第百三十八話 ~茅潜~
<天文十一年(1542年)三月 越中国 射水郡 富山城 評定の間>
「面を上げよ」
高く澄んだ声が響いた。恐る恐る顔をあげる。
そこに見えたのは、凛々しい出で立ちをした十五に満たないであろう少年。右の額に星形の痛々しい傷があるが、それを隠そうともしていない。瞳からは儂への侮りの色も憂いの色も見えない。だが、冷静にこちらを見つめている。こちらの真意を見透かそうとしているように見える。背筋にブルッと震えが走った。
「従四位下羽茂本間左近衛中将照詮である。神保長職、問いたいことがある」
「は、ははっ!!」
答えながら少年の左右を固める人物をちらりと見る。
六尺を越えるであろう巨漢。口ひげをたくわえた精悍な顔立ち、兜には「蔦」の家紋が見える。これが羽茂本間四天王の「椎名則秋」か。脇にいる二人からは殺気が迸ってくる。少年の身を完璧に護ると噂される『剣聖』上泉信綱と『霹靂』小島弥太郎であろうか。僅かでも不穏な動きをしたら即座に命を落とすであろうな。
「神保家の家紋は『堅二引両』と聞くが、由縁を教えてくれぬか?」
「は? ははっ!」
意外だ。意外過ぎる問いだ。
「何故長尾晴景に呼応したか」「羽茂本間に逆らった罪をどう取るか」と聞かれると思っていた。真意は分からぬが尋ねられたので答えねばならぬ。
「清和源氏足利氏流畠山氏家臣故の堅二引両紋に御座います。先の『応仁の大乱』において東軍大将畠山政長様にお仕えした神保長誠が祖父に御座います」
「ほほう、神保長誠殿か。どのような方であるかな?」
「『勇将』と称され、さらには幽閉された十代将軍足利義稙様を御救いし越中までお連れいたしたと聞き及んでおります。家祖の誉れでござります」
「なるほど、なるほど」
少年は頷いた。
…… 悔しい。
長誠公のような勇将を祖父に持ちながら、父慶宗は長尾勢に囲まれ自刃。家名を濯ぐ為に粉骨砕身の想いで神保家を再興したというのに! ここで神保家は途絶えてしまうのか!!
「…… 左近衛中将様!!」
「…… 聞こう」
「此度の責は全て某にありまする!! 某の命と引き換えに! どうか一族と越中国の民には寛大なご処置をお願い申し上げます!!」
「この水越勝重の首も差し上げます! どうか! どうか殿の思いを汲んでいただきとうございます!!」
この身一つで済むならそれでよい!
だが神保の血は! 神保が守ってきた越中国の民は!!
……
しばしの静寂。その後に澄んだ声が答えた。
「『一族』だけでなく、『民』という言葉があることが気に入った」
!?
今何といった?
「長職殿。勝重殿。ご両名の思い、しかとこの照詮、聞き申した」
「おおっ!!」
「ではっ!?」
少年は頷くと隣にいた巨漢に発言を促した。巨漢は少し強張りながらも咳払いをしてから声を出した。
「そ、某、左近衛中将様より越中国を任せられることになった椎名則秋でござる。神保長職、水越勝重、両名とその一族に能登国羽咋郡末森城の守りを命ずる」
「…… !!!」
「か、寛大なご処置!! 誠に痛み入ります!!」
助かった! 神保の血は絶えなかった!!
それに一族だけでなく、儂もまだ生きていていいのかッ!?
「我らに敵対した責任を取ってもらわねばならぬ。だがその方らの辛酸辛苦、無にすることはない。越中国はお任せくだされ」
「お、お頼み申し上げます!!」
「一族と力を合わせ、能登国を加賀一向一揆からお守りくだされ」
「必ずや!!」
深々と礼をする。それで会談は終わりだった。
死に化粧をしてきた。辞世の句も詠んできた。少年が、左近衛中将様が儂の命を奪うことは容易かった。
だが、それをしなかった。戦国の世、些細なことで命を奪う事は当たり前だ。刃向かった大名をそのままにしておくなど聞いたことがない。そんなことをしたら甘くみられる。今回の『国替え』は最も軽い沙汰だ。
それで済んだのは儂を、儂の努力を認めてくれたということだ。儂の想いを受け止めてくれたということだ!
「…… 勝重」
「ははっ!! ここに御座います!!」
「儂は夢を見ておるのか?」
「殿っ! まだ夢は続きましょうぞ!!」
「…… いくか」
「ははっ!!」
神保長職とその一族、水越勝重らはひと月に渡って越中から能登へと国替えすることになった。羽茂本間家からは道中の警護や船の手配、物資などが十二分に行き届いた。それ故、誰一人として俯く者はいなかったと言う。
新たに越中国を手に入れた羽茂本間照詮はその後、越中国一向宗の本拠地である瑞泉寺と安養寺御坊に使いを出した。実質的な指導者である浄土真宗の僧本願寺実玄はそれを受諾し、五月にその会談が富山城で開かれることとなった。
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<天文十一年(1542年)五月 越中国 射水郡 富山城 茶室>
五月。
俺は椎名則秋、弥太郎、田中与四郎と共に富山城に新たに作った茶室で静かにその時を待っていた。佐渡から呼び寄せた茶人の田中与四郎に「好きなように茶室を作ってくれ」と言っておいたのだが、これはまた、わびさびの利いた見事な茶室だ。落ち着くし心が休まるわ。
チリリッ
茅潜であろうか、小鳥の美しい囀りが聞こえる。
静かだ。ずっとここにいたいと思うくらいだ……
「何じゃここは!!」
その静寂をビリビリと破るように、ダミ声が響いた。
どうやらお出ましのようだ。
「こんな狭い入口から入れと言うのか! 何たる不便さよ!!」
「…… お願い申し上げますッ!」
案内役の小姓の藤丸が半ギレのような声を出す。どうやらかなりのヘソ曲がりのようだ、今回の相手は。
『躙口』は『茶室の中ではすべての人が平等』という意味で低く狭くしてある。武器を持って入らないようにする意味もある。与四郎が考えたみたいだが、俺の知ってる茶室の作りと一緒だ。もしかして、与四郎が千利休? それはないか。だって体がやけに大きいし。名前が違うし。
「失礼するっ!!」
ドスドスっと大きな足音を立てながらその僧は入ってきた。
本願寺実玄。年の頃は六十ほどか。黒色の薄汚れた僧衣を引きずり、ドカッと俺達の前に座った。
「御出で頂きましてありがとうございます。羽茂本間照詮で御座います」
「何っ!? お主がかっ!?」
実玄は言うなり俺の方を見てジロジロと値踏みする。すると「ハンッ!」というように息をついた。
「儂が本願寺実玄じゃ! ハッ! こんな細い小僧が越中の国主とはな! 世も末じゃ!!」
「御坊は、年や容姿にて人を見るのですかな?」
「何!?」
ギロリ
深い皺が顔中に入った強面で実玄は俺を睨む。俺は穏やかな目でそれを見つめ返す。
「…… ハッ! 言いよるわい!」
老僧は悪態をついた。すると正座を崩して足を伸ばし、俺の顔を見て顎を突き出した。
「おい小僧!! 客人が来たのだぞ! 茶を出さぬかッ!!」
「これはこれは、失礼いたしました」
俺は与四郎に目くばせをした。すると堺出身の茶人は「心得ました」と言うようにゆるゆると茶の用意を始めた。
「遅いぞ! もっと早くせぬか!!」
「お待ちくださりませ」
我儘放題の老僧はかなり苛々しているようだ。しているように見える。だが本心は見えない。
しばらくすると与四郎が茶を点て終わった。俺はそれを受け取る。渋い茶色の茶碗、熱すぎず冷たすぎずだ、丁度いい。
「お待たせいたしました。どうぞ」
「フンッ!」
作法もへったくれもない様子で、実玄は茶碗を鷲掴みにした。そして一気にそれを飲み干していく。俺は則秋と弥太郎、与四郎と一緒にそれを見守る。どう出るか ……?
ゴクッ、ゴクッ!
……
バンッ!
「…… 温いっ!!」
老僧は叫んだ!
実玄は機嫌を直さなかった。むしろ火に油を注いだように騒ぎだした!
「おい小僧!! 儂が本願寺第十世法主証如上人とも親しい越中国一向宗の総まとめ役、本願寺実玄と知っておるのか!? 事と次第によってはただでは置かんぞ!!?」
老僧は俺に指を突き立てる。
「存じておりますよ。ご住職」
さて、俺の予想通りかな?
本願寺一向宗との交渉がいよいよ始まりました。
親鸞が開いた「浄土真宗」を知らぬ方はいないことでしょう。合理性を重んじ作法や教えも簡潔で、庶民に広く受け入れられ今なお信仰されている宗派です。
1415年生まれの第八世宗主の本願寺蓮如が十二男十三女をもうけ、加賀や越前、京付近を一族経営、という印象を持っております。五男の実如が第九世宗主。今回出てきた実玄は四男蓮誓の子です。
本願寺蓮如が宗主となる際にひと悶着お家騒動があったようなのですが、叔父で越中国瑞泉寺住持の如乗の主張により蓮如に決まったそうです。越中一向宗の力の大きさを感じます。
土山御坊とか安養寺御坊とか「御坊」という言葉が出てきますが、これは「城」とか「砦」とか「要塞」という意味でしょうか。当時は戦乱に明け暮れていますので、一向宗は武装した一つの勢力と言えそうです。加賀の「吉崎御坊」は有名で某ゲームにも拠点として出ていますね。
茅潜の鳴き声は、是非動画でお聞きくださりませ。癒されることでしょう~
神保氏は国替え。一向宗との交渉は次回まで続きます(*´ω`)




