第二百十三話 ~一触即発~
<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 堺湊 天王寺屋本店 大茶庵>
堺湊へ来たのは三度目だ。
相変わらず「天下の台所」と呼ばれるその雄大さは凄まじい。人、品物、建物、全てが日ノ本一だろう。
だが若干、活気が以前よりもないように感じる。その一番の原因は『俺』なんだが、な……
「天王寺屋はん! この『直江津に人あり』と呼ばれる蔵田五郎佐が保証いたすよって! どうか小鬼はんが京へ向かう為の許可、出してくれまへんか?!」
「越後屋はん…… お宅の所と『空海屋』とかいう左大弁はんの所のお店のおかげで、堺の町は勢いがのうなってきてはるんやで? 以前はえろう入ってきた澄み酒や昆布、上物の絹糸や茶壷なんぞお宅のお店を通さんとまるで手に入らへん。どうないなってますやら?」
「それは…… 天王寺屋はんがうちらと手を組まへんよって……」
「天王寺屋は細川はんと三好はんの御用商人。なんぼ勢いがあるかと言って、左大弁はんの所と商いはそないなにしまへん」
蔵田のおっさんと天王寺屋の当主津田宗達の交渉も平行線だ。
蔵田のおっさんとは堺の町で再会した。
大きくなった俺を見て「立派になりましたよって!」と抱き付かれバンバンと背中を叩かれた。嬉しいなあ。
サチは「用事がありますので」と言っているらしく堺には来ていないのだが、実際は俺がレンを迎えにきているのを邪魔したくないのだろう。サチらしいな。
津田宗達の息子の津田宗及とは面識があるし個人的に呂宋壺などを贈っている仲だが、どうも親父の宗達は慎重派というか、腰が重いというか。俺達への協力を拒んでいるのだ。
俺は京へ行きたい。京へ行かねばならない。
レンを万魔殿から救い出し、一緒に佐渡へと帰る為に。
「…… 最低でも『てつはう』の技術と『てつはう』百挺。それに『大砲』を十筒。それを右京大夫殿(細川晴元)に寄進してからの話ですな」
「それはできん」
「なら無理ですな」
「だが通る」
「只で、とは参りませぬ」
「だが高すぎる」
三好長慶が無理難題を言ってくる。俺が断る。その繰り返しだ。
鉄砲や大砲はまだ渡せない。それは最後の手段だ。堺の町の鍛冶職人の腕があれば、あっという間に増産される。俺達の戦力的優位が崩れる。
最悪、軍を率いずに京へ行って……?
いや。それこそ死にに行くようなものだ。
今、京までの道程は安全とは言い難い。
主な原因は細川氏綱と細川晴元、『二人の細川』が対立していることだ。
京の都周辺は細川氏綱が押さえている。一族の細川国慶、家臣の畠山政国、遊佐長教らが脇を固めている。
足利将軍だった足利義晴は、息子の菊幢丸に将軍職を譲り名目上隠居。菊幢丸は「足利義藤」と名乗り北白川の瓜生山城を改修して「将軍山城」と名付け動向を見守っているという。将軍家は一応、氏綱側についている、らしい。
対して、細川晴元は足利義維を擁し、三好政長、畠山在氏、そしてこの三好長慶らと共に京へ返り咲こうとしている。
いつ戦が始まってもおかしくない。というより、もう既に戦の真っ最中だ。
そんな中を「ちょっと通りますよ」と軍を率いずに俺が京へ行ったら、捕まってあれやこれやされるどころか、最悪首を刎ねられる……
ん?
三好長慶が属している軍は京へ返り咲こうとしている……?
「あぁ、そうか。そういうこと、か」
分かったぞ。
こいつら、 俺が頭を下げて「どうか皆さまを京へと導く一兵卒として従軍させてください」と願い出るのを待ってるんだ。俺を尖兵として京を制圧しようとしてるのだ。他人の褌で相撲を取るつもり、か。
体よく俺が京へ入った後には、後ろから襲い掛かり、「さようなら」とばかりに消されるに違いない。
…… なるほど、なるほど。
久々に頭にきたわ。
「ではいかがいたしますか?」
「そうだな。『堺の町を俺達が焼く』、というのはどうだ?」
「ヒッ!?」
俺の清々しいくらいの笑顔から出た言葉に天王寺屋宗達は悲鳴を上げた。
「…… 正気ですか?」
「『可能性はある』、と言っている」
「さ、左大弁殿! 御冗談を!!」
「どどどど、どうかご再考を!!」
武野紹鴎と北向道陳、二人の茶名人も慌てふためいた。
「仕方ないだろう? 俺は通りたい。そっちは通さない。なら『力づくで』、ということだ。俺はやるときはやるぞ」
「っ……」
さしもの立鳥帽子も冷や汗を掻いた様だ。狼狽の色が見え隠れしている。髪が数本乱れ肩で息をしているわ。
「堺の町が無ければ日ノ本は成り立ちませぬぞ?」
「いや、そうでもない。湊はいくらでもある」
「民草を襲えば卑怯者の誹りを受けますぞ」
「一日だけ退避の時間をやろう。逃げるには十分だ。それならばよかろう?」
「…… 左大弁殿の治める佐渡国の羽茂や小木などを焼かれたらどう思われますか? 堺の町を焼くということは某や町衆にとって羽茂や小木を焼くことと同義ですぞ」
「とても辛い。断じて許せない。だからやりたくはない。だが俺は行かねばならん」
戦乱の世の中だ。平和な時代と訳が違う。
俺の覇道を邪魔だてする奴は消えてもらうしかない。
伊達男の立鳥帽子は手に持つ扇子をプルプルと震わせた。ここまで俺が言ってくるとは思ってはいなかったようだ。見込み違いだったようだな。俺は甘くはないぞ。
震えていた三好長慶は右隣に座っていた腹心らしき男に一瞥をくれたあとおもむろに口を開いた。
「…… 左大弁殿。『ご一緒に』、というのは如何でしょうでしょう?」
「ふぅん? 細川晴元の軍と轡を並べて京へか? 俺に何の得があるのだ?」
「…… お通しできます。京へと。要請も依頼も持ち合わせない左大弁殿にとっては最良かと」
「なるほど。俺は『招かれざる客』か」
畿内に俺を待つ者はいないか……
いや? 一人いるじゃないか。
その一人の為には、俺は手段を選んではいられない。京へ行くのがこんなに難しいとは思わなかったが、仕方がない。
「なら『焼け野原にする』、か」
「!? どうか左大弁殿! 一日の御猶予を!!」
「その時間は何だ?」
「うっ……」
「頭を冷やせということか?」
確かに俺も冷静ではないのは分かっているが引くに引けない。
堺の町は、前世で「大阪夏の陣」の際に焼かれたと朧気に記憶に残っている。それ以前にも何度か焼かれたとは定満から聞いた。
前例はある。前例がないことでも俺はやるが。
だが……
怯える商人。睨みつける三好長慶。
こちらも退けない。一触即発だ……
……
「まあまあ殿。ここは一つ、茶でも飲んで喉を潤しましょうぞ」
「「!?」」
堺の町は何度か焼かれています。
1532年8月1日(享禄5年6月20日)
一向宗に襲われて三分の二を焼失。この際、三好長慶の父の元長が自刃。
1615年5月25日(慶長20年4月28日)
大坂夏の陣で大野治胤、堺を焼き討ち。これは有名ですね。
2万の家屋が燃え、8万人が住むといわれた堺の町は灰となりました。
(防災情報新聞様 等から抜粋)
本物語「第九十話 ~艦砲射撃~」付近でも触れた内容となります。
さてさて……




