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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十二章「羽化」

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第百九十八話 ~須崎八幡宮の変「一」~

<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 高岡郡 須崎 須崎八幡宮 境内  >



(いよいよ、儂が土佐を統べる者となる日がやってきた…… 

 土佐に眠る英霊たちよ! 八百万(やおよろず)の神よ! 儂に全知全能の力を与えたまえ!!)


 パン!

 パン!!


 深く念じた後、腰を直角に折り礼をした壮年の男。

 四肢には力が漲り脂は乗りに乗り、顎鬚を蓄え目に強い光を宿すこの男こそ、土佐中原の覇者本山(もとやま)家当主本山豊前守(ぶぜんのかみ)茂宗(しげむね)その人であった。伝来の刀を佩き、磨かれた鎧兜は日の光に勝るとも劣らぬ輝きだった。


「…… 強く念じられておりましたな」

「おぉ、隠岐守(おきのかみ)殿。いよいよと思うと昂ぶりましてな。是非、儂に力をお貸しくだされ!」

「何を申されますか。この戦の後には豊前守殿は土佐の()()となられましょう。我が力、存分にお使いくだされ」

「ふふっ、『()()』か。よき響きですな」

「その暁には、細川京兆家からよい偏諱(へんき)を頂けますぞ」

「おぉ!」


 大平(おおひら)隠岐守元国(もとくに)からの心地よい言葉に茂宗は心を躍らせた。


「…… 長かった。ぼろ布を着て吉野川で痩せた川魚を追いかけていた日々が嘘のようじゃ。貧しい山中から豊かさを追い求め、戦に明け暮れた日々も今日でようやく終いじゃ」

「本山、大平、津野、長宗我部、香宗我部、吉良、安芸が揃い、土佐一条家を攻め滅ぼす。何とも壮大でございまするな」

「ふん、その中に『長宗我部』が入っておるのは気に入らんがな。いつもへこへこと笑いおって気持ちが悪い。尻尾を出さぬがあ奴はいつも何かを隠しておるはずじゃ…… まあ、き奴の村々には儂の手の者を放っておるし、奴の娘は茂辰(嫡男)の嫁として閉じ込めておる。もしも儂を裏切るようなことをすれば血の雨が降ろう。腰抜けのあ奴が、儂に歯向かうことなぞ出来はせぬはずじゃ」

「…… ですがお気に召さぬのでありましょう? 一条を屠った後は…… 消しますかな?」

「はは! 人聞きの悪い事を申すな。…… まぁ、()()()()国親の兵が、()()()()儂の馬を傷つける、なんてことも、あろうや?」

「…… ふふふふ。流石は()()()()()()で天竺氏や横山氏を喰われた御方。某にはお手柔らかに申し上げますぞ?」


 茂宗はグフフと獣のような低い音を立てながらニヤリと笑った。


「この戦国の世において『人を信じる』ことの愚かさよ。常に用心深く、裏の裏を読むことじゃ。さすれば儂のように……」

「おいおいおい! 何じじい二人でひそひそ話してるんでい?」


 そこへ割って入った若者がいた。


「しゃんしゃん(さっさと)おっぱじめるぜよッ! 戦をッ!」

「…… 意気威だな。安芸(あき)の虎よ」


 話を切ったのは、安芸氏当主の安芸国虎(くにとら)であった。決まりの黄蘗(きはだ)色の陣羽織を纏い、槍を頭の後ろで組んで出陣を今か今かと待ちわびている様子であった。


「吉良も来てるぜ。けんど長宗我部の(じじい)と香宗我部の震え男はまだ来てのおし。あいつらどうしちゅうのにかぁーらんか(どうしてるんだろうか)?」

「全く。刻限も守れぬとは情けのない奴らじゃ」

「如何にも!」


 不満気な様子を隠そうともせず、強く非難した茂宗と元国。


 ここ須崎八幡宮は七雄のうちの六雄が集うと決めた地であった。残る津野氏は土佐一条家が珍しく攻め入っているのを居城姫野々城で待ち構えるためここにはいなかった。


「…… 佐渡の羽茂本間か。我らの邪魔をしおって!」

「全くですな。盗人猛々しいにも程がありますな」

「土佐のことは土佐の者が仕切る! ぽっと出の成金大名が我らが土佐へも手を伸ばすとは言語同断! 刃向かうようなら我らが力を見せつけてやるわっ!」

「「応ッ!」」


 当主たちが声を合わせたその時だった。


「…… ぉ~い。おーい。待たせたのう~」

「来たか」

「全く、鈍いにも程があるわ」


 声の主は長宗我部国親だった。深い皺を額に蓄え、へいこらと境内へと息を切らせながら歩みを進めてきた。


「遅いぞ! 国親!」

「いやいやいや、面目ない面目ない。()()()がありましてなぁ。平に平にご容赦を~」

「今がいつと思うておりますやら! 先陣を任されたのやから気張りなされや!!」

「はははっは」


 いつものように気の入らない返事をした長宗我部国親。だがいつもとは()()()()があった。それが何か気付いた者はここにはいなかったのだが。


「…… 香宗我部の親秀はどうした?」

「へへへっ、それがですのう……」


 国親がニタニタと笑いながら答えようとしたその時だった!


 ガチャガチャガチャ!

 

「御注進! 御注進!!」


 ズタッ!

 

 本山家の家臣の一人宇賀平兵衛が国親よりも息をぜはぜはと切らせながら境内へと飛び込んできたのだ!


「何じゃ平兵衛ッ?! 敵が攻め入ってきたかッ!!?」

「い、いえ!! そうではなく……」

「では何じゃ!!?」

「きっ、きっ、来ました!!」

「何が来たのじゃ?」

「うっ、うっ、うっ……」


 ゴクリ


 宇賀平兵衛は深く息を呑み込むと皆に聞こえるように大声で叫んだ!


「宇佐美ッ! 羽茂本間の()()()()ッ! 『今孔明』()()()()()が我らへの使者として参りましたぞ!!」

「「なぬっっ!!?」」

本山茂宗は土佐の覇権を握った実力者であったとされています。後に本山氏を併合するきっかけを作った長宗我部元親の父長宗我部国親さえいなければ、そのまま本山氏が土佐の戦国大名として名を馳せたのではないでしょうか。


土佐は鎌倉初期より細川氏が守護として治めていた地でした。応仁の乱以降は細川氏の勢いが急速に衰え実権を失い、代わりに台頭してきたのが土佐七雄と呼ばれてる豪族達です。

本山氏はその一つ、山の中の一豪族に過ぎませんでしたが、以前から長宗我部氏を快く思っておらず、永正4年(1507年)周辺の豪族に声をかけて国親の父親長宗我部兼序を岡豊城で自害にまで追い込みます。本山氏は以降も勢力を拡大し続け、本物語と同様に土佐一条家と度々衝突したとされています。

本山茂宗の評判は非常によく、立身出世を夢見た傑物だったようです。浦戸に浦戸城を築き、浦戸の湊から堺や坊津などの湊との交易も行っていたとされています。



今年も佐渡へふるさと納税をした返礼品として「朱鷺と暮らす郷」米が届きました(*´▽`*)

羽茂に済む叔父叔母からも年賀状が届きました。落ち着いたらまた遊びに行きたいところです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 照栓との戦に備える四国連合軍。 そこに現れた炮烙頭巾、さてどうなりますかねぇ・・・。 タイトルが何やらきな臭いがねぇ(・∀・)ニヤニヤ
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