第百五十三話 ~熊蟬~
<天文十二年(1543年)九月 大隅国 肝属郡 野間城城下 野原>
阿鼻叫喚の凄まじい戦が繰り広げられた。
…… いや、戦と言えるものではなかった。
『虐殺』だ。
鉄砲と大砲による、遠距離からの一方的な。
硝煙の匂いで一時的にかき消されたものの、一刻ほどが経った今なら分かる。本来であれば草花の芳しい香りで満ちていたであろう野原を覆う、錆びた鉄のような血の臭い、そして、死臭。
金棒で殴りかかろうと突撃を繰り返す敵兵。槍を突き立てようと全速力で駆ける足軽。
大隅国の武士達は先ほどまでの戦の最中、斃しても斃しても、退却という文字を知らぬが如く突き進んできた。その猛勇さはこれまで見たどの武士よりも秀でて見えるほどだった。
だが、俺には届かぬ。
気迫で俺は殺せない。K=1/2mv^2の物理法則に従い、バタバタと倒れていった。
死屍累々たる地獄の道を、俺は家臣達に守られながら、敵軍本陣があった付近まで歩みを進める。
「ば、化け物め…… 」
息がある敵兵。片腕が千切れ、腹から腸が飛び出た男。
大将らしき俺の姿を見つけ、最期の力を振り絞り呪詛のような言葉を吐いた。だが、佐渡水軍の槍が容赦なく止めを刺す。
グサッ
グシャッ、グサッ
動けぬ者達に、無情な鋼の刃が突き立てられる。
道中は血、肉、死骸だらけ。俺はその上を踏みにじり歩く。
哀れみや憐憫は卑怯だ。
俺は俺の覇道の為に、この狂った世を変える為に、幾万の屍の上を進むと決めたのだ。
「殿、あちらを」
「うむ」
上泉信綱が指さす方を見ると、全身から血を噴き出し、鉄棒にもたれかかるようにして立っている男がいた。噴き出る血の量から見てもはや助からないのは間違いない。だが、近寄ると反射的に鉄棒を振り回すらしい。無理に倒すのは危ない。
付近に倒れている旗印から察するに、伊地知家当主の伊地知重武か。
「…… バッ、馬鹿なッ…… 」
その男は、俺に気付くと血を吐き出しながら言葉を振り絞った。何が起きているか把握できていないのかもしれない。
「わ、我が精鋭達が! 伊地知家の誇る無双金槌隊が!? こんな小僧に! かくも惨めな最期をッ!」
「それが結果だ」
俺は無機質な声を出した。
「こんな小僧に! 我らの血の滲むような努力を!? 友を! 家族を! 自分すらも犠牲にして鍛え上げた技と体は! 何だったというのか!!?」
「…… 無駄な努力など無い。磨いて光らぬものなど無い」
俺は言葉を続ける。
「だが、それを上回るものが俺達にあった」
「…… 何だ?」
「『技術』だ」
……
一瞬止まりかけた重武。しかし!
「技術がぁ! 何だと言うのだあああああああああああああああぁぁッ!!」
鉄棒を振りかざす重武! まだ動けるのか!? 信じられない!
その刹那!
フワッ
日ノ本最強の武人が凄まじい勢いで跳ねたかと思えば目にも見えぬ一撃を放った!
ギンッ!!!
白刃が一閃した。いや、正確に言えば一閃した気がした。見えなかったのだ。
見えぬほどに鋭い斬撃。重武の体が袈裟掛けにズレる。四尺の鬼鉄棒が「ゴトリ」と音を立てて落ちる。剣聖の業により断たれたのだろう。
「恐ろし、い……」
グシャッ
筋肉の鎧をまとった男、伊地知重武は末期の言葉を吐きながら倒れ込んだ。
この男の努力を否定するつもりはない。鍛え抜かれた肉体と棒術、槍を圧し折る鉄棒。剣撃で戦う乱世ならば、相応の力を発揮したはずだ。だが、俺が日ノ本への広がりを阻止したもの、それが、幾千もの時間をかけた修練を打ち砕いた。
「鉄砲」だ。
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「殿、あちらに……」
「うむ」
行軍を再開しようとした俺達の前に、一つの小さな人影が見えた。
よく見れば、壮年の小柄な男が大仰な箱を抱えてブルブルと足を震わせていた。
「使者か」
どうやら大隅国のどこかの家の使者らしい。一千の兵で五千の兵を瞬く間に壊滅させた俺の軍の前を塞ぐのは相当な胆力が必要だ。歴戦の武士ですら正気を保つことすら危うい。
「何者であるか?」
「ヒッ!」
小男は一尺ほども飛び上がったかと思えば、桐で出来ているであろう磨かれた箱を頭上に掲げながら平伏した。
「そそそ、某! 大隅国国主、肝付河内守兼続が家臣、河越家実と申す者で御座いまする!」
「何用か?」
「わ、わ、和睦をお願い申し上げまする!!」
「何ィ?」
和睦だと?
「はっ! 羽茂本間の左近衛中将様に歯向かえし、禰寝清年! 切腹いたしました故! 首を持参致しました!! ゆ、故によしなに! よしなに!!」
そう言って河越何某が差し出した箱が開いた。
生首だ。鮮血の滲む生首が入っていた。
「禰寝…… 清年」
種子島時尭の所から連れてきた西村織部丞時貫が唖然とした。長年に渡り種子島家と敵対していた、禰寝氏当主禰寝清年、呆気なく首と胴が離れての対面となった。
というか、恐ろしい表情の生首だ。
不無が俺に耳打ちする。
「殿、これは」
「ああ。腹を切ったというより、殺されたな」
不無の言葉の意味を察した俺が言葉を口にした。
どうやら大隅国の『黒鶴』やらは、とんだ『黒鷺野郎』のようだ。敵わぬと見るや、配下同然の仲間の首を差し出して和睦を願う、か。戦国の世とは醜いものだ。
俺の言葉の意図を察した小男はかぶりを振る。
「い、い、いえ! 滅相もございませぬ!! それと、和睦の件はお引き受けに……?」
「五月蠅い!!!」
「ヒィッ!!!」
俺は戦国の世の醜さを再び味わい、口内の苦みを堪え切れなくなった。
「この旗を見よッ! この『轟襲滅進』が意味為すことは、『降伏』か『死』かのどちらかだッ!! 和睦なぞ片腹痛いわッ!」
「ヒエェ!? 『降伏』か、『死』!?」
「どちらだ?! 肝付はどちらを選ぶのだ?!」
「そそ、某の一存では……」
「ならば『死』だな?」
「い、い、いえ、『降伏』! 降伏するよう主君を説得して参ります!」
言うが早いか、小男は清年の首だけ置いて地平線の彼方まで走り去っていった。
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「殿。肝付兼続、そう易々と降伏するとは思えませぬぞ?」
不無が俺に問いかけてきた。相変わらず先を見通すのが得意な男だ。
「だろうな」
「ええっ!?」
平然と問いに答える俺を見て、坊津水軍島津尚久が驚いた。分かってなかったようだな。
「仲間を平然と売るような男が、そう簡単に大隅国を諦めるとは思えん。山中の砦や城をいくつも用意しているだろう。『とりあえずは降伏しつつ、鉄砲について調べ上げて反旗を翻す』くらいのことは考えるであろう」
「じゃ、じゃあどうしたら!?」
焦る尚久。そんな陸の上の河童をクスクスと藤丸、いや、斎藤朝信が笑う。
「放っておくぞ」
「なっ!」
「どうせ日向の伊東氏や豊後の大友氏あたりに泣きつくであろう。そこで我らの軍の恐ろしさを伝えてくれるはずだ。それでいい」
奴には俺達佐渡水軍の恐ろしさを伝える西国のインフルエンサーになってもらうぞ。「一千の兵で五千の大隅武士を屠った」と。
震えろ、慄け! 俺の怖さを西国中に知らしめろ!
「は、はあ。そういうものですか」
「戦いとは常に、二手三手先を読むものなのだよ」
俺は兜に角を付けて赤く塗りたい気分になった。
長谷川海太郎、三田舞也なぞは有難がってメモを取っているな。いいぞ、一緒に学ぼう。赤い彗星から学ぶことは多い。
「それに俺が連れてきた軍は水軍であって陸戦に卓越した者達ではない。連戦の疲れもある。肝付氏を追ってのこれ以上の追撃は無用だ」
あとは残務処理だ。
禰寝氏の拠点と禰寝氏一族の扱い、禰寝湊の管理、種子島氏の去就、当主以下を打ち滅ぼした伊地知家とその領地、島津尚久と坊津水軍の帰属、そして島津家……
俺は島津尚久、三田舞也、不無らにそれぞれ一か月先を見据えた命を下した。
夏の終わり。
死期を迎えた熊蟬が、また一匹、地に堕ちた。
お久ぶりです m(´;ω;`)m
二週間お休みありがとうございました。
どうにか復帰でございます。待ってくださった皆様に深く御礼申し上げます。
これから平常運転です。
よろしくお願いいたします~(/・ω・)/




