第百四十七話 ~種子島強襲~
<天文十二年(1543年)八月二十七日 大隅国 熊毛郡 種子島 門倉岬>
雲一つなく晴れ渡った空の下、島主種子島時尭は門倉岬に漂着したと聞いた明国の船の様子を見にやってきた。
「殿、明の船とは珍しいですな」
「数日前に大きな台風が吹き荒れた。大方、それにより難破したのであろう」
西村織部丞時貫の言葉に若き君主はさらりと答えた。種子島時尭、年の頃は十六。妻は島津家中興の祖である島津日新斎の娘「にし」である。
明国の船が種子島に来ることは滅多にない。だが琉球や博多との往来は多いと聞く。
「いかがいたしましょうか?」
「難破した船を救うのは当然だ。できれば、何か物珍しいものでも手に入れることができればありがたいが」
時尭は漂着した船の傍まで近寄った。噂に聞く明国のジャンク船を見て、時尭は思わず感嘆の息を漏らした。全長、耐波性能、積載量、どれも倭船のそれを大きく上回ることを感じ取った為だ。
そこでは、明国人らしき船員百名ほどが疲れも見せずに荷をいくつも降ろしている。
「誰ぞ、日本語ができる者はおるか!?」
時尭がそう叫ぶと、船の中から豪奢な着物を着た明国人らしき男が出てきた。どうやら船の主らしい。
その男は明国語らしき言葉でしばらく話しかけてきたが、言葉が通じぬと気づいた様で首を振った。
「ぬう、言葉が通じぬか」
「殿、ならば筆談を試みますぞ」
「おお、時貫。頼めるか?」
「ははっ!」
読み書きに秀でた時貫は、杖で砂浜で「何処者」と書いた。すると船団の長らしき男はニヤリと笑い「明」と書いた。漢字の筆談により意思疎通が出来ると気づいた時尭は、時貫に命じて事の委細を聞き取るよう命じた。
「…… ふむふむ、やはり難破した明の船か」
「殿! 船には変わった男達が何やら良い物をもっているようで御座います!」
「何!? 是非会おう!」
島主らしき男の許可をもらった死の商人は悟られぬように心の奥底でほくそ笑みながら、船内にいる人物達に声をかけた。奥から出てきた人物が三人。彼らの風貌は倭人にとって極めて異様だった。
「…… ぬう? 毛唐か!?」
背が高く、髪は茶色や金色、そして三名ともやけにギラギラと鋭い眼付きをしている者達だった。タイやマラッカにおいて現地民を騙し盗み虐殺し、ポルトガルから国を追われた海賊「陽気なベイ」ことアントニオ・ベイショットとアントニオ・ダ・モッタ、フランシスコ・ゼイモトの三名である。
(何という悪人面だ。…… いや、儂が毛唐人について知らぬが故に恐れを抱いているだけかもしれぬ。先入観で人を判断してはならぬ)
「xxxx、xxxx」
ポルトガル語で「匿ってくれてありがとう」と話しかけたベイショット。当然、言葉が通じない。通じないからこそ都合が良かった。
時尭は相手に敵意が無いことを確認すると交渉に入った。
「時貫! 良い物とは何か?! 尋ねよ!」
「ははっ!」
時貫が物を持ってくるように促すと、ベイショットはジャンク船の船内奥に戻った。そして、船室のチェストから大事そうに隠された物を取り出した。布に包まれたそれは……
「さあ、出番だぜ」
ベイショットが取り出した物、それは鉄砲だった。
馬六甲の地で作られたアルケブス銃二丁。王直に「高く売れる。性能を見せつけてやれ」と言われた代物だった。玉や火薬もある程度はそろっている。
「俺は金が入り、身の安全が得られる。王直の旦那は硝石の密輸で大儲け。ははっ、都合がいいや」
ベイショットは自嘲気味に笑った。
日ノ本特務大使のレイリッタという小娘からポルトガル人全員に、「日ノ本と独断で接触する者は処罰する」との戒厳令を敷かれているのは知っていた。だが、海賊のベイショットにとってはどうでもいいことだった。
「さ、もう一芝居といきますか」
ベイショットはホクホク顔で船室を出ていった。
砂浜では足がつかぬよう「五峯」と名を偽った王直が、種子島時尭相手に商談を持ちかけている所だった。「世にも珍しい武器」「滅多に手に入らない」「代わりに金品と船の修理」「女と食べ物」を要求している所だった。
「ヘーイ! 持って来たぜ~!」
ベイショットが皆にポルトガル語で陽気に話しかけた、その時だった!!
「ピィイイイイイイイイイイ!!!」
ガガッ!!
「うあああああああ!?」
見たことの無いほどの大鷹がベイショットに飛び掛かり、布に包まれた鉄砲を後方へと弾き飛ばしたっ!
ドバッ
……
ボチャン
「チィッ! 何しやがる! クソ鳥めっ!」
ベイショットは悪態をついた。これでは今日は試射が出来ない。
(ツイてないぜ)
とベイショットが思い、仕方なく海水に浸かった鉄砲を拾おうと後ろ振り返った、次の瞬間!
「…… 嘘だろ?」
そこには十、いや二十、いや、三十隻では利かぬほどのキャラック船の艦隊が洋上に押しかけていたのだ!
「チィ! 王直! どういうことだ!?」
「な?! 知らねぇ! 知らねぇぞ!!」
ベイショットを追いかける船か? それとも王直を追う船か? それとも鉄砲伝来を止める船か?
答えはどれも正解だった。
大鷹は「役目は果たした」とばかりに船団の先頭を進む重キャラック目掛けて空を駆けた。
そして甲板上に立つ主を見つけると、一気に急降下しバサッと翼をはためかせ、自分の定位置である分厚い皮製の手甲に舞い戻った。
「お手柄だったぞ、レラ!」
「ピィッ!!」
レラと呼ばれた大鷹は主人に褒められ撫でられ、御褒美の肉団子を啄び上機嫌に「ピィイ!」と鳴いた。
「さあ、王直一味とポルトガル海賊三名を捕えるぞ!!」
「応っ!!」
羽茂本間照詮率いる佐渡水軍の第一、第七艦隊が種子島に到着したのだった。
私が台湾へ旅行した際、中国語で書いてあることが結構読めました。多分、史実でも西村織部丞時貫は同様にして王直と筆談したことでしょう。
鉄砲伝来では、「鉄砲一丁を1000両、二丁で2000両」で手に入れたとの記述があります。
これが金ならば一両が40万円なので2000両で8億円、となります。
銀ならば、金1:銀10の時代なので、8000万円です。
私が参照させていただいた「倭寇と王直」(三宅亨氏著)
https://www.andrew.ac.jp/soken/pdf_3-1/sokenk193-2.pdf
によれば、銀200両で約400万円とあります。
当時、日本は金より銀の方が出回っていたので、金じゃなくて多分銀じゃないかなーと思う筆者です。1両=37.5gなので、2000両と言えば75kg。
ですが、さすがに鉄砲二丁に8億を出すほど、種子島時尭さんが裕福だったとは思えません。種子島氏は大隅国の禰寝氏と屋久島を巡って争っている時代です。いかに優れているとはいえ8億円も知らない武器に費やすよりは米を買うはずです。というか、買うべきだと私は考えます。
鉄砲伝来についての資料はいくつかありますが、実際にその場にいた人が書いた訳ではないのでどれも口伝や憶測に近いものがあるようです。ピントさんのとか。
加えて、「1543年以前には鉄砲が伝来していた」という説も有力です。1510年頃には既に似たもの(明国製の粗悪品)が入ってきたという説を取り入れている本物語ですので、自分でももう少し資料を読み深めたいと思うエピソードです。




