第百九十話 ~棘~
<天文十三年(1547年) 二月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 仙人掌温室>
「……『土佐一条家に寄った後に、紀伊水道を通って堺へ。そこから陸路で京へ上る』と書いてあるっちゃ」
ロンデル窓(10cmほどの小さなガラス板を鉛の枠でつないだガラス板)をふんだんに用いた最新特別製の温室の中。文を読んだ環塵和尚は日課である仙人掌の手入れを止めた。ただ事では済まないことを悟ったようだ。
「…… 環塵様。まさかとは思いますが、偽の文ではないでしょうか?」
文を届けた、照詮の影武者として二年の間城主の座を守ってきた斎藤朝信は、恐る恐る尋ねた。
「ま、それはなかろうて。ほれ、この筆圧の整わぬ右肩上がりの字を見てみい」
「あ、殿の字だ」
「誰かに手本を書いてもらってるだろうに、相変わらず下手な字じゃなぁ。だが今回はこれが正しさの証拠となるっちゃ」
羽茂本間照詮が環塵に宛てた直筆の文には、事の次第が端的にありありと書かれていた。
「『方仁がレンを見初めた』とある。鼻タレ小僧だった方仁め、色木瓜しおって。照詮が怒るのも無理ないっちゃ」
「レン様が、し、親王殿下に見初められた!? さ、流石は某の主で御座います!」
「阿呆。お主の主は照詮じゃ。今でもレンの使い走りのような役目をしおって、全くもって仕方のない奴じゃ。いつまでも藤丸(幼名)ではないのだぞ?」
「ははは」
恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた朝信。藤丸の名で羽茂本間照詮の小姓として過ごしていた頃から、野獣の如きレンに密命を受けて羽茂本間照詮の女交友に目を光らせて報告してきた癖は未だに抜けていない。
そんな朝信の姿を見て、環塵は開いていた書状を元の六つ折に戻しつつ、ため息交じりに若き武将に声をかけた。
「…… 照詮の小姓を経たお主は、羽茂本間家にとって数少ない直臣中の直臣。影武者の任が解かれれば一城や一郡、いや、一国を任されてもおかしくないのだぞ」
「は?! えっ!? 某が!?」
「羽茂の町の『剣聖』上泉信綱殿の道場にも足繁く通ったであろう?」
「はは。それはもう。何せ影武者ですから。剣術の他にも軍略や礼儀作法まで……」
「農地や漁場にも顔を出し、共に仕事をして民に慕われておると」
「それはもう、殿の代わりですから……」
「……『軍略、武術もかなりの域に達した』と皆から聞いておる。励むのじゃぞ」
「あ、はあ」
史実では上杉謙信からの厚い信頼を得て「越後の鍾馗(道教の厄除けの神)」と呼ばれた斎藤朝信。小田原城攻め、川中島の戦い、北陸方面を睨む織田信長が柴田勝家に命じた北陸侵攻阻止など、多くの戦で活躍した勇将である。さらに外交、内政にも力を発揮した知勇兼備の将である、
だが、当の本人は己の才覚に全く気付いてはいなかった。
「では、照詮様は京へ上った後、佐渡へ戻られるのですね」
「…… だといいのだがのう」
環塵は眉間に皺を寄せた。
「……増長した公家を捕えたと書いてある。これは一波乱あるっちゃ」
「照詮様を恫喝した罪で問題はないのでは?」
「うむ、そこは問題ない。朝廷や公家が息を吹き返したのは照詮の力によるところが大きい。楯突こうものなら縛り首になっても文句は言えぬ。だが公家という生き物は、人であって人ではない者もおる」
「ええ!?」
壮年の僧は在りし日に京の都で岩倉宮尊忠と名乗っていた頃の苦い経験を思い出し、荒々しく自らの無精髭をなぞった。
「あ奴らは、人の足を引っ張ることに関しては誰よりも優れておる。あの手この手で政敵を陥れることはお手のもの。あらぬ噂を流言する、偽りの文を作る等々、決して正面からではなく、横や後ろから嫌らしくねちねちと嫌がらせをする生き者じゃ」
「……では、照詮様の京入りを快く思わぬ者もいる、と?」
「快くどころではないわ。もしかすると……」
目を閉じて思索に入った環塵。
……
ハッ!
日頃動じない僧の目が矢庭にカッと見開かれた。その額からは一筋の汗が流れていた。
「!? イカン! こうしてはおられんぞ!!」
「か、環塵様?!」
「蔵田五郎座を呼べ! それと綾もじゃ!」
「は、ははっ!!」
…… 誰もいなくなった温室では、深緑の多肉植物が静かに棘を光らせていた。
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<天文十三年(1547年) 二月 山城国 京都御所 対屋廊下>
(不味いことになったでおじゃる!)
正二位内大臣万里小路惟房は扇子の角を噛みながら足早に廊下を進んでいた。
(まさか、向日葵姫の想い人が、あの佐渡の左大弁殿であったとは! 麿の計画は大失敗でおじゃる!)
妹の房子が方仁親王に典侍として嫁ぎ、外戚としての頭角を現し始めていた万里小路惟房。
次代の帝との繋がりを更に強めようと、向日葵姫の典侍参内を強引に進めてきたのはこの男である。妹が典侍となり子をもうけた(永高女王)ことでやっかみが強くなりつつある中、矛先を変える狙いも含んでの画策であった。
(「宮中の習い」と称してあの使者から取り上げたこの文! これをそのまま帝に奉じては、全てが水泡と化す!)
羽茂本間照詮の使者、長谷川海太郎からの文を強引とも言える手段で奪い取った惟房。文の中には粗雑な字で「向日葵姫は佐渡にいる頃からの私の妻である。道中の安全確保の為、軍を率いていく」との書き込みがあった。
「『向日葵姫を必ず殿下の典侍にしてみせる』と大言壮語してしまった手前、『できませんでした』などと伝えては殿下に申し開きが立たぬ。かと言って向日葵姫の典侍参内が露と消えれば麿の立場は危うい。……だが、あの左大弁殿か! 何故じゃ! よりにもよってなぜあの方なのじゃ!!」
向日葵姫に想い人がいることはそれとなく知ることができた。故に縁故ある西洞院時秀と中御門右少弁宣綱をその不埒者へ遣わせて「身分違いである」と諦めさせようとしたのだ。
だが、相手が相手である。
今の朝廷が成り立っているのは、全国の利を溜め込みつつある羽茂本間左大弁照詮の力によるものであることは明白であった。否と言える訳がない。
計画は完全に頓挫した。惟房の完全なる大失態である。
このままでは「浅知恵者」「粗忽者」と後ろ指を指されてしまうことになってしまうであろう。いや、それどころか「不届き者」として羽茂本間照詮に処断される恐れすらある。これは「風流才子」と持て囃されてきた惟房にとっては我慢がならなかった。
(…… かくなる上は……)
怪しく目を光らせた公卿。筆を持つ近習から強引に筆を取り上げると、先ほど奪った書の一部を黒々と塗りつぶした。
すると、恐ろしい文が出来上がった。出来上がってしまった。
『向日葵姫は佐渡にいる頃からの私の妻である。道中の安全確保の為、軍を率いていく』
『向日葵姫は私の妻である。軍を率いていく』
「…… これでよい。上奏する際にこうすれば、左大弁殿が殿下の想い人を横取りする為に軍を出したことになろう…… だが、念を入れねば……」
自己保身の為に蠢きだした男は、文官の詰所に入るといくつかの所へ書状を出す指示を出した。その全ては、羽茂本間照詮の行く手を遮る為のものだった。
「止めることは敵わぬやもしれぬ。だが、遅らせることはできよう。その間に向日葵姫が参内をしてしまえば、いかに左大弁殿と言えども諦めざるをえまい。何せ、殿下の典侍なのだからな……」
失敗は死を招く。
だが、男には自信があった。数百年にも及ぶ朝廷の威光は誰にも侵すことはできないと。
(あとは『知らぬ存ぜぬ』を通せばよいでおじゃる。文書改竄の罪は大きいが、凡庸な文官にでも罪を擦り付ければ……)
男には見えた。見えた気がした。針の先のような抜け道が。起死回生の術が。
落ち着きを取り戻し歩みを緩めた男。
だが、彼は知らなかった。知る由もなかった。その行く先は血塗られた茨の道であったことを……
今年も佐渡から名産の「おけさ柿」が届きました(∩´∀`)∩
そのまま食べても美味しかったのですが、今回は更に柿をトースターで熱したのちにバターを乗せた「柿バター」にして、バニラアイスクリームと一緒に食べました。最高に濃厚でした(´∀`*)ウフフ
「ロンデル窓」はガラス製法の最初期である「クラウン法」を用いた板ガラスです。〇がいくつも並ぶ板ガラスはステンドグラスなどでもお馴染みです。現在あるような板ガラスを作るには、キャスティング法、シリンダー法、ロールアウト法など、かなりの試行錯誤が必要になったようです。
「建材ダイジェスト」様のHPから学ばせて頂きました。
https://kenzai-digest.com/glass-history/
戦国時代に多く用いられた六つ折から八つ折りの文書の折り方「折紙」の仕方は、神奈川県立歴史博物館様から学ばせて頂きました。その他の文書の形なども図解で分かりやすかったです。
http://ch.kanagawa-museum.jp/dm/gohojyo/relation/d_ori.html




