第百六十五話 ~天使館から首里城へ~
<天文十二年(1544年)6月 琉球国 那覇 浮島 天使館>
えらく立派な屋敷に案内された。
俺は弥太郎達の物々しい警備に守られながら、「天使館」と呼ばれる建物の正門をくぐった。石垣と南国の植物が異国情緒を漂わせている。使われた気配は少ないのに、一目見ただけで非常に上品精緻に作られているのが分かる。名のある職人に数年がかりで作らせたであろう龍や虎の彫刻が俺を出迎えた。
明国の冊封使と呼ばれる大事な使者(即ち天の使い)を招き入れる宿舎、それが「天使館」という訳だ。
正門を抜け、さらに「天沢門」と書かれた門をくぐり抜けると中庭に入った。そこでは聞いていた通りの人影が鎮座していた。
一人は坊主。数名の文官。そして、数珠繋ぎにされ猿轡を嵌められた十数名の農民らしき者達……
俺は嫌なことを思い出した。
二度と思い出したくない、あの日の思い出だ。
______________
「ぬおっ! 日秀上人!! あれはまさしく日秀上人ですぞ!!」
西村織部丞時貫が驚き大声を上げた。
時貫は琉球本島西方にある久米島に妹が嫁いでいるとかで、琉球、そしてこの那覇に度々訪れているそうだ。種子島時尭の名代として、案内役を引き受けてくれていた。
「悟りを開き法力により大蛇を洞穴に封じ込めたと言われる! 琉球きっての御坊ですぞ!」
「ふむ」
黒衣に橙色の袈裟、柔和とは程遠い鋭い眼差し。琉球国尚清王にも強い影響力を持っていると聞く本物の僧だ。失礼があってはならんだろうな。
俺が合掌一礼すると、高僧は驚きを隠さず目を見開いた。
何だ? 俺が礼をするのがそんなに変か?
「羽茂本間照詮に御座います。此度の会談、よろしくお願い申し上げます」
「…… 日秀に、御座います」
太い声だ。並の響きではない。
生き死にの狭間を漂ったことがあるのかもしれん。海の底のように深く落ち着いている。法力があるという噂も満更嘘ではないかもしれんな。
「無血にてこの那覇に招き入れて頂いたこと、感謝いたしますぞ」
「ははっ。琉球国王である尚清は、佐渡水軍そして左大弁様に、ふ、ふ、ふ」
「?」
「ふ、服従いたしますことを、お伝え申し上げます」
「…… ふむ」
俺がこの会談を受け入れたのは、相手方からのこの申し出があったからだ。
首里城に行くには、この那覇湊たる「浮島」を攻略しなくてはならなかった。西部には龍の尾のように伸びた「三重城」が倭寇の備えとして水上の城として聳え立ち、攻めるとなればそれなりの損害は覚悟する必要があった。
「だが、服従を決断するにしては、いささか迷いがあったようだな」
「…… 誠にもって申し訳御座いませぬ」
弁解はしない、か。
「女に騙された」とか「長子が暴走した」とか言うと思ったんだが。あくまで冷静だ。
「我らが服従を決めたことに反発する暴徒を取り押さえましてございます。御処断をお任せいたします」
そう言うと日秀は、部下に命じさせて農民達の猿轡を外させた。
途端に怒号が俺に向かって飛んできた。
「父上を返せ!!!」
「人でなし!!」
「にいちゃんを殺した人殺し!」
「夫を返せ! 鬼!!」
凄まじい敵対心剥き出しの表情と罵声。涙と嫌悪。先の座喜味城戦の遺族か。
「ささ、裁いてくださりませ」
「……」
「何とか言え!」
「謝れ! 謝れ!!」
「あの人を返して!」
日秀、俺を試すつもりか。
…… 遠い昔、佐渡雑太城で、俺は似たような光景を見た。
数珠繋ぎに囚われた一向宗。彼らは俺の傍で絶叫しながら次々と斬殺された。「極楽浄土で待っているぞ!」と言い残して。
あの時、俺は殺される寸前だった。だが、今は…… 俺が……
「殿、黙らせましょう!」
「こげん無礼者達。今すぐ斬り捨てもんそ」
「殿…… 如何為されますか?」
……
部下の声が聞こえる。だが耳に入らない。入ってこない。
なんてことをするんだ。
俺だって、琉球の兵を好きで殺した訳じゃない。刃を向けてくる相手に怯むことは許されなかったからだ。
泣き叫ぶ民達。
俺だって泣き喚きたい! お前達の父や兄と一緒に国造りをしたかった! 他国と戦いたかった!
このまま放っておいても琉球はいずれ島津の支配下となった。圧政に苦しめられ辛い未来が待っていた。俺はそれを咎めたつもりだ。
殺す判断を下したのは俺だ。結果の責任は俺の両肩に重く圧し掛かる
俺は責任者だ。泣いても始まらぬ!
悩み止まるのは暗愚だ! 動け! 反応しろ! 即断即決しろ!
俺は世を変える為に修羅の道を選んだ! 叫べ! この腐った世を変えろ!!
「静まれ!!!!!」
ビクッと固まる民達。さらに他の者達も動きを止めた。
俺はいつの間にか左額の傷を押さえていた。
「お主らの父や兄、愛する者は、我らに刃を向けた。そして戦になった。結果俺達が勝った。それが全てだ!」
「……」
「……何故だ!?」
「我らは琉球国に対して再三降伏を呼びかけ使者も出した。しかし琉球王国はそれを無視しあろうことか使者を殺した! そして我らに刃を向けた! 我らは刃を向けた相手に容赦はせぬ。よって我らがお主らに詫びることは一切ない!」
「!?」
俺の道に後悔はない。
「お主らが断罪するとすれば、使者を殺し、我らに刃を向けるよう仕向けた尚清王の長子尚禎であろう」
「き、詭弁だ!」
「詭弁ではない!!」
即座に否認する。
「俺は怒っている。腸が煮えくり返りそうだ。お主らの父や兄は、本来は俺と共に新しい時代を切り拓く人物だった。それをクソ女と、そいつにたぶらかされた阿呆に命ぜられ命を散らした。大損害だ!」
「……」
「だが、散っていった者達が愚かなのではない。国を護るため我らに全力で立ち向かってきた。我らとて少なくない被害を出しておる。この男の耳がその証だ」
俺は樺山善久の耳を指さした。自ら千切った耳の傷が未だに痛々しい。
「お主らは強く生きようとした者達の意志を蔑ろにしておる。人は皆いずれ塵に還る。亡くなった者達は全力で生きた。胸を張れ! お主らの父や兄を褒め称えることはあっても蔑む必要は何一つない!」
「…… では、我らは何のために……」
「死罪に……」
絶望したように俯く者達。
「それと」
「?」
「お主らは俺の臣下ではない。琉球王国の民だ。よって俺にお主らを裁く権利はない。精々、悪口を言われたことに不快感をもっただけに過ぎない。亡くなった者達の分まで強く生きよ。何処へでも行くがよい」
俺は同じ轍を踏まない。俺は俺を殺させはしない。
民達の目に生気が戻った。俺を憎い気持ちは消えぬだろうが、生きる希望は与えられたであろう。
「礼は…… 礼は言わぬぞ!」
「お主が琉球の民を殺したことに変わりはない! 我らがお主らに気を許すことはあり得ぬぞ!」
悔しいのか嬉しいのか。感情が溢れて泣きだす縛られた民達。
「問題ない。内心はどこまでも自由だ。法を犯さぬ限り罰せられることはない。ただ、肝に銘じて置け。法を犯せばタダではおかぬ。一揆を扇動すれば死罪。それは誰でも変わりはない。覚悟しておけ!」
「……」
そう言うと黙り込んだ。
怒って喋っていたら冷静になってきた。そう、この者らは俺の民ではない。どんな法律違反があるってんだ。人を殺した訳でもあるまいし。
「ま、そういうわけだ、日秀殿。この者らを連れて首里城へ戻り、『徹底抗戦』の構えを解くよう説得してもらえぬか」
「!? …… 我らはこっ、『降伏』をするつもりですぞ……」
「ははは! 御坊は嘘が付けぬな。顔に書いてあるぞ」
「…… やられましたな」
微笑んだ。
俺がこの者らを怒りに任せて殺せば『信に足る者に非ず』と考え、首里城で玉砕でもするつもりだった、かな。それとも日秀の法力によって成仏させられたか。
「では、そのように取り急ぎ説得いたします。『弘法大師の生まれ代わり』と言われること、分かる気がしましたぞ」
「…… 買い被りにも程があるぞ」
「いえ。『慈悲の方』に御座います。この者らの苦しみを取り除き、生きる希望をお与えになられました。」
「慈悲、か?」
「ええ。
『人に幸せを与えんとする願う心を慈と云い』『人の苦しみを取り除かんと欲する心を悲云う』 まさに左大弁様は『慈悲』の道を歩んでおられます」
そんなつもりは毛頭ないのだがな。
まあこの時代の君主なんてxxxxばっかりだ。着物を落とした、馬が暴れた、水をこぼした、そんなので首刎ね一族皆殺しも珍しくない。それに比べれば菩薩か如来か。
「まあ、お主がそう思うのであればそれでいい。内心は自由だ」
「では若き弘法大師様へお布施を致しましょう」
「?」
「例の『かず』という女。ここから西にしばらく行った先にある『久米島』という島へ逃げ込んだそうに御座います」
「! 何よりの寄進だ。恩に着るぞ!」
よかった。行先を見失っていたところだ。クソ女め、これで逃げられんぞ。
「殿! 久米島であれば我の血縁がおります! 早速行って参ります!」
「お、おい」
そう言うが早いか西村織部丞時貫は駆けだしていった。手柄を立てようと躍起になっているな。
まあ血縁もいるというだろうし、もう逃げられる心配もない。ここは奴を活躍させてやろう。これまで心労を掛けっぱなしだったからな。
______________
<天文十二年(1544年)6月 琉球国 那覇 首里城 守礼門>
翌日。
俺達は使いの者の案内を受けて、1kmほどもある長い石橋を渡った。
この時代に、これほどまでに長く精巧な石橋が琉球にあるとは正直驚きだ。「長虹堤」と言うらしい。渡り終えると立派なガジュマルの樹が出迎えてくれた。
首里城は日秀の言った通り、守礼門を開けて俺達を無条件で迎え入れた。そして長髭の琉球国王尚清王は、一族と共に五体投地で俺を出迎えた。
「此度の非礼、深くお詫びいたします。全ては私の不徳の致すところ。お好きなように斬り刻みくだされ!」
「いや、それには及ばぬ」
王の言葉に俺は頭を振った。
「…… 日秀から、『左大弁様は慈悲の御方』と聞き申した。しかし! 兵が死んで王が責任を取らねば誰が取るのでしょう?! 哀れみは要りませぬ! どうか御処断を!!」
「…… 下っ端の暴走を止められぬことは俺にもある。それを全て咎めなくてはならぬとなれば、俺は首が百あっても足らぬわ」
「そこをどうか!」
「俺は『一部の者がお主の声を聞かずに我らに歯向かった』と受け取った。その責はあるが首を取るまでもない」
「それでは余りにも!!」
確かに責任を取る者が必要だ。ここは昨晩皆と考えた案を伝えよう。
「では…… こうしよう。『琉球王朝はここに滅する』『尚清は廃嫡する』」
「はっ!」
「だが、俺は南国のことに疎い。琉球の民、そして尚清、お主らの助力が必要だ」
「!! 私の力……?」
名君だとは聞いている。倭寇への対応、奄美諸島への軍事行動、どちらも全力で動いたと記録を貰った。
女のフキハラに屈してしまったのは、数百年後の技を使われたからだ。大きな罪には問えぬ。
「そして今日からお主には、この琉球の副領主として働いて欲しい」
俺は心からの笑顔で語りかける。俺はフキハラは使わん。絶対にだ。
「国替えも無しですか?!」
余りにも意外な言葉に長髭の王は口を大きく開けて叫んだ。
「『戦の前に降伏した』とする。一族の責も取らぬ。取るべき者は処断された。一名の女を残してな。大甘だが妥当な判断だろう」
琉球国総出で俺と敵対した訳ではない。『阿保な長子が暴走しただけ』。そういう裁定が今回に限ってはどちらにとっても都合がいい。
尚清はすすり泣きを始めた。軍事に屈したとあれば本来は一族総打ち首でも文句は言えない。だが許された。髭も手もびしょ濡れだ。
俺はゆっくりと尚清に、右の手を差し出した。
「これでもまだ死にたいと言うなら、無理は言わぬ。この手を払いのけよ。だが、俺の臣下となる決心が付いたならば、どうかこの手を握ってくれ」
「ウゥッ…… 有難き幸せに御座います! 一族までも許して頂けるとは……」
いい年したおっさんが涙を堪えながら俺の手を取った。大きく厚い手だ。かなり濡れてはいるが、そこは言わないことにした。
俺は左の手も尚清の手に重ねた。
「これからの新しい時代の為に、協力してくれ。頼む」
「…… 心から誓いましょう。お役立てくだされ」
六月と言うのに、琉球の太陽は盛夏のように照り付けぎらぎらと暑く感じられた。
俺はこれから始まる新しい琉球に熱い力を分け与えてくれてくれると、汗を拭きながらそう思うことにした。
当時那覇は周囲を海に囲まれた「浮島」が玄関口だったようです。
天使館、三重城、海の護り神「媽祖」を祀った下天妃宮などがあり、そこから作中の長虹堤を渡って首里城まで渡ったようです。長崎の出島のような感じでしょうか。現在は埋め立てられていますが、その名残はいくつも残っているようです。
「那覇市歴史博物館」などから情報を頂きました。
http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/history
絵画も残されており、葛飾北斎の「琉球八景」からは当時の名残を味わうことができます。
「えっ(;゜Д゜)!? 葛飾北斎って、琉球に渡って絵を描いたの!?」
と思ってしまいますが、実際はそうではなく、周煌という冊封使が描いたものを模写して彩色したもののようです。
江戸時代に琉球の使節が江戸を訪れる度に琉球ブームが起き、それに便乗するような感じで描いたのでしょうか(*´ω`)?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E5%85%AB%E6%99%AF
琉球の統治開始。そして……




