第百六十八話 ~琉球と白菊~
<天文十二年(1544年)十月 琉球国 那覇湊 商館>
あれから四か月が経った。
俺は各地に手紙を出しつつも、この間ひたすらに琉球の各地を見て回った。人心を落ち着かせる為の顔出しがてら、風光明媚な様子を満喫してきた。
勝連半島の勝連城。南部南城にある「ガンガラー谷」という洞窟、鍾乳洞、そこに生えるガジュマルの森。東部に浮かぶ宮城島は水不足には注意が必要のようだが穏やかでサトウキビ栽培に向いてそうだ。北部の「大石林山」はカルスト地形が雄大な石山を築き荘厳という言葉がぴったりだった。
尚清の活躍もあり、琉球は大きな混乱なく俺の統治を受け入れ始めた。
この時代に「観光」という商売はほぼ存在しないが、交易の中間地点に付加価値をつける意味でも整備してもいいかもしれん。
更に尚清を通じて、これから向かう土地の水先案内人たる通事(通訳)を雇うことができた。しかも三人も。ゲームじゃ雇える副官の数が限られていたから、無制限に雇える今はとても快適だ。
一人は明国人の「程復」という壮年の男だ。
元は福州河口出身の商人で、那覇と明国南東部の福州を往復して大きな商いをして財を為した者だ。だが嵐で船団を丸ごと失い、補填の為に身代を投げ出した後ほぼ無一文になってしまったと聞く。細々と那覇で働いていたところを雇った所だ。嵐を非常に怖がるのは仕方がないことか。
二人目は「シャナ」という南国美女だ。
褐色の肌に大きな鼻、厚い唇が印象的。やけに護衛の弥太郎をジロジロと見ていた。何か思う所があるのだろうか? 呂宋方面の生まれらしく、タガログ語と倭国語、それに明国語も使いこなす才女だ。何やら訳ありのようだが……
三人目は南越人の黎公榮という武人だ。
南越は黎朝という王国が百年栄えていたが、汚職腐敗により国がガタガタとなっていた。そこへ莫登庸という男が専横し王国を乗っ取り、莫朝という国を築いた。これは明国と繋がりが深かったらしく、憤った黎公榮は一族と共に国を出たらしい。多少頑固な一面はあるが、実直さは「槍弾正」こと保科正俊を思い出させるな。
南越は今では何とかという将軍が主君を助けて黎朝を復興しだしているということだ。黎公榮は尚清の元で名を馳せた骨太の武人でもある。難解な安南語(ベトナム語)を通訳してくれる人物は本当にありがたい。
「来月には台湾へ出発かな」
そんなことを考えていると、「今日、博多から船が那覇へ入る」と書で記されていたことを思い出した。交易の様子を確認することは俺の楽しみの一つだ。交換比率や情報を仕入れる為にも大きな場だ。
そんな中、俺はふと人寂しさに駆られた。
「あぁ、俺がレンや綾、サチ、ノンノ、環塵叔父や則秋達に出した文の返事が返ってきているといいなあ」
ポツリと呟くと、
「殿。よかったですな」
と、やけにニヤニヤした顔の不無がやってきた。何だよ、気持ち悪いな。文が返ってきたのか……?
すると奥からおずおずと出てきた影は……
「……!? サチ!!」
「照詮はん!!」
サチだった! 何でここへ?!
「博多の湊で照詮はんの文を受け取ったら、いても立ってもいられへんようなってもうて…… かんにんどすぇ」
「いやいや! よく来てくれた! 嬉しいぞ!!」
俺は思わずサチに近寄り手を取った。
すると、サチの雪のように白い肌は紅を差したように真っ赤に染まった。
「あいは、あいは…… 幸せどす」
「髪、短いままにしてるんだな」
「へぇ。照詮はんが褒めてくれたさかい」
そういや、短くなった髪を「似合ってる」って言った、な。俺は。
今では蝦夷から直江津、博多に堺まで商売を股に掛ける、米・物流・倉庫・金融・特産品販売を手掛ける大店「越後屋」の船団を率いる若き後継者だ。いつでも嫁に来てもらっていい。というか嫁にしたい。
「今日は俺に会いに来た、だけではないだろうな」
「他に用はいくつかあるんやけど。一番はそれどす」
サチは相変わらずの可愛らしい笑顔で俺に白い歯を見せる。流石は「直江津の華」と呼ばれた美少女。綺麗だ。
もう、ね。「今すぐ爆発しろ!」と言われそうだわ。あ、赤燕婆ちゃんもいたわ。久しぶりだな。
「それじゃ、早速その用を済ませよう。まずは荷下ろしと荷積みかな?」
「荷下ろしは終わりましたぇ。荷積みの方は番頭に任せてるさかい平気。おっきな商いになりそうどすえ」
「そうだろうなあ」
明の書画や香料諸島から運び込まれた香辛料、香木、宝石、陶磁器に加え、遠くはインドから来たであろう更紗まで那覇には揃えてある。珍しさと品質の良さからして、堺の湊へ運べば飛んでもない利益を叩きだすはずだ。
「湊の津料(使用料)は、貰っとくからな」
「もう、いけずやわぁ」
俺とサチの仲だが、この辺はビジネスだ。ドライにいこう。サチもその辺は心得ている。まあ巨額の利益から比べれば然したる額ではない。
「あとの用事は?」
「んー、実際に会うてもろうた方がええかいな」
すると、俺の商館に二人の若者が入ってきた。疲れた様子を隠そうともしていないが、精悍な顔立ちをした美男美女だ。
「瀬戸内大祝家の『鶴』と、その夫の『越智安成』というんやて」
「サチ様! 某はまだお鶴様の夫では……」
「もう、ここまで逃げてきたら大丈夫やて。早う祝言をあげてや」
サチがそう言うと、越智安成と呼ばれた男は安堵したのか「ウゥッ」と涙を流し始めた。余程嬉しいのだろう。鶴と呼ばれた美丈夫も健気に堪えていたのだろうが、頬に一筋の涙を伝わせた。
「お、大内家に追われ、『もう駄目だ』と二人で海に身を投げた所をサチ様の船に拾われて…… この御恩、どう返せばよいか分かりませぬ」
鶴姫は高く澄んだ声を震わせながら、サチへの心からの感謝の気持ちを表した。
「そうやなぇ。照詮はん、二人を雇うつもりはありますえ?」
「お、おう。船乗りならいつでも募集だ。特に腕利きならなお嬉しい」
「なら、決まりやね!」
サチは白菊のように可憐に笑った。
ふむふむ。サチの人助けか。
琉球の地は人を大募集中だ。美男美女なのが羨ましいが、暫くは二人で静かに暮らしつつ佐渡水軍で働いてもらおう。腕が良ければ水夫長や船長、その上の艦長にだって抜擢できる。サチも二人の様子を見て感動している。…… 俺も早くサチを娶らんといかんな。
……あれ? 女の『鶴』って名。どっかで聞いたことがあるような……?
「照詮はん。あい…… 珊瑚が見たいな」
「おお! そうそう! サチに似合いそうな珊瑚がここにはいっぱいあるぞ!」
「わぁ! 嬉しい!!」
サチはすんなりとおねだりをしてきた。勿論OKだ。是非に一緒に琉球を回りたい。
俺も弥太郎とばかり見回りを続けていたら「怪しい仲」と呼ばれかねん。
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<天文十二年(1544年)十一月 琉球国 那覇 首里城 殿中>
サチは温暖でのんびりと時間が過ぎていく琉球の地がとても気に入ったようだ。
元国王の尚清にあれやこれや質問しながら、商才と目利きの力を十二分に発揮した。尚清もサチを実の娘のように可愛がり、様々な琉球国の秘伝を教えてもらっているようだ。
そんなことが一月ほど続いた結果、トントン拍子に事が進んだ。
「サチ」
「はい。照詮はん」
「よろしく、な。安心して俺の元へと嫁ぎにきてくれ」
「…… 末永うお頼み申し上げます」
サチは首まで真っ赤に染め上げて、俺と口づけを交した。
サチは、尚清の養女となり俺の元へと嫁ぎに来ることになった。
琉球の統治はこれで益々安定化することとなるはずだ。
元琉球国王の尚清は俺の義理の父となる。そして、サチが俺の子を産んだら、長子は琉球統治に携わることを約束した。尚清や日秀、尚清の子の鶴千代や他の部下達も大喜びしてくれた。うん、子作り頑張ろう。サチはあまり体が丈夫じゃないから無理はさせられんが…… って、まだ先のことだぞ。
商売の聖地としても、倭国・明国・朝鮮・呂宋を結ぶ要衝としても大事な土地だ。血続きは安定へと繋がる。
その事を早速、京の都で花嫁修業中のレンへ文に綴って知らせることにした。
「そういえばレンからは一昨日、文が届いていたな。どうやらちょっと面倒事が起きているらしいが……」
レンからの文を読み返してみた。
「悪漢に襲われた優男を助けてやったら、しつこく言い寄られている」
「でもその男の口利きで、『礼法』『歌学』『書道』『芸事』などのいい師範を紹介してもらっている。剣術以外で、生まれて初めて楽しく学んでいる」
「しつこく付きまとわれてうんざりしている」
などと書かれていた。
その返信を兼ねて「まぁ、適当にあしらってくれよ」と書き加えた。レンのことだから大丈夫だろう。二年後には俺との祝言だ。
一週間後には船団を整えて台湾へと出航だ。
北からの寒い季節風も吹き始めた。南下するにはおあつらえ向きだ。
待ってろよ。美麗島よ。
新たな人物が登場しました(*'ω'*)
「程復」の名は、琉球ドラマ「尚巴志」に登場する摂政の名から取りました。活躍した時期が1410年ほどなので別人ですが、味のある人物として活躍してもらいたいと思います。
「シャナ」は何となくイメージで(*´Д`*)目は赤くありません。
とある秘密を抱えています。
「黎公榮」の名はコンサドーレ札幌にも所属したベトナムの英雄的サッカー選手から(´∀`*) 南越編で活躍予定です。
大祝家の姫は、読者様から頂いた感想から登場してもらいました。次回にも登場しますので詳しくは次回で。おっさんばかりだから、華がないと~(´;ω;`)ウッ…
レンの周囲に異変が起きていますが、主人公は気づいていない模様。はてさて……




