第百七十七話 ~緋色のカモデス海~
<天文十二年(1545年)七月 呂宋国 セブ島東 カモデス海 沖合い>
何とかというイスパニアの偉いピン髭おっさんを捕まえて、俺達の勝ちは明らかとなった!
「よっしゃぁ!! ザマぁ見ろ!!」
満面の笑みを浮かべる海の申し子とも言うべき島津尚久。今回の勝利の立役者だ!
「……しかし、あの爆発を見たときは肝を冷やしたぞ。よく生きて戻ってこれたな!」
「はははっ! 九死に一生を得ましたぞ!」
聞けば、イスパニア船の最奥船室には大きな爆薬の樽があったそうで……
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樽には火が付いた導火線がバチバチと音を立てていた!
高さは二間ほど! 跳んで届く距離ではない!
尚久は「南無三!」とばかりに愛用の弓に矢をつがえ狙い撃った!
矢はうなりを上げて真っすぐに飛び…… 導火線の根本をズバッと射抜いた!
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「日頃の弓の鍛錬のおかげですな!」
そう言うと尚久は日に焼けた顔を紅潮させた。
船は揺れたそうだが、両の足で船板を掴み、導火線の先を射抜いたその腕。針の穴を通すような芸当だ。(陸の上の尚久なら五寸先でも外しそうだが)
「そしてセブ王国の王族を救い出した後、火を放って船を爆破させたのか?」
「はっ! 相手方は我らを罠に嵌めようとしたことは明白。よって、それを逆手に取りましてございます!」
爆破が無ければ、相手方は「しくじった」と思い慎重な手を取るはず。そう思った尚久は離れてから爆破させ、相手の出方を待ったということだ。
「見事な機転じゃ! おかげで相手の大将を生け捕ることができたわっ!」
「これくらい朝飯前で御座るよ!」
佐渡鷹丸の甲板上で、俺達は目的を達成した余韻に酔いしれていた。
生け捕ったピン髭の言葉は、早口でまくして立ててるせいか訛りが酷いせいかでよく聞き取れない。シャナと長谷川海之進が聞き取ろうとしているが半分も理解できていないようだ。
「まぁ、マニラへ戻ってからじっくりと尋問すればいい。目的は果たした。ここカモデス海から移動するとしよう」
セブ島とレイテ島に挟まれたこの海はカモデス海と言う。
俺は高校生のテストで英語はサッパリだったが地理は学年トップだった。だから覚えている。
…… と言いたい所だが流石にそれはない。シャナが付近に「カモデス諸島という島々がある」と言うので「カモデス海」と呼んだだけだ。前世でもそう呼んでいたかもしれんが。
「殿…… 残念ながら」
「む?」
不無が望遠鏡を覗き込みながら陸地の方を指さした。
「このまま我らを逃すつもりはないようで御座います」
「…… なるほど。奴がくるか、な?」
「ザック」と言った将官が来るか。
気さくで豪胆。敵同士とは言え俺は好印象を持ったイスパニア人だ。俺達を罠に嵌めるような奴には見えなかったんだがな。俺は俺自身の「人を見る目」を過信していたようだ。
「来るなら迎え撃つ! …… と言いたい所だが、こちらは既に目的を達成している。皆の者! 損害を出さぬように戦え!」
「承知仕りました!」
俺の下知を聞いた尚久は颯爽と自分の艦隊へと戻っていった。
「…… 初の他国艦隊との艦隊戦、か」
俺はにわかに緊張による掌の湿り気を感じ取り、嫌な予感を左袖で拭き取った。
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「敵の船影十五! キャラック船を中心にした艦隊です!」
「若干相手の方が多いな。 …… 砲撃用意! いつでも撃てるようにしておけ!! 相手方はイスパニア正規軍! 当然砲撃戦を挑んでくるはずだ!」
「ハッ!!」
望遠鏡でもう一度相手の船を見る。
船影十五、とは聞いたものの、中には今にも崩れ落ちそうなボロ船が3~4隻は混ざっている。あんな船で戦うつもりか?!
「イスパニア人達は、どうやら泥舟で我らに立ち向かってくるようですな」
「どうやらあのピン髭、かなりの大物と見える。そうまでしても取り戻そうとしてくるとはな」
「もしくは、あの拿捕した金色のキャラック船に秘密があるのやも?」
「……うむ」
確かに、ピン髭が指揮してノコノコとやってきた所を拿捕したあの船。只の金ピカキャラック船ではない。
船首楼は、キャラック船のように高くずんぐりとしておらず、低く甲板と一致したような形状。これにより船楼に余計な風を受けずに風上に切り上げる操船が容易になり、トップヘビーを解消できる。そして逆に船尾楼は高くなっている。 …… つまりこれは、「キャラック船とガレオン船の間の形状」だ。
「あの船は佐渡へ持って帰り、是非船大工棟梁のイゴールに見せたいな。思わぬ発見があるやもしれぬ」
「不無不無。その為にも、まずはこの戦に勝たねばなりませぬな!」
「だな! それに不無も、南方の工芸品や美術品を佐渡へ持って帰る前に死ねぬであろうに」
「如何にも!」
軽口はここまでだ。
「敵船、近づいてきます!」
「よし。面舵90! 船腹を相手船へ向けろ! 集中砲火で沈めていくぞ!」
「ハッ!」
俺の指示に従い、俺の「鷹」五隻と尚久の「鯱」の船が手際よく回頭した。
いわゆる「T字戦法」作戦だ。
これは海軍後進国と呼ばれたイングランドがイスパニア無敵艦隊を破った「アルマダの戦い」において使われ、以後砲撃戦の基本戦法となった戦法。確か日露戦争でも使われたはずだ。この頃はまだ一般的な作戦ではないはず。砲撃戦なら必勝の形だ。
「…… 敵船! 止まりません! 追い風に乗り、こちらへ突っ込んできます!」
「…… まだだ。流石に船ごと体当たりしてくる訳はなかろう。有効射程に入ってから集中砲火せよ!」
「ハッ!」
俺は一抹の不安を感じながら指揮の声を出していた。大丈夫なはずだ。
だが、何かがおかしい。
司令官が表情や声に不安を見せてはならん。冷静に考えろ。感情的になるな。相手方は何を考えているか予想しろ。
(相手方はイスパニア軍。当然砲撃戦を挑んでくるはずだ)
…… 先ほどの俺の言葉。これは本当か? そしてこのT字作戦の弱点は……
!!
「作戦変更ッ!! 『鯱』と各船に『散開せよ!』だ! 」
「はっ?」
「『散開』の合図を出せ!!」
「ハッ!」
俺の指示に従った合図が出るか出ないかの刹那……
「敵船から火の手が上がりました!!!」
悲鳴に近い報告が飛び込んできた!
見れば相手の旧型船五隻が炎に包まれてこちらに猛然と近づいてくる!
クソッ! やられた!
「『焼き討ち』だ!!」
透き通る水色をしたカモデス海が一気に緋色に染まった!




