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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十一章「西南の海」

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第百七十三話 ~西班牙の荒獅子~

<天文十二年(1545年)六月 イスラス・フィリピナス ルソン島 マニラ港 酒場> 



 ザックはこの()()()()()()()()にうんざりしていた。


「気が進まない任務はバナナに(たか)るハエよりも嫌いだ。ハエは追い払えばしばらく離れるからな」

「『職業軍人の定め』ですよ。ザック」


 副官ヘヌーコにいつもの如く(さと)されたザックは、注文した蜂蜜酒(ミード)の瓶を荒々しく(あお)った。だが瓶が既に空だと分かると、思わず放り出したくなる衝動に駆られた。今回の任務のように。


「20年も前に死んだおっさんの仇討ちと称しての、原住民への略奪と虐殺。現地の王族は全て奴隷? こんな()()()()の為に世界の果てに来た訳じゃねーぞ!」

「ザックは喜んでたじゃないですか。『王都を離れることができる』って」

「めんどくせー跡目争いと、胡散(うさん)くせータベラ()()()()()殿()から離れることができると思ったからだよ! だがクソ任務を押し付けられ、しかも目付け役にタベラの腰巾着(こしぎんちゃく)まで付けられて! あー! やってらんねー!!」

「ザック。猊下(げいか)の腹心であられるエスターライヒ様のことを悪く言うことは許されませんよ!」

「へっ! 奴の肝入りで早められたここ『イスラス・フィリピナス(スペイン皇太子フェリペから名付けられフィリピン諸島の名)』の征服は既にマニラに入っていたジャポネスの艦隊の為に失敗。帰りがけの駄賃に『ジャポネスの大将を暗殺せよ』とはお笑い任務だぜ!」

「…… 命令されたからには全力を尽くす、それがイスパニア軍人です」


 ヘヌーコの表情は暗い。

 地中海の覇権、新大陸の開発など、イスパニアの目指す世界征服事業は着実に進んでいる。その中で「イスラス・フィリピナスを征服できなかった」という報告をしなくてはならない面目丸つぶれのエスターライヒは、無謀と思われる任務をザック達に命じたのだった。


「で? ここに来るのか? 噂の『ジャポネスの大将』とやらは」

「間違いありません。計算通りです。港に自分達の町を作る仕事を終えた後は、この店に立ち寄るのが定番です」

「ふーん」


 いつも生真面目に眼鏡をクイクイ上げるヘヌーコの報告を上の空で聞いていたザックは、部下に命じて蜂蜜酒をさらに3本追加注文した。


「ま、うまくはいかんだろうよ」

「ザック! 誉れ高きイスパニア東部方面艦隊首席艦長がそんな弱音でどうするのです?!」

「カンだよ、カン。ほら、気づかれた」

「ええ゛っ!?」


 店の中にいた数名のルソン島民がスルリと店から小走りに出て行った。どうやらジャポネスの息のかかった者だったようだ。


「ああ、もうっ! 計算が台無しです!!」

「…… お前はな。あちらさんはそうでもないようだぜ?」


 ザックの前方からは、襲撃に備える為の密集態勢を取ったジャポネスの集団が見えた。


「これは緊急事態です! 急いで船へ戻りましょう!」

「…… 間に合わんさ。ま、交渉といこうじゃないか」

「そんな博打(ばくち)は打てません! 危機状況下での交渉など、うまくいった確率は10por ciento(パーセントもありません!」

「いや? 『勝つか、負けるか』の、二分の一さ」


 イスパニア名門貴族メディナ=シドニア家の一員にして生粋の職業軍人。ザック・アロンソ・ペレス・デ・グスマン。ポルトガルやイングランドとの海戦においてはその荒々しい戦い方から『西班牙(イスパニア)荒獅子(あらじし)』『ザック・ワイルド』と呼ばれ恐れられる男。


 そのザックは、オドオドと蜂蜜酒を届けた給仕に8レアル銀貨を惜しげもなく手渡した後、噂に聞くサムライ達の殺気を物ともせず不敵に立ち上がった。


________________


<天文十二年(1545年)六月 呂宋国 ルソン島 マニラ港 酒場> 



「殿! あれに見えるが毛唐人です! 武装しているとの話がありました!」

「ほほう。…… 俺を殺しに来たか?」

「分かりませぬ! ただ十二分にご用心を!」

「弥太郎、頼む」

「…… ああ゛」


 酒場、とは言っても椅子とテーブルが並ぶだけの大きな広場の奥に座っていた男が立ち上がった。どうやらあちらの司令官のようだ。隣で小さな男がワーワーと騒いでいる。身形は随分とラフな格好だが、ありゃ軍人かな。


 司令官らしき男は周りが止めるのも聞かずにこちらへズイズイと近寄ってくる。豪胆な男だ。

 ポルトガル人、か? いや、イスパニア人、だな。眼鏡をかけた小さな男の声で分かった。


 丁度いい。相手と話をしてみよう。

 長谷川海之進や才媛のシャナからポルトガル語を習っているついでにイスパニア語も学んでいる。実はポルトガル語もスペイン語もかなり似ていた。ある程度は理解しているつもりだ。


 酒の匂いを漂わせながら、欧州人の金髪長身痩躯の男が俺に話しかけてきた。


「Hola español, hablas?? (やあ。スペイン語は話せるかい?)」

「Sí sólo un poco(ああ、ちょっとだけ)」


 俺が答えると相手の男は口笛を鳴らした。かなり意外だったようだ。

 相手は俺がスペイン語が話せると分かると、言葉を続けた。俺が分かりやすいように、ゆっくりと。発音のたどたどしさから俺の語学力がそれほどでもないことにも気づいたようだ。スペイン語を通して話が続き始めた。


「失礼。スペイン語ができる東方人は初めてだったのでな。よかったら俺の通訳にならないか?」

「嬉しい申し出だ。だが他にやることがあるのでな。遠慮しておこう」


 面白い男だ。俺を通訳にスカウトするとはな。


「では、ある男に伝えてほしい。『ルソン島周辺はイスパニアのものだ。関係ない奴はすっこんでろ』と」

「じゃあ俺からもある男に伝言だ。『()()()()()』」


 フフフッ

 ハハハッ


 俺も相手の男も晴れやかな笑顔だ。外目から見ていれば友好的な出会いのように見えるだろう。俺の話している内容は弥太郎に随伴してきたシャナ以外は理解できていない。


「忠告はしたぞ」

「ありがたく頂戴しよう。あと、逃げられると思っているのかな?」


 酒場の周りには俺の佐渡水軍の手兵数百が集まり出している。相手方のイスパニア軍人はせいぜい数十。やり合うならいくらでもやるぞ?


「なるほど。これは困った」

「さてどうする? 今更泣き言なぞ言わぬだろう?」

「いや? 尻尾を丸めるのは得意でね。でなきゃ()()()()()()()なぞできはしない。どうか取引させてくれ」

「嫌だと言ったら?」


 俺の揺さぶりにも相手の男は揺らがなかった。


「いや、君は取引に応じるはずだ。君はとても『公平』な人間だと聞いている。海の男同士が陸でカタをつけるなんてしないはずだ」

「なるほど」


 俺の行動を熟知している、ということか。確かに台湾でも呂宋でも俺は現地の民を虐げることは一切してこなかった。相手の好意には相応の返礼をするし、労働には対価を払った。


「しかし民と軍人は違うだろう?」

「そこは許してくれ。いい情報を話すのでこの場は見逃してほしい」

「聞いてからでも?」

「もちろん」


 炎天下のマニラの暑さの中でも相手の男は汗一つ掻いていない。涼し気な顔だ。これは張ったりなのか本心なのか。正直見当がつかん。並の男ではないな。


「では聞こう」

「小耳に挟んだ話なんだがな。ここから南に三日いった先にセブ島という細長い島がある」

「それだけか?」

 

 中学地理レベルの情報だ。


「いや。そこに二十年ほど前にイスパニアのマゼランという男がやってきたが、原住民に殺された」

「ああ。西回り航路で世界一周中に殺された話だな。確か1521年。セブ島の近くのマクタン島だ」

「!?」


 男は初めてギョっと表情を曇らせ、「マジかよ……」と(つぶや)いた。たが、次の瞬間には「いや何でもない」とすぐに元の顔に戻った。


「イスパニアはマゼランを殺したセブ島のムスリム(イスラム教徒)の王国を許さない。ゼブ王国の族長シャリーフ・フマボン・アブデュルメジトとその一族は捕らえられ、五日後本国に奴隷として移送される」

「!!? お父様達が!!?」


 悲鳴に近い甲高い声が聞こえた。見ればシャナだ。手に持っていた籐籠を落とし、両手を口元でワナワナと震わせている。


「奴隷となれば生きてセブには戻れん。ま、そんな所だ」

「…… 『情報感謝する』、と言っていいのかな?」

「さあね」


 欧州人の男はお道化て両の掌を上に向けた。

 

 シャナの方へと顔を向けると、シャナは弥太郎にしがみつきながら泣き崩れていた。そして俺の方を見るや、

「…… ショウセンサマ! ドウカ、父ヤ一族ヲ、オタスケください!!」

 と叫んだ。


「…… シャナは、セブ王国の姫だったのか」

 訳ありな様子だったのは、そういうことか。望まぬ結婚でも強いられて逃げ出してきた姫だった、ということか。


「俺はラス・カサス司教の信者だ。『強引な征服は好みじゃない』。まあ女と一緒だな。じゃ、これで失礼させてもらうよ」

「…… 名を聞いておこうか。俺は羽茂本間照詮だ」

「ハモチ・コンマじゃなくてホンマか。訂正しておこう。俺は『ザック』、とだけ言っておこう」

「ではまたな、ザック」

「いずれ海で会おう」


 ザックは「計算外でした!」と叫ぶ副官らを連れて港に停泊してあった小型船に整然と向かっていった。


 俺はザック達の船を追わせる為、尚久に目くばせをした。尚久はワニ肉串を(かじ)りながらぼんやりと頷いた。まあ、途中でまかれるのは想定済みだがある程度の進路だけ分かればいい。



____________


 

「イスパニアの軍人が呂宋国へ入ってきていたとはな。本当に危ないところだった」

「ですな。一か月遅ければ、奴らに呂宋国を抑えられておりました」


 俺の回想に不無が返答した。


「うむ」 


 俺の記憶では、イスパニアがフィリピン征服の為に軍を出したのは1560年頃。今の西暦が1545年で合っているのであれば、15年も早い。


 イスパニアは地中海の覇権、新大陸とカリブ海への進出、南米ペルー征服に力を注いでいたはずだ。ここ東アジアに艦隊をいくつも派遣するには余力が足りなかったはず。

 

 つまり、()()()()西()()()()()()()()()()()()

 俺の存在のせいか? いや、それだけではないかもしれん。


「ショウセン様! ホントウニ、ありがとうゴザイマス!」

「泣くな、シャナ。まだ助けてはおらん。礼は助けた後に受け取ろう」

「…… ハイ!」


 そう返事をしたシャナは再び弥太郎の胸元に顔をうずめた。弥太郎は何も言わずにシャナを太い腕で抱きしめた。弥太郎の嫁の家族なら、俺の家族も同然だ。どうにか救ってやらねばならん。


「斥候を出せ! マニラの日ノ本街づくりは継続! 少数精鋭でシャナの家族を救いに行くぞ!」

「ははっ!!」

史上初となる「世界一周」を成し遂げたフェルディナンド・マゼランの名を知らぬ人は少ないでしょう。マゼラン率いる艦隊は1519年にイスパニア(スペイン)の首都セビリア出航し、マゼラン自身は作中の通りフィリピンのセブ島の東のマクタン島で戦死しますが、艦隊は1522年に戻り、世界が丸いことを証明しました。(その際、毎日つけていた曜日が一日ズレていたことで、地球一周による日付のずれに気付いたとされています)

某海のゲームでは世界周航として有名なエピソードです。イスパニア軍人は古い友人から名を頂きました。


ラテン語から派生しているスペイン語やポルトガル語、イタリア語は結構似ているようです。物語の進行上、結構強引気味に言葉を通じさせました。御承知ください(*´Д`*)


当時のフィリピンはイスラムの影響が強かったようです。都市国家群が並び立つ中、タガログ語を話すムスリム王国が島ごと、または広範囲に成り立っていました。ブトゥアン王国、マギンダナオ王国、スールー王国などの名が残っています。マニラ島は麻里魯(マニラ)王国でしょうか。


スペイン人がマゼランの仇討ちと称してフィリピン征服に兵を向けたのは1565年と言われています。

本来、フィリピンはイスパニアがポルトガルと交わしたサラゴサ条約によってポルトガル領土のはずでした。だが香辛料を産出しないことが分かったポルトガルはフィリピンを重要視せず、スペインの植民地化にも抗議しなかったようです。


「スペイン帝国の太平洋覇権確立 : 海外領土拡張政策と東アジア進出の歴史背景」(柳沼 孝一郎氏著)

「スペイン植民地下のフィリピン」(堀江 洋文氏著)

などを参考にさせていただきました。


%(パーセント)の記号の活用は1650年ごろとされています。ですからpor cientoと表記させていただきました。歴史物を書くのって本当に大変(*´Д`*)


ラス・カサス氏は後ほど登場予定なので割愛です(*´ω`)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です!! ついにイスパニア軍人との対面ですねぇ! というかそれよりも、西欧で歴史改変か.......いつぞやの時にも転生者(?)、とは会っているからやっぱりいる可能性の方が高…
[一言] 更新お疲れ様です。 なかなか目端が利く&剛毅な西班牙軍人ザック^^ 琉球のクソ女、カレーで照詮を小躍りさせたイングランド商人以外にも歴史を進展させる『実力』を持つ人物が居るようですね・・・…
[一言] 参考資料のURLがHDDの中身になっちゃってます
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