第百五十九話 ~水天一碧~
<天文十二年(1544年)2月 佐渡国 羽茂郡 羽茂港>
西南の方角の海と空を見つめた。
澄み切った海の青、雲一つない空の青。二つが一つとなって融け合い、水平線の境が分からない。
こういうのは「水天一碧」と言うんだったかな。俺はぼんやりとその美しさをただただ眺めていた。
しばし後、俺はこれからの旅のかけがえのない相棒となる船に目を移した。
竣工したばかりの三層甲板型大型帆走軍艦、ガレオン船「佐渡鷹丸」。
これまで主流であったキャラック船より船幅、竜骨長、甲板長が細長く、より快適な航行と旋回が可能となった最新鋭船だ。人員三百名、砲門数八十門。巡航速度、旋回速度、安定性、そして破壊力。俺の旗艦となるこいつを越える船は、世界広しと言えど多分存在していないだろう。
さらに俺は羽茂港を埋め尽くす船団に目を広げた。
「南方巡視艦隊」
俺が付けた大艦隊の名だ。はためく「抱き葉菊」紋の旗、士気の高い乗員、十二分の水と食料、石鹸などの物資、そして、大砲。出航する準備は完全に整っている。
俺の第一艦隊は、「佐渡鷹丸」に加えて重キャラック五隻、キャラック船二十隻、漕ぎ船である「佐渡船」四十隻。さらに二百にも及ぶ艦船が大遠征を待ちわびている。
冬の北からの寒い季節風に乗り南下。
琉球は支配下に置く。『大人しく降伏すれば所領の安堵は認める』と、既に坊津水軍の手の者によって書簡は渡し済みだ。抵抗すれば根切りだ。俺はやる時はやるぞ。
「高山国」と呼ばれる台湾、「呂宋」と呼ばれるフィリピン、「阿南」と呼ばれるベトナムで現地の人と友誼を結ぶ。できればポルトガル人の拠点となっている明国南部の澳門にも顔を出したい。日本人町を築くまでで十分。統治する所までは望まない。
帰りは夏の熱い季節風に乗って戻りたいが、台風が怖い。うまく避けるように進路を工夫したい。できれば生糸を持って帰ろう。莫大な利益が舞い込んでくるはずだ。
陣容は、俺の「鷹」第一艦隊、鯨波新人の「鯨」第二艦隊、宇佐美定満の「兎」第四艦隊が中核を為す。
随伴するのは対馬を拠点とする宗将盛の「馬」第八艦隊と三田舞也の「燕」高速第七艦隊、それに坊津水軍率いる「鮫」第十艦隊の島津尚久だ。これは佐渡と対馬、坊津、そして南方間の人、物、金をフレキシブルに行き来する。
松浦隆信の「鯱」第九艦隊は造船と佐渡の守り、山本勘助の「狼」第五艦隊は出羽と陸奥、椎名則秋の「熊」第六艦隊は越中と能登を守る。専守防衛、内政重視、じっくりと領内を富ませることを優先させる。一大事とあれば俺は遠征を中止し、そいつを全力で叩く。伝書鳩通信は定期的に行っている。連携は予想よりも早いはずだ。
俺がいないと知られると面倒なので、藤丸から元服した斎藤朝信を俺の替え玉として残していく。俺と数年に渡り行動を共にしてきたから、困ったときは「俺っぽい命令」を下すよう命じている。まあ、環塵叔父も残ってるし、大丈夫だろう。
「よし。行くぞ!!」
準備は整った。
見送りに来ていた大勢の仲間にしばしの別れを告げる時が来た。
俺は、やけに身軽な装いのレンに向かって言葉を掛けた。
「レン。二年の間、色々回ってくるぞ。大人しく待っていてくれ」
「いやだっちゃ」
「ファッ!?」
即断られた!?
「あのなあ…… 」
俺は頭を掻いた。
「かなり危険な船旅になるし、一緒には連れていけないんだ。戻ってきたら祝言あげよう。大人しく待っててくれよ?」
「待たないっちゃ」
えええええええぇぇ!?
それを見ていたサチと綾はクスクスと笑った。蔵田のおっさんと環塵叔父はガハハと空を見上げて大笑いだ。
「お、おい。どういうことだってばよ」
挙動不審な俺に対し、越後の姫「綾」は嫋やかに俺に説明した。
「殿、レン様は『京の都で照詮様に相応しい女となるよう花嫁修行する』と仰られておりましたよ」
「何だって!? 京で?!」
驚きだ。何も聞いていない。
あんぐりと口を開けた俺に対し、レンは左手を腰に当て、右の掌を空に向けた。
「照詮が戻ってきたら、どうなるっちゃ?」
「そりゃあ、祝言あげて、子どもを産んでもらって……」
「…… そうなると、レンはもうずっーーーーと、どこにも行けないっちゃ」
「あ゛」
「だから、今しか京に行くことができないっちゃ」
ぬう。
千年の都、いや、この時代だと七百年か? 京で確かに得るものは大きいだろう。
正室となればやることはたくさんある。子の養育だけに留まらず、家中の人事管理、側室の面倒見、精神的な支柱、外交担当や家臣の調停役などいくらでもある。和歌や花、茶などの教養だって大事だ。ただの村娘に務まるほど楽な仕事ではない。
「でも、レンは既に俺の正室同然なんだぞ? 佐渡でやることが」
「今だけは、多恵や綾に任せるっちゃ。武家の娘だから得意だっちゃ」
「道中や京の都で何かあったら……」
「身分を隠していくっちゃ」
「暴漢がきたら……」
「倒すっちゃ」
うう、手ごわい。
確かにレンは強い。剣の腕じゃ俺と互角か、それ以上……
「でもダメだ! 危ない!」
「「恐れながら殿、私達もお供いたします故」」
透き通るような二つの声が重なった。
そう言って現れたのは、白貉と白狛。越後軒猿伝説の忍び白狼の双子の娘だ。黒髪と厚手の小袖を着ているが、目立たぬようにしているだけ。本来の銀髪を鬘で隠し、着込んだ鎖帷子を悟られぬようにしてある。
「我ら、死ぬ気でレン様を御守りいたします」
「どうか、姫様の願いを叶えてくださいませ」
妙齢の美少女二人に真摯にお願いされ、心がぐらつく。
そこへ、さらに追い打ちが加わった。
「へへっ、おいらもついていきやすぜ」
「某達も」
「白狼! 黒蜘蛛に青蜘蛛まで!!」
どこからかニュッと現れたニヒルな忍び白狼。そして「空海屋」を任せている強面の黒蜘蛛に、陰陽師まがいの青蜘蛛も!
「目指すは京、そして天下ですろー? 畿内の情報を集めておくろー」
「『空海屋』を堺、そして京の都に出張りましょう。商いを広げつつ、影でレン様を御守りいたしましょう。どうかレン様のことは我らにお任せを」
「う゛……」
確かにメリットが大きい。
俺は畿内の情勢に疎い。これから大きな動きの為に、朝廷や幕府の動きは一早く仕入れたい。ついでに「次の世は羽茂本間」という世論作りも。その為の拠点は喉から手が出るほど欲しい。
「だがな? 京で行儀見習いって、どこへ行くんだ?」
「問題ないっちゃ。環塵の知り合いの公家が『ぜひ来てほしい』と言ってるそうだっちゃ』
「!? 環塵叔父、本当か?」
「ん。まぁ、そう言うことだっちゃ」
俺は真っ先に、御所にいたあの迫力ある公家の顔が浮かんだ。正二位内大臣三条公頼。あの人か……
あの人が、タダで世話を焼いてくれるはずがない。どういうことだ?
…… なるほどなるほど、そういうねらいか。
「うん、分かった。レン、行ってこい」
「ありがとうだっちゃ! 照詮大好きだっちゃ!!」
猫のように飛び付いてきたレン。
蛹の間、レンも京で蛹となる。きっと綺麗な羽を持つ蝶となるだろうな。
俺はレンを抱き締めながらも、丸みを帯びてきたレンに多少、いや随分と沸き上がる気持ちを抑えるのに必死だった。だが医療の発達していないこの時代、若すぎる妊娠は危険すぎる。
すると、
「あらあら、妬けますこと!」
俺より三歳年上の綾がぎこちなく笑いながら、皆に聞こえるような声をあげた。
「殿、綾はもう二人くらいは子どもがいてもいい年なのですよ? それと、更なる側室の申し出を断っている数は百や二百じゃ済みませんのですよ?」
綾は益々膨らみを増してきた胸を俺に見せつけるようにしたあと、美しい顔で微笑んだ。
「諸々含めて、帰ってきたらお願いいたしますね?」
ゴクッ
他方では、
「あい、照詮はんのこと、ずっと待ってますえ! お店をもっともっと大きくして、照詮はんに喜んでもらえるように!」
短い髪、白い肌に俺の渡した珊瑚の花飾りをギュっと握りしめてサチが涙ながらに俺に抱き付いてきた。レンに加えてサチも抱きかかえることになってしまった。サチの細い腰が俺に絡みつく。
ゴクリッ
多分、今の俺は顔が真っ赤になっているだろう。恥ずかしさと嬉しさとが混じり合い、この先のことが心配になった。
船旅の最中、俺は自分自身を抑えることができるだろうか。加えて、現地の人と誼を結ぶには血の繋がりが一番大きい。もしかしたら各地の有力者の娘と……
すると、それに気づいたレンが俺の耳元でボソッと呟いた。
「照詮? うちに内緒で、勝手に女を作ったら許さないっちゃよ?」
「わわわ、分かってるってば!」
ちゃんと報告してからにします。
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「さて、行くぞ!」
今度こそ本当の出発だ。
右舷左舷の両錨を引き揚げる。前帆柱と中帆柱には四角帆を、後帆柱には三角帆を、遠洋航行用の真新しい白い帆をいっぱいに張る。舵を南西に切る。大遠征の開始だ!
「お気をつけて! 照詮様!」
「水には気をつけるんじゃぞー」
「留守はお任せくださりませ!」
サチの、環塵叔父の、綾の顔が小さくなっていく。皆の声が遠ざかっていく。
次に戻ってくる時には……
僚艦達も次々と出航する。まず目指すは能登国の輪島湊、そして対馬国の厳原湊、薩摩国の坊津湊。視察と補給を兼ねながら。
俺は隣に立つレンの手を握った。
「照詮、一緒でうれしいっちゃ」
「京までな」
「分かってるっちゃ」
そう言うとレンは俺の手を握り返した。若干震えている。寒さだけではない。強がりはしているものの、不安なのだろう。初めての船出、そしてこれから待つであろう見知らぬ京での暮らし。再び俺と離れることへの不安。
俺だって顔には出さないが不安はある。
琉球のこと、うまく統治できるだろうか?
船旅のこと、フィリピンに既にイスパニア人が入り込んでいるかもしれん、マゼランのように現地民に殺される可能性だってある。
領地のこと、幕府が暗躍して削り取られるかもしれん。それ以上に悪くなることだって考えられる。
そして、その先のことも……
分からない。分からないから不安になる。
だが、それがどうしたってんだ。
何にだって不安はある。将来が分かる者なぞいる筈はない。
だからやるだけやるんだ。出来ることを、やるべきことを。
進むんだ。自分の信じた道を、自分が目指す道を。
困ったら相談すればいい。出来ないことは助けてもらえばいい。定満がいる、不無がいる、弥太郎も新人も、田中与四郎も、離れているが環塵叔父だっている。俺は一人じゃない!
「レンがついてるっちゃ」
察したのかレンは自信あり気につぶらな瞳を大きくした。はっきりと濃い眉をキリっと上げた。いつの間にか俺もレンも手の震えが止まっている。
「ありがとう、レン」
俺は頷き、レンに軽く唇を寄せた。それを見ていた白狼はニヤリと笑い、白貉と白狛は「まぁ」といった様子で両手で口を抑えた。
順風満帆。俺とレン、二つが一つに交わり合いながら、船は思うように進んでいく。
これから浅瀬も大きな嵐もあるだろう。ただ今だけは、これから巻き起こる未来ことは頭から遠ざけた。だが、よもやあんなことが起きるとは……
海と空は、碧く光り輝いていた。
ーーー 第十章「蛹」 完 ーーー
十章完結いたしました(*´ω`*)
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