第百八十九話 ~十兵衛~
<天文十三年(1547年) 二月 土佐国 足摺岬沖 佐渡鷹丸 船上 艦長会室>
光秀だと?
本能寺の変を起こし織田信長殺したあの明智十兵衛光秀だと?!
とんでもない名が飛び出し俺は思わず椅子から飛び上がってしまった。
「殿?」
「如何為されましたか?」
「知っておられるのですか? この者を?」
皆が俺に声をかけてきた。俺が慌てふためいた様子を見て不思議に思ったようだ。
「い、いや、何でもない。聞いたことがあるような名であったのでな」
「…… 不無不無? もし殿がこの者を御不快に思われましたら、下がらせますが?」
「…… それには及ばぬ。大内家についての話を続けさせよ」
「ははっ」
不無め。
とんでもない男を連れてきおったわ。いつの間に我が羽茂本間に身を寄せたのだ?
明智十兵衛光秀。何か狙いがあるのか?!
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俺の焦りを他所に、不無は明智光秀と問答を始めた。
「光秀よ、山口の町、そして大内家、如何であったか?」
「ははっ! 山口は人心も落ち着き『西の京』と呼ばれる通り栄えた町でございます。市や座も豊かで賑わっております…… ですが! 山口の町は先ほどの海に沈む夕日のように勢いを無くしつつあります! そして大内家も!」
「不無? 大内家は勢いを無くしつつあるとな?」
「ははっ! 故に私は、大内家との友誼を打ち切り、攻め入るべきだと思いまする!」
「おお!?」
「何と!」
二年間山口の町で潜入した結果が「交戦すべし」か。
…… 明智光秀。自分を俺に売り込むつもりかな。
「理由を聞こう、か」
「ははっ!」
相変わらず甲高く澄んだ声で光秀が答えた。
「大内義隆。かの者、豪壮で鳴らした西国の勇にございました。ですが! 嫡男を亡くした今は腑抜けとなり、抜け殻同然でござる! 和歌や連歌、蹴鞠などの公家あそびに現を抜かし、武を軽んじること明白に御座います! さすれば、私に殿が率いるこの七千の兵をお預けくだされ! 十日もあれば大内家を破ることは容易にござる!」
…… 史実やゲーム通りに、この男、間違いなくできる。相当できる。切れ者だ。
だが、故に危うい。俺が、俺に、この男をうまく飼いならすことができようか?
「……ふむ、皆はどう思うか?」
俺は冷えた肝を押し隠すように皆に話を振った。
初めに答えたのは対馬国国主、第八艦隊「馬」の宗将盛だった。
「お、大内家はちょ、朝鮮国に対し影響力をい、い、未だに有しております。ほ、屠ることができましたらー、そ、その影響力を我らが独占することができまする」
「某は戦ができるのでしたら何でも! いかなる強敵であろうとも打ち破ってみせます!」
「…… もし大内家を破れば、瀬戸内の村上水軍を味方に入れられるやもしれませぬ」
「しかし、二面への敵対行為は避けたいところですな」
「世は強き者こそ正しき者でござる! 弱い者が悪いのでござる!」
戦大好きの毘沙門天様、朝鮮との縁の深い宗将盛、水軍に詳しい島津尚久は大内家討伐にどちらかといえば賛成か。大内家のもつ影響力は確かに大きい。その版図を手に入れられることができれば、西国の富を掌中に握ったと言っても過言ではない。
焙烙頭巾は二面作戦の愚かさを言っている。これは至極尤もなことだ。
そして、光秀の言っていることも正しい。弱肉強食。優勝劣敗。戦国の世の極めて自然な考えだ。
…… 皆の話を聞いていて頭が少しスッキリとしてきた。
大内家の版図は確実に欲しい。その影響力を奪い取ることは日ノ本統一への大きな一歩となろう。
大内家が斜陽なのは間違いない。攻め込めば勝てる。だが、今ではない!
「!?」
俺の表情が晴れ晴れと変わったことに不無が気づいたようだ。
「…… 不無、殿はどのようにお考えで?」
「そうだな。結論から言おう」
俺は右手を懐に運ぶと、環塵叔父からもらった扇子を取り出した。
俺は答えを知っている。だが、この結論に辿り着いたのはそれだけではない。
「大内家と敵対することは、せぬ」
「「おおっ!?」」
「寧ろ、逆だ。逆に友誼を深くする」
「!?」
「何故にございますか!?」
明智光秀は薄い髪をフサッとなびかせて驚いたように目を見開いた。皆が自分の意見に同意しつつある中でトップの俺が明確に否定し逆の事を言ったからだ。
「十兵衛の言うことも分かる。お主の言った通り、七千の兵を率いれば大内家打ち破ることはできよう」
「ならば?!」
「まあまて、理由は二つある」
俺は左手の指をピンと二本立てた後、ゆっくりと一本にしてから理由を伝え始めた。
「一つ目は焙烙頭巾の言うように、二面作戦となることだ。我らは西南の海を越えて戻ったばかり。糧秣はあっても火薬や砲弾の数が心許ない」
「なれば、先に大内家を破って上洛は後回しにしては?!」
レンのことが先だから、とは言わんぞ。確固とした理由があるからだ。
「聞け。二つ目だ。大内家は、黙っていても瓦解する」
「?!」
「光秀。大内家で随一の将であった武断派の陶隆房、昨今は如何様な様子であったか?」
「はっ? ははッ! 義隆殿の傍に置かれることが減り、むしろ遠ざけられ鬱々たる日々を送っているようにございます」
「…… 義隆殿の傍を固めるのは?」
「相良武任殿らが中心に御座る」
「文治派(事務方)だらけではないか?」
「その通りにございます…… ハッ!? まさか!!」
俺の話の意図に、切れ者の光秀は流石に気付いたようだ。キンカン頭は非常に冴えがいい。
皆もハッとしたような顔だ。どうやら分かったようだな。
「まさか殿! 陶隆房殿が、大内義隆に謀反を起こすと?!」
「そんな!?」
「いや、その通りだ。間違いない。陶隆房が謀反を起こす。大内義隆が討たれ、陶隆房が名を改めて大内家の地盤を引きつごうとするだろう…… 」
あのゲームで歴史イベントをやったから薄っすらと覚えている。そう、「大寧寺の変」だ。史実よりも早まっているやもしれん。
「我らは、そこを叩く!」
ビシッ!
俺は持っていた扇子で地図の「周防国」を言葉通りに叩いた!
「友誼を深く結んでおけば、『義隆殿の仇討ち』という名目が成り立つ。戦後の治安を進める中で我らがそのまま地盤を引き継いでも問題はなかろう。大内家に世継ぎはいないのだからな。労少なくして自ずと我らが周防国周辺を手に入れることができよう」
「……っ!」
絶句。
後に皆が頭を垂れた。
光秀も始めは俺へ反論を考えようとしていたようだ。だが目を閉じ思いを巡らせたかと思うと、同じように頭を垂れた。合点がいったようだ。
「殿、参りましてございます」
「うむ。十兵衛よ」
「ははっ」
「覚えておけよ」
「?」
俺は、ゆっくりと扇子を開き、光秀の顔を刀で両断するように動かした。
「謀反を起こした者を狩ることこそ、一番容易いことを」
「!? は、はい!」
「肝に銘じたか?」
「め! 銘じまして御座います!」
フワサッと光秀の髪が再び舞った。
…… だが、俺は光秀の頭の事は一切触れない。大きな爆弾かもしれぬからな。
…… 光秀は優秀だ。
情報収集能力、戦への感覚、弁論術。どれも一級品なのは間違いない。織田軍の中枢を担った、一説には実質No.2だったと聞くその力は疑いようもない。戦国の世のスーパーエリートと言っていいだろう。
だが、自分を大きく見せよう、目立ち出世しようとする、ややもすれば反骨の相(裏切りの人相)があるようにも見える。あらかじめ釘を刺しておけば動けまい。いや、牽制できるであろう、か。
うまく手駒として使えれば、この明智十兵衛光秀という駒は非常に強力だ。
だが、駒を動かすのは主であるこの俺だ。主の意に背き自分で動こうとする駒ならば……
パチッ
俺は扇子を閉じ緩やかに微笑むと三つ目の議題に声を発した。
「明智光秀」を知らぬ人は、歴史好きの方にはいないでしょう。
ですが出生から信長に使える40年間は結構謎多い人物です。そして本能寺の変を起こした理由についても昨今では大いに取りざたされています。某大河ドラマでは「親友を已むに已まれず」といった感じでしょうか。
光秀がキンカン頭(もしくはキンカ頭)、いわゆるハゲ頭であった、という説は作り話であるという説が出ています。「光」と「秀」の漢字二文字をあわせると「禿」という字になるからという話。光秀のものと言われる肖像画にハゲはない、というか皆戦に出るので、大月代に茶筌髷ですから剃ってますし。
ただ、敬愛する司馬遼太郎先生の「国盗り物語」には「頭が小さくてさきがとがり、地肌に赤みを帯びたつやがあって、みればみるほど金柑に似ていた」という記述があります。
本物語では、作中のような記述とさせていただきます。いっそ全部剃ればいいのに(´・ω・`)
でもそれは「髷を結えなくなった男は隠居する」という逸話に反するか。
※追記 陶晴賢⇒陶隆房




