第十七話 ~雑太城 本間泰時~
<佐渡国 雑太郡 雑太城城内 広間>
「おお、空海屋の黒兵衛。また来てくれたか。嬉しく思うぞ」
当代の佐渡国の国主、雑太本間氏の本間泰時は、裏表のない笑顔で黒蜘蛛を出迎えた。一昨日渡した刀と壺が、かなりお気に召したらしい。「今日も何かくれるのか」と思っているようだ。
年の頃は40代。働き盛りと言った処だが、体は細く、白髪が多くてどことなく覇気がない。数年前に「佐渡の惣領家」を明確にしようと動いた戦に大敗。勢い付いた河原田本間氏、羽茂本間氏に圧されている。更に国仲平野では一向一揆の余波が続いていて、平定に乗り出しているが全く収まる気配がない。それどころか、油を注いだ炎のように勢いが増す一方だ。雑太本間氏の力は急速に衰えている。やつれて見えるのも仕方ないだろう。
雑太城の広間で接見となった。中にいるのは領主・本間泰時の他、家老らしき人物、重役らしき人物など4~5名。こちら側は、ボディチェックを受けたボロボロの俺と環塵叔父、そして商人の主の黒兵衛。弥太郎は雑太の町の中で待機中だ。
広間の外は広い空地になっており、さらに奥は、常緑樹、針葉樹の森が見える。紅葉も終わり、枯れた樹木が寒そうにしている。そして、広間の戸は冬が近づく季節だというのに、外されて開け放たれている。閉めておいた方がいいんじゃないか?
「はは。本日は越後布の反物をお持ち致しました。お試しください」
「なんと!」
ふわっと湾曲するようなしなやかさ、柔らかさ。苧麻を使った麻織物の上布として、平安時代以前から作られている高級織物だ。上級武士の正装にも用いられていて、上物となれば一反一千貫文もする。現代でいえば、高級スーツのための超上級生地かな? アル〇ーニとかのイメージかな。越後屋から譲ってもらったが、これは後々、自分の産業として増産したいな。
「ぜひ小鬼様にも!」と、越後屋には無理矢理、越後布製の普段着用と正装用の着物をオーダーメイドされている。突貫作業で数日後には仕上がっているようだ。蔵田のおっさん、少しでも金を使わせようと躍起になっている。
「そちのような有力な商人ともっと早く知り合っておれば、河原田や羽茂などに遅れをとらなかったものを・・・口惜しや」
「何をおっしゃられます。雑太様は佐渡国の惣領家! 今後ともご贔屓にお願いいたしまする」
黒蜘蛛は『惣領家』ということを殊更に強調した。自尊心を擽り、相手の心の奥底に入り込む蜘蛛の業か。泰時は満更でもないような表情だ。
「うむ。惣領家、そうよな。うむうむ。して、空海屋。その方の後ろに居る者共は何者か?」
「はは、道中で知り合いましたる僧と童でございまする。訳を聞きますれば、何とも身につまされることで・・・ 私ではお力になれぬ故に、惣領家の雑太様にお力添えがお願いできるやも、と連れてきた次第で御座います」
「ほほう」
いよいよ俺と環塵叔父の出番だ。
「拙僧、羽茂郡の千手村におります、環塵と申す僧でござる。羽茂本間氏の圧政、誠に耐えきれるものではありませぬ。村人は疲弊し、童共はこのように乱暴されております。新たに来た村主は、足りない分は近隣の村々を襲えと命じ、逆らえば死罪と。我ら盗賊になることはでき申さぬ。已むに已まれず、逃げ出しておりまする」
環塵叔父は名演技だ。まあ、圧政と村人の疲弊は合ってるしな。あとは味付けだ。
次は俺の番だな。
「羽茂本間のやつら、おっとうとおっかあを殺して、おらも半殺しだ! 汗水たらして働いても、もっと働け、怠けるなと無理を言っとる! 逆らえばこの通りだ! 村に戻りたいのに、戻れねえ!」
実際に、照詮の父母は本家の奴等に殺されているし、このままいけば千手村の未来はボロボロだ。先手先手を打っておくことは肝心。決して全くの嘘偽りではない。俺がボロボロにされたのは実際は河原田のゴロツキにだが。
「おおう、可哀そうにのう。童がそんな痛ましい姿に・・・ 果てはまた村々を襲えとは。見下げたぞ、羽茂め」
ポロポロと涙を流す領主、泰時。
おいおい、戦国の世なのに優しすぎないか!?
そこへ、
「殿!」
雑太本間氏の侍が息を弾ませ、注進(急いで報告)にやってきた。ナイスタイミングだ。
「雑太郡南の牛込村に賊が押し入り、畑などを焼いております! 『千手村のミナに雇われた!』と野党共が!」
「何と!」
「ああ、やはりか・・・ 羽茂本間の斎藤の手下、ミナならやると思っておりましたが・・・」
環塵叔父は残念そうな顔が上手いな。実際は野盗に扮した椎名則秋達の仕業だ。牛込村の人には後で3倍の見舞金を渡すことになっている。
悪いが斎藤とミナは社会的に抹殺させてもらうぞ。
「むむう。その方らの言う通りであった。・・・しかし、今の力関係では、表立って羽茂本間を咎めることができぬ・・・無念じゃ・・・」
「・・・ならば、書状だけでも届けてはいかがでしょうか。『懸念しておる』と伝えるだけでも、惣領家からの言葉は重みがありますれば! この者達を救うことがお出来になるのは、雑太様だけで御座いまする」
黒蜘蛛の後押し。効果は抜群だ!
「なるほど。惣領家の品格を示すという所じゃな! そして、それを行えるのは国主たる儂だけという訳じゃな!」
「その通りでございます!」
雑太の本間泰時に、羽茂へ「お前の所、何やっとんじゃい!」と手紙を出させる。羽茂に「すいません」と言わせ、斎藤とミナを処分させる。羽茂はそうは言いつつも、「何、イチャモンつけとんねん!」と、雑太本間氏に敵愾心を持つことになる。
自信を無くしつつあった領主は、自分を頼っている者がおり、自分にしか出来ないことがあると教えられ、意気揚々と指示を出し始めた。
「よし。羽茂本間の高季に、斎藤とミナとかいう者の横暴を伝える書状を書こう。そして、この童に手当を。そうじゃ、河原田の方はどうなっておる? 忙しくなってきたぞ!」
「ありがとうごぜえやす! 雑太様は、誠に名君でございます!」
俺はありがたく床に額を擦り付ける。
・・・本当にありがたいな、雑太様は。しばらくは仲良くさせていただくぞ。
本間泰時・・・一般人としての感覚があって、情け深くて、現代であればいい人だろう。だが、戦国の世の主君としては、優しすぎる。
笑裏蔵刀、何かを隠して相手に取り入る。斎藤とミナ、お前らの得意技だろ?
自分たちが突き刺される喜びをしっかりと味わうんだな・・・
「おまちくだされ!」
広間にいた一人の侍が大声を出した。
「義徳か。いかがした?」
「恐れながら、殿に某の愚言をお許しください・・・ 某、この小僧を『死罪』に処すべきかと存じます!」
・・・
何だって?! 『死罪』!?
「この僧と童の殿への言葉。これは『直言』に当てはまるのではないでしょうか? 農民ごときが領主へ意見を述べるなど言語同断。これは『直訴』に当たるとして『死罪』が相当と某は愚慮いたします!」
え、どういうことだ?
「なるほどのう。直訴と言えなくもないか・・・なら、死罪じゃなあ。可哀そうにのう」
何と、雑太の殿様、認めやがった!
ちょ、ちょっと待て?! 死罪!?
俺は礼をした後、一ミリも顔を上げれず下を向いたままだ。
黒蜘蛛、環塵叔父の顔は窺い知ることはできないが、何も言わない。言うとまずいのだろう。
そういや、昔、田中正蔵の伝記を読んだことが・・・待て!? これは直訴なのか?
「・・・ふむ、しかし越前守殿。お待ちくだされ」
別の侍が口を挟んだ。
「なんじゃ? 大和守?」
「こやつらは羽茂本間の農民共。ゆえに直接治めておるのは我らではない。加えて、『直訴』はその領地の者が礼を欠いて行うもの。此度は空海屋が連れてきた者で、我らの許しは得ておる。『直訴』と言うには言葉が足らぬのではないか?」
渡りに舟だ。俺がこの計画を発案した際、環塵叔父は何も言わなかった。リスクはあるけれども、多分、こちらの方が論としては正しいのだろう。
「そうじゃな。義徳よ。これは『直訴』とは言えぬ。よって死罪はちと難しかろう」
本間泰時が最終決定を下した。良かった・・・
息をつく俺。
「なるほど。確かにこやつらの直接的な領主は羽茂本間。『直訴』には当てはまりませぬか・・・ さすがは殿。某の愚慮をお許しくだされ」
義徳と呼ばれた男はあっさりと引き下がった。無理筋を承知で言ったのか・・・?
!?
・・・もし、そうだとしたら・・・
やばい、やばいぞ!
「しかし、殿。・・・某、この童から面妖な気配を感じまする! 我ら雑太本間に害をもたらす、いや、禍をもたらす者になるやもしれませんぬ! 我らを謀る者、果てはまた一向一揆の手の者やもしれませぬ。今ここで誅しておくのが賢明かと存じます!!」
この男、どうあっても俺を殺したいのか!!
雑太城は実在のお城。新川の城山(50m)から山麓(比高5mほどの微高地)にかけて縄張りがされた平山城(wiki様より)です。「檀風城と呼ばれていた」と、佐渡出身の母に教えてもらいました。地元の人の方が詳しいでしょうね。本間泰時は実在の惣領家当主ですが、時代が合っているかは不明。違ってたら訂正いたします。すいません。
今回、意図的に『直訴』の件を取り入れました。
『直訴』が『死刑』となることは、実はそうそうあるものではなかったようです。役人を通さずに直接意見を言うことは、役人が役に立たない場合に有効です。再三、「受け取る」「受け取らない」をした後、取り調べを受けて「正規の手続きを取るように」と口頭注意で開放されることも多かったとか(wiki様より)。
しかし、徳川家康が「農民は生かさず殺さず」と言ったように、農民への締め付けはかなり厳しかったのでしょう。農作物が不作で年貢が払えない農民は、税の軽減を訴えます。それを許されないのであれば、もう田畑を捨てて野盗にならざるを得ません。そして、野盗になった者が他の者の田畑を荒らす・・・ 領主は年貢がないと他の国に勝てないため、年貢の取り立ては軽減しない・・・その負のようなスパイラルが戦国の世には渦巻いていたのではないでしょうか。
絶望する農民たち。しかしそこに「一向宗」という救世主が現れます・・・
次回は痛ましい回になるかもしれません。
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