第百四十九話 ~約定~
<天文十二年(1543年)八月二十七日 大隅国 熊毛郡 種子島 門倉岬>
種子島家当主、種子島左兵衛尉時尭は茫然としていた。
砂浜に尻餅をついたたまま、身動き一つ取ることができなかった。
「な、何が起きた!?」
先ほどまで明国の遭難者を助けようとしていた。だが、突如見知らぬ大船団が現れた!
すると明の船は急に帆を張り、沖へと向かった。十名ほどの者を残して。あの船は壊れていたのではなかったのか?
しかも明の船は、恐ろしいほどに速い船によって拿捕された。「ドン!」という大きな音が轟いたが、もしやあれは噂に聞く「大砲」というものか?! というより、何だ? あの船の形は?! 毛唐の船か?! 毛唐が種子島に攻め込んできたのか!!?
「と、と、殿!! 謎の船団が近寄って参ります!!」
「何だと!?」
西村織部丞時貫が震える指で指し示す方角を見る。
来る。
大船団が、列を為して。
「い、い、如何いたしましょう!?」
「…… 皆の者、覚悟を決めよ」
「は、は、はは!!」
額を幾条にも連なり流れる汗。心の臓は鳴り止まない。
逃げ出したい。だが、当主としての立場がそれを許さない。
儂は、儂はこんな処で終わってしまうのか!?
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意外なことに、大船団の中でも一際大きな黒い船から下りてきた人物、それは倭人だった。
特にその中心にいる人物は、子どもだ。まだ元服も前であろう、儂よりも若い。
その人物が船団の長であることは、周囲の配下達の動きを見れば明らかだった。大柄な男、船乗り、年寄り、船団の全ての者がかの者を敬い、守り、下知を受けて動いている。何という人物だ、化け物か?!
「と、殿……」
「皆の者! 戦っても勝ち目はない! 平伏せよ!」
「は、は、ははっ!!」
毛唐であれば言葉が通じぬ。徹底抗戦するまでだ。
だが、倭人なら降伏はできよう。しかし、どこだ? どこの者だ!? というより、我らの命は助かるのかッ?! 助かってくれ!!
ジャリッ
数間先の砂が鳴った。目と鼻の先だ。どう来る? どうする……!?
「島の者達よ、面を上げよ」
声が響いた。先ほどの子どもからだろう。高く澄んだ、しかし冷たい声だ。訛りはない。
……ここが正念場だッ!
バッ!
「某! ここ種子島を統べる種子島家当主! 種子島左兵衛尉時尭に御座る! 我らに敵対の意志はありませぬ! 降伏いたしまする!!」
「ほう、当主の種子島時尭殿か。思いの他、若いのだな」
!?
素っ頓狂な事を言われた。自分の方が幼いはずだ。
逆光が眩しくてよく見えぬ。どんな顔だ…… ?!
ドッ
「えっ!?」
何かが子どもから投げられた。木の枝のような? 「く」の字に折れ曲がった……?
「ヒ、ヒイィ!! う、腕!!?」
「…… ウ、ウ、ウェエエエエエェ」
腕だった。人の腕だ。
根本から鋭利な刃物で斬られている。
まだ血が滴り落ちている。先ほど斬られたばかりのものだ!
血を見慣れない者がゲェゲェと吐き出した。
「お、お、親分の腕だ!」
「ソ、ソンナ! 王直様ガ!!」
!?
先ほど逃げ遅れた明国の者が声を上げた! 倭国語で!?
言葉が分かるのか?!
「先ほど、ここへ明国の船を装って来た者達。あれは、倭寇だ」
「何と! 倭寇!?」
「時尭殿を謀り、不当に利益を上げようとしていた者達だ。我らが無事、征伐致した。御心配をお掛けして申し訳ござらぬ」
「い、い、いや。滅相も御座らぬ…… 」
成程、倭寇だったのか。ならば納得がいく。
儂が毛唐の「目つきが悪い」と感じたことは、あながち間違いではなかったようだ。倭国語を使えないと嘘をついていたことも分かった。
これで終わり…… ではなかろうな。
「迷惑を掛けたついでで申し訳ござらぬが、願いがある」
「は、ははっ!」
「種子島、そして種子島殿。我ら佐渡水軍のモノになってもらいたい」
「……」
「名乗りが遅くなって申し訳ござらん。某は従四位下羽茂本間左近衛中将照詮でござる」
「!? あ、貴方様が?」
先日、清水城に出向いた時に聞いた! 「対馬国、壱岐国を瞬く間に制圧した北の覇者がいる」と!
与太話と笑う者も多かった。だが当主貴久様は「油断ならぬ」と仰られていた。それが、その者が今ここに!?
「そうだ」
左近衛中将様は腕組みをしたまま、我らをじぃっと見つめている。
…… 恐ろしい。
これが儂より年下の者の目か。
断れば、殺される。
選択の余地はない。だが……
「…… タダで、とは言わぬ」
「はっ?」
「種子島殿が憎く思うておる勢力を一つ、我らが叩き潰す。それならば良かろう?」
「な、何と!?」
た、確かにこの戦力であればどの家とも戦えるはずだ。あの家を潰してもらえれば我らは助かる。だが……
「返事は如何にッ?!」
「はッ!! よろしくお願いいたします!! 我らに仇為す大隅国の国人! 禰寝氏当主の禰寝清年を討ち滅ぼして頂きとうございます!!」
「禰寝清年、だな。承知した」
そう言うと左近衛中将様は、家臣に命じて隣に座っていた時貫を立たせ、引っ張っていこうとした!
「ヒィッ!! お、御助けをッ!!」
悲鳴を上げる時貫! 何ということだ!!
「お、お待ちくださいっ!!」
「…… 勘違いをするな。討ち滅ぼすにも、証人が無くてはならぬだろう? 付いてきてもらうまでよ。決して危害は加えぬ」
「あ、そっ、それならば」
腹心が殺されると勘違いしてしまった。そうか、証人か。
「倭寇のジャンク船と、中の物資は差し上げよう。代わりに新鮮な水を頂きたい」
「は、ははっ」
「では、行って参る。左兵衛尉殿、努々、約定を違えぬようにな」
「は、は、ははっ!!」
そう言うと若き支配者は見慣れぬ布地の陣羽織を翻し、船へと戻っていった。砂場に残っていた明国の者、もとい倭寇達は船へと引っ張られていった。
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半時ほどの後、佐渡水軍の大船団は船出を始めた。
船影が見えなくなった後、皆は一気に砂地に倒れ込んだ。
「た、助かった」
「殿! 我ら助かりまして御座います!!」
近習の者達が顔を皺くちゃにして笑顔を見せた。
「…… 果たして、どうかな」
「殿? それは!?」
儂は、とんでもない約定をしてしまった。着物の砂を払いながら、心を落ち着かせる。
「我らは島津家に臣従しておる。その島津家に何の連絡もせずに左近衛中将様に『従う』と言ってしまった」
「殿! あれは脅されて仕方なく!!」
「しかし、約定は約定じゃ。我らが知らぬ存ぜぬを通せば、それこそ種子島の者は全て死に絶えるわ。あの方は、やる御方じゃ」
気が緩んでいた近習たちが一気に動きを止めた。分かっておらなんだか。
「ならば、殿。左近衛中将様に従いなさいますか?」
「…… それもできぬ。『にし』にも義父の日新斎様にも何も言っておらぬ」
島津家に逆らうなど、恐ろしくてとてもできぬ。
薩摩隼人を裏切れば死をも恐れぬ男達が屍を乗り越え種子島を斬り刻む。たとえ今を生き延びた所で、生きた心地なぞせん。
…… しかし、約定をしてしまった。
願わくば、いったんは従いながらも左近衛中将様がすぐにこの場を離れてくだされば……
「清水城に使いを出す! すぐに知らせねば、我が種子島家は露と消えるぞ!!」
「ははっ!!」
あけましておめでとうございます(*´▽`*)
今年もよろしくお願いいたします!!
作中に出てきた禰寝氏は種子島氏と仲良くしていた頃もあったり、縁戚関係が続いたりしたこともあったそうですが、当時は争いを続けていたそうです。競馬界のスーパースター武豊さんはこの禰寝氏の生まれだとか。
島津家は古くは鎌倉時代、薩摩、大隅、日向、さらには越前国をも領としていました。ですが兄弟間の争いや跡目騒動などで力を失い、日向は伊東氏、大隅は肝付氏や国人衆達が台頭。ようやく島津日新斎が薩州の国人衆達をまとめ出すものの、長男貴久を養子に出した先の本家島津勝久がやっちゃって、なんやかんやで貴久がまとめるもののイマイチ収まっていない感じのようです。
着実に歩みを続けていこうと思っております。
ご一緒に歩んでいただけると幸いです(*'▽')b




