第二百四話 ~土佐須崎の合戦(四)「龍虎」~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 高岡郡 須崎 土佐安芸軍・佐渡上杉軍 >
それは時間の問題だった。
安芸国虎率いる掻盾隊の主任務は足止め。相手の突撃の勢いを削ぐことには長けていた。しかし時間をかけた着実な攻めには効果が薄い。一歩また一歩と佐渡上杉軍の前進を許した。肝心の本隊の側面攻撃は為らずこのままでは崩壊することは明らかだった。
「本山のほら吹き(嘘つき)のべこのかぁ(馬鹿者)が! わしらを見殺しにする気か!」
「殿! はや(もう)持ちませぬ! 御退却を!」
「退けるかッ! わしは退かぬぞ!」
部下の声に耳を貸さず安芸国虎は下がるどころか馬を駆った。愛用の槍を持ち最前線へと颯爽と駆け叫んだ!
「儂が『安芸五千貫』を束ねる安芸国虎じゃぁ!! 佐渡上杉軍が大将! 上杉謙信よ! 出て参れ!! 樺山は捕らえておるぞ!! この安芸国虎と一騎打ちするぜよッ!!」
その虎の咆哮は最前線全体にまで轟くほどだった。
「出てこいやぁ! 出ぬなら樺山の首を晒すぞぉ!! この『土佐虎』の皮を剥ぎにここまでこいやぁぁああああ!!!」
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敵軍大将の咆哮は佐渡軍先陣に響き渡った。
父中条藤資から「片喰」紋を譲られた中条景資は冷静に謙信を押しとどめた。
「龍様! 行かれることはなりませぬ! 勝利は目の前です」
だが、
「……いや。行こう」
当の龍の眼光は鋭さを増していた。明らかにやる気だった。
「ッ!? 龍様! なりませぬ!!」
「龍どんッ! 樺山のこっならお忘れくだされ! 独断専行で相手に掴まったのなら死んだも同じ! 取い返そうなど思わぬこっです!」
樺山の幼い頃からの同胞新納又八郎も止めた。捕えられて敵の交渉材料に使われるなどもっての外だと考えた為だ。
「……あの男を『生きたまま捕らえよ』と義兄上に頼まれた。それに樺山を放ってはおけぬ。身を挺しても俺は止めるべきだったのだ。これは俺の責任だ」
「龍様!?!」
「龍どんッ!! 待ってくいやんせ!」
「ハイヤァッ!!!」
そういうや否や勇名轟く佐渡第三艦隊「龍」の大将は名馬「放生月毛」を駆り敵大将の所まで一直線に猛進した!
「な、ならん! 龍様を追え! 追うのだ!!」
大将を討たせてはなるまいと副将らは慌ててその月色の閃光を追った。
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ガキンッ!! ガキィィイイン!!
槍と槍がぶつかり合う!
「龍」と「虎」の膂力はほぼ互角。既に近くで渡り合い部下達は見守る他なくなっていた。
「よお来たなぁ! 震えてちびって逃げ出すと思うたぞ!」
「はははっ!! 俺は負けんぞ!! 樺山は返してもらうぞ!!」
謙信の雷の如き突きを躱し横殴りに柄を振る安芸国虎。その旋風を馬を引いて躱す上杉謙信。再び渾身の力でぶつかりあう槍と槍!
ガシィイイイン!!
互いに重く堅い黒樫の槍。強烈な衝撃に互いが「グウッ」と息を洩らす。
「ど、どちらが勝つんだ……?」
「龍様……」
ガン! ガキンッッ! シュッ!!
大将同士の一騎打ちは続いていた。だが戦局は既に決した。
佐渡上杉軍は安芸軍を完全に無力化していた。両端から取り囲むが如く敵陣を包囲しつつあり残るは樺山の首に刃を突き立てた緋色の陣羽織を着た将とその手勢十数名。そして大将安芸国虎のみであった。
「諦めたらどうだっ!? もうお主の軍は力を失ったぞ!」
「ほきも(それでも)儂は諦めやーせん!!」
再び己の持つ最大の力で槍を振るう国虎!
「この分からず屋があああああああ!!!!」
謙信も怒りの形相でそれに真っ向から立ち向かう!!!
必殺の力を込めた槍と槍が鞭のように撓り激しくぶつかり合った!
バシィィィイ!!!
「ぬぅっ!」
苦痛に顔を歪めた謙信!
だが強靭な足腰を持つ名馬「放生月毛」はその衝撃に耐えて二尺ほど下がったのみだった。
安芸国虎の馬はその衝撃に耐えられなかった。後ろ膝をくの字に曲げた後に尻から崩れ落ちてしまった!
「グ、グアッッ!」
ドン! ドゥゥゥッン
馬から転がり落ち大地に投げ出され安芸国虎。槍は遠くへ離れてしまった。片や未だ馬上で槍を構える上杉謙信。形勢は明らかだった。
「や、やったぞ!」
「龍様ぁ!」
佐渡上杉軍の皆がそこへ駆け寄ろうとした。
だが鮮やかな黄蘗色の陣羽織を着た将は負けを認めてはいなかった。
「儂は負けとらんぜよ!!」
「むっ!?」
「馬のせいじゃ! 馬の善し悪しで決まったばあじゃ! 儂は負けておらんぜよ!! 馬から降りて刀で勝負せい!」
土佐虎の精一杯の強がりだった。
その全く負けを受け入れない様子に佐渡上杉軍の兵達は一斉に怒号を発した!
「何を言うか! 馬の善し悪しも技量のうちじゃ!」
「さっさと樺山を放たぬか!」
「見つらかのう(見苦しいのう)!」
だが批判を意に介さず憮然と立ち続ける安芸国虎。
ビリビリとした空気の中佐渡上杉軍の兵がじりじりと虎との距離を狭めて……
「待てッ!」
「!?」
浅黒い顔をした上杉謙信はそう言うとサッと馬から降りた。
「分かった。刀で相手しよう」
「…… ほっ。べこのかぁが……」
「『刀』で力量をはっきりさせようではないか」
ギラリ
謙信の眉目好い表情が一変した。初めて人を殺した時のように目は釣り上がり口は真一文字に結ばれた。謙信は腰から名刀「山長毛」を抜くと青白い炎を身に纏ったかのように気迫を漲らせた。
「…… 『龍』か…… 」
「いくぞ『虎』よ!」
_____________
……
数合で勝負はついた。
安芸家代々に伝わる備前の太刀は、稀代の名刀「山長毛」により斬られていた。
キンと澄んだ音を立てて刀が役に立たなくなったと気づいた安芸国虎は太刀を捨て脇差へと手を伸ばした。
だが脇差で太刀には敵うはずはないと考え直し手を離して再び悪態をついた。
「なんじゃあその刀は! ずるぜよ!!」
「ふむ、この『山長毛』が狡いか。まあ、確かにな」
「! 『山長毛』!? 備前の最高傑作ぜよッ?! 折れたらどうするつもりじゃ!?」
「…… 『刀は使ってこその刀。飾る刀なぞ意味はない』、と義兄上が言ったのでな。使ったまでよ」
「…… しょうえい(面白い)男じゃな。その義兄上ってのは」
そう言うと空を見上げた安芸国虎。
それは死を覚悟したような表情だと上杉謙信は悟った。
「そいじゃ儂は斬られるぜよ。その山長毛でバッサリとやってくんな」
「……」
「約束通り、へちの薩摩の片耳は解き放つぜよ。代わりといっちゃなんけんど、そこの儂の兵は殺さき(殺さないで)ほしいぜよ」
安芸国虎は満足していた。約束通りの側面を衝く援軍はこなかったが最期にいい勝負ができた、と。
「……」
「斬れ」
満足気に空を見上げて言った安芸国虎。死を受け入れる覚悟のできた虎は両手を広げた。
……だが上杉謙信は思いもよらぬ行動を取った。
ポイッ
ドサッ
「「!?」」
「龍様!?」
「山長毛を!!」
上杉謙信は山長毛を自分の後ろに投げた。そして無手となり安芸国虎へと近寄っていった。虎は目をカッと見開いた。
「残念ながら『お主を殺すな』と義兄上に言われておるでのう。まだ勝負はついておらぬぞ。刀はない。徒手じゃ。徒手で勝負じゃ」
「はぁ?!」
丸顔からぎざぎざに尖った歯をのぞかせた安芸国虎。虎の開いた口は塞がらなかった。
「…… おんしは…… 」
安芸国虎は生まれて初めて「嘘をつかない男」を見た。
(今まで何人もほら吹きを見てきたぜよ。自分のことばかりで他人なぞどうでもいいもんばかりの世の中。『安芸五千貫』を喰い物にしようと与太もんほら吹きがこじゃんといたぜよ。わしの父元泰は敵に誘い出されて死んだ。わしもしまいに騙されて死ぬかと思っちょったがが……)
安芸国虎は己の知らない世界があることに目を回した。そして、
バタン!
大の字のまま真後ろへ倒れ込んだ!
「……おんしは本当に……」
「本当に?」
「……べこのかぁ(馬鹿者)、ぜよ……」
「……誉め言葉と受け取っておこう」
薄っすらと笑う謙信の声を聞き、安芸国虎はぎょろりとした大きな丸い目をゆっくりと閉じた。
『龍』は『虎』を破った。
だがそれは虎の新たな歩みの始まりであった。
一騎打ちについて
横山三国志で育った筆者です(*´ω`)
「馬超と許褚の一騎打ちは見応えあったなあ」と思い返しています。
でも実際の一騎打ちは三国志の時代でもそう多くはなかったようです。
(太史慈と孫策、呂布と郭汜、馬超と閻行、関羽と顔良が史実で戦ったとされているらしいですが)
そもそも、戦で大将が討たれたらその場で総崩れです。そんなリスキーなことを受けたくはありません(*´Д`*)戦国時代でもほとんどなかったようです。
「第四次川中島の合戦」で謙信が信玄に刀で斬りつけて、信玄が軍配で受けたという逸話。
これも『甲陽軍鑑』に『白手拭で頭を包み、放生月毛に跨がり、名刀、小豆長光を振り上げた騎馬武者が床几に座る信玄に三太刀にわたり斬りつけ、信玄は床几から立ち上がると軍配をもってこれを受け』とありますが、どうだったのでしょうか(*´ω`)? 軍神様ならありえることですが。
平安時代~室町時代では「正々堂々」と一騎打ちが粛々と行われたそうです。「やあやあ我こそは~」と名乗ることは、集団戦を基本とする戦国時代ではなかったのでしょう。
でもやっぱりロマンを感じます。今回は互いの損得を考えて一騎打ちとなりました。
戦いは終盤戦へ……




