第二百七話 ~土佐須崎の合戦(七)「功罪」~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 高岡郡 須崎 佐渡軍本陣 幔幕>
強い潮風が戦の終わりを俺に告げた。もはや土佐軍に動ける兵はない。
戦は終わった。残すは後片付けだけだ。
幔幕中心の床几に腰かけた俺は軍監の宇佐美定満、先陣で敵軍を破った義弟上杉謙信、本山茂宗の破れかぶれの突撃を落ち着いて退けた副将の不無らと共に功労賞の最中だ。
功には賞を、罪には罰を。更なる先を目指す俺達にとって必要な場だ。
その中で一人、筋骨逞しい男が幔幕中央で両膝を折り謝罪している。
「此度のおいどんの独断専行! 本当に情けなかちゅうこつでした!」
薩摩の勇将勇将樺山善久だ。
功を焦って安芸国虎の掻盾を重ねた虎穴陣に飛び込み、敢え無く捕えられた。今回の戦が快勝と言えないことを悔し涙をいっぱいに貯め込み謝罪している。だいぶ堪えているようだ。
「顔を上げよ。樺山」
「おいどんがまんまと敵の罠に陥り、大将の上杉どんを危険に晒さしてしまいもすた! 感状はお返ししもす! 一兵卒からやい直させてくいやんせ(やり直させてください)!!」
確かに先陣を突っ走り落とし穴に落ち、安芸軍に捕まった樺山の失敗は大きかった。
慌てることはなかったのだ。兵の数でも質でもこちらが上回っていた。謙信がやったように粛々と前進すれば何も難しいことはなかった。にしても、善久は一兵卒に落とすには惜し過ぎる人材だ。
「むう……」
「何を甘いことを申すか! 善久!!」
そんな樺山善久に対して激昂した男がいた。樺山善久と同じ薩摩の同郷生まれで無二の親友、口髭をたくわえた指折れの将新納又八郎だった。
「殿! こんよな阿呆が兵にいては我が軍の質が下がっばかいに御座おいもすう! 兵卒からなどと甘かちゅうこつは許してはないませぬ! 今すぐにでん暇を出されうこっが(解雇した方が)よろしかかと存じ上げもす!」
「ほほうっ。又八郎はなかなか厳しいな」
「殿ッ! 笑いごとではなかっ! それにこん猪武者の猪突猛進を止められなかった某いも罪が御座おいもすう! いけんか某こそ一兵卒に落としてくださいませ!!」
「又八郎! 何を申すかッ!?」
「黙れい善久! 知恵を付けよ! 思慮深く動けッ!!」
言い争いを始めた樺山と新納。このままでは埒が明かない。
「殿……」
心配したように俺の孔明、軍監の宇佐美定満が俺に話しかけてきた。
「大丈夫だ、焙烙頭巾」
俺は片手で定満の動きを制し、二人に語りかけた。
「新納よ」
「はっ!!」
「『樺山を止められなかった己に罪がある』と言ったな?」
「ははっ!」
俺はその答えを聞いた後、おどけたように少しばかり顔を傾け、敢えて困った顔をしてみせた。
「困ったのう。お主が罪を被るというのならば、もっと罪深い者がおるぞ」
「だ、誰でもすかっ?」
目を丸くした新納に対して、俺は自分の心の臓を指さした。
「ここに居る。『其方らに前線を任せた俺』にこそ罪があろう?」
「あっ……?! い、いや。そんよなこたあ(そのようなことは)……」
「俺の判断違いだ。ならば俺も一兵卒からやり直すべきか?」
「い、いえっ! 決してそんよなこたああいもはん(ありません)!!」
俺と新納のやり取りを見た樺山は慌てて平伏した!
「と、殿ッ!! 又八郎に罪は御座らぬ! 全ては短慮に走ったおいどんのせいでごわすっ! どげんせんといかん…… これからは熟慮に熟慮を重ねもひて……」
「よい、善久よ。お主に熟慮は必要無い」
「あっ……!?」
顔を上げた片耳の勇将と、不思議そうな顔をしている幔幕の諸将達を俺は晴れやかに声をかけた。
「熟慮する必要はない。熟慮には熟慮、短慮には短慮の良さがあろう。俺には樺山善久、そして新納又八郎。お主らの剛毅果断な力が必要だ。止まらぬ力が必要な時は多い。無理に自分を変える必要はない」
「「と、殿ぉ……」」
誰にも得意なことと苦手なことがある。それらを把握し生かすことこそ指揮官に必要な力だろう。完全無欠な人材など居らぬのだ。
「新納、お主に罪は不問とする」
「あ、えっ、しかし……」
俺は指折れの勇将を制した。そして俺は立ち上がり、罪を自認している片耳の勇将に近寄り肩に手をかけた。
「そして樺山よ。此度の其方の不始末。確かに大きい」
「ははっ! 覚悟はできておりもすっ!」
「賞罰を言い渡す……」
ゴクリ
善久や幔幕の将達の生唾を飲み込む音が聞こえた。
「お主の罪、『次の戦働き』で払ってもらう」
「…… えっ?」
意外な言葉に戸惑う者達。
俺はニヤリと笑った。
「次回の戦で活躍をしてもらう! 戦に嵐をもたらせっ! その働きによりこの罪を帳消しと致す。つまり『後払い』じゃ!」
「は、ははっ……!?」
「その時は、酒の一甕もやらぬからな! 覚悟しておけっ!!」
「そ、そげんー(そんなー)……」
ワッハッハッッ!!
陣が笑いに包まれた。
俺にとって、いや、佐渡軍にとってこの勇将二名を失うことは多大な損失過ぎる。功を為して罪を消させる。俺の言葉に両名は深々と俺に向かって頭を下げた。
「……寛大なご沙汰、感謝しきれもはん」
「アイガトサゲモシタ(ありがとうございました)」
「期待している。両名、今日の所は下がって休め」
「「ははっ!!」」
一罰百戒という言葉はある。一人を罰することで百人、つまり多くの者への戒めとするというやり方だ。
もちろん、そのような術を使う時もある。だが今は罰よりも功で人を動かそう。
一つは片付いた。
俺にはあと三つの案件がある。次々に片付けねばならん。
「虎を連れて参れ」
俺は次の案件へと声を発した。
_____
奇抜な真っ黄色の陣羽織。丸顔に尖った歯。
縄で縛られ周りは敵だらけで震えているかと思えば息高々と上を見上げている。なるほど、安芸国虎とはこのような男か。
「お主が安芸の虎、安芸国虎か」
俺の問いに、安芸五千貫の領主は悪びれずに口を尖らせた。
「…… ほほう? やっぱり、いい面構えをしちゅうで。佐渡の御大様は!」
「こ奴! 図に乗りおって!!」
尊大な様子の国虎の様子を見て、中条景資が憤った!
「大殿に向かっての非礼! 許せぬぞっ!! 平伏せぬかっ!!!」
俺は烈火の如く怒った景資を初めて見た。
恰幅が良く普段は温厚でどちらかと言えば謙虚な感じだが、怒れば顔を真赤に膨らませるのか。為景殿の懐刀だった親父の中条藤資にそっくりだ。血は争えぬものだな。
「儂はぬしらにまけちょらん。だから頭は下げん」
「な、なぬっ?!!」
人を喰ったような物言い。安芸国虎は駆け引きというものを全く意に介さないようだ。
「儂は謙信には負けちょったぜよ! だが佐渡軍にはまけちょらんきぃ! それだけぜよ! しゃんしゃん(さっさと)首を斬っちょき!」
「なるほど」
肝が据わっているようだ。
掻盾戦術を用い寡兵で衆兵を止めた技量。そして短慮であったとはいえ猛烈な勢いのある樺山の軍を止め善久を捕えた才覚。安芸国虎、このまま斬るには惜しい人材だ。
上杉謙信と一騎打ちをした後、負けを認めて縄に付いたと聞いた。さて、どうやったら口説き落とせるか……
「我らに歯向かった者は許せはせん。本来であればこのまま斬首であるが……」
「あいや殿! この者を斬るのはお待ちくだされっ!!」
お、不無が止めてくれた。助かった。何か策があるようだ。
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不無は先日、安芸国虎への調略へ向かった。断られたが、米を一俵貰ってきた。『奈半利米』というらしい。小粒だが厚みがあり、さらっとして噛むと甘さがフワッと広がる旨い米だった。病気や暑さにも強い米だということだった。
「この安芸国虎という男、そして安芸郡の領民たちは『奈半利米』という『旨くて強い米』の製法を知っている。しばらく締め上げて製法を聞き出す」
不無の言葉で国虎の処遇が大方決まった。
米は日ノ本の我らにとって紛れもない主食で欠かすことができない。人々が飢えへの怖さから戦を起こす戦国の世において、何よりも大切な農産物だ。
「国虎の命を取れば領民は動かない」という話に乗り、俺は不無と話を合わせるようにして安芸国虎を『処分保留』とした。締め上げるとは言ったものの、実際はそれほどでもなかろう。
景資らは不満そうだった。少なくない自分達の兵を傷つけた敵であり、上役である謙信の命を少しでも脅かしたという点でも不満があったようだ。だが、一騎打ちした当の謙信からも「斬るには惜しい」と言われたことで渋々受け入れた。
「ふん、礼は言いやーせんよ」
「当たり前だ。礼というものは自発的にするものだ。人から強制されるものではない」
「……ははん? げに(実に)しょうえい(面白い)男ぜよ」
そう言うと虎は、縄で縛られたまま不無の陣へと連れていかれた。さて、俺にあの虎を飼い慣らすことができるだろうか。
……その前に、一番の功罪を片付けねばならん、か。
「敵軍副盟主大平隠岐守元国と、長宗我部家嫡子弥三郎殿を連れて参れ!」
土佐須崎の雪割り桜が、潮風に吹かれて静かに揺れた。
次回、土佐編のラストです(予定)
なかなか思い通りに進まない筆者です(*´Д`*)
「一罰百戒」は、小さな失敗を咎めてルールを守ることの重要性を知らせる手段の一つですが、一罰の人物のプライドを圧し折ることに繋がりかねません。慎重にやりましょう。「褒めるときは大勢の前で、叱るときは個人的に」と言われていますからね。
作中の奈半利米とその食感は、安芸郡奈半利町の特産米から使わせていただきました。とても美味しいそうです(*´ω`)食べてみたいですね。
ふるさと納税では米をお願いしている作者です。米は必ず食べるし、いくらあってもいいですからね。佐渡の米も美味しいです。




