第百九十二話 ~果実~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 幡多郡 中村御所 大広間>
「うっま!!」
「甘い! 甘い! 何という甘さじゃ!!」
「ううむ…… 何たる口溶け、口触り…… この世の物とは思えん」
俺は、高低差に富んだ草原を横目に行軍し入城した中村御所の中で、歓待の磯辺揚げの礼にと台湾やフィリピナスから持ち込んだ南国フルーツを土佐一条家とその縁の皆さんに振舞った。結果はご覧の通りだ。
「この狐色の干し果物! 滋味が凝縮されておるようだ! 止められん!」
はい。ドライマンゴーです。
「星型の果実とは…… シャクリシャクリと瑞々しい!」
うん、スターフルーツです。五斂子とも言います。
「黄色い皮を剥いて食べる! 持ちやすさ食べやすさこの上ない! ほっこりもっちりとして甘い!」
もちろんバナナです。
甘味に飢えている時代だ。これらの南国フルーツは間違いなく流行るであろう。本当は南国果実の貴婦人ライチを持ってきたかったのだが、旬は5~6月だし日持ちがしない。冷蔵庫や冷凍庫があれば輸送して食すことも夢ではないが、今は難しい。今後の課題だろうな。
ヤシの実は十個運んできてはいるが、ヤシの実ジュースは温くてぬめっとしてて、正直なところ…… まあ何かに使えようか?
口ひげの羽生監物さんは最初から大喜び。南伊予を治める西園寺実充さんも口いっぱいにドライフルーツを詰め込んでる。筆頭家老土居宗珊さんは最初こそ渋っていたけれど、もうバナナに夢中です。
「……」
「……」
ただ、押し黙る人物が二人。
一人は土佐一条家当主の一条房基。もう一人はその毒母の夕渓尼だ。
「房基殿は、甘いものは苦手ですかな?」
「…… いや」
フィリピナスの中でも一番甘いという完熟マンゴーを南国の天日の下でじっくりと乾燥させた特級品だ。添加物を使っていない為か少しくすんだ赤茶色という感じで鮮やかなオレンジ色とはならなかったが、味は見事としか言いようがない。誰が食べてもうまくないはずはない。
「殿は以前、甘葛煮がお好きでした。でも今は『何を食べても味がしない』と申されております」
「『よく眠れぬ』『楽しみなど何一つない』とも……」
「左様でございましたか……」
一条房基。
げっそりと痩せた体躯といい衣服の乱れた着こなしといい、まるで廃人だ。食べ物が美味しく感じられない、眠れない、楽しいことがない。これらは全て自殺の予兆だ。
だが、この男は焙烙頭巾の眼鏡にかなった逸材だ。俺に、俺達へ好意を寄せる支援者だ。現に今も鋭い眼光と気力が感じられる。
久々に食べた磯辺揚げは最高に旨かった。その礼をする意味でも、何とか救ってやりたいところだが……
「宗珊。監物。客人に余計なことを吹聴するでない」
「「…… 承知仕りました。御母堂様」」
問題はこの婆か。
先ほどから、房基の母親、夕渓尼は南国フルーツを一切口にしていない。意地でも食わぬらしい。まあ無理に食べてほしいとも思わんがな。
「も、もう我慢できぬ! 左大弁殿!」
「おう?」
土佐一条氏四家老の一人の羽生監物がフルフルと震えながら俺の方へ頭を下げた。何だろう?
「この羽生監物、この狐色の干し果実に魂を抜かれまして御座います! どうか! どうか少しだけでもお譲り頂きとうございまする!!」
「なんだ、このドライマンゴーのことか。なるほど、お気に召しましたか」
「はは! それはもう!」
「ふむぅ。これは一欠けら、百文はするが」
「ひゃ、ひゃ、百文!?!?」
口ひげおじさんは目を丸くした。
米一石(成人男性が食べる米の量の約 1 年分、約180kg)が約五百~一貫文(銅銭500~1000枚=5万~10万円)の時代。百文あれば、大人が一か月は食うに困らない額だ。
でも原材料費やら手間賃やら、何よりも輸送する困難さを考えたら、その希少性は然るべきだ。それでいてとんでもなく甘露な味わい。堺の豪商なら喜んでその倍は出すだろう。
「ですが、他でもない土佐家次席家老である羽生殿の願いとあらば。これからの誼を鑑みて、特別に一桶お譲りいたしましょうぞ」
「なっ?! ひ、一桶!? 一欠けら百文の果実を、一桶分も!!?」
俺は華やかにニコリと笑った。それを見た口ひげ羽生おじさんは俺に体を向けて額を何度も床にぶつけて礼をした。余程嬉しかったとみえる。
すると「某も!」と、隣に座っていた西園寺さんも口から唾を飛ばしながらせがんできた。いいともいいとも。
…… 物で興を買うようで申し訳ないが、それでもこの縁は大切にしたい。それに南国の果実を捌く港もいくつか欲しいと思っていた所だ。
加えて、伊予といえば柑橘系果実の産地。土佐は太平洋に面した温暖な地だ。うまく動かせば南国果実の栽培を成功させてくれるやもしれん。
__________
しばしの時が過ぎた。
俺は一条房基に向けてやらねばやらぬことを終えて、胸の痞えが少し取れたところだ。
「……左大弁殿。先ほどの俗物公家への御沙汰。感服仕りました」
「…… 感謝いたす」
土居さんの言葉に続き、当主房基も頭を下げた。恩を感じてくれたようだ。
先ほどまで、中御門右少弁宣綱と西洞院時秀、二名の公家を縄に結わえてこの場に連れてきて、房基への非礼を謝罪させた。プライドが高いためかしばらく渋っていたので、兵に命じて膝を折らせ、土に顔を擦り付けさせた。自らの罪を自覚していなかったようで残念だ。
この二人は船の仕事させても碌に働かず悪態ばかり付いて邪魔なので、中村御所の近くにある土牢へ監禁を依頼した。俺達はこれから忙しくなるのだ。しばらくそこで反省させて、沙汰はそのうちすることにするつもりだ。尼の老婆が何か叫んでいたようだが、何も聞こえなかった、な。
あとは、当主の房基の自殺願望を止めることができれば、土佐は俺達への友誼は盤石だと思われるのだが……
「右近衛中将殿! 不届き者の白塗り達のあの様! 胸の空く思いでしたでしょうや?」
「…… いや」
「なれば清酒はいかがですかな? 佐渡の清酒は日ノ本一と呼ばれております! 是非、御一献を!」
「…… いや」
本来ならば、自分を論った人物が地を這えば気が晴れるかと思いきやそうでもなし。「楽しみのない」ということならばと思い酒を勧めても飲む気がしないという。この男の気は底まで沈みこみ、浮かぶ要素がない。よく見れば、房基の首筋や手首には躊躇い傷が幾条にも連なっている。生きる気力を与えねば明日にでも三途の川を渡るであろうや……
この男を、房基を、自殺させてはなるまい。
房基が死ねば、必ずやその息子である万千代が土佐一条家を継ぐ。万千代の器量は不明だ。だが、間違いなくこの老婆がしゃしゃり出てくる。あることないこと吹き込む、というか自分の采配で土佐一条家を差配するだろう。そうなればもう、おしまいだ。今日この友誼も全てが無駄となる。
こうなれば……
「…… 右近衛中将殿。『鷹狩り』はお好きですかな?」
「?! 殿! あの鷹は帝への!」
義弟上杉謙信が驚き声をあげた。
謙信が欲しがっても突っぱねたあの鷹。戦国時代の男は皆、鷹が大好きだ。勇壮な翼、獰猛な嘴、自由に空を舞う優美さ。俺もアイヌの酋長ヘナウケから譲り受けたレラをこよなく愛している。
その鷹の中でも飛びぬけた、あの鷹を渡せば絶対に目が覚めるはず! もう出し惜しみしている場合じゃない! 献上品として用意してきたあれを渡せば……!!
目の光が再び灯った房基。やはり食指が動いた、か?
だが、
「房基や? よもや野蛮な鷹狩など行いはしませぬでしょうな? この母が決して許しませんぞ?」
「…… …… いや」
横やりが入った。結果、返事は「いや」だった。
あの老婆がいる限り、房基に未来はない!
……万策尽きたか。
いや、何かあるはずだ。できるはずだ!!
房基が楽しみとなる、心が晴れ晴れとする、生きる糧となるようなことが!
老婆から離れ、世俗を忘れて、心行くまで伸び伸びとできることが……
茶の湯か?
…… いや、閑か過ぎてかえってよくない。世の儚さを憂えて、世を旅立つやもしれぬ。
食べ物? 笑い? 何かないのかッ!?
俺の心に、「何か」があると声をかける。
……答えがあったはずだ。ヒントはあったはずだ。
考えろ…… 考えろ……
……
丸い夕日、緑の光、柵、木槌 ……
……
「あっ!!!」
閃いた!! あれだ!
皆の視点が俺に集まった。バナナを頬張る土居宗珊、西園寺実充と仲良く酒を飲む島津日新斎、上杉謙信、宇佐美定満、忠平、老婆、そして、房基。時が止まったように俺に皆の注目が集まった!!
「房基殿! 明日、貴方に一番必要なことをお教えいたします!」
「……?」
「日の出の刻に土居宗珊殿と共に、港前の我が幔幕まで御出でくだされ!! 必ずですぞ! 宜しいですな!」
「……相分かった」
房基は不思議そうにしていたが、俺との時間を取ることを了承した。
光明が見えた! 日没までにはまだ時間がある!
定満、謙信、忠平らに命じて、急いで準備に取り掛かろう!
「バナナを最初に食べた日本人は織田信長」、そんな記事をどこかで読みました。実際は食べたかどうかは不明らしいのですが、もし南国フルーツを日ノ本へ輸入することができたらきっと大流行したことでしょう。
輸送の日数、検疫、寄生虫対策など課題はありますが、青いバナナやパパイヤ、ドライフルーツであればうまく輸入できると考えました。
台湾のお土産といえば鳳梨酥です。持ち帰ったところモッチリとしていて美味しく、とても喜ばれました。そのうちにドライマンゴーの鮮やかな色と共に開発、再現することができるでしょうか。
一条房基に生きる気力を与える為には(*'ω'*)?




