第百七十話 ~「鯛の目と比目魚の目」~
<天文十二年(1545年)一月 台湾島 淡水河 淡水 仮殿屋敷 >
俺はサチと二人だけで静かな正月を迎えていた。
「すまんな、サチ。正月だと言うのに鯛も餅もない」
「いいえ。とんでもない。照詮はんをひとりじめできるなんて、こないな幸せはあらしまへんよって」
「……」
俺は屈託のない笑顔で答えたサチを心底愛おしく思った。
「大きな殿屋敷が建設されるまでの仮の屋敷だ。俺達の他に赤燕と弥太郎が住めばそれで一杯。それでもいいのか?」
「小さな屋敷でも、あいにとってはどないなお城よりも住み心地がええどすよって。照詮はんと肩寄せ合うて眠れる幸せは他にはあらしまへんどすよって。無理しいひんようにね」
何というできた嫁だ。
それでいてガッ〇ーのような美少女。 …… 俺は幸せ者だ。一生大切にしよう。
俺も健全な男子だ。最後の一線だけを残して他のことは全部している。
諸々の理由の為に最初はレンと決めているため、自制心という氷が溶けないように我慢している。耐えることは正直言ってもうかなり厳しいが俺は当主だから我慢できる。当主じゃなかったら我慢できなかった。
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<天文十二年(1545年)一月 台湾島 淡水河 淡水 仮大陣屋 >
台湾島に来て一か月が経った。
冬の最中だと言うのに少し肌寒いくらいでそこそこ温かい。流石は沖縄よりも南にある島だ。
台湾の北部は温暖湿潤気候だったはず。そして南部の高雄付近は亜熱帯気候だったかな? 同じ島でも気温の変化があり台湾島南部はより暑かったことを覚えている。
俺は大工棟梁の木兵衛(懐かしい名前だ)らと共に淡水の地に初の「日ノ本町」を建設中だ。対馬の『馬』宗将盛率いる補給艦隊を活用しながら木材と人をピストン輸送。対馬~那覇~淡水間の航路を開拓している。倭寇の拠点を片っ端から過去形へと変えながら。
「殿、工程はこのように進んでおります」
「ふむふむ。今日からは田畑の縄張りか」
「屋敷は殿が考案された『ぷれはぶ工法』により、着々と進んでおります。屋敷を建てるためにあらかじめ決まった形に木材を準備し組み立てるだけ。これなら知識のない者も大いに働くことができます」
「人はどんどん増えてくる。まずは仮住まいの数が大事だ。現地のケタガラン族から話をよく聞き土地の様子を確かめてからどんどん増やしてくれ」
「ははっ!!」
プレハブ工法は以前から計画してきた住宅建築法だ。
佐渡の金山開発で樹木伐採が進む相川の木材を、河原田の大工町に運びひたすら作らせた。材料をあらかじめ決められた形・長さに加工して、現場に持ち込んで決められた通りに組み立てるだけ。人手があればすぐに家を大量に建てることができる。
問題は運搬方法だが、これは船があるため容易だ。
戦場ではより簡易なものを建てて再利用することで安定した行軍ができるはずだ。テントより頑丈だし。
俺達の前を流れる淡水河は水量が多く、灌漑さえ間違えなければ稲作に非常に適している。種籾の品種改良が成功すれば二期作も安定するかもしれん。一大農作地となる可能性を大きく秘めている。
「問題の原地の民の『出草』と呼ばれる『首狩りの風習』ですが」
「うむ、謙信。何か策は考えついたか?」
「はっ」
首狩りの風習は台湾原住民の通過儀礼だ。
「首を取った者しか信頼されない」という風習の元、成人前の男は皆、いつでも別の部族の者の首を狙っている。特に我らのような異人の首は珍重される、らしい。今のところ被害はないが、早急に手を打つ必要がある。
「やはり『首狩りを禁ずる。首狩りをしてはならぬ。首狩りをしたものは死罪とする。』というものではいかがでしょうか?」
「おいどんもそう思うじゃ」
「ふむ」
武断派の『龍』第三艦隊の面々は、厳しい対応が必要と考えているようだ。
「まあ、日ノ本なら妥当かもしれん。だが浅いな」
「!」
俺はここは別の方針を考えていた。
ここは海外。日ノ本の法や風習をそのまま押し付けることは慎重を期するべきだろう。
「謙信。『比目魚の目は何ゆえに目の上に付いているか』知っておるか?」
「はっ?」
俺の急な問いに、謙信は目をぱちくりとさせた。
「いえ。存じませぬ」
皆も不思議そうに俺の顔を見つめる。
「それはな、その方が都合がよいからだ」
「……?」
「鯛の目は泳ぎながら上下左右の餌を効率良く探すために両目に付いてよく動く。対して比目魚は海底に住む為に真下を見る必要がなく上の様子をよく探る為に両目とも上に付いている。如何に鯛の目が優れていても、そのまま比目魚に付け替えても意味はない。『何事にも理由がある』ということだ」
「…… つまり、『首狩りには、首狩りの理由がある』、ということですかな?」
謙信が気づいたようだ。
「そういうことだ。その地にはその地のやり方がある。首狩りには宗教的な意味や『首が幸運を齎す』などの理由も聞くが、要は『勇敢で敵を打つ力があること』を証明するための風習だ。ならば勇敢で敵を打つ力があることを証明させてやればよい」
「?! そのような妙案が?」
「是非にお教えくださいませ!!」
「何、簡単なことだ」
ムシャリ ムシャムシャ
美味い。
俺は佐渡の干し柿を一つ頬張ってから答えた。
「現地の民の若者を我が佐渡水軍に勧誘し、和冦との戦に加えればよい」
「!?」
「殿ッ! 簡単ではありませぬぞ!」
「大丈夫だ。二年の軍役(兵役)を果たせば『首を切ったと同様』の意味を成すとする『佐渡の赤玉石』を進呈しよう。現地の民に言葉や法なども教育できる。軍役に就けば相応の米を進呈すると言えば嫌とも言うまい。こちらも人手不足が解消でき、融和が図れる。一石二鳥だ」
「なるほど……」
軍役に就いた者はそのまま水軍に留まってもよし、台湾の国作りに加わってもよし。どちらにも活用できる。日ノ本と台湾を結ぶ人材となってくれるはずだ。他の地域においても広めていきたい。
「不無不無、ところで殿」
「ん? なんだ? 不無よ」
「それを現地の民へ説明するのは、どなたですかな?」
「え?」
「我らのような比目魚には到底出来ぬこと。ここは鯛に行っていただかねば」
「…… これはやられたな」
俺はポリと頭を掻いた。
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<天文十二年(1545年)二月 台湾島 淡水河流域 ケタガラン族 本拠 >
十日後。
俺は台湾北部を広く治めるケタガラン族の族長との会談の場へ赴いた。
まあ、俺が適任なのは仕方ない。安全への配慮が必要だが、弥太郎、謙信、その他屈強な佐渡水軍の精鋭が守ってくれるので問題はない。
大方のことは通詞を通じて族長に伝わったようだ。だが、どうしても俺と会って話をしてからでないと首を縦に振らぬらしい。
「殿。族長は身の丈七尺(約218cm)の巨漢とのことでござる。努々油断なさらぬように」
「ははっ、それは見ものだ。弥太郎と勝負してもらおうか」
「……たのしみ、だ」
背の高さで物事は決まらない。体格は筋力には影響するが、弥太郎は天性の俊敏さに加えて剣聖様直々の免許皆伝を貰った腕前。無敵に近い。どうとでもなるはずだ。
「殿、出迎えでござる」
「おう。 …… ?」
そこに来たのは、たった二人。
一人はボロを着た婆や。もう一人は……
「族長を継いだ、リャン・スーと言うそうです」
民族衣装を身に纏った、美しい女性だった。
小さくて丸い顔。目は少し垂れ気味でパチリと大きく見開き、唇は厚く赤い。ビ〇アン・スーのようだ。そういや前世で彼女の母は台湾の先住民族だったと聞いた。違うのは胸の大きさか。滅茶苦茶でかい。デカすぎる。
その美人が俺を前にして真珠のような涙をポロポロと落としている。
通詞の程復を介して理由を尋ねると、
「『ケタガラン族が日ノ本に近いことを非難した周辺の部族が、族長を騙して殺した』そうです」
「ふむ……」
「『仇討ちを手伝ってくれればこの身を好きにしていい』そうです」
「ふむふむ…… って、ええええぇぇえ?!」
ゴクリ
いや、ゴクリじゃない!
家へ戻れば俺の愛するサチが飯を作って待っているんだ。それに日ノ本にはレンや綾やノンノが俺を信じて待ってくれている。いくら可愛くて巨乳ちゃんでもそう簡単にウンとは言わんぞ。
それに、俺はなるべく現地の民との争いは避けてきた。
一つの恨みが五の怒りとなり、十の大乱となることを防ぐ為だ。
現地の民には根強い執着心がある。俺が大挙して軍を動かし集落を殲滅していけば、いずれ大きなしっぺ返しが待っているやもしれん。
俺はケタガラン族と友誼を図り、次第にその輪を台湾の部族全てに広げていくつもりだった。ここで一つの部族のみに肩入れすることは果たしてよいことなのか。
「ウッ…… ウウッ……」
新族長となった美少女リャンスーが咽び泣く。
前族長の娘だったようだ。身を捧げても親の仇を取ろうとするその決意の強さから余程の覚悟が感じられる。だが、情にのみ絆されるのは望ましくない。俺の意志がこの後の台湾島の行く末を左右する。
目先のことに囚われるな。先を読め、知恵を働かせろ!
考えろ、考えろ …… !!
ビビアン・スーさんは、お母さまがタイヤル族の方だそうです。
台湾旅行した際に先住民族の方とお会いしたことがありますが、美しかったです。美しい方を前に出しているからかもしれませんが、現地のツアーガイドさんも「綺麗」って言ってました。
「鯛の目と比目魚の目」の比喩については、民政長官として台湾の開発に大きく寄与した後藤新平氏の言葉をお借りしております。
元拓殖大学学長であった渡辺利夫氏の論文等から引用しました。
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/2712.pdf
後藤新平氏は関東大震災後の都市再開発に寄与したことでも知られており、「烏山頭ダム」を築いた八田與一氏と並び今なお台湾で尊敬されている方です。




