第百五十二話 ~消えた城~
<天文十二年(1543年)九月 大隅国 肝属郡 大隅富田城 評定の間>
熊蟬が喧しく鳴く中、評定の間では同様に騒がしい城内をまとめる三人の将が会談を続けていた。
「ご両名の御助力! 誠にありがとうございまする!」
「いやいや、左近殿たっての願いとあれば!」
大隅富田城主禰寝左近太夫清年の言葉にそう答えたのは、大隅国随一の将『大隅の黒鶴』こと肝付氏当主、肝付河内守兼続。さらに、分厚い胸板と張り切れんばかりの腕の筋肉を揺らしながら、伊地知周防守重将が豪快に笑った。
「島津の面々も一目置く、我ら伊地知の無双金槌隊! 童子が率いる佐渡水軍なぞ物の数ではないわ!」
伊地知氏は島津家の家老職を務める家柄であった。だが、島津家が勝久、実久、貴久などの内輪揉めにより定まらぬことから距離を置いていた。
重武が伊地知家当主になってからというもの、「明け六つから昼九つまで(六時間)を鉄棒修錬」という定めを家中の者に強いた。付いて来れぬ者には切腹を命じるほどの苛烈さだった。
「周防守殿の言う通りですな。急に来たかと思えば、島津を差し置いて種子島を臣下にするなど、よく分からぬ男です」
「しかし、佐渡水軍の羽茂本間照詮という男、侮れませんぞ」
「ほう?」
黒鶴の一声に、二人の将は意外そうに顔を見合わせた。
「何故にござりましょう?」
「儂は以前、博多の商人から聞いたことがある。佐渡の小僧、北の地では七つにして『親鸞の生まれ変わり』と呼ばれているそうな」
「ほほう?」
「では一向宗ですかな?」
「そうかもしれぬ。加えて、『怪しげな術』を使うとかで」
「いかような?」
禰寝清年は目を見開き尋ねた。
「何でも、『狂人を正気に戻す』とか、『歩いた後には田から稲が実る』とか、『船に昆布を巻きつけることで船足を速くしている』とか」
「…… 昆布を、船に、巻く? それで速くなるのですか?」
「…… クックック、河内守殿。まさか、左様な噂を御信じに?」
剛腕の伊地知家当主は、組んでいた腕を上下にゆさゆさと揺らし嘲笑った。
「聞けばその佐渡水軍なる者達! 漁村を襲いながらも乱取りもできぬとか! 小心者にもほどがある!」
「まったくでござる」
「それに『大砲』なるものも、家屋や人に当たらぬものだとか! 音だけの虚仮脅し程度のもの! 恐れる方が無理でござる!!」
「噂に聞く、明国の『石火矢』を真似たものでござろう。ただ、何分相手の戦力が読めぬ故に河内守殿、周防守に来ていただき申した。これで千人力! 勝利は確実にござる!!」
勢い付く禰寝清年と伊地知重武。
「だと、いいのじゃが」
一人、肝付兼続だけは慎重だった。
兼続はこの時三十二歳。島津日新斎の長女を正室として迎え、妹を島津貴久の正室として送り出すことで島津家との結びつきを強め、大隅国で名を馳せていた。幾重にも策を講じることは彼の得意とすることだった。
「この戦に勝った暁には、左近殿、我が肝付家に臣従していただくこと、誠でしょうな?」
「…… ははっ」
「伊地知殿には島津家との調整役を。共に大隅国の為に邁進いたしましょうぞ!」
「応っ!!」
どちらに転んでも利はあると踏んでいた兼続。
(だが、万が一、負けの色が見えた時は…… )
「大隅の黒鶴」が怪しげに翼を広げたその時だった。
ドタドタドタッ!
「申し上げまする!!」
「おお、家実か。いかがした?」
注進に来たのは、肝付兼続家臣の河越家実だった。
「せ、せ、せ、瀬脇城が!」
「うむ。海から来る佐渡水軍を迎え撃つ、弓の名手達を集めた城じゃな」
「き、き」
過呼吸気味の家実はヒューと息を大きく吐き、次には大きく吸い込んだ。
一瞬の静寂。そして家実は叫んだ!
「消えました!!」
「は?」
あんぐりと口を開けた大隅国の三将。事態が飲み込めない様子だった。
「城が消えた?」
「そのような事、ある訳がなかろう!」
「ですが! 誠に御座います!!」
目を剥く伊地知重武、禰寝清年。必死に状況を報告する河越家実。
ただ一人、肝付兼続だけは深く息を吸い込み吐き心を落ち着かせ、思考を巡らせた。
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<天文十二年(1543年)九月 大隅国 肝属郡 禰寝湊 洋上 >
俺の目には、煙を上げて灰となった瀬脇城が見える。
相手の弓の届かぬ距離から、佐渡水軍第一・第七艦隊の全砲門射撃だ。城があった場所は、半刻もせずにただの瓦礫の山と化したのだった。
今まで両耳を塞いで轟音に耐えていた島津尚久。ようやく両手を離し、俺に話しかけてきた。
「…… 『大砲』という武具、これまでの戦の形を変えますな」
「そうだ。もう既に変わっている」
俺の傍の坊津水軍の頭領は、未だ拳をわなわなと振るわせている。まあ、初めて大砲二百基以上の斉射を見たのだ、気を失わないだけでも大したものだ。
「瀬脇城は禰寝湊の抑え。弓の名手が数百も常にいたため近づくことが出来ず、手を焼いていたのです」
「それは好都合だ。守りの要を潰せば、相手の士気はかなり下がるであろう」
「船の鉄板も見事に矢を弾きましたな」
「その通り。距離も離れておるし、そうそうやらせはせん」
俺達の目指す禰寝湊では、叫び声が未だに聞こえる。
目の前で頼りにしていた城が跡形もなく砕け散ったのだ、一目散にその場を離れたくなるのは当然だ。
「では、湊の占拠、そして禰寝清年の居城、大隅富田城まで行軍を開始するぞ」
「ははっ!!」
「剣聖」上泉信綱、「霹靂」小島弥太郎、不無や長谷川海之進、初陣間近の藤丸、さらに佐渡水軍の勇士達。皆、面構えがいい。やる気十分のようだ。
そんな中、元畠山義総である不無が俺に尋ねてきた。
「殿、旗は如何いたしましょう?」
「『轟襲滅進』でいく」
「!? …… 西国に殿の威光を知らしめるおつもりですか」
「そうだ。故に、この一撃は最大でなけれなならん」
今は非情と呼ばれようとも、敵が俺の名を聞けば失禁して逃げ出すくらいの戦にせねばならん。それこそが戦国の世を終わらせる近道だ。
「行くぞ皆の者! 敵軍を踏みにじれ! 轟音の後、滅して進め!」
「応っ!!」
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<天文十二年(1543年)九月 大隅国 肝属郡 野間城 城下 >
「殿! 敵が陣を張り、待ち構えております!」
大隅富田城の手前、野間城に向けて斥候として様子を見に行っていた藤丸が帰ってきた。
「籠城ではなく、野戦か」
「ははっ! そのようで御座います!」
「ご苦労だった。藤丸よ、これより『斎藤朝信』と名を改めることを許すぞ!」
「ははっ! 有難き幸せ!」
「大義であった、下がれ!」
「はっ!」
小姓として俺の傍仕えをしていた藤丸が、今回初陣で見事斥候の役割を果たした。藤丸の義父たっての願いで斎藤朝信と名を付けたが。んー、なんか聞いたことのある名だな。
斎藤、斎藤…… んーマムシの油売りか、光秀の配下だった利三くらいしか思いつかん。前世の記憶がだいぶ飛んでいる。名のある武将だったらいいのだが。
「殿、敵が野戦を挑んでくるとは意外ですな」
今回銃隊を任せている長谷川海之進が呟いた。戦力差のある相手に討って出てくるとは、意味が分からなかったのだろう。
「いや、妥当な判断だ」
「えっ?」
「城を理不尽に吹き飛ばされたのだ。籠城は危険と判断したのだろう」
「なるほど」
長谷川海之進が感心したように頷く。
こっちとしては籠城は実は面倒だった。船に積んである大砲とは違い、陸上運搬は非常に手間がかかる。船に二百門以上積んである大砲だが、この短い距離でも二十門運ぶのがやっとだ。相対的に火力は下がる。城を吹っ飛ばすには足りない。
だが、相手からすればそんなことは分かるまい。「城にいては瓦礫の下敷きとなる!」という怖れから野戦に討って出た。まあ、そんなところだろう。
「如何しますか?」
「迎え撃つ。『轟襲滅進』だ」
「ははっ!」
俺の合図で皆が動き始める。
だが一人だけ、ブルっている男がいた。
「さ、さ、左近衛中将殿!!」
「…… 何だ、尚久」
「大丈夫なのですか!? 相手の旗印は『井桁』と『対い鶴喰若松』! 無双金槌隊を率いる伊地知氏と『大隅の黒鶴』肝付氏の家紋ですぞ!!」
「…… 『黒鶴』は聞いた。何だ? その金槌なんちゃらととやらは?」
「四尺もの鉄棒を振り回し刀を圧し折ってくる、伊地知重武の豪傑共です! 知らぬのですか!?」
「知らぬな。いずれにせよ、俺の敵ではないわ」
「ひ、ひぇー!?」
陸に上がった河童ならぬ、陸の上の尚久だ。鉄棒? 無双? アホか!
修練を積んだ高性能銃を装備した鉄砲隊を相手に、肉弾戦がどれほどの効果を発揮する?!
そうこうしている間に、相手から鬨の声が上がった。
戦の始まりだ!
「不無!」
「はっ」
「大砲隊、フレシェット弾二斉射!」
「御意」
相手に広範囲の鉄矢を浴びせさせる。二斉射すれば相手は立ちすくむ。
「海之進!」
「ははっ!!」
「マスケット銃隊、スラッグ弾込めて三連射!」
「畏まりました!」
立ちすくんだ相手に高火力のスラッグ弾込めのマスケット銃の斉射。出羽国侵攻の際に使った戦術に似ている。野戦においてこの戦術は初見の相手に効果絶大だ。
俺は以前割れた銅鑼を取り出した。溶接し全体を打ち直して修理した、蔵田のおっさんからもらった銅鑼だ。繋ぎ目は完全に綺麗ではない。だが音色はさらに奥深くなった。
時は満ちた。
俺は全軍を鼓舞する為、あらん限りの声を振り絞った!!
「いけえええええ! 大隅の地を赤く染めろッ!!」
ジャーーン!!!!




