第十八話 ~死罪~
※惨酷なシーンがあります。ご注意ください。
苦手な方は読むことをお控えください。
一向宗との繋がりまで勘繰られた。
俺の演技はどうだったろう? それほどまでに拙く、感づかれるような芝居だったのか!?
いかん! 流れによってはこの場で命を落とす危険性がある。
慌てるな。
考えろ。
自暴自棄になるな。
落ち着け。冷静になれ。
俺の思いとは裏腹に、鼓動がドクドクと矢継ぎ早に鳴り響く。
危険だ! と知らせている!!
「ふむう。その方にそこまで言わせるとはのう。儂には、力なき哀れな小僧にしか見えぬが・・・」
佐渡国の国主、雑太本間氏の当主、本間泰時は訝しがる。
(義徳は、直情気味ではあるが、決して能が足らぬ者ではない。何か感ずるものがあるのやもしれぬ。儂からは特に面妖な気配というものは感じぬが・・・ もし一向一揆の手の者とあらば、許すわけにはいかんが。)
壮年の惣領家当主は思案する。どうしたものか。
そこへ、先ほどの侍、仲居義徳が俺を責め立てた。
「小僧! お主、一向一揆の手の者であろう!」
絶対違う! 反論せねば!
土下座したままの体制で、俺は叫んだ。
「おらは違う! おらは一向一揆じゃねえ!」
「嘘を申すでない! ならば、一向宗ではない証拠を見せい!」
!?
一向宗ではない証拠って、何だ!?
…… そんな物、ある訳ない!
俺は思わず、頭を上げて叫んだ。
「うるせえ! そっちこそ、俺が一向宗だって証拠を見せろい!」
不条理だ! 疑わしきは罰せずだ! 疑う方が証拠を見せるべきだ!
一瞬たじろいだ義徳。しかし、
「戯けが! お主は立場という者を理解しておらぬな! お主自らが身の潔白を証明せい! おらっ!!」
言うなり義徳は激昂して立ち上がり、俺の着物の衿裏をむんずと掴んだ。そしてそのまま俺を、全身のあらん限り力の全てを使って広場へ投げ捨てた!
ビュン! ガン! ガリガリ!
砂利のような石畳のような、雑草混じりの広場に俺は投げ出された。広間からは1mくらいの高さもあった。床に落ちた衝撃、肉に食い込む砂利。痛む体がさらに痛んだ。
「ぐうっ…… 」
身動きが取れないほどの衝撃を受けた俺。しばしその場で蹲る他なかった。
そこへ……
「…… …… 弥陀仏、南無阿弥陀仏 ……」
声がする。声が近づいてくる。お経だ。南無阿弥陀仏だ。
「おらっ! とっとと歩け!!」
役人らしき者の責め立てる声。
…… 何だ? 何が起こってる?
体を全く動かない俺は、目だけを動かしてそちらの方を見た。
…… 人だ。人の列だ。十数人ばかり。粗末な着物。ひどく窶れ、体は傷だらけ。両手首は荒縄で数珠繋ぎに繋がれている。目は死んでいるが、口は無機質に「南無阿弥陀仏」と経を唱えている・
先頭にいた役人が広間の方へ跪き、声を上げた。
「殿! 雑太金沢村の一向一揆衆を捕らえ、連れて参りました。処断いたします」
「うむ。頼む」
領主、は即答した。
役人は懐に入れていた紙を読み上げた。
「その方ら、農民としての義務を果たさず、年貢を支払わず、挙句はまた徒党を組み領主に逆らったこと、断じて許し難し。また、佐渡国で許されざる一向宗への帰依も重罪! よって死罪を申しつける!」
「うるせぇ! 糞役人! 阿呆領主! 俺たちの苦労を知らず、取り立てばかり厳しくしおって! 恥を知れ!」
「病に倒れた我が子を、救うどころか殺したのは誰だ! 人でなし! 鬼!!」
数名が口汚く役人と領主を罵った。
辛そうに俯く領主。
代わりに答えたのは、俺を先ほど投げ飛ばした義徳とかいう侍だった。
「黙れぇい!! 自分達は罪を犯しておいて、口を開けば領主様への批判。断じて許せぬ! …… その方ら一向一揆の説得に向かった我が弟、義秀は、お主らに騙され、石を投げられ死に至った…… まだ二十にも満たぬ若者であったのに! その方らに殺されたのだぞ!?」
「自業自得じゃ! 何が『説得』じゃ! 単なる『脅し』ではないか! 死んで当たり前じゃ!」
「そうじゃそうじゃ! 皆、死んじまえ!」
収まる所か、囚われの一向宗たちは口々に悪態をつき始めた。
義徳は、額の青筋がはち切れんほどの怒りを覚えた。しかし、ある目的を果たすことを思い出すと、嘘くさい作り笑いを始めた。
「死ぬ前の小鳥ほど囀ると言うからな…… お主らに問う。こちらの小僧、見覚えがあろう。お主ら一向宗の仲間じゃろう? 見覚えがあるはずじゃ! …… 覚えておる者は、死罪を免じるぞ…… どうじゃ? 覚えておろう!」
俺を見下ろし、指差しながら一向宗に問いかけた。
この野郎、ひどいペテン師だ! ひどい提案を投げかけやがる!!
「見覚えがある!」と言えば、俺は死罪。そいつは生き残る。とんでもない話だ!!!
「……」
沈黙する一向宗たち。死を前にしても、嘘は言いたくない様子だ。ましてや、一向宗取り締まりの総元締め、仲居義徳にだけは……
「お、おれはその小僧を知っているぞ! そいつに一向宗に誘われたんだ!」
!?
「違う! 俺は誘ってなんかいない!
俺はその男なんて見たことない! 人違いだ! 嘘だ!」
俺は叫んだ! 言いがかりだ!! 身の潔白を証明せねば!!!
しかし、
「ほほう…… やはりな。この小僧。一向宗だったわ」
義徳は嬉しそうに頷いた。嘘だ! ひどいペテンだ!
そいつは生き残りたいから言ってるだけだ!!
満足気な義徳。先ほどの広間から下り、「俺を知ってる!」と言った男の前に行った。
そして、腰に差した刀を引き抜くと、ザンと一閃。その男の両手首を縛っていた荒縄を断ち切った。
……義徳は、嘘を言った男を連れて、俺の傍までやってきた。
「どうじゃ、お主。この小僧に見覚えがある。間違いないな?」
「そそ、そうじゃ! 知っておる! 間違いない! だから生かしてくれ! 俺には許嫁がいるんだ! まだ祝言を上げてもおらん! 頼む! 許してくれ!」
刀を持った男は、勝ち誇った。
「この小僧、一向宗であることに相違ないこと明白。各々方、聞きましたな!」
有無を言わせぬぞ、と辺りを見回す。誰も動かない。動けない。
「…… そして、男。許嫁がおるとな」
「そ、そうじゃ!」
許しを懇願する男。許される期待に心を躍らせる。
…… しかし、ニヤリと笑う義徳、刃が天に翳された。
「一向宗のお主の子は、また一向宗となろう……
お主の罪は許したが、更なる一向宗を産む罪は許せぬ! 死ねぇッ!!!」
ザンッ!!
義徳は男を袈裟懸けに斬りつけた。
ドシュ、バババッ
男は、一瞬、何が起きたか分からなかった。目が点になった。
だが、次の瞬間、
「ぐあああああああッああああああああああッッ!!!」
大きな断末魔と共に、男から大量の血飛沫が迸った。
その体から飛び出す熱い血液が、這いつくばる俺の顔や体に飛び散った。
ビチョ、ビチョ……
ビクン……
男はしばらく痙攣していたが、暫くの後、動かなくなってしまった……
「南無阿弥陀仏…… 南無阿弥陀仏…… 」
死を目前に控えた一向宗の列から、念仏が聞こえてくる。
「南無阿弥陀仏」と唱えさえすれば、極楽浄土へ行ける。報われぬ現世から脱却し、西方極楽浄土へ行ける…… そんな言葉、本当は信じてはいないだろう。だが、信じなければ辛すぎて死んでしまう。死なないように生きる。来世を生きるために現世を擲つ。そんな悲愴な「南無阿弥陀仏」が俺の耳に入りこんだ。俺はこの声を、一生忘れることはできないだろう。
「やかましい罪人どもめ! 処刑人ども! やれい!」
義徳は絶叫した。
自らの手で人を殺めた興奮、自らが溺愛した弟の仇を討つ義憤、一向宗を一掃するという役割を果たせる歓喜…… もはや義徳は幸せの絶頂にいた。
「そこの坊主! 極楽浄土で待っているぞ! 南無阿弥陀仏! があああああああああああッ!」
「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏! うああああああああああ!」
死罪。
次々と命を絶たれる罪人達。一向一揆の者たち。
念仏と断末魔とが、断続的に飛び交った……
…… 小半刻(15分)ほど過ぎた。
広場は死体と血しぶきで汚された。粛々とあとで綺麗にするのだろうか。
そして、俺も……
絶頂を迎えた仲居義徳。最後の目標に狙いを定めた。
「さて、最後にこの小僧で御座いまするな。この者が、先ほどの者共の一味であることは証言もあり明白。某が自ら処分させていただきます」
目を血走らせた怪物、義徳は刀を己の頭上高く擡げた。
…… ここまでか……
俺は諦め、目を瞑ろうとした。
……
いや、まだだ。
終われない。終わる訳にはいかない!
三途の川を渡り始めた彼らと、極楽浄土で出会うのはまだ早すぎる!!!
だが、どうする?!
……
一か八かか……
……
俺は、切れた唇が痛むのを食いしばり、声を出した。
「…… 観自在菩薩、行深般若波羅蜜多、時照見五蘊皆空ドハッ、一切苦厄舎利、し、しき不異空、空不異色、色即是く、空、くぅ即是色…… 」
「これは…… !?」
「般若心経…… ?」
俺ができる唯一のアピールだ。一向宗は日常唱えない経文だ!
「受想行・識・・・、亦復如、是。舎利子、是諸法、ゴハッ、空相、ふー生、フー滅不垢不浄、不増不減是故空中、無色無受。・・・想行識無、眼耳鼻舌、身意、無色声香味触法。無・・・」
身の潔白を示すには、これしか思いつかない。領主様は何宗だ?! 知っててくれ!
「眼界乃至、無意識界。む無明亦無無明尽、ナイ至無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智・・・」
……いつの間にか環塵叔父、領主、他の者も唱えだしていた。
俺の声に合わせて唱えだしている……
「亦無得以無所、得故ボ、ぼ提薩埵依般若波ラ、蜜多コ、・・・・・・・三世・・・・諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無・・・・・諦、菩・・・・提薩婆訶。・・・般若心経!」
最後の方はもう声が擦れて聞こえないほどの声になっていた。しかし、他の者がその分、声を出してくれた。最後まで言えた俺は、息も絶え絶えだったが、叫んだ。
「俺は生まれてこの方、真言宗じゃ! 一向宗じゃねえ!!」
身の潔白の証明……
どうだ…… ?
……
「……ふむ、御坊、お主が教えておるのか?」
「物覚えが悪い者ですが、般若心経は最も肝要。泣くまで仕込みました」
「そうじゃったか…… 悪いことをしたのう…… 対馬守」
領主本間泰時は、多くを語らずに部下に命じた。
察した部下は、環塵叔父を促した。環塵叔父は一礼をして拝むと、俺の所まで来てくれた。
「信心が足らぬ者故、誤解をさせてしまい申し訳御座らぬ。平にご容赦を」
環塵叔父は、未だに刀を掲げている義徳を拝むと。俺を背負った。
広い背中。死の淵までに至った俺を、釈迦の手の平で包むようにおぶってくれた。叔父の背中は心地良かった。
「雑太本間の太運寺は曹洞宗。しかし、般若心経は存じておる。小僧の経、見事であったぞ」
「ありがたいお言葉でございまする。まだまだ修行は足りませぬ故、仕込みまする。それでは」
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<佐渡国 真野湾 真野港>
九死に一生を得た雑太氏への工作は終わった。
俺は叔父に背負われながら、真野港から空海屋の船に乗った。予定通り直江津まで移動する。
体はさらに痣だらけだ。傷も深いが、今は心の傷の方が大きい。
俺は、既に他人の命を奪っている。今更言えたことでもない。だが、目の前で斬殺された者の血を浴びた俺は、目の焦点が合わず、心の動揺も隠せなかった。色々な考えが流れては消えてゆく。
一向一揆の者達。領主に逆らう彼らには、已むに已まれぬ事情があったのだろう。
義徳と呼ばれた男。あいつにだって、弟を殺された恨み、取り締まりの責任者としての正義はあったのだろう。
俺にだって、生きるため、村の者達を守るために必要だった。
目の前で命を絶たれた、俺を知ってると嘘を言った男…… 彼にだって、生きようとする正義はあった。許嫁と添い遂げたかっただろう。生きるために必死だった。
……四者四様。それぞれに正義がある。どれが絶対的に正しいという訳は無い。
それぞれが信じる物と、それぞれの力関係によって、結果は大きく分かれてしまったが……
正しいって、何だろう。
正義って、何だろう。
世の中、分からないことだらけだ……
「あと4日じゃな。直江津で兵を集めるか?」
考え込む俺の気をそらそうと、環塵叔父が潮風に当たりながら聞いてきた。
「うむ。それと、他にもやらなければならないこともある」
「これもつかうのか。そうとうに重いぞ」
弥太郎が担いだ荷をよっこらせっと廻船の甲板に置いた。弥太郎は軽々持っていたが、その荷を置くなり船がグラッと傾くくらいの重量があった。雑太本間の城に行くときは、弥太郎にはこの荷と共に待機してもらっていた。見られたら大変だもんな。
「越後屋の汗がどれくらいか、見物だな」
俺は、精一杯の軽口を叩いた。悩んでいる時間も大事だが、俺は前に進まねばならない。混迷する佐渡を正すために歩み始めたのだ。止まることや、後戻りはできない。
「長尾家への根回しと、あと、柏崎にも用がある」
「ほほう、楽しみじゃな」
日本海の潮風は、少しだけ傷を癒してくれているようだ。俺は、自分で名付けた「兵流明守」号の甲板で波に揺られながら、束の間の休息を取った……
第二章「佐渡ヶ島」 ~ 完 ~
「アイム、ジャスティス!」
自分の正義を一切疑わない、正義のヒーロー。私は羨ましいです。
彼は正義のために戦える。相手は悪。何も後ろめたいことはありません。
相手の痛みに寄り添う必要はありません。だって、彼が正義で正しくて、相手は悪で間違っているのですから。
正義のためなら、どんな手段も許されます。
暴力、嘘、出まかせ、暴言、心理的苦痛、そして殺人。どれも正当化されます。だって、正しいのですから。
この作品は、そんな「正義」へのアンチテーゼかもしれません。
弱者への恫喝、強者の横暴。世の不公平、世の不条理。それらを吹き飛ばしたい。そんな気持ちが私を動かしたように思います。
ならば、「どんな世界」であれば、納得するのでしょう?
皆が幸せな世界、それは絵空事でしょう。
皆が平等な世界、それって本当でしょうか。
戦国の世を舞台としながら、自分の中で問いかけながら書いていきたいと思います。




