第二百十四話 ~環濠八卦~
<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 堺湊 環濠町内 >
環濠。
深い堀で全体を囲み高い安全性を確保した町。
北東部を流れる大和川から水を引いたこの環濠により、堺の町は独立・安全が保たれ、天王寺屋などの会合衆によって幾つかの区画に分かれて自治されている。
俺はその堺の町を軍師宇佐美定満、蔵田五郎佐、陸の上杉謙信、海の島津尚久、小姓の忠平を連れて散策中だ。
「…… ふむ。この『磯辺揚げ』が、『照詮焼き』と呼ばれているとはな」
「殿の大好物ということで、『食べれば羽茂本間佐渡守照詮のようになる』の謳い文句が効いているのでしょうな」
「油がきついがな~」
「でも美味しいです!」
陸の河童こと島津尚久がケチをつけた串焼きを、小姓の忠平は喜んで二本も平らげている。それを見て蔵田のおっさんと義弟謙信もほっこりと微笑んだ。
焙烙頭巾こと宇佐美定満は「この食べ物は自分が見つけた」とばかりに自慢気に話している。
「このようなよい食べ物に出会えたのも、儂の筮竹(易占に使う五十本一組の細い竹製の棒)による八卦によるものでしょうな。最近、儂は易学に凝ってましてな。儂の八卦、中々のものでしょう? ね? ねっ!?」
う、うぜえ。
最近、夜中にジャリジャリ聞こえたのはそのせいか。ドヤ顔で鼻高々とはこのことだな。
「八卦と言っても占いの類だろう? 『当たるも八卦、当たらぬも八卦』だ。占いの予言なぞ、都合のいいことだけを信じる『バーナム効果』で証明できる」
「ほほう? その『ばーなむこうか』とやらは知りませぬが、儂の八卦は殊の外『よく当たる』と思いますぞ」
「ふうん?」
やけに余裕綽綽といった感じでゆっくりと串焼きを味わう宇佐美定満。その様子から俺は更に質問することにした。
「じゃあ、この堺の様子も焙烙頭巾、お主の予想通りか?」
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ドタドタドタ!
ワーッ!!
「みんな! 急ぐんだ!!」
「戦になるぞ! 本間はんと三好はんの戦や!」
「あの黒い大きな船から火が出るらしいぞ! 堺は焼け野原にされてしまうで!!」
この状況は、どうしたものか。
大荷物を担いだ男も女も爺婆も子どもも犬も、みんな駆けまわっている。
堺の町は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。
ううむ。
「ほれ! あんたたちも急がんと! 恐ろしい方の戦に巻き込まれるで!」
「あ、ああ」
威勢のいい「照詮焼き屋」のおばちゃんが俺達を急かした。いや、俺がいるのに襲ったり撃ったりせんだろうよ……
ああ、おばちゃんは俺が羽茂本間左代弁照詮とは知らないか。
「焙烙頭巾」
「はい?」
「お前の仕業だな?」
「えぇ。勿論」
辺りの喧騒を余所に、袖から紫紺色をした絹製の手巾(ハンカチ的な布)で口元を拭いながら定満は平然と答えた。
「理由を聞こうか?」
「そうですな。何から話せばよいのやら。……まずは、殿。殿はご自身の事をよく分かっておられぬのでは?」
「え?」
普通に串焼きを食べてる男の一人だが。
「『佐渡国統一』。それ自体、誰も成しえたことのない前代未聞の大快挙です。それが越後国、能登国、出羽国、陸奥国、それ以外にも広がっているとすれば?」
「異常だな」
「しかも戦に滅法強い。妖のような術で遠くから人を殺めることができるとあれば?」
「もう神か閻魔様かな」
「先月は土佐国の仕置きを終え、敵対する総大将の一族を全て血祭に揚げた者が、巨大な船と屈強な兵を引き連れて自分達の町へ来ているとすれば……?」
「配下にしてもらうか、それか」
「それか?」
「逃げる、な」
「その通りで御座います」
焙烙頭巾はニンマリと笑った。
「なるほどなるほど。既に芽は出ていた、か」
「はい。儂は草の者を使って少しだけ、噂を流しただけに過ぎませぬ」
「だが、俺はまだ堺を燃やしてはいないぞ?」
「ですが、実際に焼くより、『焼かれるかもしれない』と思われる方が、人を動かすことが」
「ある、か」
目に見える物より、目に見えない物の方が怖いこともある。人の心が作り出す「恐怖」という化け物は、いつの時代も畏怖の対象だ。
だが、これだけでは京へ行く算段がつかぬ……
俺が考えていると、尚久が欠伸をしながら怠そうにブツブツと言い出した。
「にしてもよぉ、もうちょい堺の町って言えば賑わってたと思ってたんだがな~。さっきの店もあんまりいい物を置いてなかったぜ~」
「我らの緩やかな『荷止め』が功を奏しておるのでしょう。明国九龍湊から鯨波新人殿が流す絹や陶磁器などは、堺湊の商人には安価に手に入りませぬ。米や昆布、俵物なども我らから買っているようなもの。我らが栄え、堺は衰える。策略通りに事は運んでおります」
「義兄上。レン様をお迎えするには、一刻も早く京へ行かねば!」
「それなんだがなぁ」
俺が京へ行く為に、あと一手欲しい。できるだけ形の残る、それでいて三好長慶や天王寺屋、もしくは細川晴元と関係のあるものが……
どうやって京へ行けばいいのだろう。
俺は自分の名がついた串焼きをもしゃもしゃと頬張った。手には一本の竹串だけが残った。
すると焙烙頭巾は俺の手から竹串をひょいと摘まむと、カッと鋭い眼光で串を一方向に向けて叫んだ!!
「見えましたぞ!!」
「あ?」
「『坤(南西)の方角に、解決の糸口あり』! 間違いありませぬ!」
「お、おう。それ、八卦か?」
「こちらです!!」
急に定満はグイグイと歩き始めた。慌てて勘定を払い店を後にする俺達。
その方向の先の区画は海に近い方で、堺の町の中でもあまり治安がよろしくない地域と聞いているんだが。
…… どうも焙烙頭巾の八卦には、「種」がある気がするんだよなあ……
「環濠都市 堺」については、
「堺環濠都市北部地区 町並み再生協議会」様の「環濠都市について」のページを参考に致しました。http://sakaimachinami.jp/sakai_kangotoshi.html
易学の歴史は古く、できたのは紀元前3000年以上と言われています。
亀の甲羅を使って占いをしていたそうですが、なかなか入手が難しく、草を使った周の時代の「周易」が現在の五十本の筮竹を使った八卦のルーツのようです。
筆者は占いは結構好きで、手相占いなんかも覚えたりやったりしたことがあります(*´ω`)
長くなったので次話は明日へ~




