第百四十話 ~殻~
たくさんの評価をいただきやる気がグーンと上がりました(*´▽`*)ありがとうございます!
鋭意邁進してまいります。
今回は、羽茂本間の配下たちと領内の治政とを伝える回です(*´ω`)
<天文十一年(1542年)七月 能登国 羽咋郡末森城 評定の間>
羽茂本間左近衛中将照詮から命を永らえることを許された男が腕組みをして立っていた。神保長職、先の越中国国主だった。
長職は末森城の眼下に広がる夏の日本海を眺めた。
白い波が穏やかに千里浜へ寄せてくる。越中から眺める海は最良であったが、能登から眺める海もそれに劣るものでない。長職は静かに浮かんでは消え、消えては浮かぶ白波に心を任せていた。
ドタドタ
そこへ足音が響いた。
ドン
「殿、戻りまして御座います!」
「おお、勝重か。無事であったか? 大事ないか?」
「はっ! この『鉄砲』という武具のおかげで御座る!」
「そうか」
重臣水越勝重の誇らしげな顔を見て、長職は頬を緩ませた。
越中から国替えをして三か月。元越中国国主神保長職は多忙を極める国替えを終えた。家中の者達と共にこの土地に慣れ始めたことで、ここ末森城は落ち着きを取り戻していた。
ここ加賀と能登の境にある羽咋郡末森城は、一向宗との小競り合いが絶えない最前線の地。毎月のように暴徒たちが加賀から能登へと田畑を襲おう人を奪おうと遮二無二押し寄せてくる。
それを追い払うことが羽茂本間左近衛中将照詮様から命ぜられた長職の役目だった。平穏とは縁遠い場所だが、七尾城や近くの滝湊からは毎日のように物資や人員が送られてくる。油断はできないが困窮や苦戦はしていなかった。
「我が甥、水越宗勝からこの『鉄砲』の使い方を教わったことで、弓や槍よりも被害が少なくて済んでおります」
「おおう。羽茂本間の武の一角を担っておるという其方の血縁者か。有難いのう」
「管理は厳しく、二週に一度は官吏から数や品質の査察を受けておりますが」
「これだけの武具じゃ。致し方なかろう」
先日、兵の一人が厳しく管理されている「鉄砲」を密かに城外へ持ち出し商家へ運ぼうとする事件があった。軽はずみで行ったことかもしれぬが結果は悲惨、その兵の縁者全てが打ち首に処せられた。それくらい重要性、秘匿性が著しい武具だ。
あれ以来、「鉄砲」を十分な数を用意してもらってはいるが、なかなか進んで使おうとする者がいない。敵の命を奪いやすいが、一度間違えれば自らの命を無くすものだからだ。
「ですが、某や某の一族の性には合っているようでございます。宗勝から『我が水越家は鉄砲との相性がすこぶる良い』と言われましてございます」
「目が良く、冷静沈着な所か」
「ははっ!」
「では引き続き、『鉄砲』の管理と運用を頼むぞ。『扱える者を増やせ』との命も受けておる」
「数町先の柿すら、撃ち落とせる者を育ててご覧に入れます」
「頼むぞ」
主君の命を受け、勝重は無言で自信あり気に頷いた。手応えを感じているのだろう。
再び長職は遠くの海に目を移した。
「…… 羽咋は素晴らしい所であるな」
長職は目を細めた。
生まれ育った場所ではない。だが、海が近い。木や森も十二分にある。川もあり田畑も大いに広げることができよう。
(人心は未だに落ち着かぬ。だが、一度は捨てた命。必ずややり遂げてみせよう)
ここで反乱を興すことも一応は考えた。しかし無謀すぎる。長職はその考えを自分の心の中で粉微塵に斬り刻んだ。
前面には一向宗、後面には七尾城。逃げ場はない。反旗は十日も持たぬ。
(左近衛中将様は我らを信用してくださっておる。その信頼を損なってはならぬ。一度目は許されたが、二度目はない)
「ここからだ! この羽咋の地から、神保の堅二引両を再び掲げようぞ!」
「はっ!」
「領内を見回りにいくぞ! ついて参れ!」
「ははっ!!」
__________
<天文十一年(1542年)九月 越中国 射水郡 加納村>
「いやまぁ、『赤鬼』みてぇって聞いたんだけんども」
「大してやさしぃお殿様だったのう」
「んだんだ」
越中の農民たちは、先ほどまで一緒に田畑の手入れをしていた越中国国主椎名則秋のことを噂していた。
「越中東の椎名が神保を滅ぼした」「村は酷い目に遭う」と吹聴する者がいたが、大ウソつきと呼ばれた。椎名則秋がこの地を治め出してから五か月ほど。ここ加納村は十数年ないほど泰平な時を送ることができた。
「『雲を衝くような大男』ちゅーことだってが、まぁ大きかったけんどもさ」
「んでも、悪ガキにゃあ、『このたわけがぁ!』ちゅーて顔真っ赤だったで」
「あれが赤オニって言われる所以かのう?」
「前の奥州を治めてたときもあったらしいで。それ以来悪ガキは鳴りを潜めるばかりでなく、『則秋様の元で働くんだい!』とかゆーて心を入れ替えたとかで」
「恐いけんども、優しいお殿様かー」
農民の一人は畑仕事で汚れた自分の手をじっと見つめた。
「『苦労はないか』なんて儂の手を取ってくれてなぁ。ありがてえこってさ」
「…… ありゃ相当、苦労してきてるべ」
「んだな」
則秋は戦に敗れ、一度は日戸市にモノとして並べられたこともある。実の子どもとも死に別れる所だった。死に直面したことは幾度もあった。だからこそ痛みを知り、弱き者に優しくできる治政者となっていた。
「一向宗の面々も、大人しいべな」
「吾平も『しばり首になる』とか言ってもんだがや」
「うへぇ、言わねえでくんろ」
吾平と呼ばれた一向門徒の男は面目なさげに汚れた手ぬぐいで顔を覆い隠した。
越中の一向門徒は、安養寺御坊法主本願寺実玄の命によって一揆を止めて元の百姓仕事に打ち込んだ。これまでの一揆の咎は不問とされ、さらに信仰の自由は保障されている為、羽茂本間からの取り締まりは一切なかった。
羽茂本間の治政は手ぬるくはなかった。罪を犯す者や怠ける者、税を誤魔化す者には容赦ない罰が課せられた。だが他のいわゆる普通の農民にとっては陣夫役(兵役)のない四公六民は快適だった。
「九兵衛は病気で動けねで、かかぁも子も売りに出すしかねぇって言ってたんドもさ」
「ダメもとで掛け合ったら『減免』だってが? 泣いて喜んでたがや」
「ま、その分来年再来年はがんばらねばな」
「んだんだ」
「則秋様の奥方様も、てぇして色っぺえ方だったでなぁ」
「でも気が強そうだったべな」
「ありゃ相当尻に敷かれてるべ」
「だな!」
ハハッ!
アッハッハ!!
農民たちの明るい笑い声が、越中の秋空に響き渡った。
__________
<天文十一年(1542年)十月 越後国 蒲原郡 新潟>
信濃川と阿賀野川が結びつく新潟。水利が悪く、今年も水害で多くの被害が出てしまった。
羽茂本間左近衛中将照詮から「越後国の治水」を任された長野業正に命ぜられて、新発田城城主新発田綱貞も自ら泥に浸かっていた。
「おおぉーい! そっちの岩を動かせー!」
「こっちは大きい切り株で手いっぱいだ!」
「あと数刻で日暮れだ。もう少しやるぞぉ!」
「おぉー」
綱貞は一族の者を率いて、大殿様が発案した「霞堤」と「遊水池」を作る土木作業を繰り返し行っていた。自ら土木作業に加わるよう通達され、はじめは「何で儂が」と思っていた。だが、よく考えればしばらく大きな戦もなく兵の鍛錬には丁度いい。給金も配られるので農民たちはこぞって参加している。それに自らの弛んだ腹の引き締めにも効果的だ。
「な、業正殿!? そんな大岩を!?」
「はは、これくらい軽い軽い!」
越後国国主長野業正はそう言うと、数貫にも及ぶであろう岩を持ち上げるとひょいと容易く放り投げた! 御年五十を数えるはずだが、老いてますます盛ん。泥に塗れながらカラカラと笑っている!
「な、業正殿に負けてはならんぞ!」
「応っ!!」
国主自らの活躍に、疲れを見せていた者達が皆やる気を出した!
「儂だって!」
そう言って大きな切り株を運ぼうとした綱貞。だが、
グキィッ
「あ、アイタタ!!」
情けなく腰を痛める始末だった。
そこへ、
「綱定殿、鍛錬が足らぬな。某にお任せを!」
「ぬっ!? お、お主は!」
グバァ
見事な体躯をしたその若者は、綱定が引き抜けなかった大切り株をむんずと掴むと一気に引き抜いた!
「セイヤッ!!」
若者は引き抜いた株を持ち上げると、燃やす木々の場所までブンと放り投げた!
「は、春綱殿! いつ国元へ!?」
「はは、室の出産が近いと聞き、出羽から飛んで参りました」
「おおう! そうであったな!!」
加地春綱だった。元揚北衆加地城城主で、今は譜代扱いとなり出羽国国主宇佐美定満の元で米沢の地を任されている。
正室は亡き長尾家六代目当主長尾為景の娘。お産の為に里帰りをしていると聞いていた。「父殺し」長尾晴景の妹であったために命が危ういと言われたこともあったが、羽茂の大殿様からは何のお咎めもなく「よい御子を産んでくだされ」という言葉と贈り物が送られたと聞いた。
「大掛かりな治水が行われていると聞き、見聞を広げに参った。…… なるほど、川の氾濫を全て防ぐのではなく、わざと隙間を空けた『霞堤』を築き、流れてきた水を貯める『遊水地』を大きく作ることで、洪水に対応するのか」
「水の流れを分けて海や他の川へと流す『分水路』という水の道も作っておる。さらに水の勢いを弱める『防堤』と呼ばれる岩や丸太を組み合わせた物も各地で作っておる。いやはや、途方もない大事業でござるよ」
「金に糸目はつけておらぬか。さすがは照詮様よ」
そこへ汗を荒布で拭いた、越後国国主長野業正が二人の元へやってきた。
「綱定殿、毎度ご苦労で御座る。…… 加地春綱殿であるな、お初にお目にかかります。長野業正で御座る」
「これは痛み入り申す! 加地春綱で御座います! 『上州の黄斑』の御噂はかねがね!! 某の治める米沢においては、先の『須川の戦い』での業正殿の御噂は語り継がれておりますぞ! 羨ましい限りでございます」
「はは! お恥ずかしい限りで御座る。…… 某があと二十年若ければ、春綱殿と力比べをするところでありますが」
「何を仰りますやら。今でも十分渡り合えると思うておりましょう?」
「…… 止めておきましょう。今は共に力を合わせて大地と戦う時」
「…… ですな」
ハッハッハ
不敵に笑う両者。
だが、言葉通りではない! 目が笑っていない!
武人同士の挨拶と言えば力合わせ?! これは一触即発では!?
綱定は大きな唇を震わせた後ごくりと唾を飲み込んだ。背筋に汗が伝う。
どちらも猛勇で鳴らした武将だ。ただ力合わせするだけでは済まないはずだ! いざこざはまずい! 何とかせねば!!
「に、に、にぎり飯!」
綱定は大声をあげた。
睨み合う二人の視線が綱定に集まった!
「そう! にぎり飯を頂きましょうぞ! 蒲原の米は旨いですぞ!!」
必死な思いで叫ぶ綱定。ブルブルと唇が震える! こんなに震えるのは『佐越の戦い』において柿崎景家がこちらに向かってきたとき以来だ!!
二人の視線はまだこちらを睨みつけている! 脇汗滝汗が止まらない!
その時だった!
「春綱様~!! 御正室様が! 静様が産気付きましたぞ~!!」
加地家の者が報せに来たのだった。
これは動かねばならない。
「…… ご無礼仕りました。ではこれにて」
「いつか共に駆けようぞ、春綱殿」
「是非に!」
そう言って一礼すると、六尺の恵まれた体躯、整った面立ちの加地春綱は領地へと駆けていった。
「ふぃ~」
生きた心地のしなかった新発田綱定。ゆっくりと額の汗を拭った。
それを見た業正はゆっくりと口を開いた。
「綱定殿。気苦労をお掛けしたようですな、申し訳ござらぬ」
「めめめめ! 滅相もない!」
国主長野業正が頭を下げる。それを見て再び慌てる新発田綱定。
武人の血の滾りだろうか? 土木作業で身体は鍛えられる。だが、本質は血を求める者達。求めることは生死の境を彷徨う戦場!! 穏健派の綱定には到底考えも及び付かなかった。
「では、もう一仕事といきますぞ!!」
「あっ? えっ!? は、はひぃ!!」
虎の有無を言わせぬという誘いに、とても嫌と言えない綱定だった。
「防堤」は本来は「水制工」と呼ぶべき物です。
川にテトラブロックやらコンクリートブロックやらを置いて水流の勢いを削ぐ、もしくは杭打ちや半島型の土出し、または武田信玄が作ったとされる丸太を三角錐に組み合わせた「聖牛(またはせいぎゅう)」のようなものです。
名称の「水制工」は調べて分かったことなので使えず、「水の流れを防ぐ堤=防提?」みたいな感じで主人公が名付けたのでしょうか?
加地春綱の子は、実在武将の加地秀綱だと思われます。母は長尾晴景の妹、上杉謙信の姉ですので、主人公や謙信の甥にあたります。活躍するときは来るのでしょうかね(*´ω`)?
「ツギクル」サイト様に登録させていただきました(*´ω`)たくさんの方に読んで楽しんでもらえたらと思っております。更新は引き続き「なろう小説」様で書かせていただきます。
励みになりますので、ブックマーク&評価で応援していただけるとすごく嬉しいです! 感想をいただけるとやる気がでます(*´∀`) 次作を書く励みになります!




