第二百十九話 ~葛籠~
病気や仕事の忙しさからようやく抜け出すことができました(*´ω`)
……と思いきや新型コロナウイルス感染症に罹患してしまっていました;;
だいぶ落ち着きました。
大変お待たせいたしました。
<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 舎利寺郊外 両細川軍幔幕>
佐渡軍盟主羽茂本間左代弁照詮を待ち構えているのは、蛇蝎の如く嫌い合う細川氏綱、細川晴元の両名の軍勢であった。
そしてまたもや、二人は不毛な大将争いを始めていたのだった。
「合力を頼んだのは晴元、そちの手の者からであろう。ならば儂が大将で間違いあるまい?」
「ヒョッヒョッヒョ。何を言いますぞえ? 軍の大きさから言えば私の軍の方が多いぞえ? ならば私が大将なのは然るべきぞえ?」
「精強さから言えば儂の軍だ。遊佐長教、細川国慶らの猛将を従えておる儂が大将だ」
「ヒョッヒョッヒョ! 私の右腕三好政長を越える者はおらぬぞえ? 此度の合力を描いたのは政長であるぞえ? 知恵者がいる軍こそ大将に相応しいぞえ?」
このやりとりを小半時ほども言い争いを続けている程だった。家臣の多くは暗愚とは言えぬまでも凡庸を絵に描いたような粒ぞろいの小物揃い。これでは収まる者も収まる道理がなかった。
いや、一人だけ異彩を放つ者がいた。佐渡軍の精強さを最もよく知る三好長慶だった。
「……恐れながら晴元様。『佐渡軍は強大にして細川の力を合わせることが肝要』と薦めたのはこの三好宗家当主たるこの三好長慶であります……」
「何をこまけぇ事を抜かしておるのだあ? 千熊丸よおっ?! お主が言ったことを晴元様に伝えたのはこの政長じゃぞお? 下がれ下がれ!!」
「全くだァ。氏綱様の前で見苦しいにも程があらァ!」
「……クッ」
長慶は堺の街を焼く恐ろしさを目の当たりにして、すぐさま「細川の力を合わせる必要がある!」と主君である細川晴元に必死の形相で呼びかけた。
氏綱を忌み嫌う晴元はその申し出を渋った。だが畿内に影響力を持つ飯盛城城主の再三再四の訴えが億劫になり、腹心である三好政長に命じて使いを出したのだった。
「佐渡軍は我らの合力に焦りおったわァ! かような物を持ってきおったぞ!!」
三好長慶を「見苦しい」と貶した細川氏綱の副将格である細川玄蕃頭国慶は、先ほど佐渡軍から文と共に届いた小さな葛籠(ツヅラフジのつるで編んだ蓋つきのかご)を兵に運ばせた。
「ははァン! こんな小さな物で我らの心が動くと思ったかァ? どれどれェ!」
ガコッ
……
籠に入っていたのは、古く粗末な枯れ枝だった。
「こ、こ、これは……」
「なんだぁ?! 佐渡の阿呆はこんな『木っ端』を運ばせてきたのかぁ!!? 情けないのう!! ガッハッハ!」
物の価値が分からない粗野な三好政長は、「枯れ枝を届けてきた」と嘲け笑った。同調し笑いが幔幕に鳴り響いた。三名の者だけを除いて。
大汗を掻いた者がいた。小さな葛籠を貶しながら開けた細川国慶だった。細川遠州家の血筋を引くこの男は京の町から無理難題を言って金を搾り取ろうと画策したところを咎められたこともあるほど、三度の飯より金目の物が好きな男だった。金目の物の事を知る守銭奴の細川吉兆家縁の者は、それが何か一目見て気付いた。そしてその香りを嗅ぎ確信した。
「ま、ま、全くですなァ! こんな物をお、お、送りつけておくとはァ! 怪しからんですなァ! 儂が捨て置いておきま……」
そう言ってそそくさと葛籠の蓋を閉じようとした国慶……
「お待ちください」「待て」
「ヒィッ!」
止めたのは三好長慶。もう一人は、国慶の主君である細川氏綱だった。
「玄蕃頭殿。それは『伽羅木』ではないか?」
「しかと見せよ」
「アッ…… う…… ヘイ」
渋った国慶。だが諦めたのかおずおずと主君にその葛籠を引き渡した。
「…… ううむ…… 荘厳なる見事な香り。何という芳しさじゃ…… 正倉院奥深くに封されていると聞く『蘭奢待(らんじゃたい』(天下第一と呼ばれる名香木)に比肩するやもしれぬ……」
「らっ、らっ、蘭奢待に比肩!!?」
「値にすると二千貫文(約二億円)…… いや、それでは済まぬな」
「あわわ…… こんな木っ端が二千貫文……?」
沈香の中でも極めて優れた最上級品である伽羅木は、その希少価値故に極めて高い値がつけれれていた。生産される地点がごく僅かなことに加え、生産量の少なさ、距離の遠さから天井知らずの値がつくほどだった。西南の海を踏破した羽茂本間照詮にしか手に入れることはできぬ逸品であった。
添えられた文にはこうあった。
『名高き細川管領職たる氏綱殿に手向かいするつもりはありませぬ。香木については御笑納くださいませ。唯々、京への道を通していただきたく存じ上げます。用が済めば直ぐに退散いたします。羽茂本間照詮』
文を読み、伽羅木の重厚な香りをもう一度嗅いだ氏綱は、幾度か頷いた後に呟いた。
「…… 羽茂本間照詮。話の分かる奴ではないか」
「殿?!」
「これほどの品をポンと渡すのは勇気がいることであろう。それに用が済めば退散するとあるぞ。京を治めるつもりは更々無いと見える。別に儂は奴が京に居座ることがなければ、とやかく言うつもりはない」
矛を収めようとした細川氏綱。
それを見た細川晴元は氏綱を笑った。
「ヒョッヒョッヒョ! そんな木切れ端一つで態度を変えるとは! (細川)野州家出自の田舎者はこれだから卑しいぞえ!」
「ぬ?!」
「私の所にも葛籠は届いておるぞえ! しかもお主のものよりウンと大きな葛籠ぞえ!!」
細川晴元が扇子で口を覆いながら合図すると、先ほどのものと同様の葛籠が運ばれてきた。しかもそれは氏綱に届けられた葛籠が霞むくらいに重くて大きな葛籠であった。
「これを見れば佐渡の山猿がどちらが『細川を統べる者』と見ているか一目瞭然ぞえ。私の葛籠の大きいこと! 香木が山ほど入っているに違いないぞえ!!」
荷車に運ばれてきた人一人がすっぽり入るくらいに大きな葛籠。ニヤニヤと笑いながら晴元の手の者が開けるとそこには……
「…… 屏風や扇子? あまり質のよい物には見えぬが……」
「む? きっと価値のあるものぞえ。私に贈ってくるものぞえ……」
中には価値のあるもののように取り繕った模造品の工芸品、いわば瓦落多がこれでもかと積まれていた。先ほどの香木に比べると余りに粗末すぎる品々である。
「くっ……? どういうつもりぞえ……?」
「と、殿! 文が……」
「! 見せるぞえ!!」
小姓が見つけた葛籠の中に入っていた文を毟り取るように奪った細川晴元。文の中には乱雑な字でこう書かれていた。
『さっさと退け、鼻曲がり野郎。
品は、天王寺屋の持之とか言う奴が売ってた珍品だ。ありがたく受け取れ。羽茂本間照詮』
「ゆ、ゆ、ゆ……」
「湯?」
「許さん許さん許さん!! こんな屈辱生まれて初めてぞえ!! 氏綱が香木で私に屑を押し付けるとか信じられないよ!! 政長、やっておしまいよッ!!」
「ガハッハ! ハナからそのつもりでさぁ! 数はこっちのが上! 一気に押し潰すぜえ!」
「んー、いや。晴元、我らは……」
「戦じゃ戦じゃ戦じゃ!! 者共! 佐渡の奴らを踏みにじるぞえ!!」
激昂する細川晴元、思案する細川氏綱。右往左往する家格通りに動く男達。
両細川の力は合わさるどころか、別々の方向を向いていた。
一人、立烏帽子の男だけは冷静に戦の後のことを見通していた……
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<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 舎利寺郊外 佐渡軍 幔幕>
「旦那。うまくいきやしたぜ」
「そうか。ご苦労だった、白狼」
「へっ、どうってことねぇですぜ」
二つの葛籠を送り届けた後、敵陣の様子を探っていた白狼が伝えてくれた。思惑通り細川晴元は激昂、細川氏綱は困惑。足並みが揃わぬまま俺達の軍を迎え撃つつもりらしい。
「両軍は互いに不信感があるままに手を結んだ。その綻びを衝くのは容易い」
「あとは仕上げ、ですな」
宇佐美定満、不無の両智将が物静かに笑った。単純な相手の動きは赤子の手を捻るよりも簡単だったとみえる。
「相手軍、左翼が細川氏綱軍! 右翼が細川晴元軍に御座います! 兵数は我らよりも多数!」
「予定通りだな。さて…… 行くか」
「「「ははっ!!!」」」
俺は幔幕の面々の顔を見た。義弟上杉謙信、島津日新斎、土佐一条房基、樺山義久、新納又八郎、中条景資、安芸国虎らが俺の指示を待っている。誰一人下を向く者はいない。これからの戦の勝利を確信している!
「左翼先陣! 樺山善久!!」
「へっ! (はいっ!)」
薩摩の勇将は気合十分だ。相手陣をズタズタに引き裂いてくれるはずだ。
そして……
「右翼先陣! 安芸国虎!!」
「え!? わしやかっ?!!」
黄蘗色の陣羽織に丸顔。新参者の土佐の若虎は大きな目をパチクリとさせた。
作中、「伽羅」については、現在でも1gで5万円するもの、25gで200万円以上するものなど非常に高価な香木(沈香)となっています。ベトナムの一部地域でしか産出されず、人類が知る最も高貴な香りの一つとされています。
「蘭奢待」については、織田信長が正親町天皇の許しを得て1574年(天正2年)3月に切り取ったという記述があります。信長はとても名誉なことだと感じたとされています。本物語では……
次回から戦です。




