第百九十四話 ~墓~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 幡多郡 中村御所~下田湊間 下ノ加江村付近>
今、照詮殿は何と言った?! 毒親だと!?
「『あんたなんて、生むんじゃなかった』
『さっさと死んでくれない?』
『貴様さえいなければ!』
『お前が死んでも、墓に線香あげないから』
…… これらの言葉は『毒親』が吐き出した毒の言葉でござる」
「毒親…… 毒の言葉……! 子に害を為す親……!!」
何と言うことだ。何と言うことだ!
全て儂に当てはまるではないか!!
「親は子を人とするが為に力を尽くします。ですが、子は親の所有物ではござらぬ。いつまでも子を人と見ぬは親の我欲にございましょう」
「子は親に尽くすものではない、と?!」
「場合によりましょう。ですが、子を陥れて己は平然と生きるは『罪』に御座いまする」
照詮殿は儂を真正面に見据えておる。
……この御仁は、これまでに一体、何を見聞きしてきたのだ?!
親による子の折檻(責めさいなむことや、叱って体罰を加えること)は当然と思うておった。じゃが、照詮殿はそれを『罪』と言った。
「……それは、照詮殿が親となったときもか? 」
「無論です。毒親に育てられた子は、毒親になりやすいと申します。誰かがその連鎖、鎖を引き千切らねばなりませぬ」
「もし、照詮殿の子が、親に従わぬ場合は?」
「親の力量不足に御座いましょう。扱い方を改めまする。それに、そもそも子は親という壁を乗り越え成人していくもの。子の成長を喜ばぬ者は親では御座らぬ」
カコン
ゴロゴロ ドン
照詮殿の打った種が穴へと吸い込まれた。これで上がりか。狙い通りの球筋。恐ろしいほどの精緻な技じゃ。
「『血は水よりも濃い』と申します。血の繋がりを切ることは難しい。ですが、血を尊ぶが故に自らの命を失うくらいならば、その血は無かったものとして捨ててもよい血であると、某は思いまする」
そう言うなり照詮殿は寂し気に笑った。
「そうは思いませぬか?」
……儂のことを嘆いておるのか? いや、菩薩の如き慈愛故の笑みか?!
「鳥や獣も人と同様に子育てをいたします。ですが、巣立ってから尚も子に影響を及ぼすは人のみでござる。幼獣は親離れして独り立ちし獣となり、雛鳥は巣立つことで鳥となります。巣立てぬ獣は、獣に非ず。飛び立たぬ雛鳥は雛のままです。鳥ではござらぬ」
「儂は…… つまり儂は、巣立ちができずに飛べぬ小鳥、という訳、か?」
照詮殿は何も言わず、岸壁の先にある大きな岩へと歩みを進めた。このような岩があったであろうか?
…… 照詮殿の言っていることは、恐らく正しい。
母上の情け容赦ない折檻に耐え続け、命を断とうとした儂は間違っていたのだろう。親だから尊いのではない。子の孝行は強要されるものではない。儒学が全てではない。儂の心の中をぐるりぐるりと巡っていた靄は晴れた。だが、
…… 何ということじゃ……
何という惨めさじゃ……!
「儂が…… 儂の……」
涙が零れてきた。惨めじゃ!
悔しい! 哀れじゃ! 無念じゃ!! 怒りで胸が張り裂けそうじゃ!!!
「儂が!! 儂が今まで頑なまでに守り続けてきたものはッ! 儂の苦労はッ!! 何だったというのじゃッ!!」
寒風が身を削る! 涙は玉となり海へと飛んでいく!
儂の悲しみは! 太郎を失った痛みは! 耐えに耐えた儂の全ての日々は! 無駄だったというのか!?
「どんなに罵倒されようとも! 愚弄されようとも! 一条の血を守る為に生きてきた! 一条の血は儂の命よりも重い! そう教え込まされてきた!! 儂の! 儂の二十余年の歩みは! 全てが無駄だったのかッ!!?」
「……」
照詮殿は答えぬ。我の言葉を凛として聞いておる。寒風山より吹き下ろす冷たい風に微塵もたじろがぬ大樹のようじゃ。
「母を斬ればその痛みは和らぐか!? 儂は全てを忘れられるのか?! 教えてくだされ! 照詮殿!!!」
すると右の額を擦りながら照詮殿はきつく結んでいた口を僅かに開いた。
「……無駄では御座らぬ。辛い思いは矢を遠くへ飛ばす為の弦の張りに似ていると、某は考え申す」
「……」
「忘れることは…… 出来ませぬ。某も辛い思いを幾度も味わいました。今もその怒りで我を忘れそうになり申す」
「ではッ!!」
「忘れることはでき申さぬ。ただ、和らげることはでき申す」
「如何にして!!?」
「…… 十ほどは方法はありましょう。ゆるゆるとお伝え申す。…… ですが、何より新しいことを始めることこそ、『新たな歩み』こそ房基殿には御必要かと存じます」
「何を申すか。儂はもう既に元服を終え、二十歳も過ぎた! 何をするにも遅すぎるわ!」
「いえ!!」
!?
照詮殿が目を剥いた! 真顔だ! 鋭い目だ!
「『何かをすることに遅すぎることはありませぬ』。何故なら」
「…… 何故なら?」
「今が一番、若いからでございます」
「……? はは、何、を……?」
いや?
…… …… 確かに!!
「確かにじゃ!!」
「人は誰しも老いに向かい墓へ向かい時を重ねていき申す。故に誰しも今が一番若いのでございます。他人と比べれば遅いこともありましょう。ですが世に己は一人のみ! 故に今が一番若いのです!」
「おおっ!! 確かにじゃ!!」
「始めましょうぞ! 新たな歩みを!!」
溌剌とした面立ち。含蓄に富む言葉の数々。才覚。驚きの連続じゃ。
そうじゃ。儂は今が一番若い! これからを生きる為に、今為すことを為すべきじゃ!
「宜しくお頼み申す! 照詮殿!」
「…… ははっ!」
肩の荷が降りた様に安堵の表情を浮かべた佐渡の君主。世話になった。恩じゃ。大恩じゃ!!
儂に生きる道を指し示してくだされた!
「ははっ …… あぁ、ここに太郎がおればな」
「弟君、ですな」
「未練がましくて申し訳御座らん。前を向くと言った矢先の戯言。お笑いくだされ」
「…… 某では、駄目ですかな?」
「!?」
「某が亡き大内晴持殿の代わりに、房基殿の義弟代わりとなりまする。何でも相談されませい」
「い、いや。それは恐れ多い……」
「晴持殿が眠るここに、また来ましょうぞ」
「?」
すると、近習から布を受け取った照詮殿が先ほどの岩を磨きだした。ま、まさか……
……
「ああ゛っ!!?」
『崇文院殿釋仁持大居士(前世名:大内晴持)、生まれ育ちしここ中村の地に眠る』
「は、墓! 太郎の墓!?」
「我らが今打球で運びし南国の種子から実る木が、太郎殿を西方極楽浄土へと誘いましょうぞ」
「…… 遊戯と思うたが、まさか墓参りだったとは、な」
そう言うと照詮殿は朗らかに笑みを浮かべた。
儂を救い、太郎を救い、そして……
「…… とのー ……」
?!
誰ぞ近づいてきおった。
「殿ー!! 一大事でござる!!!」
「(羽生)監物! 打球の時は政のことを控えることになっておるのだぞ!」
「そこを曲げて! お叱りは後ほど甘んじて受け申す!!」
腰を海老のように屈めた髭家老。
ただ事ではないのか?!
「どう為されたのじゃ? 羽生殿?」
「ははッ! 左大弁殿! 土佐七雄が!」
「土佐七雄(土佐国の七豪族。本山氏、吉良氏、安芸氏、津野氏、香宗我部氏、大平氏、長曾我部氏)が如何したのじゃ?」
「我ら一条氏を侮り! 挙って反旗を翻しました!!」
更新お待たせしました!
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「第1回 一二三書房WEB小説大賞」
一次通りました!!
二次もその先も行けるように更新していきます!




