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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十章「蛹」

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第百四十二話 ~尾張~

<天文十二年(1543年)二月 尾張国 那古屋城 城主私室>



 家老平手(ひらて)五郎左衛門(ごろうざえもん)政秀(まさひで)織田(おだ)弾正忠(だんじょうのじょう)家当主織田信秀(のぶひで)嫡男、那古屋城城主吉法師(きっぽうし)に呼び出しを受けていた。

 

_________


 ……()()以来、若様はめきめきと頭角を現された。


 書を与えれば瞬く間に(そら)んじ、算術は既に官吏の才を遥かに越えておられる。常に現状を好しとせず、斬新さや更なる工夫を求められておられる。半面、直情的で癇癪が激しすぎる面もあられる。堪え性に乏しく、世間の常識や意味の分からない格式しきたりを(うと)んじておられる。衣服の汚れを一向に厭わず、年頃の若衆を集めては野山を荒く駆け巡られる。

 

 だが、決して()()()ではない。関わり方さえ分かれば、天賦の才を引き出すことも可能だ!!


 儂の言葉を当主信秀様は半信半疑であった。だが、まさか僅か九つの子が兵法書「六韜(りくとう)」「三略(さんりゃく)」を事無さげに(そら)んじるとは思いもしなかったであろう。殿を嫌う土田御前様ですらも、信じる他になかったはずじゃ。若様の才を!

 だが、()()()()()()()は若様の才の片鱗に過ぎぬ。


 我ら織田弾正忠家は日に日に勢いを増しておる。

 尾張国南部を制し、天文九年(1540年)には三河国西部の安祥城を制圧。さらに昨年八月には「小豆坂の戦い」において松平家を支援する今川軍を撃退。予断は許さぬが、三河国西部の支配も可能であろう。そして、若様の御力は……


 

 ガラガラッ


「若っ、政秀が参りま…… 」

「遅いっ!!」


 雷のような怒号! これが九つの子の胆力だろうか?!


「も、申し訳ござりませぬ!」

「まあ良いッ! 羽茂本間からの正月祝いが届いた! 爺、見てみよ!」

「は、ははっ!」


 吉法師様は既に大将としての覇気に満ち満ちておられる。大局観、判断力、洞察力に秀で、事の本質を掴む才に関しては日ノ本一やもしれぬ! 切り替えの早さは凄まじく、怒りは一瞬、次の瞬間には笑っておられることもしばしば。此度もすぐに本題に入られた。


 若の言われるがままに、佐渡から送られてきた贈物を手に取って確かめた。 


「こちらは若のお好きな干し柿。こちらは南蛮の(みの)? ふむ、『マント」と書かれておりますな。そしてこちらは、おお、見事な真珠玉! さらにこちらは全て『昆布』でありますな!」

「うむ」

「昆布は昨年に比べ二倍ほども値上がりしております故、助かりますなぁ」


 昆布は出汁を取る為の必需品。とろろ・おぼろとして食べ、更に験担ぎの「よろ昆布」に繋がる為、武家・公家・庶民にとっても正月の贈り物には最適。ふむふむ、さすがは佐渡の殿様は分かっておいでだ。


「爺、この正月祝いを何と見る?」

「は? いや、いとめでたき良い物にて…… 」

「違う。これは羽茂本間照詮殿の『力の証』じゃ!」

「ははは、若。何をおっしゃられ……」


 一笑しようと思ったが止めた。

 若様に限って見当違いのことはない。


 しばらく考えた平手政秀。

 しかし、一向に意味が分からない。


「…… 分かりませぬ。若、お教えいただけますか?」

「この南蛮の『マント』なぞ、見たことも聞いたこともない。この滑らかな触り心地、日ノ本ではあり得ぬ! このような良き物であれば自らの手の中に収めておきたいもの。それを縁も所縁(ゆかり)もない一大名の嫡男の儂に贈るなぞ、『自分にとっては取るに足らないもの』と言っておるのと同義じゃ。きっと同じような物を十は取り揃えておろう。恐るべき御力じゃ」

「南蛮との交易を定期的に行っておられるのでしょうか……?」

「間違いない」


 ううむ。

 噂にしか聞かぬ南蛮の力、羽茂本間殿は()()を自在に取り入られておられるのか? 


「まだあるぞ。この昆布は日ノ本の生活にとって欠かせぬ。そして、羽茂本間殿は北の地を既に抑えられた」

「そのようで御座いまするな」

「そして、昆布は値上がりを続けておる。今は二倍で済んでおるが、これが三倍や五倍になればどうなる?」

「いやいや若、さすがにそのような事は?」


 否定する儂に、若は稲光(いなびかり)のような視線をぶつけてきた!


「まだ分からぬかッ!?」

「…… まさか!?」


 昆布の価格を吊り上げているのは、羽茂本間照詮殿?!

 そんなことがあるだろうか? 一大名が日ノ本の生活必需品を荷止めするなど…… ?


 いや…… 可能だ! 

 昆布は北の蝦夷地からしか獲ることはできぬと聞く。北の湊を全て押さえられた羽茂本間殿が値を上げれば、言いなりになって買う他にない。そしてその利鞘は全て……


「これは、潤沢な資金が羽茂本間殿の懐に舞い込みそうでございますな」

「うむ、間違いはあるまい」


 北の地を抑えたと聞いたが、まさかそのような狙いがあったとは。

 だが、所詮は昆布。それだけでは大きな力には……


「浅いぞ、爺!」

「なっ!? まだあるのですか?」


 儂の考えを見透かしたように若が儂の顔を見た!

 目を爛々と輝かせ、髪は逆立ち、口元はわなわなと震えておられる?! 武者震いかっ?!


「羽茂本間殿の狙いは、昆布だけではない! ()()()()()()()()全てを意のままに操ろうとしておられるおつもりじゃ!」

「なっ!? 『日ノ本全土の産物全て』を!? そんなことできる筈が!?」

「地図を見てみよ! 爺!」


 そう言われて以前送られてきた日ノ本の「ぱずる」を見た。既に蝦夷、陸奥、出羽、越後、越中、能登、そして佐渡が赤で塗りつぶされている。北は全て羽茂本間殿が支配されておられる。


「羽茂本間殿は北の地を制された! つまり、後顧の憂いなく北の利益を溜め込むことができるということじゃ。力を蓄えた後には一気に南進! ()()()()()()()おつもりじゃ! 『天下を取られる』おつもりじゃ!!」

「はっ? 天下を取る? 若、天下は足利将軍様のもので御座いまするぞ?」


 一般的な考えだ。天下は足利様のもの。いかに大内や六角の力が大きかろうと、それは揺るがない。足利将軍様を脅かす者は逆賊とされる。


「爺、それは誰が決めた?」

「そ、それは二百年ほどの昔、足利尊氏様が後醍醐天皇から……」

「その前は?」

「た、確か鎌倉殿(源頼朝)が……」

「…… 爺、『諸行無常』じゃぞ? 変わらぬものなぞこの世には有り得ぬ。誰が次の天下を狙ってもよいのだ」

「若!?」

「そう、この俺にだって」


 そう言うと若はご自身の二の腕を抱いた。震えを止めておられるのだろうか? ご自分が天下を取ることを夢見ておられるのだろうか? だが、いかに若が俊英傑物とは言え、そんなことができるはずは……


「北を制した羽茂本間殿の狙いが見えた!」

「!! 天下取りですかな!?」

「いや、違う。かの御方であろうとも、まだ幕府を倒す力はあるまい。さらに大きくなるために、南蛮の力をより多く取り入れようとするはずじゃ。とすれば、儂の取るべき道は…… 今川がこうきて…… 斎藤が…… すると幕府は…… 」


 …… 何という大局観。

 齢九つにして天下の(はかりごと)を勘案するとは!?


「とすれば、羽茂本間殿が次に狙う地は……」

 若様は瞬時に脇差を抜いたっ!


「ここじゃ!」


 ザン!


 白刃が「ぱずる」の一部にズンと突き刺さった!!


 

……


「…… 若。ここは『海』ですぞ?」

 若は九州の左上を突き刺された。ここは陸地ではない。


「爺、違うぞ。よく見てみよ!」

「あ、ああ?!」


 若が脇差を引き抜いた後、そこにあったのは、

 二つに割れた『対馬国(つしまのくに)』の文字だった。

織田信長はADHD?


 直情的、感情を抑えられない、抜群の行動力と発想力がある、様々な行動等を分析すると、織田信長は注意欠陥多動性障害(ADHD)の可能性が高いと言われています。その性質により人との付き合い方に苦慮し、『奇行』『うつけ』などと呼ばれ、母の土田御前に嫌われたという可能性があります。

 半面、「耳で聞くより目で見た方が分かりやすいときがある」「声の抑揚をつけたり動作で伝えたりすることで分かることがある」「余計な刺激物を取り除く」など、関わり方が分かればその生きづらさは緩和されることも多いようです。平手の爺様はそれに気づいた、という物語設定となっております。

 坂本龍馬やモーツァルト、アインシュタインなど後世に名を残す方のように素晴らしい才能を発揮する方もいます。信長もその一人だったという説に筆者も同意見です。


 戦国時代とはいえ、ほとんどの武将達が目指したことは「地方勢力」「自己の領土の拡張と維持」だったと言われております。誰しもが天下統一は夢見るものの、目指したわけではなかったようです。それ故に、天下統一実現まであと一歩まで近づいた織田信長という人物は、やはり傑物だったと言わざるを得ません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 照詮の間接的な介入によって吉法師(信長)の傅役平平手翁の自刃フラグ折れてるといいなぁ・・・・ 自刃の史実まであと10年ありますが、信長の資質認め、信長自身も強烈な目指す…
[良い点] 対馬を攻略するのか臣従させるのか 日朝貿易ができるのかどうか 次が楽しみです
[気になる点] >>  (平手視点)  一笑しようと思ったが止めた。 ←一人称  若様に限って見当違いのことはない。 ←一人称  しばらく考えた平手政秀。 ←三人称  しかし、一向に意味が分から…
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