第百四十六話 ~水黽~
<天文十二年(1543年)八月 肥前国 ???>
光を遮るように薄暗く締め切られた豪奢な一室。
退廃的な絵画と淫靡な匂いが入り混じる部屋に、二つの影が蠢いていた。
「…… それで、王直。お主の連れてきた南蛮人、種子島へ移すつもりとな?」
「ああ。馬六甲でちょいと悪さをして国を追われたポルトガルの男三人だ」
「わらわにも見せてもらえぬか?」
「あー、そりゃ無理だ。佐渡水軍の目が厳しくなりやがった」
「…… 噂に聞く、佐渡の小童か」
先ほどまで情事を交していた半裸の女と明国人。
二人はここ平戸の王直が所有する明国様式の屋敷で、幾度となく不義密通を交している仲だった。
「王直、その者らが鉄砲を運んでくるのじゃな?」
「ああ」
「そしてお主がその後、海禁令を掻い潜り、明から硝石を持ち込む。人の命を奪いながら、巨万の富を得る」
「そういうことだ」
「ふふ、楽しくなりそうじゃないかぃ?」
女は唇に舌を這わせてヌラリと舐めた。そして王直と呼ばれる男の肩に寄り掛かった。
「わらわの伎、お主に今一度、堪能させてやろうぞ?」
「…… 竜の姐さん、いいんですかい? 噂じゃ、姐さんは旦那の周家さんの大殿少弐さんの股の上でも腰を振ってるって話ですぜ?」
「ふっ。余計な事を囀る鴉がいるものじゃな。まあ、いつものように見つけ出し、四肢を一本ずつ切り刻んでやろうかの」
「おお、おっかねぇ」
「全てはわらわの思うがまま。動かぬ者は……」
「消えていく、か。くわばらくわばら。そんな話聞いたら、縮こまっちまったい」
王直と呼ばれた男はそう言ったが、
「フフン。わらわの伎にかかれば…… 」
「オホーッ!」
妖鬼のような女の、この世の物とは思われぬ快楽に身を沈めていった。
その後に待ち受けている運命を知らずに……
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<天文十二年(1543年)八月 肥前国 松浦郡 平戸湊 神屋平戸店 岸辺>
規格外の男。
それが俺の、松浦隆信に対する第一印象だった。
「遠路はるばる、ようお越しゅうださった!」
「これは痛み入ります。ですが某の「龍王丸』なら多少の距離など、どうということはありませぬ」
「こりゃこりゃ。中将殿ん本拠地は千里ん彼方ん佐渡ヶ島と聞き申す。かような辺鄙な所まで足ば運ばんでもよろしかやろう!」
「いやいやどうして! 噂に名高い肥前守とは直接会ってお話させていただきたく思いましてな!」
浅黒い肌、きりりと上がった眉、黒目がちの大きな瞳。松浦党を率いる若き君主。大内義隆から偏諱をもらって隆信と名乗り、名や血脈だけでなく『力』で荒くれ者の多い松浦党を一つに束ねあげた男。
数え年でわずか十五と聞いたが、これは大した人物だわ、松浦肥前守隆信。一瞬にして対馬と壱岐を手中に収めたこの俺を前にして、一歩も引く様子がない。
…… というか、ガン垂れてる? ねぇ、この俺にガン垂れてる?
ケンカするの? うふふ、やるの?
俺は先月、壱岐国を治める波多氏当主波多盛に挨拶をしてきた。
『話し合いをしよう』とこっちが丁寧に言ってるのに城に立て籠ったりするから。ちょっと艦砲射撃して城を二つ三つぶっ壊したら、ようやく話を聞いくれた。最初から素直に話を聞いてくれればいいのよ。
話し合いの結果、壱岐国は俺が治めることになった。ちょっと刃向かった波多の盛おじいちゃんは義理息子の波多親と重臣日高資らと一緒に能登国へ行ってもらうことにした。人手が足りないんで、頑張ってきてほしい。
俺の次なる狙いは肥前国の平戸だ。
外洋の扉を開くつもりの俺にとって、ゴタゴタの絶えない大都市博多よりも立地的に優れている絶好の場所だ。確か某ゲームではオランダ娘がいて結婚もできた湊だ。外洋交易の玄関に丁度いいだろうとの見込んでの目標設定だ。
俺が艦隊を率いての挨拶回り(と言う名の武力介入)をすると聞き、筑前国の少弐冬尚、肥前国の松浦隆信、五島列島の宇久純定、加えて北九州の商人達は戦々恐々としたらしい。
「佐渡の羽茂本間照詮は見たこともない洋船を駆り、雷の力を使い、触れずして城を壊す力がある!」
「瞬く間に対馬国と壱岐国を手に入れて、次は松浦党だ!」
「次は我らかも!?」
そう考えたらしい者共は、西国の雄従三位大内侍従義隆に泣きついた。
だが愛する養嗣子を失い腑抜けと化した義隆は、彼らの訴えをまったく相手にしなかった。それどころか「羽茂本間家と大内家は蜜月関係にある。それに従うように」との下知を飛ばしたそうだ。不無の金言が功を奏し、俺は難なく侵攻を続けることができている。
「まあまあ、今日はこの神屋の顔に免じて。どうか仲ようしておくれませ」
そう言って手揉みする男がいた。
神屋紹策。博多の大商家「神屋」の当主で一流の文化人。朝鮮や明国への通商も手掛ける大黒天顔の大商人だ。息子の何とかは確かさらに大人物だったはずだ。
「佐渡さんや松浦さん、大内さん達が争うことになれば、困るのは儂ら武力のない民でして」
「うむ、だから和平の場と思いここに来たんだがな! どうやら隆信殿はそのつもりはないらしい。俺の見込み違いだったかな?!」
俺は両腕を胸前で組み、顎を突き出し半身に構えて隆信を見た。
「俺はどっちでもいいぞ? 戦でも話し合いでも!」
「はん! こがんすごか船ばこれ見よがしに見せつくるもん! そう簡単に従う訳にはいかんとばい!」
…… 博多弁なのか長崎弁なのか早口で言ってよく分からない。言い終わると黒き領主はソッポを向いた。
んー、「こんなすごい船を見せつける奴には従わない」ってこと?
…… どういうことなの。
「と、と、殿。隆信は、うー、羨ましがってるだけでしょう」
「む? 将盛、そうなのか?」
「さ、先ほどから船ばかり見ておりますから」
第八艦隊艦長を命じた宗将盛が俺に伝えてきた。そういや、さっきからチラチラと俺の龍王丸を見てるな。というかチラチラじゃなくてギラギラと見てるな。
「倭寇ん者ば許さんていうことにも従えん! そして平戸も譲れん!」
「ならば交渉はここまでだ! 倭寇は許さん! 平戸は譲ってもらうッ!」
「ま、まあまあ!!」
慌てて神屋紹策が再び間に割って入る。
ぬう、強情っ張りだな。九州男児ってこんな感じなのか?
俺としては、これから湊を築く場所でドンパチしたくないというのが本音だ。それに松浦党は源平合戦から続く海の民だと聞く。できればその水軍の力をこの手の内に入れたい。
俺が将盛達から聞いた調べでは、「その時々の有利な勢力に付く」のが松浦党の流儀だ。元寇で致命的な打撃を受けた後、何百年もこの地を治めてきた理由がそれだ。つまり、もっと俺が強いことを証明するべきか?
「俺は対馬と壱岐を抑えた! さらに佐渡、出羽、陸奥、能登、越中、越後なども俺の支配下にある! 大内家だって俺の動きを止められはしないぞ?」
「玄界灘は松浦党んもん! 壱岐や対馬ば抑えてん、それだけは譲れん!」
玄界灘と言えば、九州北西部の海域のことか。
先祖代々の海を明け渡すことはできない。何だ、そんなことか。
なるほど、なるほど。
「クックックッ」
俺は笑った。可笑しくて笑わずにはいられない。
「な、何がおかしか?!」
「いやいや。俺はお主が『龍』に見えたが、どうやら買い被りすぎだったらしい」
「あん!?」
俺は左額の傷を押さえながら、恫喝するように叫んだ!
「『井の中の蛙』という言葉はあるが、お主はまるで『水たまりの水黽』だな!」
「!? ば、馬鹿にするんか?!!」
「松浦党の当主ともあろう者が。『器の小さいこと』だ、と言ったまでよ!!」
「クゥッ!」
黒い水黽は横を向いた。馬鹿にされたからソッポを向いたのではない、『図星』だったからだ。
「我ら佐渡水軍の目指す所は、琉球、呂宋、馬六甲、さのさらに先だッ! 玄界灘如き水たまりで満足する者に、我らを止められる訳がない!」
「や、やけん、倭寇ば使うて!」
「倭寇は明国の者が主だろう? お主の力ではない。いずれ食い破られるぞ?!」
「…… お、おい達にも、こがんすごか船があれば……」
松浦隆信は目に涙を浮かべて俺の旗艦重キャラック『龍王丸』を羨ましそうに眺めた。力が欲しい、だがそれがない。虐げられてもどうにもならない。この黒い当主は、以前の俺だ。
「おい達にも意地がある! どうあってん従えんばい!」
目を擦り、水龍の如き眼差しで隆信は俺を睨んだ!
…… だが、これならどうだ?
「…… 『この船を造らせてやる』、と言ったらどうだ?」
「従う!」
…… あ゛?
「従う従う従う!! おい達にこがん凄か船ば造らせてくるるんか?! 従う従う従う!!」
水龍の眼差しはどこへやら? 御褒美をもらう黒犬のように尻尾を振ったぞ、この男。
舌をヘッヘと出して両手を垂れて、「ワンと鳴け」と言えば言いそうな勢いだ。
「こがん船が作るるなら、倭寇なんかいらん! おい達で東支那海ば制圧してやる!! 照詮さんも色黒で船に乗っとー感じがよか! 腕白ん者には従わんかった!」
「お、おう」
日に焼けた肌に説得力があったようだ。船上でちゃんと汗を掻いてきてよかった。
そうだよな。船の中で命令だけ出す司令官なんかに海の男は従えないよな。
「とりあえず『松浦水軍』は『佐渡水軍第九艦隊』に編入で」
「喜んで!」
…… そういや思い出した。松浦隆信を野望ゲームで「水神様」とか呼んでた人がいたっけか。船作り好きなのは当たり前、なのか?
「とりあえず、平戸はそのまま隆信に任せるぞ」
「了解ばい!」
平戸の問題は片付いた。
博多の大黒天様も一安心した様子で扇子でパタパタと涼をとっている。神屋には骨を折ってもらった。これから大事にしていかねばならんな。
「よし。後は倭寇の者達に佐渡水軍に投降するか、縛り首になるかをどちらかを選ばせねばな」
「了解ばい!」
「ここ平戸に明国人の『王直』という倭寇の親玉がいると聞いたが、今いるか?」
「王直は種子島に南蛮人ば送るとか言いよったが…… 」
「え?」
今何て言った?
「種子島に、誰を送ると言った?」
「南蛮人ばい」
「!? い、いかん! 『1543が掛かる鉄砲伝来』じゃないか!!」
「?」
何てことだ!
王直という倭寇が種子島に鉄砲を伝来する者だったのか!?
鉄砲を伝来させてはならん! 俺以外が鉄砲を持つことで天下統一が十年は遅れる!
血で血を洗う戦が激化する!!
「こうしてはおれん! 隆信! 将盛! 皆の者! 王直の船を止めにいくぞ!」
「「ははっ!!」」
王直は創作のようですが、実在の人物です。
倭寇の頭目として明国を追われ、1540年に倭国五島列島に来住、その後松浦隆信に誘われて1542年に平戸に明国様式の屋敷を建て移り住みました。博多商人とも繋がり、密貿易を拡大。種子島に到着した船に乗っていた「五峯」という人物が、実はこの王直だったということが最近明らかになってきています。
九州弁、博多弁、長崎弁は「ばい!」くらいしか知らない作者なので、水神様の言葉は方言変換サイト様を使わせていただいております。ありがたいことです(*´ω`*)
謎の女についてはおいおいと。
ふるさと納税は佐渡のお米を選びたいと思います(*´ω`)




