第百八十七話 ~怒~
<天文十三年(1547年) 一月 大隅国 肝属郡 大隅富田城 祝いの間>
「土佐一条家の房基…… はじめは意気猛々であらしゃいましたが~、礼節を知る御母上にとがめられての、赤子のように泣きじゃくりのたうち回る姿…… ムフッ、ムフフフッ、アーーーーッハッハ!」
「ハハハッ! ここ数年来で最も面白い見世物であらしゃいましたなぁ!」
「誠にその通りであらしゃいます。家の器を知らぬ者はミジメでおじゃりますなぁ!」
扇で口元を隠しながらも大笑いの公家の二人。中御門と西洞院め!
公家だ? 使者だ? 平伏だ?!!
俺の一番嫌いなやつだ! 自分がエライと勘違いしている与太者共だ!!
こいつらの何処が偉いんだ? 生まれた家が公家だっただけじゃないか?
なぜ俺が、俺達がこんな奴らを平伏して出迎える必要があるんだ?
力が無い時があった。その時は俺も這いつくばった。環塵叔父に殴られた。力量を弁えろと諭された。
だが! 今は違う! 力はある!!
「殿、如何致しましょう?」
「京からの使者なら礼節に努めるべきか……?」
「…… 斬っと(斬りますか)?」
宇佐美定満は一応は俺に伺いを立てた。日新斎は時代の常識人らしい判断だ。気の短い武断派樺山善久は腰のものに手をかけた。
斬りたい。斬り捨てたい。汚物俗物は塵に返すべきだ。
だが、ただ消すのは勿体ない。
「待て。武器を持たぬ者を斬っては示しがつかぬ。だろう? 定満?」
「でしょうな。公家は刀を持たず、故に口と扇子が武器ですから」
「なっ?! では、どうすっつもりと?」
日新斎はギョロリとした目を更に剥いた。
「まあ、詳しいことを聞かずに威圧してくる相手だ。ヒラリと舞って、それ以上の圧で返すのが一番いいだろう」
「流石は蝶です」
心得ましたとばかりに満足そうに定満が頷いた。
俺達が静かに話している様子を見て、白塗り瓢箪達はイライラしてきたようだ。一向に平伏しない俺達に向かってギリギリと歯軋りを始め、今にも爆発しそうだ。白塗りを剥いだらきっと茹蛸のように真っ赤だろう。
「どない致すのであらしゃいますやろか?! 恐れ多くも正五位下中御門右少弁宣綱様と西洞院嫡流の麿がきてやったのだぞ! はよう平伏せんかい!!」
「澄まし顔の小僧が! 額の傷跡の汚ならしいことと言ったらないわ!」
ほほう?
なるほどなるほど。俺の右の傷跡を貶す、か。
今までの奴らと同じように、恫喝すればカエルのように這いつくばると思っていたろ?
…… 俺は、眉間に力を入れて立ち上がり叫んだ!
「じゃっかしいわボケがッ!!! 調べもしないで人の庭で騒ぐなッ!!!!」
「ヒッ!」
ドシン
仰天し倒れた二人。意気威に騒いでいた公家達は明らかにたじろいだ。罵倒されるとは夢にも思っていなかったようだ。
「夜分訪れるなら頭を下げんかい! 迷惑を考えろ!!」
「なっ……? あっ……」
「要件は何じゃ!!? 済ませてさっさと帰れ!!!」
「ヒィ!!」
年若の西洞院と名乗ったお麿様は尻餅をついて動けない様子。年輩の中御門宣綱の方は口をポカンと開けて唖然としていた。怒鳴られることなど今まで経験したことが無かったであろう。
しかし二人は「要件は」と言われたことで自分達の任務を思い出した様子だ。フルフルと震える手で胸元をまさぐると一通の書を出した。
「こっ、これを……」
「ふぅん? 書か。忠平、取って参れ」
「はっ!」
俺は傍に控えていた近習の島津忠平に命じた。忠平はスタタタッと駆けた。
忠平は一礼するとわなわなと震える公家の手から書を両手で受け取り俺の元へと戻ってきた。
「殿」
「…… この書は! そしてこの香りは?!」
俺は忠平から受け取った書を受け取り直ぐに感じた。
レンからだ! 俺は書の香りを更に嗅いだ! 緊急事態を知らせる沈香を使っている!
「書を封じてあるはずの帯が破られている……」
「こ奴らに中を見られておりますな」
定満は顔を顰めた。
レンは向日葵姫として実力者である右大臣三条公頼の義娘として御所へ行ってるのだ。書の中身を検閲するとは尋常ではない。
急いで書の中を見た!
「ぐッ…… 黒塗りだと?!」
中の言葉が幾条も墨で黒く塗られていた。大切な部分を読むことができない!
微かに読める字と言えば……
「典侍? 何かの役職か?」
「…… 殿。それは宮中にて殿上人に奉仕する女官の高位官名に御座いまする」
「ほう! ならレンは昇進したということか?」
俺は力が抜けた。何だ、レンが昇進しただけじゃないか。
「あ、いえ、それは……」
「…… 殿……」
日新斎や宮中の事に詳しい文官らが顔を伏せた。
おかしい?
「定満! どういうことかッ?!」
「殿。典侍は、側室のようなもので御座ります」
定満は俺を見ずに遠くを見ながら俺の問に答えた。俺が怒ると知っていたからだ。
「…… 側室、だと?! レンがか?」
「はっ。恐らく殿下の目に止まったものと思われます」
平伏して答える定満。うん、焙烙頭巾は悪くない。悪くないぞ。
そうか、そうか、そうきたか。
俺は怒りが頂点を越えて血が沸々と滾ってくるのを感じた。
「そ、そうじゃぞ! 殿下が典侍に選んだのじゃ! 否応なしであらしゃいますぞ!」
「たかだか地方の国人の分際で! 朝敵とされたいでおじゃるかッ!?」
公家が二人が息を吹き返した。
「地方の国人? おやおや、俺が、か?」
「そうじゃ! この地を治めていた禰寝清敏を殺し居座った、上杉何某という者であろう?」
「調べはついておるのじゃぞ! お主が右大臣家の向日葵姫との恋仲であったことを! 横恋慕も大概になされ!」
「……参ったな。全く俺のことを知らぬとみえる」
右の額の傷が疼いた。怒りが極限にまで達するとどうしても痛痒くなる。
殺したい衝動に駆られる。
一向に微動だにしない俺を見て半狂乱となった中御門宣綱が俺に扇で差しながら叫んだ!
「許せん! 朝敵じゃ! お主は明日から! いや! 今から朝敵と見なす!!」
取り乱した年若の西洞院何某もそれに続いた。
「帝の覚え目出度き義弟君であらせられる、佐渡の従四位上羽茂本間左大弁照詮様に、お主を誅殺していただくよう御注進いたす!」
ほほう?
面白いことになったぞ。
「佐渡の羽茂本間照詮? どんな男なのだ?」
「ま、まさかお主、知らぬのかッ!? 日ノ本の北と南を掌握しつつある大大名を!?」
「『てつはう』や『たいほう』という恐ろしい術を使い、どんな者も打ち砕くと言われる! 閻魔大王様に準えられるほどの! 『佐渡軍の総大将』じゃぞ!!?」
「…… そういや、聞いたことがあるな」
俺はゆっくりと右の額から拳をゆっくりと下し、ゆらりと立ち上がった。
歪んだ笑いが止まらない。
「年の頃は十七。幾千の屍の上に立ち、歯向かう者を骸にすることに些かの揺るぎもしないと、な」
「そ、その通りじゃ! 存じておるではないか…… 」
「右の額に星形の傷があり、三条公頼の元で花嫁修業を修めた妻を迎えに、京へ上るとッ!」
「そうそう、そ……」
「え、あれ?」
「……そんな? まさ、か?」
察しの悪い阿呆二人もようやく気が付いたようだ。サァーッと血の気が引いていく様子がありありと感じられる。
阿呆二人は間抜け顔を見合わせた後、文字通りの揉み手をして俺へ媚び諂いだした。
「い、い、いやいやいやいや! 存じておりましたとも! の、のう? 時秀殿?」
「もももも、もちろんであらしゃいます! 麗しいご尊顔を拝謁し恐悦至極……」
「会った時から! いや! 会う前から芳しい香りが神々しい御姿を……」
白々しいにも程があるぞ。
「いやいや、美辞麗句は結構。お二人の人と成りはこの照詮、とくと覚えましたぞ? 西洞院時秀殿? 中御門右少弁宣綱殿?」
「ひ、ひ、ひいいいいいいいいいいいい」
「お二人には、これからたっぷりと働いてもらわねばなりませぬな。ああ、そうそう、御家は諦めていただくことになるかもしれませぬが、よろしいですな?」
「あ、あ……」
「「あ゛~」」
ガクン
腰を抜かしへたり込んだ白塗りの二人。
こいつらには土佐一条の当主に詫びを入れさせねばなるまい。さらに……
…… そして、想定外の事態が発生した。急がねばなるまい。
俺は、唖然と事の一部始終を見ていた島津日新斎の方を向いた。
そして、ゆっくりと、柔らかく、怒りを抑えて、語り掛けた。
「日新斎殿?」
「ハッ!? な、何で御座ろう?」
老獪な領主は何か恐ろしいモノを見たように大きなギョロ目を大きく見開きビクッと竦んだ。
「ちと散歩にいきませぬか?」
「? 何処までですかな?」
俺は血沸く心を抑える為に笑顔で極めて淡々と答えた。
「京まで」
上洛決定。
怒りの拳を胸に抱き、一路京へ。
大隅国から京への道は……




