第百四十一話 ~甲斐~
<天文十二年(1543年)一月 甲斐国 山梨郡 躑躅ヶ崎館 評定の間>
羽茂本間左近衛中将照詮から正月祝いの使者が来た。
しかもその使者は陸奥国の全権を担う「羽茂本間四天王」の一人、山本陸奥守勘助! 奥州国主自らが使者となり、正月祝いの品々と共に躑躅ヶ崎館に馳せ参じたのだ。その意気込みは推して知るべきだ。
甲斐国国主従五位下武田左京大夫晴信は、近習の春日虎綱に命じて「両職」甘利虎泰、板垣信方、「甲山の猛虎」飯富虎昌、弟の武田信繁らを呼び集め、それを受けることにした。
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「なるほど、『金貨』『銀貨』の統一か……」
塩魚の干物、南蛮渡来の赤い酒、洋画等の贈り物を受け取り友誼を交した後、羽茂本間照詮からの提案を聞いた武田晴信。
「甲州(甲斐国)には天下にとどろく『黒川金山』があると聞き及んでおります」
「いかにも」
「我ら羽茂本間軍にも『西三川砂金山』、最近開発が始まり申した『相川金山』『鶴子銀山』、更には越中の『松倉金山』を筆頭とした七金山など資源が豊富」
「なるほど」
「『両国において銅銭のみならず金貨銀貨を互いに統一することで、商業の流通をより密に行おう』とする大殿からのご提案に御座います」
二度目の会談となる山本勘助が、その主君から興味深い話を運んできた。さて、どうするか?
「ふむ…… 皆の者、いかが思うか?」
「兄上、よろしいのではないでしょうか?」
弟の信繁が声をあげた。
「信繁、申してみよ」
「はっ! 我らが誇る黒川金山は間違いなく日ノ本一で御座いましょう。佐渡や越後からは塩、海魚、青苧などを大量に仕入れております故、『金貨』を用いることでその支払いがより簡略できましょうぞ」
一理ある。甲斐が産出する潤沢な金を十二分に活用することができる。
「某も同意で御座る」
「板垣か。申せ」
武田家譜代家老の最高職「両職」の一人、慎重派の板垣信方は白い顎髭をしごきながら口を開いた。
「当家の目下の目標は信濃の村上家と小笠原家、そして武蔵相模の北条家で御座る。現在、佐渡の左近衛中将様とは固い同盟があり申す。共闘を図る上で金貨銀貨の統一運用は、むしろこちらから願い出たいほどでございましょう」
「うむ。某も同じ意見だ」
同じく譜代家老の甘利虎泰も賛成した。決まりだな、両職の二人の意見が一致した。
「儂も異論はない。皆の者よいな?」
「ははっ!」
皆、心得たとばかりに首を縦に振った。
「では陸奥守殿。その申し出、喜んで受けさせていただこう」
「ははっ! 有難う御座いまする!」
「だが、金銀の含有の割合については議論をさせて頂きたい」
「無論でございます」
隻眼色黒の陸奥守が快諾し一礼した。想定済みか。
…… 儂は金を碁石ほどの大きさの塊「碁石金」とすることについて、以前から思案していた。そして、川が氾濫したとしても大きな被害にならずに済む「霞提」についても。どちらもまだ起案の域を越えてはいなかった。
だが、左近衛中将殿はそれを現実の物とした。儂の一歩先を行った。
たかが一歩、されど一歩。
儂は、かの者に一生追いつけぬやもしれぬ。
「それと、あと一つだけ。こちらを……」
「まだあるか?」
隻眼の男が微笑みを浮かべると、供の者に命じて白布の覆いをめくった。
!?
「むぅ…… 」
「これは…… 」
それは鈍色に光る塊だった。
四角く成型された鈍く光る塊。金とは別の光り方をした、無機質で力強い物。五貫目(およそ18.625kg)ほどもあろうか?
「…… 鉄か?」
「はっ。某が治める釜石で作っておる物で御座る。これを甲斐国に定期的に手頃な価格でお譲りさせていただきとう御座います」
「ふむ!? その申し出は非常にありがたい!」
「左様ですな!!」
猛勇で鳴らす飯富虎昌も同意した。「戦男」に「鉄」、相性は抜群。「鉄」は軍備増強により版図増大を目指す我らにとっては非常に「甘い汁」だ。
……だが、解せぬことがある。
「しかしよいのですかな? 佐渡では鉄の筒を使った『鉄砲』という武具を作っておられると聞く。我らに渡しては鉄が足りなくなるのではないか?」
「はは、ご安心くだされ。我らはこの塊をひと月に百は作っております故」
「「「なっ!?」」」
躑躅ヶ崎館評定の間の者達は唖然とした。
戦国の世、鉄は刀に鉢金に鎧兜、鍋や釘に至るまで数多く使われている。だが作るにしても砂鉄からたたら製鉄によって作る為に限りがある。とてもひと月に五百貫目なぞ作れる筈がない!
底が知れぬ。
話半分としても二百五十貫目だ。途方もない。
…… いや、実は一千貫目ほども作っているかもしれぬ!?
密かに調べさせていた素破の者達からは、「水車を使って」「南蛮の技」「鉱山」という言葉しか届いておらぬ。深入りはさせてはおらぬ。無用な詮索をして同盟関係に罅を入れるほど、儂は愚かではない。
「『北信濃の高梨殿は佐渡へ臣従。いつでも我らと共に左京大夫殿との共闘に加わる所存。軍備を高め、共に互いの高みを目指しましょうぞ』とのことで御座いまする」
「勿体のう御座る。陸奥守殿」
「とんでもないことで御座る」
会談は終わりだ。しかし、どうしても言いたいことが晴信にはあった。
冷静沈着にして聡明叡知。この男、山本勘助が欲しい。
「…… 駄目元であるがお許しくだされ。陸奥守殿、我ら武田家へ仕官なさらぬか?」
「…… 魅力的なお誘い、痛み入ります。ですが某は左近衛中将様に心酔しております。加えまして陸奥国の抑えも任されております。御冗談として受け取らせていただきます」
「はは、無論じゃ。では、良しなに」
「ははっ。それでは」
一礼をした後、来た時と同様に片足を引き摺りながら陸奥守は下がっていった。
無理か。まあ、無理であろうな。だが、いつかは……
正室の三条との仲も、嫡男の太郎の生育もうまくいっておる。先日側室に入れた諏訪の美しい湖衣姫との夜も愉しい。風は追い風じゃ。
「爺!」
「はっ!!」
心得たとばかり、宿老甘利虎泰が高らかに声をあげた。
「それでは皆の者! 佐渡の旨い海魚を食しながら、村上義清の首を獲る算段を練るとするぞ!!」
「「ははっっ!!」」
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羽茂本間家と甲斐武田家の結び付きは、益々堅固なものとなった。近隣諸国もそれを理解することに時間はかからなかった。
鉄の定期的な流入により武田家はますます軍備を増強することとなり、敵対する信濃国の村上家・小笠原家攻略への歩みを強めた。
羽茂本間照詮からの「甘い蜜」をもらうことで、盟友武田晴信はますます力を付け、信濃・武蔵・相模へと侵攻を繰り返していくのであった。
ようやく作中に登場した近習春日虎綱は、「高坂昌信」「高坂弾正」の名の方が慣れ親しんでいる方も多いでしょう。私もその一人です。1527年生まれなので16才です。
「武田四天王」「逃げ弾正」とも呼ばれ、大河ドラマでは村上弘明さんが演じていた有名な武将です。強い、賢い、見た目がいいと、三拍子そろった武将。武田信玄の恋人(男色)だったことでも知られております。ラブレターも残っているとか。
「高坂」は一時期しか使ってないとか、「昌信」は出家後の名前だとか何とかで、なんでか知らないけど最近の研究では虎綱なんだそうです(*´ω`) 歴史ってむつかしい




