第百六十四話 ~殺戮兵器始動~
<天文十二年(1544年)5月 琉球国 座喜味 座喜味城 ニの郭 殿舎>
「本当に大丈夫なのか?」
「…… くどい」
尚清王の長子尚禎は、焦っていた。
急に現れたこの「かず」という女の言いなりに動き、使者を殺し、佐渡水軍に敵対し、ここ座喜味城に手兵を全てかき集めたという選択が間違いではなかったと。今更ながらに。
「佐渡水軍は『烏合の衆』と言っておったが、まさかあれほどまでに多いとは聞いておらんぞ!」
「……」
女はいつのもように不機嫌な態度を取った。目をカラスの様に丸くし、憮然とした表情。
相手を否定し不機嫌な態度を取ることで、相手を動揺させ、「考えが間違っているかも」と錯覚させ、気持ちが折れるのを待つ。自分の言いなりにする。「不機嫌ハラスメント」「フキハラ」と呼ばれる高圧的威圧的な交渉術。それが女の常なる手口だった。
「聞いておるのか?」
「わらわの言うことが全て正しい! 幕府の書状を持ってきたのもわらわであるぞ! 琉球に恐れ多くも将軍足利義昭様の書状を持ってくるという困難をやり遂げたのはわらわであるぞ!」
「…… 日秀様は『真偽が怪しい』と仰られておったが…… 当代の公方様の名は義晴様であると」
「何か言ったかえ!?」
「…… いや」
怒る。不機嫌な態度を取る。自分を大きく見せる。他者を廃する。同じことを繰り返す。
女はそうやって生きてきた。今世も。
「佐渡水軍は長旅で疲れておる! 陸にさえ上げなければどうということはない! わらわの伝授したツーマンセルという戦い方をすれば必ず勝てる!」
「つーまんせる。必ず二人一組で戦い、相手一人の所を狙うという戦い方、じゃな」
「その通り! 一人が槍を振るい敵を足止め、その隙にもう一人が動けぬ相手を殺す! 必勝! これで必ず勝てる! 勝てぬ訳がない!!」
理論的にはそうだった。そうなるはずだった。一人が足止めし、もう一人が止めを刺す。これが力量が等しく、単純な行動を繰り返す敵であれば。
「うむ。そうじゃな! それにここ座喜味城は堅城! いくら敵が来ようとも……」
ヒュゥウウウウウウウウウウウウウウ!!
「む? 何の音じゃ?!」
「何でござろう?」
風が襲ってきた!! 黒い塊と共に!!
ズガアアアアアアアアンッ!!!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
琉球の者達にとって、その音はあまりにも激しく、暴力的で、大き過ぎた。
「ウワアアアアアッ!」
「か、壁が!!」
爆裂音。
猛攻の序曲は、いつも鉄と熱と死肉の音を奏でるのであった……
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<天文十二年(1544年)5月 琉球国 座喜味 砂浜 最前線>
「道が開いたぞ! 今ぞ! 攻め込めえええええっ!!」
「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」
声が響いた!
不思議な声や。一千の兵全てに行き届く程に澄んだ声。聞けば心が躍っ(躍る)! 不安が消し飛ぶ!! 我が義弟となった上杉謙信ちゅう男。若かねがらに(若いながらに)大人物んごたる(ようだ)。
「行っど(いくぞ)! 又八郎!」
「うむ善久! 暴れようど! 負けはせんど!!」
隣に立つねまれ縁(腐れ縁)ん又八郎がニヤリと笑う。
今は二百ずつん兵を率いっ(率いる)同格ん将。討ち取った首の数で勝負じゃ!!
ドオオオオオオン!!
ドバァアアアア!
他の船から大砲が放たれた! そして直撃した! 砂煙が上がっ(上がる)!!
砂浜に浮塵子のごつ(ように)群れちょった敵兵が消し飛ぶ! 逃ぐっ(逃げる)! 大混乱しちょっ!!
「我が樺山家ん家名を高むっ時や……! 武功ん上げ放題じゃ! 皆! けしんでけっ(死んでこい)!!」
「はっ!」
「まかせ(まかせろ)!!」
「新納も行っど!!」
ゴツゴツした顔をした家中の兵達。皆よか顔や!
又八郎も新納ん兵と共に突き進ん(突き進む)!
バシャッ! バシャバシャ!!
次々と漕ぎ船から海面へと降り立つ! 向かってくっ敵は二、三十か?
「斬れ斬れ! 斬りまくれぇい!! 突き進めえええエェ!!」
家中ん者を鼓舞し前に突き進ませっ(進ませる)!
「キエエエエエエエエエッイ!!」
ズバッ!
ドガガッ! ブシュゥウ! ドン!!
腕が飛ぶっ! 血が噴き出っ! 怒号が轟っ!!
細か腕をした琉球ん兵が、次次と斃れていっ!
「先陣は武門ん誉れじゃ! よかど(いいぞ)! そんまま押し切れぃ」
「オオッ!」
「いけええええッ!」
ガキンガキン! ドバッ
ジャキッ!
きびり合う(結び合う)刃と刃。槍ん穂先同士が火花を散らす!
押せる。押せっど!
ガキッ ズンッ!
ガン! ガガン! ザシュッ!!
「グアアアッ」
「ゴフウッ」
…… おかしか。
押せんくなってきた。
敵ん被害が少なっ、こちらん被害が増えてきた!?
「どげんした! 薩摩ん魂を見せじゃ!!」
腸が飛び出ろうとも片目が潰れようとも進んのが薩摩隼人!
槍に突かれた家中の若者大吾。だが死出ん旅ん連れへと一人の首を斬りつけ道連れにした。見事なけしみ際(死に際)や!
…… 被害が増えてきた。おかしか!! こげん筈では……!?
そけ(そこへ)声が再び轟いた!
「伝令!! 『敵は二人組だ!』『敵は二人組!』」
「ぬっ?」
「それさえ分かれば問題はない! 『蹴散らせ』!!」
再び我らを率いる『軍神』の声が響いた!
なっほど(なるほど)そうゆことか! 絡繰が解けたわ!!
「『個で進んな(進むな)!』『二人一組に気を付けや!』さすりゃ我ら薩摩兵ん敵じゃなかわっ!!」
「応ッ!!」
琉球ん兵どもめ。小癪な真似を。
『龍』ん声を聞き他ん軍も真似をしだした!
「薩摩兵だけに手柄を渡すな! 越後兵こそ『龍』の兵よ!」
「ぬっ! おめは確か、越後ん(越後の)中条 景資?」
父が長尾為景ん「懐刀」て呼ばれた中条藤資ん嫡男か。
「樺山殿! 越後と薩摩! どちらが『龍』の軍として相応しいか勝負ですぞ!!」
そうゆと、若き将(確か初陣やったはず)は家中ん者達に守られながら城ん方へと突き進んだ!
「ははっ! 青二才が! ようゆわい(言うわい)!」
越後ん兵もなかなかやっわい。流石は『龍』ん生まれた地ん武士じゃ!
「負けてはいけんぞ! 敵は崩れたぞ! 押せっ! 押し進めッ!!!」
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<天文十二年(1544年)5月 琉球国 座喜味 座喜味城 ニの郭 殿舎>
白い衣が紅に染まった琉球兵の骸が彼方こちらに転がっている。
殺戮兵器。予想通りの強さを発揮した。
序盤だけ相手の二人一組に苦戦したが、伝令を飛ばした後は流石の猛勇ぶりだったわ。速度、膂力、鍛錬の量が違う。気迫、心構え、死生観、琉球の兵と薩摩の兵では何もかもが違う。二対一を組めば必ず勝てるのであれば、日々の鍛錬など必要ないわ。
それに相手の二人組の戦いは、日頃から徹底された作戦ではなかったように思う。練度に甘さが見られた。誰かに言われて付け焼刃でやった作戦、かな。
望遠鏡で見て気付きレラにメモを括りつけて謙信に叫ばせた俺の助言がなくとも、殺戮兵器の活躍により大勝だったのは間違いはない。中盤からは謙信の掛け声と共に斬殺の嵐が吹き荒れたからな。だが声が無ければこの大快勝には結びつかなかったであろう。
そんなことを思いながら敵の本陣であったであろう血生臭い殿舎と呼ばれる屋敷に入ると、皆が俺を心待ちにしていた。
特に三名の将が声をあげた。
「殿! 敵将尚禎! この樺山善久が討ち取りまして御座っ!」
「側近の本部平海の首はこの中条 景資が!」
「いやいや! ここ座喜味城いっばん(一番)乗りは新納又八郎ん兵に御座っ!」
特に戦功の目覚ましかった三将が誇らしげに笑顔を見せていた。
「うむ。話は聞いておる。樺山善久、新納又八郎。二名の働き、共に目覚ましかったぞ! 天晴じゃ!」
「「ははっ!!」」
……
「だが、善久、又八郎。怪我が酷いぞ。善久は右耳が千切れかかっておるし、又八郎は左手の指が折れかかっておる…… 早う手当を」
「はは。こんた(これは)見苦しかもんを」
「じゃな、善久」
顔を見合わせて笑いあった二将。次の瞬間!
ブチッ!!
ボキッィ!!
「!!」
「こん通り」
「手当ん必要はなか」
…… 自分の耳を千切った、自分の指を折ったぞ。この男達。
これが殺戮兵器の将か。飛んでもなく豪胆だな。
「大義であった! 其方ら働き『感状』に値する! 其方らの耳と指に添えよう! 心して受け取れい!」
「!!」
「か、感状!? あいがたき幸せに御座っ!!」
軍功が大きかった者へ「感状」という特別書状を授与することがある。この二人の活躍は十二分にそれに達しよう。
この「感状」があれば「確かな働きがあった証拠」となり家名が高く上がる。さらにたとえ他家へ仕官したとしても「おお、あの戦でこんな活躍を!」と認められ厚遇される。今回のは「耳感状」とか「指感状」とか呼ばれそうだ。
まぁ今回の活躍から見るに樺山、新納はどちらも有能な将だ。他家へなど絶対に渡せんが、な。
「それと景資」
「ははっ!!」
「よくやったぞ。俺は其方の父藤資に大いに助けられた。其方にもその力がしかとあることが分かった。これからも俺を助けてくれ」
「!! あ、あびッ、ありがとうございます!!」
……若干噛んだな、景資。
俺と大して年の変わらない景資。初陣にしてこれまた勇名を馳せた。越後の親父さんも鼻が高かろう。
「殿、それと……」
軍監役の宇佐美定満が俺に耳打ちしてきた。
敵将であった尚清王の長子尚禎。その側近で僅かな生き残りの男から「妙な女がいた」ということを。「佐渡水軍は住民を全て殺す」と言いふらしていたことを。
「『不機嫌を使って人を動かす』。それと、『ツーマンセル』と言った、か」
「ははっ。開戦間もなく理由を付けて逃げ出したそうに御座いますが……」
フキハラだ。俺が前世でやられた、俺の最も嫌う下卑た行動だ。
それにツーマンセルという言葉を知っている「かず」という妙な女、か。なるほど、なるほど……
「殿、如何しましょうか?」
「国王のいる首里城を目指す!! 早めに頭を叩くぞ!」
「ははっ!!」
「それと、『敵対しない住民へは手出しをしない』こと。それと『佐渡水軍へ敵対するよう流言飛語を飛ばし、琉球を陥れた「かず」という女を捕えた者には大きな恩賞を与える』と触れを出せ!」
「ははっ!!」
海の上は俺の庭だ。逃げ切れるはずはない。
どこへ行こうと息の根を止めてやるぞ。魂の腐った、敵対する転生者め。
標準語⇒薩摩弁 大変(*´Д`*)
内心語も変換するとか、正気の沙汰ではないです。もうしません(自戒)
「フキハラ」は、「不機嫌ハラスメント」を略した造語です。
何かあるごとに嫌な顔をして不機嫌な態度で周りを威圧し、「この関係がよくないのは私のせいだ」と委縮させたり、「この人を怒らせないようにしよう」「この人の言うことに従わなくてはならない」と勘違いさせたりすることを目的にしています。
ネガティブ発言を蔓延させる、共同行為を妨げる、生産性の乏しい恥ずかしい行為の一つです。人は時に不機嫌になるのは当然ですが、意図的に不機嫌を使用することは控えたいものです。
フキハラは家庭内、友人間、職場内に起こりえます。フキハラによって気持ちが沈んでしまうのは受け取る側のせいではなく、フキハラを行っている人物のせいです。距離を取る、言葉で伝える、難しいときはハラスメント窓口に相談するなどの対処方法が必要です。
樺山善久は島津家庶流の樺山家八代目で、島津日新斎の次女「御隅」を娶った武将です。和歌を好み、公家の飛鳥井雅綱から蹴鞠を習うほどに風流な武将だったようです。




