第百五十七話 ~大晩餐~
<天文十二年(1544年)1月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 大評定の間>
(あわわわわ! とんでもにゃー所にきちまったっちゃ!!)
寒い蝦夷地から久方ぶりの故郷佐渡に戻った久保田仲馬は、周りの人物の大きさに目を回していた。
「久しいのう、越後守殿! 『上州の虎』殿の手腕は奥州にも轟いておるぞ!」
「う、うむ。九死に一生を得た所じゃ、『隻眼の智将』殿」
「ははは! 直江津から佐渡までの海路で死にそうとは! 大袈裟じゃのう!」
「いやいや、虎の住む場は陸地。早う山内上杉や北条やらを喰らい尽くしてやりたいわ」
(うへぇ! あれは山本勘助殿と長野業正殿! 『知』と『武』の睨み合いじゃぁ)
元村人は、「羽茂本間四天王」の中でも「双壁」と呼ばれる二人の迫力ある言葉に圧倒された。「越後国・陸奥国という大国を盤石に治めている」と、二名の名は家中はおろか京や西国にまで広まっていた。「双璧」の評判は嫌が応にも高まり留まるところを知らなかった。
さらには三人の僧侶が集まっている姿が見えた。何気なく近寄り耳を澄ました仲馬は、再び度肝を抜かれた!
「…… お初にお目にかかります。拙僧は天室光育でございます」
「おお! かの長尾家縁の林泉寺ご住職と生きてお目見えできるとは! 拙僧は元能登畠山家の畠山義総、今はただの『不無』と申す浮浪人に御座ります」
「ほっ、お主がか。越中から能登に中々一向宗が進まなかったのは、名君と呼ばれたお主の力だと聞いておったが。…… なるほど、胆力が違うわい」
「そういうご住職こそ、越中国一向宗の法主、安養寺御坊の本願寺実玄殿でござりましょうや?」
「うむ。小僧がまた茶を飲ませてくれると言うてな。呼ばれるままに来たまでよ」
「不無不無」
「はは、越後、越中、能登の我らが集まるというのも不思議なものじゃな。仏の導きかもしれませぬな」
「それか、若き『弘法大師』殿かもしれぬな」
(ひいいいい! 何たる顔ぶれじゃああ! あんな所に入って話せる訳はないっちゃ!!)
不無は羽茂本間照詮の客人扱いにして文化・芸術の天才。卓越した外交手腕を有し、さらに先読みの力は『全てを見通す』とまで噂されていた。
越後林泉寺の天室光育は大国主羽茂本間照詮、その叔父の環塵こと岩倉宮尊忠、さらには薩摩国大隅国の抑えを任されている上杉謙信の『尊父』。照詮に請われて春日山城から羽茂城へと移り寺を再建した光育は、佐渡・越後の両国において絶大な影響力を誇る僧であった。
本願寺実玄は言うまでもなく一向宗の大僧正。「実玄が一声あげれば数万の民が暴徒と化す」、というのは誇張でも何でもなかった。
猛烈な影響力を有する智の塊、宗派も理念も違う三名の僧侶が固まって談笑している所だった。一言一言に重みと凄みがあり、常人ではとても耐えきることのできない場である。
(どこか安全な者はおらぬか……? お、あの者達は?!)
ざんばら髪の間抜け面の男、銭を象った派手な服を着た男、色黒の少年、オドオドした活舌の悪い男。
(あそこなら息がつけようや……?)
話しかけようと歩みを進めた久保田仲馬。だが……
「いやいや、宗将盛さん! あんたスゲーな! 朝鮮王朝『門外不出』と言われた陶磁器の製法と、王室お抱えの職人を連れてくるとか!!」
「う、うー、嬉しいです。役に立てて」
「補給の便利な手順も教えてくれたぞー。俺っち賢くなったわ。これで琉球攻めの先導はできる、かもなー」
「それならおいん作った船ば使うてくれや! ガレオンちゅー船ん造り方もイゴール師匠に教えてもろうたで! 二十万貫文ば好きに使えって言われとーけん、バリバリやるで!!」
(門外不出の陶磁器!? 二十万貫文!? 琉球攻め!? こやつら、何者じゃ!?)
佐渡水軍の二番艦隊「鯨」の鯨波新人、第八艦隊「馬」の宗将盛、第九艦隊「鯱」の松浦隆信、第十艦隊「鮫」の島津尚久。「海」が住処である四人の海の荒人達。仲馬は見てはいけない物を見てしまった気がして目を逸らした。
あちらでは越後の豪商蔵田五郎佐が「茶名人」と名高い田中与四郎と陶磁器の価格を言い争っている!
こなたでは『内政の三鬼』と呼ばれる新発田収蔵、長谷川海太郎、辻藤左衛門信俊が佐渡金山の活用術と相川に新たな町を作る計画が!
『勇将』と名高い加地春綱、『長尾為景の懐刀』と呼ばれた中条藤資、さらには真田幸綱、保科正俊などの名のある将もいる!
更には門弟千名を越す『剣聖』上泉信綱、そして二国大名『忠義一徹の巨漢』椎名則秋まで!!
(なんという所じゃ……)
クラクラと眩暈がした久保田仲馬。その肩を、
バシッ!
後ろから掴んだ者がいる!
「ひぃいいいいいい!! 誰じゃ!!?」
涙目になって怯えた仲馬!
だが、
「仲馬殿! お久しゅうござります! 直宗でございます!!」
「仲馬サン!」
「え? あーっ! 赤塚直宗にヴォルフハルトではにゃーか!」
仲馬は安堵して震えてカチカチ鳴っていた歯を止めようと顎を両手で擦った。
すっかり垢抜けた出で立ちの旧河原田本間氏家臣の赤塚直宗。通訳兼小木町の特務大使を務めるヴォルフハルト。
事実上の佐渡の命運を賭けた河原田本間氏との「静平の戦い」で死線を共にくぐり抜けた二人だった!
「おーおー! 二人とも元気だったか?」
「はっ!! 某は能登国七尾城城主として、かの地の取りまとめを行っております!」
「ワタシ、小木ノ町、いいマチにしてます。仲馬サンも、カツヤクしているそうでスね?」
「あ? 儂か? 儂は何もしとらんぞ? 地元の漁師やアイヌのもん達と一緒に野良かたをしてるだけじゃ」
「…… まあ、そういう事にしておきましょう。お、始まるみたいですぞ」
「ダイ評定ですネ」
先触れの小姓がやってきた。おや? 藤丸ではないのか? 精悍な顔立ちの新たな小姓じゃ。
皆が鎮座する。
席次は東に武官、西に文官と決まっていた。変わった所では主君たっての希望で「大評定に民の代表を入れる」として南に商人や座(商工業者や芸能者)の棟梁、頭が参加していることだった。
そして北には執行者たる者達。
先頭に入ってきたのは、「四天王筆頭」宇佐美出羽守定満。そして護衛役筆頭「鬼小島」こと小島佐渡守弥太郎、最後にこの場を取り仕切る光り輝く着物を身に纏った者……
「皆の者! 待たせたな!!」
齢十四となり、幾分上背を増した羽茂本間の大盟主。
「これより、大評定を始めるぞ!!」
越中国、能登国、対馬国、隠岐国、豊後国、薩摩国を新たに従えることとなり、朝廷から新たな位階を賜った男、従四位上羽茂本間左大弁照詮であった。
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ドン!
「うへぇ!?」
「どうじゃ! 新たな出羽守殿! 飲んでおるか?」
「ひぃ! 業正殿! いや、越後守殿!」
「何を気を遣っておられるか?! これからは越後と出羽と隣同士! 気軽に『業正』と呼んでくれ!」
業正の骨太の腕が仲馬の首に巻き付き、豪快な声が耳元に響いた。思わず苦笑いの仲馬であった。
(長野業正殿が儂に「呼び捨てせよ」とは…… まったくもって、大評定は驚きの連続じゃった)
羽茂本間照詮からはいくつも大きな方針が示された。
その中心は「二年後に天下取りをする」「その為に力を蓄えよ」だった。
「今すぐではいけないのですか?」との意見も出たが、いくつかの理由が示された。新たに加えた統治国が安定していないため、未だに中原の情勢がつかめないため、国内の世論が十分ではないため、などが主な理由だった。結果、「万全を期すため」との方針に変更はなかった。
(しかも、儂が出羽を統べることに?! 元はしがない農民じゃぞ?!)
大評定後の「大晩餐」において、各地の食材・酒が並ぶ中、それぞれが大いに語らい夢を交し合っていた。
「はは! 『外戚の縁ではなく適材適所』と殿から言われた手腕、是非見せていただきますぞ!」
「いやぁ、儂なぞ何の力も……」
「いえいえ、御謙遜なさるな! 蝦夷の地の治政、それに仲馬殿が駆けた『河原田止め』は今でも語り草ですぞ!」
「はは、いやぁ」
そこへ更なる人影が!
「愉しくやっておられますな? 某達も混ぜてくだされ!」
「儂が礎を築いた出羽国、お任せ致しますぞ!」
「ひ、ひぇぇぇ!?」
(宇佐美定満殿に、椎名則秋殿、山本勘助殿まで!!? は、羽茂本間四天王が全員儂の所に挨拶に来るとは!?)
元千手村農民、久保田仲馬は蝦夷の地をアイヌの者達との融和に成功し盤石に治めたことを評価されて出羽の地を任されることになった。近々縁談と噂されるレンの父親としての実績作りと揶揄されぬよう、「外戚の縁ではない」と釘を刺されていた。
元より羽茂本間家は実力主義。
家名や血縁、袖の下などで要職に付いているものは一人もいない。そのことを皆が知っている。仲馬の治政は「仏の仲馬」と呼ばれるほどに安定していると統治が評価が高く、指を指す者は誰一人としていなかった。
一方、赤塚直宗は隣に座った島津尚久、鯨波新人、宗将盛と話していた。
「…… ふむ、この『山鯨』という肉、旨いな」
「珍しいかのう? 薩摩じゃこの山豚、普通に食べておったぞ?」
羽茂本間照詮は南蛮交易で仕入れていた「豚」(当時の豚は、剛毛が生え大きな牙の生えた「イノシシ」に近いものだった)を忌避感が薄れるように「山鯨」と呼び、タンパク質を摂ることを呼び掛けた。何でもよく食べ増える豚、それを食べることによる栄養状態の改善、さらに糞尿による肥料づくりを狙いとしていた。
「『蘇』は慣れると問題なくいけるな。濃厚で美味じゃ」
「うぇ、俺様はちと苦手だな」
「『牛の乳を飲むと、牛になる』と言う噂があったが、殿はそれを『迷信』と仰られた。『牛になった者がいたら儂の所へ連れてこい!』とまで仰られたぞ」
「と、東国では、め、珍しいでしょう。う、牛よりは馬を育てることが武士の文化ですから」
南蛮交易から仕入れた「牛」「山羊」「羊」と、それらから摂った乳、さらに『秘伝の液』(玄米、黒砂糖、粗塩を入れて作った「玄米乳酸菌」)を入れた作った「蘇」が会食に出された。
乳はすぐなら飲めるが保存に適しておらず輸送はしにくい。しかしチーズならある程度日持ちはする。
羽茂本間照詮は各地に建てた「学舎」の科目に「畜産」を必修科目として飼育するように命じた。飼育と加工技術の伝達、さらに新鮮な乳と食肉による子どもの健康状態改善を目指すことがねらいだった。「畜産」の科目に秀でた者は高い身分である「畜産官」に出世させることを約束させ、またこの畜産官の長には側室の一人、アイヌの娘ノンノが選ばれた。
また、長谷川海太郎は辻藤左衛門信俊、イゴールらと共に、照詮の言った「人の育て方」について語っていた。
「『いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし』 なるほど、『いろは歌』にすれば大事なことも覚えられる」
「薩摩にいるという島津日新斎殿が考案された物、それを改善するらしいな」
「それと、師範に『九の教え』を使う、と? ただ一方的に教えるだけでなく、ねらいや修練、反復などが大事と聞いたぞ」
「ナルホド、職人タチヘノオシエカタ、カエテミルカ」
「ですな」
海太郎達はニヤリと笑いながら、好物のビールをプハァと飲み干していった。
「人は礎」との言葉が広められ、子どもには「島津日新公のいろは歌」を改良した「しょうせんうた」を、師範には「ガニエの九教授事象」を応用した「九の教え」を使うよう命が下った。これまでの「理由なく続ける」「耐える」だけの学びや、「見て学べ」「見て技を盗め」と呼ばれた教授法が明確な意図をもった指導法へと変化することになった。
蛹の間、学舎にはこれまでにない『大きな変容』がもたらされようとしていた。
他方では不無が真田幸隆、蔵田五郎佐、それと見知らぬ若者と語らいを続けていた。
「こちらから仕掛けることはしない。だが、相手が仕掛けてきたら全力で潰す、か。不無不無、殿は相変わらず人が悪い」
「ですが、指示は明確でしょう。某も二年の間、越中守殿の膝元で修練を重ねましょう。目指す先は陸路にて越前朝倉攻めと見ましたぞ」
「まあ、小鬼はん、いや! 左大弁はんならやりおりますよって! それには儂の力が必要じゃ! まだまだ儂は働きますよって!」
真田幸隆は髭を扱きながら頷き、蔵田五郎佐は特徴的な大きなおでこを撫でながら各地への商いをさらに広げる決意を露わにした。
不無は一人の若者が気になった。
「そこな若者よ?」
「はっ、某のことで御座いましょうか?」
「お主はどこの家中の者じゃ?」
「某、椎名殿の小姓として馳せ参じました、明智十兵衛光秀と申します」
「不無…… 如何思う? 佐渡は?」
「面白い所に御座いますな。とても面白い所で御座います」
「…… お主、儂の所へ来い」
「…… ははっ」
一礼をした麒麟。
照詮の知らぬ所で、不無の小姓として明智光秀が任官することとなった。
「よーし、いっちょやったろかいな!」
縁の真っ最中、酒の力を借りて気を大きくした久保田仲馬が叫んだ!
「皆、やるぞお! えいえいおー!」
「「曵、曵、応!!」
「ははは! いい気分じゃ! 皆、飲むぞ! 語るぞぉ!」
大晩餐中に、仲馬の陽気な鬨の声が響き、それに皆が呼応した!
心を尽くした宴に、笑い声は未明まで絶えることはなかった。
羽茂本間の兵どもは、大いに友誼を交した翌日、各々が命ぜられた地へと散っていった。
二年後の大評定の時を心待ちにしながら。
「麒麟がくる」が終わってしまったので、急いで光秀さんを入れました(*´Д`*)
思わぬ内政パート(*´ω`)
豚や乳牛は中世ヨーロッパでもそれほど品種改良が進んでいなかったようです。加えて、牛乳をそのまま飲むこともあまりなかったようです。
作中にあるように日本では「牛乳を飲めば牛となる」という迷信は1872年頃までも続いていたようです。これは牛乳自体に菌はないのですが、栄養豊富なので雑菌が入ると一気に腐敗が進むことに起因するかもしれません。衛生面、加えて殺菌加熱を十二分に行うことが大事そうです。
「信長は迷信を信じず、牛乳を飲んでいた」という記述が司馬遼太郎先生の名著「国盗り物語」にあります。また、栄養豊富なことは知られていたので農村の一部では飲まれていたのではないか、という話もあります。
豚に関しては作中通りです。獣肉食は禁忌とされてはいたものの、米の取れにくい薩摩は食べていたそうですし、キリシタン大名の高山右近は小田原征伐の際に牛肉料理を振舞ったという記述が残っています。「山鯨」は豚肉を実際に言われていたものを使っています。鯨は四つ足ではないので食べてもよい物だったので。
酪農関連については様々な資料、特に「酪農と歴史のお話し」様のサイト(http://farmhist.com/)を参考にさせて頂きました。中でも興味深かったのは「日本における牛乳の中世史」です。




