第百八十四話 ~夜~
<天文十二年(1545年)十一月 琉球国 八重山諸島~宮古島 上比屋山付近 洋上>
ここ数日で潮の匂いが変わった。
南方の強い匂いも悪くはなかった。
だが、落ち着く匂いは、やはり柔らかな日ノ本の海の匂いだ。
船男達の意気も上がっている。颯爽と働く者達。
俺は日ノ本へと北上する中、彼らと共に「海の申し子」島津尚久の元で海の仕事を一から学び直してきた。
「殿、帆の張り方に不備がありまする。風の読みが甘いですぞ」
「ハッ」
「綱の結び方はもっと強く! これでは嵐の際に解けまする! 結び直してくだされ!」
「ハッ!」
「それと、あの雲をご覧くだされ。箒で掃いたように巻く『すじ雲』を。すじ雲は高い空にある晴れの予兆。ですが、あの雲は先がカギのように曲がっております。これから天が荒れる予兆でござる」
「ハッ!!」
尚久の持つ海の技術は俺の想像を遥かに越えていた。
俺と違い、立ち歩くより早く船に乗っていた男だ。頭一つも二つも俺の上をいっている。
俺は、知識としては知っていても、実践に耐え得る技術はまだまだ足りなかった。だから負けた。頭でっかち野郎だった。
学び直しだ。頭だけでなく手と体の。
この二か月、綱を握る手に豆を作り、それを潰して、さらに豆を作った。肌を焼き、腕に傷を作り、少しずつ身に力を蓄えた。
貴重な時間だ。一分一秒も惜しい。
ザックに勝つ為に。スペインの船団と戦う力をつけるために。
知識だけではなく、船の実践的な技術も身に付けるのだ。
「さあ殿! 倭寇の砦とされる上比屋山はもう目と鼻の先でござる! 某の船で船働きの秘をお学びくだされ!」
「頼むぞ! 尚久!!」
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<天文十二年(1545年)十二月末 琉球国 奄美諸島付近 洋上>
「…… 殿はお休みになられたか?」
「はっ」
琉球国を治める宇佐美定満の年の頃には似合わぬ高い声に、島津尚久は静かに答えた。
年の暮れ。角灯の暗い光の中で、佐渡水軍の要職を束ねる者達が話を続けていた。
一人は、軍略方筆頭の僧、不無。元能登国国主畠山義総。
一人は、第十艦隊「鮫」島津尚久。坊津水軍頭領。
一人は、第四艦隊「兎」宇佐美定満。琉球国国主。
最後の一人は、第三艦隊「龍」上杉謙信。美麗島総督。大隅国肝属郡領主。
「朝から晩まで船仕事を学んでおられます。先ほどようやく眠られました。今は泥のようにお休みでしょう」
「…… 殿は、変わられたな」
定満が述懐するように呟いた。
「ですかな?」
島津尚久は意外そうに答えた。日々一緒に過ごす中、近い者ほどその変化は感じにくい。
「うむ。南方で何があったかの大方のことは不無から聞いた。苛烈さは以前と比べものにならぬ」
「不無不無。確かに。海の戦に負けてからというもの、鬼気迫る勢いで学ばれて実践しておられる」
不無は伸ばした口髭を撫でる。
「? 義兄上は、元々稲光のように鋭く厳しい御方では?」
端正な顔立ちを黒く焼いた佐渡上杉謙信は意外そうな声をあげた。美麗島(台湾)の開拓を進めていたため、呂宋国で何があったかはよく知らなかったのだ。
「いや、殿は元々は『お優しい』方なのだ。『優しすぎる』と言っても過言ではない。」
定満は焙烙頭巾の位置を直した。
「他者を傷つけたくない。傷つくのは自分だけでいい。だからこそ自ら殴られることも厭わない御方なのだ。初めて会った河原田の町では策略の為とはいえ、ならず者にボロボロにされておった」
「不無不無、興味深いのう」
「…… 倭寇の者共への仕置きは苛烈でしたな」
「倭寇とは言っても、き奴らはほとんど明国からの流れ者。我ら日ノ本を傷つけるのを屁とも思わぬ奴らです。厳しく当たるのは当然と尚久は考えます」
「うむ八重山の村々を襲っていた上比屋山に巣食う倭寇の姿は、跡形もなくなった。琉球から美麗島、呂宋国へ向かう船はますます安全となったであろう」
定満は付近一帯の地図の筆にあった倭寇の砦に×印をつけた。
九州から琉球、八重山諸島、美麗島、呂宋国までが一直線に繋がった。
「賢い御方だ。我らの知らぬ知識を泉が湧くが如く生み出し、妙策を授けておられる。このがれおん船なる船も殿が異国の船大工と共に図面を引いたとか」
「いかにも! 俺と初めて城郭落としをしたときも、年の頃とは思えぬ落ち着きであった!」
謙信も大きく目を見開いた。
「まるで、元から神か仏から知識を授けられたような。義兄上はそんな不思議な御方でした」
「…… これまでは、『元来あった知識だけ』を使っていたかの如き御方であった。故に、実戦とは結びついておらぬこともあった。心根も大きくは変わっておられなんだ。だが。今では『知識と技術を吸い込む』ような御方となられておられる」
「…… 不無不無。楽しみですな」
不無は満足そうに頷いた。年を跨ぐ明日で十七となる羽茂本間照詮。彼を支えて日ノ本を統べる。新たな日ノ本を創る。それが不無の目標となっていた。
「そう言えば、謙信殿」
「はっ」
「聞くところによれば、大隅に着いて直ぐに島津日新斎殿の娘で尚久殿の御妹『はな』殿との祝言だとか?」
「ハッ。舅殿から文が届いております。そのような流れになっております」
「! 謙信殿! これからはこの尚久と義兄弟! 『海』の某と『陸』の謙信殿。両翼として殿を支えましょうぞ!」
「こちらこそ、よろしくお願い申す!」
白い歯を光らせた上杉謙信と、片目を光らせた島津尚久。互いに手を結び合った。
その手の上に、老練な二つの手が重ねられた。宇佐美定満と不無の右手だった。
「殿もレン殿との祝言を挙げられる。我ら四人手を取り合えば、殿の大望を叶えることができよう」
「不無不無、左様。島津殿との結束も固くなりましょう。京へ上る日も近かろうて」
「では、除夜の鐘はありませぬが」
「はっ。新たな年を」
「祝いましょうぞ!」
多くの者が数多の想いを抱きながら、年が明けようとしていた。
寝静まった宵闇の波の上で、羽茂本間照詮の蛹の殻は、完全に破られた。
心と体のバランスを大きく崩し、更新できなくなっておりました。
待っていてくださった方々に深く御礼申し上げます。
今日から再開します( ;∀;)!
宮古島にある上比屋山については「琉球諸島における倭寇史跡の研究(稲村賢敷氏著)」と「倭寇と宮古島について考える(下地和宏氏著)」を参考にさせていただきました。諸説ありますが、ここでは後期倭寇である明国人が一部巣食っていたとさせていただきます。
除夜の鐘は鎌倉時代に伝わり、室町時代には仏教行事として一般化。江戸時代には多くの寺院で行われていたそうです。
次回から第十二章「羽化」となります( ;∀;)!




