第百七十六話 ~光~
<天文十二年(1545年)七月 呂宋国 セブ島 セブ 港>
ドオオオオオオオオオオォォン!!
「ムーフフフフッ。やりました、ね?」
「……」
大爆音と洋上に光る炎の光に酔いしれ、エスターライヒ補佐司教は恍惚の笑みをもらした。
「愚かな東夷の蛮族の分際で、神の威光に逆らった天罰です!! ホーホホホッ! 見なさい! あの美しい輝きを!!」
「……」
罪人の鎖と手枷を付けられたザック・アロンソ・ペレス・デ・グスマンは、沖合いに小さく燃える炎を見た後、唇を噛みしめ自戒の念に駆られた。
(俺が『セブ王族を乗せた船が出る』と言ったばかりに、ジャポネスの大将が…… すまねぇ)
「何を険しい顔をしているのです? 罪人のザック、よ?」
「いや、何も?」
「フーフッフ。貴方の部下の中にワタクシの手駒をコッソリと混ぜておいて正解でし、た。まーさか、あーんな蛮族に媚を売るとは、ね? 名門メディナ=シドニア家の家名も落ちたものです、ね?」
「うるせぇ! シドニアは関係ねーだろが!」
「ンーフッフ!」
負け犬の遠吠えとばかりに、エスターライヒはピンとハネた髭を丸め満足そうに頷いた。
イスパニア国のカトリック最高顧問であるタベラ枢機卿の腹心であるエスターライヒ。
「ザック・アロンソがジャポネスに秘密を洩らした」との情報を聞きつけ「これはイスラス・フィリピナス獲得失敗の責を奴に擦り付けるいい機会」と見た補佐司教。ザックを罪人として捕えた後に、大量の爆薬を仕込んだ船を囮として出航させたのだった。
「これで邪魔者は消え、た。そして罪人は捕まえ、た。ワタクシは晴れて遺憾の報告をタベラ猊下にお伝えするだ、け。な~んて素敵な計画な~んで、しょ!」
「…… 補佐司教様。小官は……」
「お黙り! ヘヌーコ!! アンタも同じく枷を嵌められたいの!?」
「…… う、いえ。はい。補佐司教様の、仰る、通りです」
ザックの副官であるヘヌーコは口ごもった。
「そうそう。アンタが素直なら、アンタの大事な家族やら? 集めている孤児達の養育園やら? を潰さずに済みますから、ね? 分かった、の!?」
「…… はい。小官は、イスパニア軍人の、責務を、ま、全う……」
「全う……?」
「全う致します」
「そうそう! いい子ね!! ンーフッフフ!!」
エスターライヒはまたまた愉悦の声を洩らした。
「ああ、思い出した、わ。爆発でちゃ~んとセブの馬鹿王族達と? 東夷の蛮族が死んでいるか確認しないと、ね? 海に浮かんでいるかもしれないから、ね?」
「!? 補佐司教様! 恐れながら! 海上遭難者へは、国際海難救助法に基づき救助義務がッ!!」
「…… ンーフッフ! 何を言っているの、ヘヌーコ? ワタクシはただ、浮かんでいる丸太がちゃ~んと海の底に沈んでいるか確認するだ、け。浮かんでいたら危ないで、しょ? 神もそう仰っているわ!!」
「あ、う…… 」
ヘヌーコはガックリと項垂れた。口答えすることはもうできなかった。
ザックも口に溜まった唾をペッと吐かずにはいられなかった。そしてそのまま暗い独房へと連行されていった。
「さぁ! 神の御旗を掲げなさい! 蛮族共を根絶やしにするわ!!」
エスターライヒの瞳は、どす黒く濁ったまま輝いた。
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<天文十二年(1545年)七月 呂宋国 セブ島 沖合>
洋上を進むエスターライヒを乗せたイスパニア海軍が誇る最新キャラック船サンタ・アナ号。
帆に順風を受けてグイグイと爆発地点まで到達した。
「さて、着いたわ、ね? さぁ! 海に浮かんでいる罪人達を神の元へ送り届けなさい!!」
「ハッ!! 補佐司教様!」
エスターライヒ直属の部下達は目を皿のようにして波間を探したが……
「補佐司教様! 亡骸一つ見当たりません!」
「ふ~ん? あ、そう。ならぜ~んぶ沈んだってこと、ね?」
「補佐司教様! 小官もそのように考えます!!」
「よくやった、わ。んじゃ、帰りま、しょ……」
そう言いかけたエスターライヒは自分の目を初めて疑った!
西の方角から二手に分けて、五隻ほどの艦隊が近づいてきたのだ!!
「ちょ…… ちょっと! 何よ! あれ?!」
「えっ……? あ、ああぁ゛!!?」
羽茂本間照詮率いる佐渡水軍「鷹」の精鋭艦隊五隻!
さらに島津尚久率いる「鯱」の黒鯱艦隊五隻が猛然と強襲したのだった!
「ちょ! ちょっと!! 迎撃しなさい! 大砲を向けるのよ!!」
「補佐司教様! それが、爆薬を囮の船にほとんどつぎ込んでしまい……」
「…… !? 何てことなの……!!」
有頂天から地獄の底へ。
間もなく、補佐司教エスターライヒとその忠実な部下達は最新艦を無傷のまま丸ごとと共に佐渡水軍に拿捕されることとなった。
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<天文十二年(1545年)七月 呂宋国 セブ島 セブ 港>
望遠鏡で様子を窺っていたイスパニア軍人ヘヌーコは事の重大さに気付いてしまった!
国の最高機密である最新鋭艦が、他国の手に渡ってしまったのだ!!
しかも要人を捕虜として!
慌てふためくヘヌーコ。だが、どうしようもない。
(…… いや、ある! 一つだけ、手が……!!)
ヘヌーコ愛用の丸眼鏡がキラリと輝いた。
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<天文十二年(1545年)七月 呂宋国 セブ島 セブ 独房>
ヘヌーコは、暗い独房に閉じ込められていた元東部方面艦隊首席艦長のザック・アロンソの元を訪れていた。
「ザック!」
「お~? 何だい? 優等生のヘヌーコ様じゃねーか」
「ふざけないでください! 補佐司教様の船がジャポネスの船に拿捕されたようです!!」
「おー! そりゃおったまげだな」
必死な表情で伝えるヘヌーコ。
だが、ザックはふざけ半分でヒューと口笛を吹いた。
「お道化ている場合じゃありません! この難局を乗り切るには、ザック! 貴方の手腕が必要です!」
「あぁ゛? 俺のか?」
「そうです! 『ザック・ワイルド』とイングランドのジャガイモ達に恐れられる腕で、補佐司教様をお救いするのです!!」
「おー。確かに、そりゃ俺にしかできねーわな。……だがなぁ? 肝心のその腕が、コレじゃあな?」
ザックは重い樫の木で作られ鉄で止められた手枷を、面倒くさそうにヘヌーコに見せた。
…… ガチャガチャ……
ジャキン!!
「…… ヘヌーコ。お前、本気か?」
ザック真顔に戻り、自分の自由を奪っていた手枷の錠を鍵で外したヘヌーコを凝視した。
「この状況をひっくり返せるのは貴方だけです! ザック! 貴方がイスパニアの危機を救うのです!」
「……ったく。どうなっても知らねーぞ?」
「小官は、イスパニア軍人です! そして、貴方の副官です! 最も可能性の高い選択肢を選んだだけです!」
「…… 勝つか負けるかは……」
「二分の一、ですよね?!」
ザックは立ち上がると、ヘヌーコの頭をワシャワシャと撫で回した!
「分かってきたじゃねーか!」
「計算の仕方を変えただけです!」
ヘッっと笑うザック。
(残った船も人員も少ない。火薬もまるで残っちゃいねぇ。……なら、あれで!)
「行くぜ!!」
「はいッ!」
「この頃に確率論ってあったの?」、というご感想をいただきました('ω')ノ
「確率」に関しては高校生の時にやったくらいで完全に専門外なので、ネットの海をダイブして多分、「系統づけられてはいないものの、あっただろう」と考えたため、使わせていただきました(*'ω'*)以下に述べさせていただきます。
まず「確率論」について初めて系統的にまとめた人は、イタリア生まれの数学者・賭博者である「ジェロラモ・カルダーノ」とされているようです。1501年生まれで1576年に亡くなっています。
著書である「偶然のゲームに関する本」「さいころあそびについて」の発行は1560年ですので、物語の進行している1545年頃はご指摘の通り確率論は完全な形で発表はされていない頃です。
ですが、時代は15~17世紀の大航海時代真っただ中。
ご存知通り、「保険」が始まったのもこの頃です。
保険は、船が無事に帰ってくることと帰ってこないことを秤にかけて、掛け金を掛ける発明です。「東京海上日動」様のHPによると、元金に対する利息は、おおよそ1航海につき24~36%であったとされています。
つまり、この頃から「無事に戻ってくる」ことと「遭難して全損してしまう」ことの確率を考えて行動していたと考えられます。
私達も地震や火災などへの備えとして保険に入るのもリスクの確率に対する補償を求めて行動していると考えられます。
また、サイコロやトランプなどの賭博が流行したことも有名です。
そこでは当たり前のように運命の女神という名の元の勝負が繰り返されます。
「リスク学と確率論の狭間で」(木下冨雄氏著)という論文の中でも「リスク学」として詳しく論ぜられています。15世紀から確率という概念は存在していると言ってもいいのではないかと考える根拠の一つです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbhmk/43/1/43_5/_pdf
あとは、著者自身が麻雀を囲む仲間の中で「勝つか負けるかは二分の一」ということをよく言っている人がいたので使いたかっただけです(゜∀゜)
そんな感じでいかがでしょうか(*´Д`)?




