第百六十二話 ~奇跡的相性~
お待たせしました。
第十一章「西南の海」開幕です。
<天文十二年(1544年)4月 大隅国 肝属郡 国見城付近 平地>
「なっ!?」
「なんじゃこりゃあああああああああああああああ?」と、叫びたい気持ちを俺は必死に堪えた。
俊敏な動き、統率の取れた行動、そして「キエエエエエェッ!!」と叫び敵に見立てた木像を次々と圧し折る気迫の塊のような軍団。
…… 俺はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない。
九州南部、大隅国禰寝湊から北に数里。義弟の上杉謙信から「見せたいものがある!」と言われて来たここ国見城西の平地。ここで俺は見せられてしまった。
「上杉謙信」と「薩摩兵」というとんでもない掛け合わせを!
叱咤激励しつつも的確な判断で兵を手足のように自在に操る「戦国最強」と前世で謳われた謙信の采配。それを忠実に守り無尽の活力と凄まじい気迫で縦横無尽に駆け巡る勇猛果敢な薩摩兵。
こんなん無理や! 相手にするとか絶対に無理無理無理!!
この奇跡的相性。
…… 俺は、完成させてしまったのか? 陸の殺戮兵器を?
体の震えが止まらない。脇汗が噴き出てくる。フランケンシ〇タイン博士にでもなった気分だ。そんな中、
「義兄上~~~~!!」
ビクッ!!
俺の恐怖の原因が、頬を紅潮させながら月毛馬に乗って颯爽とやってきた。
『佐渡上杉謙信』…… そのキラキラした瞳で俺を見ないで! 俺、この時代にきて一番怖いと思ってるよ、君を!
「いかがでしたか? 我が采配は?」
「う、うむ。凄まじいな。この僅か一年足らずの間によくぞここまで鍛え上げた」
俺がそう言うと、色白からほんのりと小麦色に変わった顔に真っ白い歯がニコリと浮かび上がった。
「小麦肌謙信」とか、毘沙門天様でも考えたこともないだろうに。見たことも聞いたこともないが、まぁ元が美形だけに、こりゃアリだな。
ジャリッ
砂利を踏む音が聞こえた。後ろを振り返ると、数名の男達が俺を見つめていた。
すると小姓の忠平が
「あっ! 父上! 祖夫上!」
と叫んだ。となると……
「はは、流石は『天か魔か』と呼ばれた軍神殿。こうなることをご存知でしたのでしょう?」
後ろから現れた威厳ある壮年の男。
ツルツル頭に太い眉、ギョロリとした瞳、大きく垂れた耳朶。これは……
「お初ですな、相模守様」
「いやいや、儂は隠居の身。ただ日新斎、とだけお呼びくだされ」
「では、日新斎」
「ははっ、左大弁殿」
すると日新斎と名乗った坊主頭の男は、大仰に頭を垂れた。
島津忠良、出家して日新斎。
嫡男の貴久に家督を譲っているとは言え、今もなお忠将、尚久の父として君臨する一族の長。そして娘を種子島時尭や肝付兼続に嫁がせ薩摩・大隅に血脈の枝を張り巡らせる大君主だ。
日新斎の口調は柔和。しかし声の張りと瞳からは並々ならぬ気迫を感じる。
年の頃はまだ五十くらいだろう。三十過ぎて程なく出家し、愚谷軒日新斎と名を変えたと聞いたが、深い理由があるのだろう。まあ「人生五十年」と舞われる時代だ。早い出家もなくはないか。
さらに傍に立つ身形のよい偉丈夫。これは島津家の当代である島津薩摩守貴久か。そしてもう一人は先日大隅富田城で会った忠将だ。島津家勢ぞろい、といった所だな。
島津家はあの会談から十日後に臣従受託の連絡が入った。おかげで南九州平定は時間の問題だ。
「島津家の臣従、誠にもって嬉しい限りだ。これからよろしく頼むぞ」
「とんでもない! かような英将を我らの抑えにいただき、嬉しい限りなのは我らの方でござる」
笑みを浮かべる日新斎。笑い顔が、怖い。気を抜くと魂を喰われそうだ。負けぬように体の内側から気を入れる。
「俺はこれから西南の地を見てくる。琉球へは島津の兵をたくさん借りることとなる」
「喜んで」
「その代わりと言っては何だが、薩摩の地に合う『サツマイモ』と『茶樹の苗』をたくさん運んできた。領地繁栄に役立てて頂きたい」
「!!」
薩摩と言ったらサツマイモ、それに南九州市の「知覧茶」で有名な鹿児島茶だ。火山灰でできた水はけのいいシラス台地にはピッタリ合うはずだ。
俺からの思いがけない贈り物に顔を見合わせる島津家の三名。
「ありがたく頂戴いたします! 島津の家は左大弁様への忠誠を固く誓いましょうぞ!」
当主貴久が頭を下げた。
強い兵を育む為には地盤が必要。島津家を応援しているという俺からの思いをしっかりと理解してもらえたようだ。
「おっ、さすが兄上~! 話分かるじゃ~ん!」
「!?」
串焼きを食べながら素っ頓狂な声をあげたのは、日新斎の三男。佐渡水軍第十艦隊「鮫」を束ねる島津尚久だった。
「尚久…… お主、迷惑を掛けてはおらぬか?」
「全然~? 照っちと俺、仲良しだぜ?」
軽薄な態度を見せる尚久。禰寝の湊に着くなり「女! 女!」と目の色を変えて騒ぎはじめ、俺の小姓で尚久の甥の忠平に耳をつままれていた。
尚久の陸での凡庸さは皆も承知だったようだ。「ハァ」と溜め息をつく貴久、日新斎、忠将などの島津家の諸将。それを全く意に介さない尚久。ダメだこりゃ。
すると、朗らかに笑った者がいた。
「はははっ! 尚久殿! 相変わらずでござるな!」
謙信だった。
「おう、俺っちは変わらない…… ぜェッ!?」
その声の主に向かって返事をした尚久だったが、目が皿のように丸くなった!?
俺も…… 目が点となった。
「謙っち! その女は俺が!」
「あ、はあ。この『すみ』のことですかな!? はは! 女子はいいものですな!」
謙信が女に! しかも『すみ』と呼んだ色黒の美少女に布で体の汗を拭かせている?! 今までは「女を侍らせると強さが鈍る」と頑なに拒否しつづけていたのに!?
あれ?
……しかも、俺達が「あくまき」を食べたときに「好きにしていい」と婆やに言われた村娘じゃないか!
「姉上(綾)から『女を近づけても弱くはならぬ。むしろ強くなる! 殿をご覧なさい!』と文を貰いましてな! ものは試しと、身の周りの世話をする者を雇ってみましたが。流石は殿! なるほどにございます!!」
豪快に笑った謙信。そしてその美少女を見て白い歯をキラリ。そんな謙信を上目遣いで恥じらいながら見つめる元村娘の「すみ」……
あ、これは、やってますわ。完全に。俺よりも早く。
尚久は着物の袖を「クゥウウウウウウッ!」と噛んでいる。トンビが油揚げ搔っ攫われた感じ。臍が嚙めたら噛んでいただろう。涙目になり地団駄を踏んでいる。
「尚久叔父、情けのうございますぞ…… ププッ」
近習の忠平が諫めているのか笑ってるのか分からない様子で尚久を励ました。
よし。これで大体いいかな?
「…… では、我らはこれにて」
「あいや! お待ちくだされ」
日新斎が分厚い掌を前に出した。
?
「何だ?」
「左大弁殿。ここにおられる上杉謙信殿は貴方様の義弟とお聞きしましたが、誠でございますかな?」
「うむ。謙信の姉の綾は、儂の妻じゃ。よって謙信は我が義弟じゃ」
「なるほど」
ニコリと笑う日新斎。笑みが相変わらず怖い。
「…… どうか武神の如き謙信殿に、我が末娘の『はな』を嫁がせては頂けませぬか?」
!?
何だ、この感じは?
この返答、気を付けねばならん!
島津家の目論見は何だ?
…… 考えろ …… 考えろ…… !
…… 島津家が謙信と血の繋がりを得ることで、結びつきは強くなる。日新斎の娘を娶るとなれば、種子島時尭のように大幹部だ。謙信は相当な後ろ盾を得ることになる。九州南部の抑えは一段と強固となるであろう。これはいいことだ。
だが、先を読め。
……日新斎、そして島津家。謙信を取り込もうとするつもりか?
万が一、いや、百万が一にも島津家が俺に反旗を翻すことになれば。島津はこの謙信を大将に据えて、この陸の殺戮兵器を動かすこととなる。タダでは済まん!
…… どうする …… 返答はすぐにせねばならん。
考えろ。冷静になれ。焦りを見せるな。
……
刹那の思考。
俺の考えはまとまった。
「はははっ! またと無き、『奇跡的な良縁』でござるな! 是非にお願いいたしますぞ!」
「おおぅ!」
島津家の一向は安堵の色を見せた。
ここで俺が「いや」と断ったら、島津家の不信の灯火が付く。それは避けたいことだった。
「謙信も心強いであろう! なぁ!」
「ははっ! 某が妻を娶るとは!! 一年前までは考えもしておりませんでした!」
謙信の着替えを手伝っていた小麦肌の村娘はチラと寂しげな表情を見せた。まあ、謙信の情けをもらったんだ、きっと側室にはしてくれるさ。
「おお! 謙っちが俺の義兄弟に!」
先ほどの泣きベソはどこへやら。晴れやかな笑顔を見せた尚久。
「忠平、よかったな! 謙信がお主の生まれの島津家に……」
俺がそう言って新しい近習に目を向けると、忠平は目に涙をいっぱいに浮かべてプルプルと震えていた。そんなに嬉しいのか。頬っぺたまで真っ赤じゃないか。
日新斎が目尻を皺くちゃにして、頬を緩ませた。
「『はな』も『良き夫に巡り合えた』と喜ぶことでしょう! 実は『はな』は我が孫の義久に嫁がせるつもりでおりましたがな。こちらの方がよき縁と思いましてな!」
「まったくもって! 謙信殿が左大弁殿と同じように我らが義弟となる、つまり我らは左大弁殿と縁繋がりとなり申す!! これからもよろしくお願い申し上げます!!」
貴久、忠将も勢いよく頭を下げる。
……これは謙信の手綱をしっかりと持たねばならんな。
島津家にも釘を刺しておかねばなるまい。
「いやはや嬉しい限りですな。ところで、この謙信は『佐渡』上杉謙信。いずれ佐渡へ戻る身ではありますが、今しばらくは島津の方との絆を築かせましょう」
「…… はは! 何の何の! 我が婿となる謙信殿はいつまでもいてくださっても宜しゅうございますぞ!」
ハッハッハ!!
「いやいや!」
「何の何の!」
笑顔で見つめ合う俺と日新斎。
互いに目を細め笑い合うものの、舌の裏は絶対に見せない。
ハッハッハ! アッハッハ!! フアッハッハッ!!!
皆も同調して笑い始めた。
祝うつもりで笑う者、意図を察する者、とりあえず笑う者、キョロキョロと首を傾げて串焼きを頬張る者、泣いてるんだか笑ってるんだか分からない者など様々だった。
この『縁』が後の日ノ本に大きな風を呼び込むこととなるのは、しばらく先のことである。
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三日後。
俺達は謙信が指揮する越後兵と薩摩兵を載せた佐渡水軍第三艦隊「龍」を加えて琉球へと旅立った。
いよいよ「西南の海」を踏破する時がやってきた!!
昨年2月27日から執筆を始め、ちょうど一年が経ちました(*´ω`*)
多くの方に読んでいただき、非常に嬉しく思っております。筆者だけではとてもここまでこれませんでした。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
忠平、いきなりの失恋(*´Д`*)
そのうちいいことあると思います!
「鹿児島県が静岡県を抜いて茶の生産量日本一になるかも」という記事を最近読みました。
広い茶畑と温暖な気候を生かし、年々生産量が増えている結果のようです。
戦国時代、農民は茶を飲むことができず、もっぱら白湯を飲んでいたとか。茶の生産量を増やし、庶民にも手の届くものにしたいものです。
いただいた感想を加えて、エピソードとして盛り込みました。
二つの「奇跡的相性」を経て、陸の殺戮兵器を載せた船は琉球へ(/・ω・)/




