第二百十六話 ~炎上百丈~
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復帰~
<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 堺湊 埠頭 >
「放てええぇッ!!!」
バウッ!
ボボボッ
ズガアアアアアアアァァアン!!!
黒色の戦船から無数の砲火が放たれた。これ見よがしに華美な建物やならず共達の隠れ家が次々と轟音と共に燃え灰と化していく。
燃えろ。燃えてしまえ。
「さ、さ、左代弁殿!!?」
乱れた髪。震える腕。滝のような汗。三好筑前守長慶は絵に描いたような取り乱し方をして俺の元へとやってきた。
「おや、これはこれは筑前守殿。遅かったですな?」
「ご乱心であられますか?! 堺の湊を焼くなぞ!!」
プルプル震えているな。先日までの伊達男が、まるで生まれたての小鹿のようだ。
後から遅れてきた天王寺屋の当主津田宗達なぞは顔面蒼白。生きた心地がしていないようだ。怖かろう? そう、俺は怖い男なんだ。
「いや? 事前に伝えておいた通りだぞ? 『約定に基づき堺湊の南西区画を好きにさせてもらう』、とな。人手と手間をかけて取り壊すよりは燃やした方が手っ取り早い」
「ま、町の者に被害は?!」
「いなかろう? 俺の兵達が『あぶないですから』と懇切丁寧に追い出したからな。まったく、俺に悪態をついただけでなく、あろうことか刃を向けてきたならず者共すら殺めていないのだ。感謝してもらいたいのはこっちの方だ」
忠平に使いをやらせた後、樺山ら二千の兵が堺湊の南西区画を取り囲んだ。
天王寺屋のゴロツキ共は戦装束の屈強な男達に囲まれて錯乱したのか、俺の命を断とうと斬りかかってきた。俺は剣の稽古の腕を試すべく奴らの利き腕の骨を瞬時に砕いた。俺だって剣聖上泉信綱様の弟子の一人だ。鍛錬の結果は自ずと形に現れ、一人で易々と倒すことができた。
「ぐ、む…… さ、先程、左代弁殿の兵を見ました。年を経た者が多く、しかも愛想笑いばかりしている軟弱者に見えましたぞ。町民相手には通じますが、この先……」
蒼白だった男の一人が強がりを言った。天王寺屋の津田宗達。所詮は古い商人、か。
「『町民だから』、だ」
「なっ?!」
「軍紀を守っているだけに過ぎん。遠出に付き少数精鋭、佐渡軍の中でも飛び切り優れた兵達を連れてきている。少なくない戦を経た歴戦の兵。戦となれば少なくとも一人で十人の首を持ってくる強者ぞろいだ。町衆相手だから下手に出たが、敵対する者には容赦は無いぞ。愛想笑いで済んで幸運だったと思え」
「え…… そん、な……」
ヘナヘナと倒れ込んだ古い商人。息子への代替わりは急務だな。
それを見た三好長慶は、降参と言ったように首を垂れた。そして俺に何事か提案してきた。
「さ、左代弁殿…… お怒りは御尤もで御座る」
「ああ。だから、何だ?」
「一千貫と聞き申した。この地区の値」
「『それでいい』、と持之とかいう高慢ちきな大番頭が言ったのでな。約定は完璧に成立している。ほら、定満が持っている売買証文がそれだ」
焙烙頭巾は「心得ました」とばかりににやりと笑い、ひらひらと証文を見せつけた。
俺の言葉を聞き売買証文を見た三好長慶。隣の男へボソボソと呟くように言うと、副将らしき男に桐箱に入った絹袋を恭しく運ばせてきた。む、こいつが、長慶の実弟の一人、三好義賢だったか?
「三倍。一千貫文の三倍の、三千貫文でござる。どうか、どうか、これにて……」
「『俺の矛を収めよ』、と申すか?」
俺の問いに目を伏せて答える三好長慶ら。
「…… ふざけているのか……?」
こんな端金を俺に握らせて、「すいません、無かったことに」なぞするとでも思ったのか?!
本来なら悪さをしていた番頭をひっ捕らえて俺の元へ突き出すべきなのにそれすらしない。大方どこかの縁故採用か。縁故採用が悪いとは言わん。だが責任も取らん者を要職に付けて責も取らさずのうのうと許しを請うその根性が気に喰わん!
「…… 足らんな」
「で、では幾らなら…… 五倍?」
「三倍? 五倍?! ふざけるなよ三好長慶!!」
俺は怒気を強めて叫んだ!
「俺を嵌めようとした奴に慈悲なぞあるかッ!! 三倍? 五倍?! 冗談も休み休み言えッ!! 最低でも百倍だッ! 十万貫文(約百億円)持ってこい!!」
ドゥン! ズガアアアアアアアァァアン!!!
バチバチバチッ ドバッ
夕暮れ時の闇の訪れを搔き消すが如く砲火が堺の町の一部を燃やし尽くしていく。圧倒的な大砲の火力。強い硝煙の匂い。燃え上がる炎は百丈にも達し堺湊の海面を赤く色付けた。
「あ、あわわ……」
俺を騙し嘲る者にはそれ相応の代償を払う覚悟が必要であることを伝えた。
炎に照らされて赤黒く顔を光らせる三好長慶ら。
「…… 覚えておけ。俺は法を守るが、法を守らん奴には容赦はせん」
「…… わ、分かり申した」
「さて、お主らは何処に所属く? 俺か? 細川か? 将軍か? 」
「……そ、即答致し兼ねまする」
「町、町衆の者らと会合を開かねば」
ここまでの武力を見せつけても尚、三好長慶も天王寺屋も細川を裏切れないようだ。
「『即答しない』か。ふん、いい答えだ」
直ぐに寝返るようでは腰が軽すぎる。かと言ってこの状態で俺に敵対するとは言えなかろう。俺も脅して言質だけ取って好き勝手するのは好みじゃない。
だが、判断が鈍い。
ここでスッパリと細川と手を切れば俺との関係性は深まっただろう。ここでの蟠りを水に流し、共に前へと進めたはずだ。残念ながらこいつらとは最終的には仲良くはなれなそうだ。
爆音は鳴り響き、炎は龍の如く家屋を飲み込んでいく。
古い商人と憔悴し尽くした三好家当主は悄悄と俺の元を去っていった。
…… 鎮火した後は尚久の水軍を中心に堺湊に佐渡軍の出島を築かせよう。
水軍はこれから京へ向かう道には不向きだが港作りには長けている。船の発着場、物資の集積場、商いをする店、そして家屋。砦を築き常備兵を配備させてもらおう。何せ「好き勝手やっていい」とお墨付きをもらっているのだから、な。
俺の考えに気付き頷く軍師宇佐美定満。どうやら焙烙頭巾の八卦はこれを見定めていたようだ。凄いことを考え付くものだ……
俺がひとしきり感心していると、男が一人、小姓の忠平に連れられてきた。身元確認は済んでいるようだ。
「佐渡の左代弁殿とお見受け致します」
年は二十歳頃。細身で長身、銀白色の雅な着物を上品に着こなしている。眉は一直線で細く、目元は鋭い。執事か豪商の若旦那、と言った感じか。
「…… 如何にも」
「どうか我らの『平野郷』へと御出でくださりませ。御歓待させて頂きたく思います」
「…… この大炎上を創り出した俺を見て、それを言うか?」
「勿論。むしろ、自信が確信に至りました」
涼しい顔をして男は言った。元々俺達に取り入ろうとしていたということ、か。堺の町を焼いた俺にたじろぎもしないとは大した男だ。
「有難い話だ。拠点の一つも無くて困っていた所だ」
「堺から平野郷はそれほど遠くはありませぬ。是非に」
細く長身の男は胸に手を当て、俺を誘おうとしている。面白いことになりそうだ。
「名を聞こうか?」
「平野郷を治める七家が一つ、平野家の行増が次男、平野勘兵衛利方と申します」
「平野…… 『末吉』、か」
のっけから堺大炎上(*´Д`*)
平野勘兵衛利方については、末吉勘兵衛利方と呼ばれる方が多いかと思います。
織田家、そして豊臣家に仕え、最後は徳川家に仕えた畿内の豪商です。
『末吉』の呼び名の由来は調べたところ2種類あり、一つは「秀吉から『末吉と名乗れ」と言われたから」、これは国会図書の「寛政重脩諸家譜. 第6輯」に載っている所です。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1082716/89
もう一つは、「藤右衛門増利が、先祖の名前を苗字としたことにはじまる。増利の孫の行増には5人の男児があり、長男・増久が東末吉家を、次男・利方が西末吉家を立て、三男は平野姓を名乗った」ということで、利方のひいおじいちゃんから、との表記です。
「なにわを大阪をつくった100人」様44話より
https://www.osaka21.or.jp/web_magazine/osaka100/044.html
詳しくは分からないのですが、秀吉からつけてもらったという前説を本物語では採用させていただきます。
第3回HJ小説大賞前期一次選考通過作品に選んで頂きました(((o(*゜▽゜*)o)))
https://firecross.jp/award/award18
夏休みも終わり、少しずつ頑張りたいと思います~




