第百八十六話 ~招かれざる客~
<天文十三年(1547年) 一月 大隅国 肝属郡 大隅富田城 祝いの間>
「おお臭い! 臭うてかなわんでおじゃる~!!」
「まったくであらしゃいますな!」
案内されて扇子を顔先でパタパタと扇ぎながら来たのは二人の男。えらく優美、というより仰々しい狩衣を着て俺達の前へやってきた。
一人は三十過ぎほど。ゆで卵のようにツルンとした肌が特徴的。右手で扇子を扇ぎ、左手で鼻を摘まみながら臭い臭いと連呼している。
もう一人は二十手前と若い。年の頃は俺と同じくらいだろう。白塗り顔で鼻の先からつま先までツンとすました男だ。眉を剃り、えらく高い位置に墨でマロ眉を塗っている。殿上眉というんだったかな。
「……公家、か」
京の御所には行ったことがあるし、佐渡へ庇護を求めてきた何とかという公家とも面会したことはある。皆、それなりに分別があり、教養があり、優雅な人物だった。
だがこの二人。いや、こいつらからは謙虚や親愛の念は一片も感じない。
あるのは威儀を前面に押し出し、下賤の者らを侮蔑する意志のみだ。
「なんかの催し物であらしゃいますやろか~? えらくごてごてとして品のない会であらしゃいますわね」
「まったくであらしゃいます」
「叔母上に会う為駿河国へ参った時があらしゃいますが~、大層品のええ会であらしゃいました。大隅国はさもしいものやから仕方のないものやろか~?」
「致し方あらしゃいませぬ。京の雅ことも知らぬ者らやろから」
……
絢爛豪華な婚儀の会を「品のない」、か。
えらく挑戦的な公家のご両人じゃないか。
二人はさらに言葉を続ける。
「出迎えも出来ないのであらしゃいますやろか~? これやから全く鄙者(田舎者)共は…… 」
「何で平伏して出迎えないのであらしゃいますやろか? ほれ! さっさと平伏しなされ! はよう! 京からの使者であらしゃいますぞ!!」
「……」
「殿……」
定満や忠平、日新斎らは俺をじっと見ている。
……唖然とした。
声が出なかった。
こいつら、俺達のことを知っててやっているのか?
いや、何も知らないのかもしれない。だからと言ってこの振舞いなぞ、到底許されるものではない!
「お主らっ!」
俺が口を開いたその時、傍若無人な公家二名がさらに畳みかけてきた!
「ま~ったく、鄙者は頭の回転が鈍いですねえ!」
「平伏と言ったら平伏する! 頭を床に擦り付けなされ! 礼節を学びなされ!」
「我らは殿下の使者であらしゃいまするぞ!」
……殿下?
環塵叔父が「鼻タレ小僧」と言っていた、方仁親王のことか?
俺がキョトンとした顔をしたのを見て、若い方の公家がせせら笑った。どうやら俺がビビッたと勘違いしたようだ。
「そう! 麿は親王殿下の使者! 内大臣万里小路惟房様の覚え目出度き西洞院時秀!」
「ふぅ~。麿は正五位下中御門右少弁宣綱であらしゃいます~。お主らが見るのも声をかけるのも恐れ多い家格なのであらしゃいますぞ~?」
……なるほどなるほど、中御門と西洞院、ね。完全に覚えたわ。そういや親王派だってことを聞いたことがあるな。
阿呆二人はなおも続ける。
「まったく、判断の鈍い者らですな! 七日前に赴いた土佐の一条家はまだ分別がありましたなぁ、右少弁様?!」
「まっ~ったくですなぁ」
「あの平伏姿は見物でしたな!」
「フフフ、大の大人がみっともないにも程がありましたな」
クックック!
フッフッフ……
アーッハッハ!!!
下卑た笑いを見せる殿上人。
「…… こいつら、他でもこんなことをしてるのか……」
俺達が唖然と見つめる中、二人の麿たちは愉快そうに高笑いを続けた……
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<天文十三年(1547年) 一月 土佐国 幡多郡 土佐中村城 城主私室>
「なぜじゃあッ!!」
ガチャン!
一人の男が髪を振り乱し叫んだ。白磁の酒盃が粉微塵に砕け散った。
「何故儂があのような白顔如きに虚仮にされねばならんのじゃぁッ!!」
「…… 言葉を慎みなさい、房基! 御両名のことを悪く言うことは許しませぬ!!」
「母上ッ! 儂は従三位ではないのか?! 土佐一条家の当主ではないのか!!?」
「…… 殿下の御使者です。家格を弁えなさい!!」
「ぐ、ぐううぅぅぅううッ!」
尼母に諭されながらも無念極まる形相を禁じえない男。ギリギリと強く噛んだ奥歯が一本欠けたことを物ともしなかった。
土佐国司。土佐一条氏四代目当主、従三位一条右近衛中将兼阿波権守房基、その人であった。
言わずもがな、一条氏は公家の最高位である五摂家の一つである。
土佐一条家はその一条氏の庶流で、応仁の乱を避けて荘園のある土佐へ京から下向した前関白一条教房を家祖とする一族だった。京の一条本家とも交流が深く、文のやり取りに留まらず交易や養子縁組なども色濃く行われていた。
当時の土佐国は「土佐七雄」という豪族たちが治める土地。前世で四国で覇を唱えた長宗我部家はその一つである。
北を四国山脈、南を海に挟まれた陸の孤島と揶揄されることもあったが、土佐一条家はその土佐七雄の盟主的存在として影響力を強く発揮していた。かつては。
「ただでさえ儂の代となり、土佐一条家は侮られておるのですぞ?! 津野の基高も某の偏諱を物ともせず逆らい続けております! それもこれも父上が……」
「房基! 房冬様の事を悪く言うのは止めなさい!!」
「母上! 母上は何故に常に某を止めるのです!!?」
「一条家はやんごとなき家系。京の本家や土佐の事を鑑みれば、慎み深く動き威厳を保つことこそ肝要なのです」
「慎み深いと、やられっぱなしは意味が違いますぞ!!」
「…… 話が噛み合いませぬ。頭を冷やしなさい」
そう言うと房基の母である夕渓尼は溜息をつきながら踵を返し自室へと帰っていった。
一人、心なく部屋に残された一条房基は、傍らに置かれた一本の古ぼけた木刀に目をくれた。幼き頃、弟の太郎と鍛錬を共にした頃の懐かしい品だった。
「太郎……」
心寂しさから、その木刀に手をかけようとした一条房基。
だが、
「あっ……」
カラン
僅かな灯しかない部屋の暗さ故に手元を誤り、木刀は手元をすり抜け床に転がり落ちてしまった。乾いた無慈悲な音が響き、房基はまた涙を堪え切れなくなった。
「う゛、ううぅ…… 太郎。たろぉ……」
房基は思い出した。太郎はもういないのだ。
一条房基の母違いの弟、見目麗しく才気溢れた一条恒持。跡取りのいない大内家の嗣子となり将軍足利義晴から偏諱を賜った大内晴持は、死んだ。溺死だった。尼子軍に追われ、海へ逃げた船が転覆して。
「……お主は周防から。儂は土佐から。共に力を合わせ、九州・四国、中国の地を安寧に導こうと誓いあったではないか……」
大内晴持の遺骨も遺髪も残ってはいない。海の底に沈んでしまっている。残っている物と言えば、晴持が幼少期に使っていた横笛のみだった。
「『離れていても心は一つ。乱れたこの世を、狂ったこの世を正そう』と誓いあったではないか…… 何故、なにゆえじゃ……?」
ビュウ
誰も応えてはくれなかった。冷たい夜風が房基の堅く握った掌の周りを通り過ぎただけだった。
「…… 一条の血が儂を縛りつける。弟はもう世におらぬ。支えてくれる者もおらぬ。周りは仇為す者ばかり。心休まる刻もまるでない……」
房基の目から涙は消えていた。既に涙は枯れ果てた。代わりに房基は腰に差した太刀の柄を握りするりと引き抜いた。伝来の白刃が鈍く光った。
「…… 救いはないのか? この世は生き地獄なのか? こんなに苦しいなら、こんなにも苦しいのなら……」
房基は、刀の切っ先を、ゆっくりと自らの喉元に突きつけた。
……だが、できなかった。これで四度目だった。国主としての責任感があった。愛する妻と幼い我が子を、自国の民達を残しては逝けなかった。
「…… 寒い。寒すぎる」
再び、土佐の国らしからぬ寒風が強く吹いた。亡き太郎の横笛が微かに響いた。
一条房基は土佐一条氏の中でも智勇に優れた傑物と伝わっております。
六歳で従五位下、十八歳で従三位となり、1547年当時は二十五歳。反乱する津野氏を下しこれからという時に、1549年に自殺してしまったとされています。この自殺は様々な説があります。
弟の大内晴持は、本物語では既出人物です。
第百四十三話 ~証拠~ において、不無が大内義隆と会談した際にいた若き武将です。大内家と尼子家との「第一次月山富田城の戦い」において亡くなった話がここで繋がりました(*´ω`)
いよいよ次話から大きな動きが始まります。




