第百七十一話 ~勝負~
<天文十二年(1545年)二月 台湾島 北西部 タオカス族 本拠地 >
「見せつけるぞ! 我らの力を!!」
「おおおおおう!!」
台湾北西部を支配するタオカス族は、我らのような異国人を排斥しようとする意志が非常に強い部族だ。なので最初に叩き潰す。
「殿、行って参ります」
「謙信。武運を」
「はは! 我が『龍』の精鋭中の精鋭四十九名。日が西から登ろうとも負けはしませぬ!!」
朱色に染められた揃いの具足。黒々と聳え立つ六尺の槍。そして『軍神』上杉謙信の指揮。
相手は体格は大きいものの着の身着のままな姿のタオカス族の男五十人。
勝敗は明らかだ。
俺の選択。
それは「ケタガラン族を支援し、他の部族に謝罪と従属を強いる」だった。日ノ本に友好的な氏族に向けて支援の手を差し伸べねば、これからの台湾開発が難しくなる為だ。
ただ、正面切っての他部族との戦は最後の切り札とした。戦となれば我らが必ず勝つ。だが、勝つだけでは足りん。
俺は敵対的な行動を取る台湾の各部族に『勝負』を申し入れた。
一に「一対一の決闘」
二に「五十対五十の集団戦」
三に「的当て」
といった内容だ。相手が勝てばこちらは手を引く。謝罪をする必要はない。さらに米一年分贈呈付きだ。
だが、引き受けねば根切りも辞さぬ。
幸いなことに全ての部族がこの『勝負』を引き受けた。話が通じるって素晴らしい。
ブオオォ~! ブオォ~~!!
ドンドコドン! ドコドンドン!!
日ノ本の陣貝と台湾の戦太鼓が響き合う。摸擬戦の開始だ。
双方の武器の先は相手を傷つけないよう布を巻いてある。多少の怪我は双方了承済み。最後の一人が動けなくなるか『参った』と大将が言った方が負けだ。
「ワアアアアアアアッ!!」
「進めええええ!!!!」
早くも序盤のぶつかり合い! 双方の武器と武器とが交差する!
バシィッ! ドバッ!!
激しい槍の打ち付け! 長尺の槍が相手の頭や肩を強打しボロボロとタオカス族の勇士達が倒れ込む! 石斧や棍棒がボトボトと地面に落ちる!
「殿。圧勝ですな!」
小姓の忠平が目を輝かせた。
「当たり前だ。佐渡水軍、特に第三艦隊『龍』は鍛え方も武具も心構えも違う。そして見よ!」
俺が指差す方角から機動性に優れた七名の兵が敵の側面へ回り込み柔らかい相手の左翼脇腹目掛けてに突進した!
正面で力比べしていた相手は虚を衝かれこれまた倒れる。
「恐るべきは謙信の采配よ。陸戦での指揮、特に思い切りの良さや軍を鼓舞する才能は俺を凌駕するかもしれんな」
…… というか超えているだろう。
元々の才能に加えて俺というライバルが現れてからの天質光育師からの薫陶、さらに「佐渡上杉」を名乗ったことでのブースト作用も発揮。これは「戦国最強」と呼ばれたオリジナルの軍神を凌駕する天才と化けたかもしれん。
「曵、曵、応! 曵、曵、応!!」
早くも勝鬨がこだました。こちらで倒れている者は二人。相手方は五十名。圧勝だ。
「さて、と。相手の詫びを受けるか…… と思いきや、やる気かな?」
タオカス族の陣中から怒号が轟く! 相手の族長が暴れ出している!
どうやら摸擬戦の勝敗を反故にして我らに歯向かうようだ。これは重大な契約違反だな。
「摸擬戦で終わらせればよかったものを! 皆の者!! 懲らしめてやれ!!」
「「ははッ!!!」」
弓隊長の捧正義、鉄砲隊長の水越宗勝、槍隊長の保科正俊。本陣『鷹』を統べる三将、加えて『龍』の予備兵達が勢い良く駆け出した!
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<天文十二年(1545年)三月 台湾島 淡水河流域 ケタガラン族 本拠 >
『勝負』の決着は尽く付いた。
北部のクーロン族は的当て勝負を挑んだ。
距離は相手方が望んだニ十間(一間=六尺≒1.8mなので、約36m)先の的に向かって十回試技。相手は投石と短弓の名手が三つ当てた。こちらは四方竹弓を構えた捧正義が五射して五つ。鉄砲名手の水越宗勝が五射して四つ。計九つ当てて当然のように勝ち進んだ。
先月、勝負の結果を不服として暴れたタオカス族には冷徹に接した。
北西部に広がっていた領地は四分の一まで減らし、四分の三の豊かな穀倉地帯は我らが管理することとした。次やったら『族滅』と誓わせて。
北東部のバサイ族は部族一の強者シャルダマを出して一騎打ちを申し込んできた。
こちらは槍隊長の保科正俊や『龍』の副将格である中条景資、樺山善久らが手を挙げた。誰を出してもきっと勝てると思ったが、万全を期すために最強の切り札である俺の護衛隊長、「鬼」小島弥太郎を繰り出した。
相手の大きな棍棒の得物に対して、弥太郎は身の丈と変わらぬ四尺五寸の鬼鉄棒を選んだ。折れる心配のない弥太郎お気に入りの武器だ。
『勝負』が始まると数合渡り合っただけで相手の棍棒は根本だけを残して吹き飛び、シャルダマは驚きのあまり両手を上げて舌を出した。どうやら『降参』という意味らしい。
余裕で相手に土をつけた弥太郎。他のトルビアワン族やサイシャット族の勇者を相手にしても全く動じなかった。相手の武器を紙一重で躱し、鉄棒で相手の武器を叩き折る。最後の部族との戦いでは名が知れ渡ったためか弥太郎が通る度に「テツボウ! テツボウ!」と住民が大騒ぎする始末。
そんな弥太郎に、タガログ語通詞の南国美女「シャナ」はじっと熱い視線を送っていた。率先して現地の言葉を覚え、進んで弥太郎と現地の民との会話を取りもった。最初に出会った時から頬を赤らめていたし、こりゃ完全にほの字だな。
「殿。祝いの席でござる。どうかお声を」
不無が俺を急かす。
ケタガラン族の名誉は挽回された。
周辺の部族は日ノ本への敵対行動を自主的に取りやめることを固く誓約し、若者の半数を佐渡水軍の軍役に出すことを決意した。本来は全部と言いたいが、まあ様子見としては上々だろう。次第に数は増やしていきたい。
新族長のリャンスーは、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて俺への多大なる感謝を示した。急なことで動揺してしまった美少女だったが、これから台湾北部を束ねる大族長として成長していくことだろう。
俺は祝いの佐渡切子(ガラス細工の特産品として開発した)を手に持ち、咳払いを一つした後、恭しく礼をしてから声を出した。
「此度のケタガラン族との共闘、そして多くの部族との『勝負』は、我ら日ノ本の人と台湾の人とを繋ぐ大きな一歩だった。『雨降って地固まる』という言葉が日ノ本にある。命を失った前族長デメニダオの冥福を祈りつつ、新たな時代の幕開けを今宵は祝おう! 乾杯!」
「乾杯!」
「かんパ、い?」
最近は俺が流行らせたため佐渡水軍では一般的になってきた「乾杯」。ケタガラン族や他の部族の代表らは「?」マークを浮かべていたが、飲むことだと気づいたのかその後は滅多矢鱈と「カンパ、イ!」「カンパーイ!」と燥いでいた。
俺は功のあった謙信らの活躍を大きく褒め称え、金子や馬、佐渡切子の上物などを喜んで進呈した。今回の勝利は有能な部下達が作ってくれたものだ。心から感謝だ。
特に功の大きかった弥太郎はと言うと、母親の妙と義理妹の杏への着物を頼んだだけだった。いいだろう。越後上布の最高品を注文しておこうじゃないか。それに加えて内緒で、弥太郎とシャナの一張羅も注文しておいた。弥太郎も満更でもなさそうだし。準備は早い方がいい。
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宴が終わり静まり返った夜。
薄布だけを羽織ったリャンスーが俺の天幕を尋ねてきた。
だが、俺は丁重にそれを断った。
通詞のシャナを呼び、伽をさせるために戦った訳ではないこと、俺には待つ人がいること、これから力を合わせて台湾を豊かにしていきたいこと、物事には順序があること、などを説明してもらった。俺の命が危なくなることは特に言う必要がないので伏せておいた。
リャンスーは目を見開き驚いたような表情を見せたが、単に拒絶された訳ではないことを知ると安心したようだ。シャナに教えてもらったのか「アリガトウ、ゴザイ、マシタ」と言ってくれた。
よしよし、万事片が付いた。
来月には呂宋へ出発だ。
そんなことを思っていた俺へ、リャンスーが伏し目がちに俺をじっと見つめて「マッテマス」と呟いて駆けていった。
あらら?




