第百八十三話 ~向日葵~
コロナワクチン2回目の副作用で数日倒れてました(*´Д`*)
お待たせしてスミマセン。
<天文十二年(1545年)十月 山城国 京都御所 紫宸殿 >
「なっ!? そ、それは困るでおじゃる!」
右大臣三条公頼は、老成持重らしからぬ大声をあげた。これほどまでの声はここ数年、誰も聞いていなかったほどだ。
その古狸の素っ頓狂な悲鳴の如き声を聞き、扇子の奥でホホホと笑ったのは正二位内大臣の万里小路惟房。次代の帝である方仁親王の側近中の側近だった。
「何が困ると申されるのでおじゃりますか~? 右大臣殿? 畏き目出度き、『殿下の典侍へのお達し』であらしゃいますぞ~?」
「で、で、であらしゃいますが!」
羽茂本間照詮に自分の猶子として嫁がせる為に呼び寄せた、向日葵姫ことレン。
二年の間、その道の達人から熱心に学んだため、素人肌だった和歌も琴も書字も一流の域に達していた。美術品や芸術品の目利きを学び、儀式や典礼などのしきたりも嫌がらず事細かに修めた。髪は艶やかに伸び、瞳は瑠璃玉のように大きく輝き、通りかかれば「ほぅ」と感嘆の息をつかぬ者はいない程の麗しさに成長していた。
剣術修行を欠かさぬために凛とした面立ちは変わらず、緩み切った宮中の女子達とは一線を画していた。
(殿下の典侍となれば、麿は次代の帝の外戚となろう。御子を産めば血の繋がりはなくとも帝の祖父となろう…… だ、だが!)
「ひ、向日葵は、殿下の御傍に置かせるには足りないものが多すぎて……」
「…… それは、これから身に付ければよろしいのであらしゃいますやろか~?」
「そ、それに!! 皇統を継がれる御方への典侍出仕は、勧修寺流(勧修寺家・万里小路家)からが通例! 我が三条家は摂家(公家の家格の頂点に立つ近衛・鷹司・九条・二条・一条の五家)、清華家(太政大臣になることのできる三条・西園寺・徳大寺・久我・花山院・大炊御門・今出川の七家)に継ぐ大臣家(正親町三条・ 三条西・ 中院 の三家)! 羽林家(大臣家より下の家格で武官職に進む)、名家(羽林家と同格で文官職に進む。勧修寺家、万里小路家はここに属する)よりも家格は上でおじゃるが……」
「これまでに例がない訳ではないでおじゃろう~」
何とか断ろうとする三条公頼。その行く手を阻む万里小路惟房。
これまでに噂はあったが、「まさか無いだろう」と高を括くっていた三条公頼。だがその隙を突いた、方仁親王派からの朝議(朝廷の会議)帝の御前での爆弾投下であった。
(しばらくはいい。じゃがこのままでは、我が派閥が丸ごと親王派に取り込まれる危険性があるぞ! 折角築いてきた我が牙城が!!)
「に、にしても、向日葵の想いが……」
「これは異なことをおっしゃられますな~? 御息女を管領細川晴元、甲斐の武田大膳大夫(晴信)へ~。更には昨年御生まれにならしゃいました姫を、勢いある本願寺(証如)の子に早々にも嫁がせた御方が~? 果たして果たして、想いを慮ったか疑問であらしゃいますな~?」
「ぬ、ぬ、ぬぬ……」
冷静沈着で鳴らす公頼にとっては下策の言葉であった。
これから伸びてくるであろう勢力の当主に嫁がせる。これこそが公頼が乱世を生き抜く為の策だった。婚姻は当然、家の都合であり、気に入るか気に入るまいが、寵愛があろうがなかろうが関係はなかった。婚姻は、家と家とを繋ぐものである。故に、先の三件の婚姻が絵に描いたような策略婚だったことは明白過ぎた。
だからこそ公頼は、隆盛極まる佐渡の羽茂本間照詮への足掛かりを無理やりにでも築こうと動いたのだ。
だが、ここにきてのこの話である。
朝廷に力がなかったからこその策だったのだ。しかし、それが今になって変わってきていた。
(朝廷は佐渡から来る貢物を中心に潤いを取り戻しつつある。先日は、この紫宸殿が建て替えられた。穴だらけだった以前の正殿とは雲泥の差。帝のお人柄はかねてから高く、各地から帝を改めて奉ろうとする動きが見られる……)
三条公頼の心は揺れに揺れていた。
三条公頼の派閥には権中納言の上冷泉為益、権大納言の広橋兼秀らがいた。だが肝心の公頼の動向が掴めず、この朝議でどのように助け船を出してよいか見当がつかずオロオロする他なかった。
(確かに向日葵姫が典侍になれば…… いやいや! それだけは!! しかし、あの修羅の如き小僧には「決して自分の名を出すな」ときつく念を押されている。ぐ、ぐむむ……)
公頼は観念したように、口留めされていたことの一部を話すことにした。
「ひ、向日葵には決まった相手があらしゃい申して! それに殿下の御傍に侍らすに致しましても、殿下のご意志が……」
「…… これは、殿下ご自身のご意志でおじゃりますぞよ~ 」
「ぐ…… む……」
右大臣三条公頼は、横目で方仁親王をちらりと見た。そこにはうんうんと頷く殿上人の姿が映っていた。
「右大臣殿。断る道理がござらんのではないか?」
「左様左様。これ以上断るのは、引き伸ばして娘の価値を高めようとする愚慮に見えるでおじゃるよ」
権大納言の勧修寺尹豊、右近衛大将の徳大寺実通ら親王派はこれ幸いにと囃し立てた。
「け、け、決して、そ、そ、そのようなことは……」
「…… 右大臣よ」
「!? み、帝!?」
困窮する三条公頼へ一番高い御簾から声を掛けたのは、誰であろう御奈良天皇その人であった。
「親王への典侍出仕の話、目出度き話かと思うたが、何ぞ思う所があるようでおじゃるな」
「も、申し訳あらしゃいませぬ!」
「よいよい。主の忠義の志に疑いはない。これからも忠勤に励むよう、良きにするでおじゃる」
「は、はは~!!」
帝とのやり取りで、朝議での出仕の案件については終わりとなった。
だが……
_________________
帝(御奈良天皇)にとって息子の妾妻などどちらでもよい話。「これからもたのむよ。任せるよ」と声を掛けただけのだった。
だが、受け取る側にとっては「プレッシャーをかけられた」と捉えることのできる言葉であった。
「む、むむむ…… 困ったでおじゃる……」
紫宸殿を退出したものの、首が曲がり胃の腑を痛めた右大臣三条公頼。その背後から嵐中の人物が意外すぎる程に朗らかに話かけた。
「右大臣殿!」
「誰じゃ…… ……!? (方仁)親王殿下!?」
「急な話だったようで悪かったでおじゃる。じゃが前向きに考えて欲しいでおじゃるよ」
レンを典侍という名の愛妾にと欲する、方仁親王その人だった!
「…… 親王殿下…… ありがたい話であらしゃいますが……」
「右大臣殿…… 麿は、典侍ではなく、『女御(正室)として迎えても良いと思っておる』でおじゃるよ」
「な、なな?!! 女御ですと!!??」
それを聞くと優男はフフと笑った。
女御(正室)となれば全く違う話だった。
正妻としての女御の影響力は絶大。皇子が生まれれば生まれの順番なく間違いなく次代の帝である。困窮する朝廷においてはとてもその莫大な経費を支えることができない為に立てないことも多い正室。今ならそれができるというのが方仁親王の考えだった。
「そ、そこまでにあの娘に価値があると……?!」
「如何にもでおじゃる」
平然と答える親王。その顔を見て三条公頼は愕然とした。
(何ということでおじゃる…… 「人の顔さえ付いていれば何でもいい」と考えていた娘に、まさかそのような力が…… )
茫然自失状態の三条公頼。
女御の父ともなれば外戚の最有力者。夢にまで見た栄華の頂点が目の前にありありと映った。
だが、羽茂本間照詮の正妻を勝手に他所へ嫁に出したとあれば決してタダでは済まない。この豊かな朝廷は一転、枯れ薄だらけの荒れ地へと逆戻りになる恐れがある。否。それどころか、「公家と名のつく者をこの世から全てを消し去る!」と言い出しかねない。
「ですが!」
「それに……」
「むっ?? ま、まだ何か……?」
親王は扇子で隠した口元をさらに右大臣にそっと近づけた。
「…… 麿は、家格というものは、いつまでも変わらぬものとは考えてはおらぬでおじゃる……」
「…… !? まさか!? 我が三条家を…… !」
「ホホホッ!! たとえの話でおじゃるよ! たとえの!」
そう言うと親王は優美な高笑いをしながら紫宸殿を後にした。
親王は、大臣家である三条家を清華家、またはその上の家格の摂家へと格上げすることを暗に示唆したのである!
「…… 向日葵姫に聞くべきか…… いや、断られるに決まっているでおじゃる。ならば…… ! だが、しかし……」
三条公頼は派閥の者達が待つ御学問所へと足を急がせた。
____________
<天文十二年(1545年)十月 山城国 京都御所 鷹の間>
事態を知った、レンの身の周りを警護する為に女官となった伝説の忍び「白狼」の双子の娘である白貉と白狛。
直ぐにレンを連れて御所から脱出を試みようとしたものの、既に十重二十重に近衛兵に監視されていることに気付いてしまっていた。ある程度の自由は利くものの、御所から出ることは到底できなくなってしまっている。
「姫様……」
「白貉、白狛。慌てる必要はないっちゃ」
「ですが! 姫様!!」
向日葵姫として御所へ入って二年。
レンはこの御所は嫌な場所とは思ってはいなかった。多くの知識が集まる歴史と文化の宝庫だったからだ。
だが好きにはなれなかった。粘りの強い毒茸のような、どこかにちゃにちゃとした感覚を拭いきれなかったからだ。
「照詮には困っていることを伝えてはいけないっちゃ」
「姫様! そんな!!」
「照詮には照詮のすることがあるっちゃ」
「「悠長な事を言ってる場合ではございません!!」」
氷のように白い肌をした双子の姉妹は声をそろえた。
このままでは自分達の最大の任務を果たすことができない。それどころか最悪の事態が待ち構えている、と。
「特別なことはいらないっちゃ。いつも通り和歌でも書いて送るっちゃ」
「!? …… では、私達もいつも通りのことを書状に……」
レンの目くばせに気付き、双子は恥じた。見られて聞かれていることを忘れていたことを。
書を出したとしても、困っていることを知らせれば、途中で読まれた際に破かれる恐れがある。
(ならば、ということですか?)
(…… だっちゃ)
意を決して書いたレンと双子の書状が羽茂本間照詮の手元に届いたのは、年を跨いだ、とある目出度い式の最中であった……
室町時代の公家にいては「公卿類別譜~公家の歴史~」様のサイトを中心に、wiki様等を参考にさせて頂きました。
公家の6つの家格は決まっており、上から順に、
・摂家 (近衛など5家。藤原氏嫡流の公家のエリート)
・清華家 (西園寺など9家。元々7家。途中、土御門家がなくなるなど増えたり減ったりした。醍醐家、広幡家が江戸時代に加わった)
・大臣家(正親町三条、三条西【西三条】、中院の3家)
・羽林家 (飛鳥井など66家)
・名家 (万里小路など28家)
・半家 (白川など26家)
となっているようです。
三条公頼については、「第百十四話 ~拝謁と将棋~」に記述した通り、長女を室町幕府34代管領細川晴元へ、次女を武田信玄(晴信)の後室へと嫁がせています。そして本話で書いた通り、生まれたばかりの三女を細川晴元の養子として本願寺証如の息子、本願寺顕如へと嫁がせています(教光院如春尼という名です)。大人物ばかりでビビります。息子は生まれなかったようです。




