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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十二章「羽化」

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第百九十五話 ~姫野々城攻防戦~

<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 幡多(はた)郡 中村御所~下田湊間 下ノ加江(しものかえ)村付近>



「津野基高だけでなく、本山、長曾我部、安芸すらもか!?」

「ははっ!」


 どうやら土佐中部東部の国人衆達が、土佐一条氏を見限って反乱を起こしたらしい。

 一条房基の性急な口調から、かなり意外な展開だったと伺えるが。さて、生まれ変わった男はどう出るか?


「ふん! どうせ猜疑心(さいぎしん)の強い本山茂宗が周辺の者共を焚きつけたのであろう! 有象無象(うぞうむぞう)の集まりなぞ物の数ではないわっ!!」

「と、殿……!!?」

「!? は、ははっ!!」


 驚いた様子の髭家老の監物さんとムキムキ叔父さんの土居さん。主君の変わりぶりに目をパチクリさせている。

 うん、吹っ切れたようだ。この様子なら期待できそうだ。


「一条の力を見せつける時ぞ!! 伊予の西園寺殿にも声をかける! 一気に津野基高の居城姫野々(ひめのの)城まで追い落とすぞ!!」

「「おおっ!!」」


 意気揚々。この主君の元なら、昨日は羊の如き従順さだった土佐の兵達も狼に変わることだろう。率いる者の腕はそれほどまでに大きい。

 ここは手を貸すべきだろうな。


房基(ふさもと)殿」

照詮(しょうせん)殿。打球の続きは又の機会に! 土佐のいざこざは我らの手で片付け申す!」

「差し出がましいかもしれませぬが、某の軍も助太刀させていただきまする。本願を果たす為に他人の手を借りることに遠慮はいりませぬ」

「ぬっ……」

「それに」


 俺は房基の母の醜い(あざけ)り顔が目に浮かんだ。


「き奴らは我ら佐渡軍が来ているにも関わらず兵を挙げた。即ち、某に対する()()()()と言えまする。……大凡(おおよそ)、本山氏らは某を『百姓からの成り上がり』とでも言って軽んじておるのでしょう? ねぇ、羽生殿?」

「ひ、ひぇっ!?」


 ドテッ


 屈みこんでいた海老家老が今度は仰向けにひっくり返った。百点満点の反応だ。どうやら大当たりのようだ。


「我ら佐渡軍に兵を向けることが、()()()()()()()骨の髄まで教えて差し上げねばなりますまい」


 ゴクリ


 唾を飲み込む音がそこかしこから聞こえた。京へ向かう途中だ。これ以上反抗する者がいないよう、西国の者共に()()()伝えねばならん。この狂った時代を一早く終える為にも。


「で、では我らは宿敵津野氏が主城姫野々城へ! 照詮殿は支城に備えている本山茂宗、長宗我部国親、香宗我部親秀、吉良頼康、安芸国虎らの抑えをお願いいたしまする!」

「なるほど。承知致した」

「照詮殿の軍の精強さは昨日肌で感じ取り申した。戦慄を覚えるほどの、格別の強さがあり申そう。ですが、努々(ゆめゆめ)油断為されぬように。土佐国の猛者共は一丸となれば強さが増しまするぞ」


 土佐国国主は真剣な目つきで警告すると、我らに一礼した後、土居ら家臣団を連れて足早に戦場へと赴いていった。



_________


「俺達も行くぞ。忠平! 鎧をもてい!」

「は、ははっ!」


 俺は近習の忠平らに戦装束の準備を命じた。打球の衣装は鎧を着る過程の装束だ。いつ敵が来ても対応できるようにしておく為のものだ。


 戦装束をしている間に俺の周りには、宇佐美定満、上杉謙信、島津尚久、不無、明智光秀ら主だった将達が続々と集まってきた。


「殿」

「何だ? 定満」

「『正面突破』されるおつもりでしょう?」

「そうだ」


 相変わらず飾らぬ実直な男だ。焙烙頭巾を目深に被り思考を巡らせているようだ。手間取る時間は無い。『車懸り』などを駆使して一気に敵を屠る算段だが。


「それもよろしいでしょう。謙信殿らの兵は手持無沙汰でしょうし」

「…… 何か計でもあるのか?」

「いささか」


 そう言うと定満は、不無と明智光秀に目配せをした。二人共「心得ました」とばかりに頷きニヤリと笑った。


「我ら三名の舌先三寸で」

「土佐国人衆の力を半分にしてご覧に入れます」

蹂躙(じゅうりん)するのはその後からでお願いいたします」


 舌先三寸、ということは外交か計略、か。


「詳しく聞こうか」

「ははっ。先ほど、房基殿は『土佐の兵は一丸となれば強くなる』と申されました。北を山に、南を海に阻まれた土佐国は厳しい土地。故に心が一つにまとまれば猛勇となる、ということと推測いたします」

「ですが国人衆達は土地が東西に長く人の交わりが少ないが為に、争いが尽きなかったと聞き及んでおります。この度は中部の本山茂宗を総大将、同じく中部の大平氏を副将としておりますが、東部の長宗我部、香宗我部、安芸とはしっくりいっていないとか」

「人の心は強くもなりますが弱くもなり申す。『背後から城を襲われる』と(ささや)けば……」

「面白いこととなりましょう」

「特に、猜疑心の強い者ならば尚更かと」

 

 三人はとても()()顔をした。そう、飛び切り()()()()だ。


「ふむ……」

 

 

 戦は一人でやるものではない。

 定満、不無の力は頼りになる。光秀もやる気十分のようだ。この三人が勇躍すれば戦はより有利に働こう。今後の戦術の幅が広がるだろう。それに、光秀の案を先ほど蹴ったばかりだ。ここで功を立てさせてやらねば以降の士気に関わる、か。

 相手がぐらつけばその分、戦は容易くなる。だが強い敵との戦も必要だ。敵を倒すことで我が軍は更に強くなる。

 

 三寸舌x3の九寸舌による分断作戦は有効に思える。だが時間を取っていると京への道が遠くなる。

 ここで戦力を使うか、後に取っておくか……?



「照っちー、俺はー?」


 …… こいつを忘れてた。相変わらず呑気(のんき)に串焼きを頬張ってやがる。


「うむ、尚久か。()()()()()

「えー? 俺も戦に混ぜてくれよー」

「いや。()()()()()。船で寝ててよいぞ」

「そっかー。じゃあ船の手入れをしてから寝るわー」


 そう言うと尚久はボリボリと頭を掻きながら船の方へと向かっていった。

 今回の陸で戦において、海の猛者尚久に出番はない。温存という名の待機だ。この先に出番があるやもしれんから堪えてもらおう。

 

「某はいつでも!」

「先陣はお任せあれ!」

「やってやいもす!」

 謙信、中条(なかじょう) 景資(かげすけ)樺山善久(かばやまよしひさ)らは武功の立て所と見てやる気十分だ。



「では、こうするぞ!」



__________



<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 高岡郡  姫野々城 評定の間 >



「糞ッ! どうなっておるのだ!?」

「あの京かぶれで軟弱な一条の兵共があれほどまでに勇猛となるとは!」

「殿! 西丸が敵に落ちました! 如何いたしましょうや!!?」

「ぐ、ぐぐぐっ……」


 津野氏当主、津野基高は奥歯を噛みしめた。

 土佐一条房基が京よりの公家の前に泣きながら謝罪したと聞き、「何たる脆弱さ」と(あなど)り近隣の村々を襲ってきたことが仇となった。城の前に打って出た野戦で一条氏の猛攻に大敗。今も居城姫野々城が落城寸前まで追い込まれていた。


「た、耐えろっ! 我らの後ろには本山殿や大平殿が控えておるッ! 耐えていれば……」

「…… それは無理であろうな」

「!? ぬ、何奴ッ!!?」


 ズバッ!

 

「ぐぎゃっ!」

「ひ、ひえええええええぇぇ!!」


 そこに現れたのは五摂家一条家由来「一条藤(いちじょうふじ)」の家紋を背負った武士達。土佐一条家の兵達が既に城へと雪崩(なだれ)れ込み、評定の間にいた津野氏家中の者達を縛り殴り討ち果たしていたのだった!


津野基高(つのもとたか)ッ! お主の命運ここまでじゃ!!」

「観念せよっ!」

「ぬ、ぬふっ!? 御所様に土居宗珊(どいそうざん)!? まさかこんな処にまで……」

五尾(いつお)村、山出村の領民を(しいた)げ、儂に再び反旗を翻すとは言語道断! 罪を認め今すぐ腹を斬れ!!」

「…… ふふふっ」


 追い詰められた津野基高。既に家中の者は縛られ捕えられ(むくろ)と化した。だが意味あり気な笑みを浮かべた。


辞世(じせい)の句を()む時くらいは待ってやろう」

「よいのですかな、御所様? 儂の後ろには……」

「本山や大平、長宗我部らか? 残念だったな」

「そちらには佐渡の左大弁殿が向かわれた。いくら待っても後詰めは来ぬぞ!」

「なっ!!?」


 基高の蟀谷(こめかみ)から冷たい汗が流れた。一筋、いや、滝のような汗が流れた。流れ落ちた。

 己の命運が尽きかけていることを悟った基高。命を長らえる術へと方針を変えた。大仰に両手を冷たい床へと合わせ小さく屈みこんだ。一か八かの大土下座である。


「ま、ま、誠に申し訳ございませんでした! 某の不徳の致すところ御所様には大いなるご迷惑をお掛けしました! 降参! 降伏いたします! もう決して二度と……」

「お主、以前もそう言ったではないか? 『二度と儂に逆らわぬ』と」

「な、情け深い御所様なら! お許しになられるはずです! 五摂家の尊き血を色濃く引き継ぐ御所様なら! 野蛮な事は為されぬお筈! それに『徳を以て(うら)みを(ほう)ず(うらみを晴らそうとするのではなく、徳を施すことで相手を自分の影響力の下に置いたほうがよい)』と老子にあるではありませぬか!?」

「…… 無駄だった」

「へ?」


 以前であれば家名の為儒学の教えに従う為にこの男を許したはずであった。

 だが羽茂本間照詮に教え諭された土佐一条房基は既に過去の自分とは完全に決別していた。新たな自分を見出し動き始めたのだった!! 


「儂はもう昔の儂ではない!!」

「!! ぬぅ! かくなる上は……!!」


 刀を抜いた津野基高! そこへ!


 ガチャ!

 キン! ズボッ!!


 情け容赦ない土佐一条家の家中の槍が、筆頭家老土居宗珊の刀が、基高の喉を突き刺した。

 一瞬止まった基高。断末魔はあげなかった。あげた言葉は辞世の句ではなく治めていた高岡郡と津野の地についてだった。

 

「た、高岡は…… つ…… つの、津野は……」

「安心せよ。儂が治める。迷わず往生せよ」

「…… ……」 

 

 バタッ


 津野家最後の当主の躰の熱が少しずつ、評定の間の冷たい板と同じものへと変わっていった。藤原氏傍流から続いてきた津野家は史実よりも早く日ノ本から姿を消した。

 

 津野基高の最期を見届けた土佐一条房基は、南東を向きながらいるはずの者へと感謝と祈願の念を送った。


「次は、照詮殿の番でござる。御武運を!」

年の瀬ですね。今年最後の更新となります(*´ω`)


津野氏は本来ならば土佐一条家に服従し家臣となるはずでした。史実であればその血は基高の孫の勝興までに引き継がれますが、1578年勝興の死によって途絶えます。津野家の名は養子として迎えた長宗我部元親の三男津野親忠が引き継ぎますが、関ケ原の戦いにおいて親忠が切腹させられ、津野家は断絶。姫野々城も打ち壊されてしまいます。


土佐七雄の長宗我部と香宗我部。「似てるなー」と昔から思っていました。

大雑把な大筋を調べると、1156年の保元の乱に敗れた秦能俊が土佐長岡郡に来て「宗我部能俊」と名乗った際に、元からいた香美郡を治めていた宗我部氏がちょっと待ったをかけた。分かりにくいと。

そこで、それぞれが治めていた長岡、香美の頭文字を付けて「『長』宗我部」「『香』宗我部」と名乗った、そうです。ふむふむと納得している筆者です。

調べてみると色々分かるものですね。


昨年から書き始めた「佐渡ヶ島から始まる戦国乱世」は、もうすぐ500万PV、4000ブックマーク、総合評価2万まで到達しそうです。ありがたいことです。読んでくださる、支えてくださる読者の皆様に深く御礼申し上げます。


ブックマーク、評価を入れて応援して頂けたら嬉しいです(/・ω・)/


よいお年をお迎えください。

今後とも「佐渡ヶ島から始まる戦国乱世」をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長宗我部って今は「ちょうそかべ」って読むけど、お寺やルイスの書いた書籍だと「ちょうそかべ」読みは一個もないんだよねっていう雑学
[一言] 更新お疲れ様です。 照詮によって劇的に変わった一条房基(^^;; 正に別人?と家臣は訝しがりかねないw 佐渡軍が誇る三人の謀略^^ 反抗はあっけなく・・・・ さて照詮の見せしめ仕置き…
[一言] 今年最後の更新ありがとうございます。 反乱を起こした相手に情け容赦のない制裁を下した房基、照栓の影響が出てるねぇ(笑) 一方照栓は残りの敵の討伐に向かうがさてさて・・・。 来年もお願い…
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