第百九十三話 ~静と案と理由~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 幡多郡 中村御所~下田湊間 下ノ加江村付近>
また朝を迎えてしまった。
最早生きることの意義も感じられぬ。生き地獄。この世は虚しいだけだというのに。
「…… 様」
……いや、そうでもないか。
昨日会うた、羽茂本間の左大弁。儂より幾つか年若であろうが、凄まじい覇気を発しておった。流石は日ノ本を統べようとする佐渡軍の盟主じゃ。意気揚々、明朗快活、儂とはまるで正反対じゃった。
「…… ……様!」
……亡き太郎(大内晴持)のようであった。
太郎が帰ってきたような感じじゃった。あ奴はいつも朗らかに笑っておった。才気煥発で儂よりも当主に向いておったものを。長幼之序の習いに従い、一条の名を継げずに大内家の猶子へ。そして……
「御所様!」
「!? おっおう?! …… 何じゃ宗珊か。急に大声を出して、どうしたのじゃ?」
「先ほどから何度もお呼びしておりましたぞ」
「…… そうであったか。済まぬ」
「物思いに耽るのも程々に為さりませ。もう左大弁殿の幔幕は目の鼻の先ですぞ」
「うむ」
昨日、左大弁殿は「儂に一番必要なこと」を伝えると申された。儂に必要なこと……?
…… 皆目見当がつかぬ。今の儂になぞ藁一本の値打ちも無い。欲しいものは喉を突き刺す業物とその勢いのみじゃが。
「ご、御所様! さ、左大弁殿が!」
「うむ。見えられた…… って、えええッ!!?」
目を疑った!
年若の大大名の装いは異様過ぎた。
烏帽子に小袴。左腕のみ籠手に革手袋。草鞋に革足袋。右の手には土仕事に用いる大木槌を持たれておる。加えて足元にある木球のようなものは?!
……昨日のような優美で煌びやかな直垂とはうって変わった出で立ち。まるで、これから具足を付けるかのような装いだが…… まさか!? これから戦へ赴くのか?!
「ははっ! 房基殿! お待ちしておりましたぞ!」
屈託のない面持ちで儂を見つめる左大弁殿。
曇りの無い眼じゃ。騙そうとしている姿が微塵にも感じられぬ。笑みが絶えぬ。心なしか気が高揚しておられるな?
「さあ! 行きましょうぞ! 日ノ本初となるらうんどへ!」
静かな場が一変した! 白黒に感じていた現世に鮮やかな色が付いた気がした!
らうんど!?
__________
スパーン!!
「おお! 飛んだ! 飛びおった!」
「これは良き当たりですな! 宗珊殿!」
「はははっ!!」
土居さんは気を良くして豪快に笑った。マッチョ系だから当たれば飛ぶなあ。
「ええと、次は左大弁殿、ですな?」
「房基殿。この打球をしている間は官職名などでは呼ばずに『名で呼ぶ約束』ですぞ? 照詮と呼ばれませい」
「!? そ、そうであったな。しょ、照詮ど、の……?」
何かとても悪いことをしているような様子で、土佐一条家当主一条房基は俺の名を上擦った声で呼んだ。はい、それでいいです。俺はニンマリと笑った。
さて、打つか。
前世じゃグロス90を切ることが当たり前だった俺だ。木槌のクラブと15cmほどの小さなヤシの実(ぽい実。何の実かな?)のボールであっても基本は同じはず。気持ちよく打っていくぞ。
頭を動かさず、すぐに球を追いかけない。遠心力を利用し弧を描くように腕を後ろに引く。グリップは固定し右手親指を上げる。そして鞭がしなるように……
ビュン
ズバアアアアーーーーーン!!!
「ぬ、ぬおお?!」
「何故に!!」
ヒュゥゥー
ドン!!
ゴロゴロ……
俺が打った小さなヤシの実は、先ほどの一条家筆頭家老が飛ばした実の遥か遠くまで運ばれていった。うん、我ながらナイスショットだ。
「流石は殿! ……ではなく、照詮様でしたな。では某も」
言うなり焙烙頭巾こと宇佐美定満が照準を始めたかと思えば、素早い動作で……
ピシッ!
知恵者らしく無駄のない動きで正確に細かく刻んできた。面倒な木や石等が少ない安全な道を進む方針らしい。
「…… なるほど。この打球という遊戯は戦略を練るものなのですな」
「そ、その通り!」
「そして力だけではなく、技術も肝要。座禅を組むが如き心の静けさも」
「そうそう!」
房基は一人でウンウンと頷いている。まあ大体合ってるぞ。
今やっているものを何かと問われれば、俺は迷わず「ゴルフ」と答えるだろう。
多少違う所はあってもゴルフと言ったらゴルフだ。どちらかと言えば北海道で流行っているパークゴルフ(グラウンドゴルフ)に近い。
大木槌でヤシの実を打ちながら前へ前へと進める。百mほど先に実を入れる穴が空いていて、そこに実を入れたら一場終了。出四場、入四場の計四場。打った数が一番少ない人が優勝。まあ、ただのゴルフじゃないんだけどな。
昨日刈った草に朝露が光る。陽は強いが冷えを和らげるには丁度いい。南国土佐と言えども二月は朝晩冷える。潮風は強いが、むしろそれがゴルフの楽しさを盛り上げる。スコットランドにあったとされるゴルフの聖地を彷彿とさせるな。もしかしたら現世では、ここが「ゴルフ発祥の地」とされるやもしれんな。
陽の光を浴びながら運動する。これは抗ストレス効果のある脳内神経物質である「セロトニン」を増やすのにもってこいの行動だ。「幸せホルモン」と前世では言われていたな。
「セロトニン」を作るためには、運動を一人でやるよりも大勢で、加えて感情を動かしながらやる方が効果的だ。四人一組で喜怒哀楽を共にしながら体を動かすゴルフはそれにぴったり、という訳だ。思案し行動した理由がここにはある。
前世の母には「大の大人が真昼間から! 棒切れ振って小さい球打って! もっとやることないのかい!」と怒られていたが。懐かしいな。
一条房基は身を細くしていたものの、剣術修行をかなり積んでいたのだろう。体幹は強く、木槌をうまく操りヤシの実を着実に前へ飛ばしてきている。ただ、息は「ハァハァ」とかなり上がっている。大丈夫だろうか?
______
「さて、第四場ですな」
定満が出最後の場を眺める。打ち上げの右くの字曲がり。穴に立つ旗は天辺だけが僅かに見えるくらいだ。
成績は、俺が十九、宗珊が二十五、定満が二十六、房基が三十。やはり昔取った杵柄は強いな。よしよし。
ズバアアン!
先頭である俺が強振するとヤシの実は高く真っ直ぐ弧を描いた! 四十mほどは飛んだだろうか?
俺が悦に入っていると、感嘆したように房基が俺に話しかけてきた。
「左大べ…… 照詮殿。お上手ですな」
「ははっ。某はこれをしたくて、土佐まで参りました。房基殿はお気に入りましたかな?」
「無論ですな。腕を太くしてまたやりたくなりましたぞ」
「『一番必要なこと』、お分かりになりましたかな?」
「確かに!」
そう言うと房基は、自殺を考えていたとは思えないほどに、腕を曲げて力瘤を作りパンパンと叩きながら笑った。美男とは言えないが、気品のあるいい笑顔だ。うん、体は疲れているが心は温まったようだ。生きる為の趣味があることはとても大事だ。
しかし、青菜に塩がかかるが如く、すぐにまた下を向いてしまった。
「房基殿。打球中は『政や戦のことを話すことは控える』『嫌なことを考えずに楽しむ』ですぞ。お忘れですか?」
「あ、う、申し訳ない」
「何かお悩みでもありますか? 不肖ながらこの照詮、お役に立てるかもしれませぬぞ」
シュパッ
俺は再び槌を一閃した。するとヤシの実は旗のある方向へ一直線へ飛んだ。
定満は宗珊と楽しそうに後ろからついてきている。同じ焙烙頭巾同士気が合うようだ。
「…… 照詮殿の母上は、ご健在かな?」
房基はおずおずと俺に話しかけてきた。これは一番の悩みの種に関することだろうな。
「某に母はおりませぬ。だが素晴らしい母上だったと叔父から聞いております」
「そうでしたか。これは申し訳ない」
千手村で俺を産んだ母。優しく美しい人だったと環塵叔父や仲馬叔父、村の皆から聞いた。
環塵叔父が京へ修行に行ってる際に村の状況が大きく変わり、村長の一族に虫ケラ同然に扱われ、『照詮』が一つか二つの頃に亡くなったと聞いた。あいつらは皆殺しにしたがそれでも飽き足らない。生まれの父母のことを思うと無念でならない。
「いえ、昔の話で御座ります。…… 房基殿の母上は、声の大きな方ですな」
「ええ。昔からで…… 逆らえぬのです」
スパン
房基も槌を振った。コツを掴んできたのか心地よい音が鳴った。芯に当たったらしい。ゴルフは力任せに振るよりも高い技術の方が大切だ。慣れてきたのは流石は名君、というところか。
「お見事」
「いえいえ、照詮殿に比べれば」
謙遜した房基。そして歩みを始める前に空を見上げ、ぼそりと俺に話しかけてきた。
「照詮殿。…… 某の母を、どう思われますか?」
「!」
言ってほしいのだ。俺にあの婆についての客観的なことを。色々な言い方がある。慎重に伝えるべきだ。
「そうですな…… 」
俺は準備してきた言葉を口にし始めた。
「…… 某は母を知りませぬ。また、他の方の母上が良いとか悪いとかは言うことはできませぬ。言えば傲慢でありましょう」
「…… それは、そうですな」
「子は親に育てられる。親は子を慈しむ。そして子は親を敬う。それが人の道というものでありましょう」
「……」
房基は肩を落とした。俺の言っていることは至極一般的な倫理感だ。
だが、ここだ。俺がここにきた理由だ!
「ですが、某は『毒親』というものを知っております」
「!? 毒、親?」
「ええ、『毒にしかならぬ親』。故に『毒親』です」
「く、詳しく聞かせてくれぬか?!」
房基は持っていた槌を手からいつの間にか離し、食い入るようにして俺の話に耳を傾けだした。
長くなりそうなので区切りました(*´ω`)
「世界で最も古いコース」と呼ばれる、スコットランドにあるゴルフの聖地「セント・アンドリュース オールドコース」が始まったのは1552年とされております。




