊佐長教という人物らしい。
細身で長身、顎鬚にギョロリとした目。国虎の軍の備えが全くできずに捕らえられた愚物のようだ。こういう人物が敵であり続けることは有難い限りだ。俺は悪いことを思いついた。
「いやいや! これは失礼を。河内国守護代を歴任されてきた名高き遊佐家の方をこのような扱いをするとは某の思いの寄らぬこと。これ、直ぐに縄を解くのだ」
「ははっ」
俺の声を聞き、中条景資がその縄をスルスルと解いた。ほとんどの者が俺の芝居がかった行為に気が付いていないようだったが、元能登国国主畠山義総であるの不無は顔を真っ赤にしながら噴き出すのを堪えていた。どうやらバレバレのようだ。
「おお、河内遊佐の名を知っておるとは。粗野な者かと思っておったが殊勝なことよ」
「『戦は時の運』と申します。決して長教殿のせいでは御座らぬ。お気を楽に為されませ」
「そうかそうか、なら酒でも持って参れ」
「……」
俺は内心キレかけながらもこの男の利用価値を考えて言う通りにした。
能登国輪島塗の酒杯から澄み酒をもらった顎鬚は、家格を示すかのように『六つ木瓜』の家紋をチラつかせながらグビリグビリと呷った。こっちが下手に出たので強気に出ているらしい。時間をかけながらじっくりと二杯、三杯と飲んでいく。
「全く、お主ら佐渡の者が京を脅かすと聞いて、公達の方々の中には戦々恐々と為される方もおったぞ。気をつけい」
「ははは、これは意を外したことに御座います。雲の上の方々であらせられる公家の方々に迷惑を掛けるつもりは毛頭ありませんでした。…… して、どのような方が我らを恐れられていらしたのでしょうや?」
「おうおう、それはそれは怖れ多き方であらせられるぞ」
「ほほう!?」
酒を呷り気が大きくなった家格だけの男は、懐から一通の書を出した。酔いが回りもたもたするその様子に苛々しながらも、相手の証言を根気強く待った。
「まだですかな?」
「ええい! 焦るでない!!」
ようやく書を開く態勢が整ったようだ。赤ら顔の顎鬚は大仰に書を開いた。
「控えい! これぞ『内大臣惟房殿からの親書』であるぞ!」
「ふむ、内大臣惟房?」
「なぬ?! 殿下の腹心であり義兄であられる正二位万里小路惟房殿を知らぬとは!? お主不遜であるぞ!!」
「…… 殿下と言うとあれか。方仁親王、か。なるほどなるほど……」
聞こえぬように俺は納得したことを口にした。どうやら彼らは俺が京へ行きレンを迎えに来ることが途轍もなく嫌なようだ。
「『佐渡の軍勢は京を荒らす狼藉ものである故、京へ通すことを防ぐべし」とある! それ故に、我らは…… ムニャムニャ」
そう言うと遊佐長教は酒が回って眠くなったのか酒杯を取り落とした。だらしなくその場に転がり寝息を立て始めた。ある意味幸せな男だ。起きた時が楽しみではあるが。
「不無不無。殿、よう我慢されましたな」
「こ奴には京への道案内をしてもらわねばならんからな。我慢の一つくらいはするさ」
細川氏綱は敗走した。京の方面らしいが、近江の六角氏や大和の筒井氏辺りに逃げ込む可能性がある。
細川晴元も俺達の前から姿を消した。血迷って氏綱の軍勢に攻め入ったが、側面を謙信の騎馬隊や樺山善久らの歩兵隊によって切り刻まれてこれも逃げた。三好長慶を頼って飯盛城へ行くか、それともまた丹波などへ逃げる可能性がある。
いずれにせよ、京への道を阻む者はいなくなった。
「定満」
「はっ。ですが内大臣ら親王派の公家らは既に京を離れたやもしれませぬ」
焙烙頭巾こと宇佐美定満は筮竹を鳴らしながら俺の考えの先を読んだ。俺の沙汰を恐れてドロン、か。まあ、そうだろうな。
「捕らえることは難しいか?」
「彼らの地の利は我ら以上です。海千山千の伝手を使って逃げ出すことで御座いましょう」
「逃げ込むにしても限られている。後回しにするぞ」
「はっ」
定満は静かに頷いた。
俺の手の届かぬ場所と言えば、六角氏か朝倉氏か斎藤氏か。むしろ瀬戸内を通って大内氏の可能性もある。目立つ奴らだろうからそのうち見つかるだろう。おいおいと俺の行く手を邪魔したツケを払ってもらうことにしよう……
「…… これもまた『戯論』、か」
「?」
仕返しや復讐も必要ないときがあるやもしれない。
俺の自問自答を、皆が不思議そうに見つめてきた。
だが、レンを迎えに行くという俺の本願を果たすことに何の躊躇いが必要であろう?
「長くなったな。皆の者、これより京へと向かうぞ」
「「ははっ!!」」
戯論の考え方については、今こそ必要なものではないかと思うところです。
学びが足りない作者ですが、「無益な言論、または、無意味な言論で心が苦しめられる必要はない、戯論に惑わされる心の動きを止めることが重要」と考えました。
『「戯論」怒りや悲しみが生まれる理由』
https://www2.nhk.or.jp/learning/video/?das_id=D0024010172_00000
などから学ばせていただきました。より深く教えていただけたら幸いです。
ようやく京へ( ;∀;)!




