第二百八話 ~土佐須崎の合戦(八)「鬼道」~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 高岡郡 須崎 佐渡軍本陣 幔幕>
「ガフッッ……」
痩身の老将、大平隠岐守元国が腹を斬った。
土佐軍の盟主は既に討ち取られている為、責任を取るには副盟主以外になかった。俺も負けていれば同じ道を辿ったのだ。憐憫の情を覚えることは決してない。
残念ながら本山氏は『族滅』だ。
既に長宗我部氏家老吉田が俺への挨拶もそこそこに軍を率いていった。後始末をしにいったらしい。既に長宗我部国親の娘は服毒により他界。本山茂宗の嫡男本山茂辰、孫の長千代ら主だった者は当然として血縁の者は全て斬られる。長宗我部家としては親子二代(兼序、国親)、あやうく三代目(弥三郎)までもその刃に掛かるところだったのだ。その憎しみを思えば否とは言えなかった。
副盟主を務めた大平氏も、本来ならば族滅だった。
だが、「降伏を進言したが盟主本山茂宗に殴られ動けなかった」という証言があったこと差し引き、血を流すのは当主のみとした。痛々しく頬を赤く染めた大平氏当主大平元国は痩せた身を震わせ、感謝の意を俺に伝えて、静かに散った。
「殿、以後の土佐は如何為さいましょうや?」
軍監の宇佐美定満が今後の土佐の統治について尋ねてきた。
戦後処理はまだ続く。俺は一呼吸おいてから、かねてから考えていた構想を皆に伝えた。
「本山氏が治めていた長岡郡の東部は、長宗我部、香宗我部、両氏に治めてもらおうと思う。津野氏と大平氏の高岡郡、吉良氏の吾川郡、これらの領地は、土佐国国主殿(一条房基)に管理してもらおうと思う。どうであろう?」
俺は皆の顔を見回した。すると義弟の上杉謙信が尋ねてきた。
「安芸氏の安芸郡は?」
「なるほど」
そこもあったな。
謙信にしてみれば一騎打ちした相手の領地だ。思う所があるのかもしれない。
「保留だ。国虎の処分を待つまでは、目付け役の不無に任せる。大丈夫だ、悪いようにはせぬ」」
「心得まして御座います」
俺の言葉を聞くと、ほっとしたように謙信は胸を撫で下ろした。国虎との一騎打ち中に、何か約束でもしたのかもしれない。
「土佐は大きく変わりそうですな……」
「そうだな。他に何かある者は?」
俺は皆の顔を見回したが異論は無さそうだ。焙烙頭巾は俺の差配に満足そうに頷き軍配を整えた。
一条、長宗我部の両家は俺への信頼が厚い。広い領地を与えても暫くは悪いようにはならぬはずだ。
大平氏と吉良氏、津野氏の土地と縁者は土佐国主一条家の監視下におかれる。遠くないうちに当主房基に国替えの手筈を整えてもらおう。本山氏の領地は長宗我部氏と香宗我部氏で管理してもらう。世継ぎの弥三郎が戻るまで、しっかりと治めてもらいたいものだ。だが……
「殿! 弥三郎殿が参られました!」
「うむ」
さて。
敵軍盟主を討ち取ったとする弥三郎。俺の問いに、どう答えるか……?
___________
俺の元を訪れたのは三名だった。
一人は、後の長宗我部元親と思われる長宗我部家嫡男弥三郎。大戦果を挙げたというのに、紫苑色の戦装束のまま俯きがちに俺の元に現れた。
もう一人は朝方会った際に『斎藤利三』と名乗った男だ。右目と右腕が包帯で厚く覆われている。酷い傷を負ったようだ。主人である明智光秀に付き添われて幔幕に現れた。
俺は出来る限りの声で一行を出迎えた。
「よく来てくれた! 特に弥三郎殿! 敵軍盟主本山豊前守茂宗を討ち取ったと聞いたぞ!!」
「は、はい……」
大戦果だと言うのに弥三郎は喉に何かがつっかえたように答えた。
ふむう。
「先ほどの首実験(首級の身元を判定すること)により、替え玉などではなく首は茂宗に間違いないとされた! よくやってくれたぞ!! あの熊のような大男を如何様にして其方が討ち取ったか、是非皆に教えてはくれぬか?」
「あ、う…… そ、それは……」
「恐れながら! 某から申し上げても宜しいでしょうか?!」
弥三郎を制して声をあげたのは、深い傷を負ったであろう包帯に覆われた斎藤利三だった。佐渡軍の盟主である俺に臆せず、堂々たる声だった。
利三の上役である光秀は慌ててその声を遮った。
「利三! 不遜であるぞ!」
「よい。申してみよ」
「ははっ!!」
利三の主君、明智光秀は利三を咎めた。確かに、一介の兵卒が大将に話しかけるなど恐れ多いと見なすのが当然だ。だが、俺はあえてその声を制した。何かを決意したように胸を張る利三の言葉を聞きたくなったからだ。
利三は時々傷の痛みに堪えながらも、朗々と言葉を発した。
「弥三郎様の業は『妙技』としか言えぬことで御座いました! 某が本山茂宗に斬られ蹲った所へ! 具足と肩当ての僅かな隙間へ体ごと刃を突き立てられたので御座います!! その速きこと鋭きこと比類なく! 鬼神の閃きのようで御座いました!!」
「「おおぉぉっ!!」」
利三の弁舌爽やかな語り口に幔幕の将達は感嘆の声をあげた。利三の言葉はなおも続く。
「この傷を見てくだされ! 本山茂宗に斬られ、この利三は右目と右手の利きを失いまして御座います! ですが! 命は落とさずに済み申した! それもこれも長宗我部家がお世継ぎ、弥三郎様の御力によるもので御座います! どうか! どうか厚く恩賞を賜りますよう!! 宜しくお願い申し上げます!!」
利三は右目と右腕を抑えながら叫ぶと、ザッとその場に平伏した。肩を担いでいた光秀の手から体をするりと抜け出て、這いつくばるように冷たい地面へ体を投げ出した。
命を救ってくれた者への感謝の言葉を痛む傷を堪えて熱弁した利三。痛々しいその姿に樺山善久や新納又八郎らはすすり泣きを始めた。
「殿…… 実に見事な口上で御座いましたな……」
「是非にも! 弥三郎殿に厚い論功を!」
皆が口々に弥三郎の働きを褒め称えた。
だが、俺は違和感を覚えていた。
……
妙だ。
利三の言葉には俺も胸を打たれた。
だが、本当に弥三郎がこの大男を討ったのか? この細い腕で、刀を持った大将首を? 無理だ。出来る筈がない。
では誰がやったのだ?
この時代に記録を留めるものなどありはしない。証言や現場の状況以外には、実際に目で見るしか確かめようがない。
大将首だ。俺がかつて「三分一原の戦い」で貰ったように、大将首を落とした者が論功行賞の第一となることが通例だ。それを譲るなどありえることではない。
軍監の宇佐美定満は平然と俺の言葉を待っている。俺にお任せというところか。
「弥三郎よ」
「は、はい!」
俺の言葉に、姫若子と呼ばれる整った顔立ちの童は返事をした。
「俺が初めて人を殺めたのは、お主と同じ頃だ」
「?!」
忘れもしない。あの日の出来事だ。
「やらなければ殺されていた。俺は今でもあの日の自分は正しかったと思う。弥三郎よ、お主はどうだ?」
「…… よく、分かりませぬ」
そう言うと姫若子は首を振った。綺麗だ。綺麗な顔立ち……
!?
…… 綺麗すぎる。着物がまるで汚れていない。体ごとぶつかって殺したのであれば、本山の返り血を浴びてる筈だ。だが朝見た時と全く同じ装いで、赤い血がついていない。
対して、血水泥になっているのは……
「利三よ」
「は、ははっ!!」
「面を上げよ」
「はっ!!」
平伏していた利三が体を起こした。
案の定、包帯で巻かれた所以外は鮮血を大量に浴びたであろう真っ赤に染まっている。
俺は利三の体つきを見た。元服した直後とは聞いたが、鍛錬を積んできたであろうがっしりとしていた。傷を負う前であれば、本山茂宗の体を貫くことはできただろう。
俺はあえて利三を試す問いをした。
「利三、お主は右目と右腕を斬られたと言ったな」
「ははっ!!」
「その体では、これから侍働きは出来ぬであろう。如何するか?」
「…… 寺に入り、下男として一生を終えまする」
少し間が空いた後、利三が答えた。だが迷いは無いようだった。本気だ。本気で自分を捨てて弥三郎の手柄とするつもりだ。
…… 誰が首を獲ったかは分かった。
だが、それを暴くことが、正しいのか?
_________
俺は迷いはしなかった。
「弥三郎よ!」
「は、はい!!」
俺は鮮やかな紫苑色の陣羽織を着た人物に、己の過去を重ねた。
「お主が本山茂宗を討ったとあれば、皆が其方を放っては置かぬぞ」
「!?」
「『親子二代の仇を討った』。それも『僅か七つで』だ。其方の勇名は土佐はおろか西国中、いや! 日ノ本全てに広がるであろう。お主にはその覚悟があるか!?」
俺の質問に姫和子だった男が答えた。
「御座います!」
「うむ!」
晴れやかに答えた弥三郎の覚悟に、俺は深く頷いた。
大丈夫だ。
こいつは間違いなく「長宗我部元親」だ。いや、「長宗我部元親を越える男」となるだろう。
「論功行賞の第一は、長宗我部家が嫡男、弥三郎殿! 敵軍大将であり親の仇である本山茂宗を見事に討ち取った! 異論があるものはおるか?」
「「御座いませぬ!!」」
賛同の波が一斉に答えた。
よしっ!
「俺からの贈り物じゃ! これから『姫若子』と揶揄されることのないよう、最上家から儂に献上された『鬼切安綱』と呼ばれる宝刀を贈るぞ! 以後『鬼若子』と名乗れ! !」
「え!? はっ! ははー!!」
俺は近習の忠平に命じて、恩賞の際に渡そうとしていた宝物の中でも飛びぬけて高位の宝を「鬼若子」に渡した。最上家が族滅を許され佐渡へ転付された際に「御礼に」として渡されたものだ。『童子切安綱』とも呼ばれていたはずだ。
「加えて! 元服した暁には儂の名の一字を用いて『長宗我部照親』と名乗るがよい! 烏帽子役は俺が行う!!」
「「な、何と!!!??」」
烏帽子役とは将来の後見人だ。先の見えぬ戦乱の世の中、一大勢力の長からの何よりも大きな保証だ。
「お主の功に報いる、俺からの最大限の恩賞に当たる! 受けて貰えるな? 弥三郎?」
「はいッ!!」
「姫」から「鬼」へ。
「長宗我部照親となるであろう男」に、もう迷いなどないようだ。一気に成長を遂げたようだ。
「加えて、斎藤利三よ!」
「!?」
本懐を遂げたように安堵しきっていた男に俺は鋭く声を掛けた。
「お主が下男になるなど、惜しいことだ。」
「いえ、侍働きできぬ某になぞ……」
「いや!」
俺は強くその言葉を否定した。
「これからの治政には侍働き以外に必要なことが山ほどある! 斎藤利三よ! お主には辻藤左衛門信俊の下で法について学んでもらいたい!」
「何と! 『三奉行』として名高い、あの方の下で?!」
「そうだ」
俺がこの時代の法を叩きこまれた、あの法律マニアの元でだ。今は法を担う能臣として広くその名が轟いている。
奴は以前から頭の冴える人物を欲しがっていた。この斎藤利三ならその眼鏡に叶うはずだ。
「…… 片目片腕の使えぬ某には……」
「『荷が重い』、とは言わせぬぞ。先ほどの口上、実に見事であった。其方の知恵を佐渡の、いや! 日ノ本の民草の為に尽くしてほしい。できる、な?」
「…… 承知仕りました」
言葉は控えめだった。だが利三の瞳からは涙が幾条にも渡って流れ落ちた。
正しさだけが法ではない。きっと利三は能臣となり、我らを助けてくれる人物となるはずだ。
「第二の功は上杉謙信! 第三の功は不無じゃ! 皆の者! 大義であったぞ!!」
「「ははっ!!」」
_________
一つの戦が終わった。
多くの命が散り、そして新たな道が開かれた。
赤い。
俺の行く道は血で染まっている。
だが、進む。
憐憫も嗚咽も悲しみも、何もかもを斬り捨てて。
たとえ「鬼」と呼ばれても。
『羽化』して蝶となった俺は、開かれた京へと続く道を再び進み始めた。
第十二章「羽化」 ~完~
これにて第十二章「羽化」を終えさせていただきます。
第十三章では……
何とブックマーク4000件を頂きました(;゜Д゜)!
初めての作品でここまで来れるとは思っておりませんでした。
引き続き、ご愛読頂けましたら幸いです\( 'ω')/!




