第百三十五話 ~七尾城~
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<天文十年(1541年)八月 能登国 能登郡 七尾城 小池河原丸山>
「佐渡の小童が! 何をしに参った!?」
「知れたこと! 能登を救う為よッ!!」
「抜かせ!!」
俺は今、畠山駿河・畠山九郎との口合戦の真っ最中だ。
段々とこの茶番にも慣れてきた。慣れるって怖いな。
俺が選んだのは「畠山義続の援軍に入り、反乱軍である畠山駿河、畠山九郎の軍と対峙すること」だった。理由は色々とあるが、大きな理由は「流れる血が少ないこと」と「その後の能登国の掃除が楽」という二点だ。
さっきから怒鳴っている坊主頭二人は、どう考えても「私怨」と「我欲」のために能登国を攻め込んでいるようにしか見えない。こんな奴らに手を貸したら骨までしゃぶられるに違いない。加えて遊佐宗円、長英連、三宅総広ら能登の悪臣達が奴らに従っていると聞く。主君を見限りフラフラする蝙蝠野郎共を一掃するには都合がいい。
畠山義続の軍とこいつらが相討ちになってから倒すことも考えた。だが、あまりに悪どい。「漁夫の利」の故事通りだが小聡明すぎる。悪評をまとって統治を始めることほど面倒なことはない。七尾城の中には使える人材がいそうという話だし、ここは仕方なく国主軍を支援することにした。
俺が先日、畠山駿河と畠山九郎に「能登国から出ていけ。さもなくば攻め滅ぼす」と伝えると、坊主頭二人は予想通り烈火の如く怒った。攻め取っていた七尾城の一角小池河原丸山に本陣を構え「戦場にて雌雄を決しよう」と俺との合戦に臨んだのだった。
「能登は丸ごと俺が引き受ける! とっとと冥途への旅支度をせよ!!」
そう、能登は俺がもらい受ける。これは絶対だ。
「ほざけっ!! 能登国は畠山が治める! 他の者では務まらん!!」
ハゲ面の一人、太い眉毛の畠山駿河が答えた。はっ、よく言うよ。素行不良で能登国を弟の畠山義総に追い出された輩が。畠山氏の前に能登を治めていた者がいたはずだし、「能登国は未来永劫畠山氏でなければ治められない」なんて法があろうはずもない。
「それを誰が決めた?!」
「幕府じゃ!」
俺の問いに、やけに背の高い畠山九郎が自信満々に答えた。
「ならばその幕府が間違っている!!」
「な、何だと!?」
「この状況において幕府なぞ、米一合の価値も無いわッ! 民を救うのは俺だ! 大人しく投降せよ!! さもなくばその首貰い受ける!!」
「ふん! 地の利は我らにある!!」
「そうじゃ! 兄者の言う通り! 攻めてこれるものなら攻め込んでこい! 首と胴が離れるのはお主の方じゃ!!」
「ははっ!!」
畠山駿河が陣取っている小池河原丸山は確かに高地の砦。地の利があると見て弓矢の届かぬ最前線で指揮を執っている。甘く見られたものだな。
口合戦は終わった。
俺は鉄砲隊隊長である越中国水越勝重一族の水越宗勝を呼んだ。
「宗勝」
「はっ」
「開戦と同時に、マスケット銃百挺であの二つの坊主頭に花を咲かせよ」
「はっ。畏まりました」
「うむ」
そう、流す血は最小限でいい。
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これから戦が始まる。
口合戦中に狙撃してもよかった。だがさすがにそれは「卑怯者」の誹りを受ける。誹りなぞ結果の前には無力だが、もしもやるならより「効果的に」やるべきだ。こんな所で悪名を稼ぐ必要はない。
相手の砦から陣貝が鳴った!
ブオォ~ッ ブオオ~~ッ!
畠山駿河と畠山九郎は「くるならこい!」とか何とか言っているようだ。殊勝にも坊主頭二人は砦の頂上部にいる。まあ普通なら当たらない距離だから油断しているようだがお前らの野望は今ここで尽きたぞ。
「一斉射で決めよッ! 撃てぇぃ!!」
俺が赤の手旗を振った!
途端にスラッグ弾を込めた長射程高威力のマスケット銃が一斉に火を噴いた!
ダダッ!! ダダダン!!
ドバババババババッ! ダダン!!!
「ウワアアアアッ」
小高い砦から鮮血の花が舞った。
そして「ドサッ、ドサッ」と砦からゆっくりと幾つかの骸が落下した。狙撃は成功だ。
「敵将! 畠山駿河! 畠山九郎、討ち取ったぞ!!」
「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」
秒殺過ぎる。世界最短の決着かもしれん、これはとんだ拍子抜けだ。
さて、仕上げだ。
「勝鬨を上げよ!!」
「曵! 曵! 応ッ!!! 曵! 曵! 応ッ!!」
兵が槍の石突で地面を叩き声を張る。
七尾の山々を揺るがし轟く大咆吼だ!
「曵! 曵! 応ッ!!! 曵! 曵! 応ッ!!!」
「曵! 曵! 応ッ!!! 曵! 曵! 応ッ!!!!」
大きな声には力がある。
大将を討たれ烏合の衆と化した反乱軍への心理的効果は抜群だ。砦内部の者共の浮足立つ様子が目に浮かぶわ。
坊主頭二人を狙い撃ちした。
今回は確実性を高めるために百挺で撃ったが、火薬と弾はタダではない。消費を抑え確実性を増すために、そのうち「狙撃手隊」を編成したいな。
より長いマスケット銃の銃身と改良したスラッグ弾で武装した、冷静沈着なスナイパー六名だけを選抜した特殊エリート兵「狙撃手隊」を創設。これは来たるべき時に力を発揮しそうだ。
「銃による狙撃」という概念が出来たのは近世だったような記憶がある。だが、俺は知っている。その強さ、恐ろしさを。戦国時代に杉之坊何とかってのもいたと思うし。
そんなこんなしているうちに、軍略方の赤塚直宗が敵砦を指差した。
「殿! 小池河原の門が開きましたぞ!!」
「良しッ!!」
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<天文十年(1541年)八月 能登国 能登郡 七尾城 城内>
城内に入ると、そこは地獄絵図の一歩手前だった。
骨と皮だけのヒョロヒョロとした能登国の兵士達。槍にもたれかかり、立つのも何とかという様子。やせ細り髪や髭は当然のように手入れされていない。垢に塗れ衛生状態も劣悪だ。餓死者も相当でているようだ。死臭も漂う為、感染症が心配だ。
「これは…… 酷いな」
「堅城が故に敵も攻めあぐね、さりとてそれを追い払う力も無し。結果がこの惨憺たる有様です」
「……海之進」
「はっ」
「炊き出しの準備をせよ。薄い粥だ。」
「承知仕りました」
俺は糧秣隊を率いる事務方の長谷川海之進に、城兵に振舞う粥を大量に準備させることにした。
この者達は命が助かったのだ。これ以上の苦しみは無用だ。
俺が救わねばならん。
小半時ほど経ち、準備は整った。
「これより七尾城の者達へ『炊き出し』を行う!」
俺が叫ぶと、懐疑的に俺を見つめていた城兵達の目の色が変わった。
「何!?」
「何と言った!? 『たきだし』?!」
眠る様にして立っていた者達が矢庭に目を覚ました。
「量は十二分にある! 急ぐ必要はない!! ゆっくりと噛みしめるように味わってほしい!!」
「おおおおおっ!!?」
「飯だッ! 飯がもらえるぞ!!」
「助かった!」
「ほ、本間様、万歳!!! 羽茂本間照詮様、万歳!!!」
「万歳!! 万歳!!!」
城兵達は叫びながら我先にと食料の列に並び始めた!
「動けない者に配ります!」
「飢えて死にそうな我が子に!!」
そういう者達には多めに椀を渡した。そして皆「うめぇ!」「うまい……」と涙を流しながら体に久方ぶりに温かい薄い粥を空っぽの胃にゆっくりと流し込んでいた。
費用は相当かかる。それに飯で忠誠心を買うとは阿漕な手法かもしれん。
だが俺は、救うと決めた者は救う。どんな形であれ。
……七尾城は「堅い」。相当に堅い。
「松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾・龍尾」の七つの尾根を連ねる大山城だ。断崖や柵などで正面を守る「惣構え」、尾根筋に沿って砦や支城が続く壮大な大建築。水は日照りが続いても消して枯れぬと言われる「樋の水」がある。この七尾城を建築した先代の名君畠山義総がここを守ったとしたらいかに大砲があったとしても相当な時間と大打撃を被ったに違いない。
だが、食糧が無ければ耐えられぬ。
七尾城を守っていた数百名に粥が行き渡った後、降伏をした者達を確認していた『剣聖』上泉信綱が俺に話しかけてきた。
「殿……」
「どうした?」
「我らに投降した反乱兵達が遊佐宗円、長英連、温井総貞、三宅総広らの首を差し出し、『炊き出しが欲しい』とせがんでおります」
「おお、その首は今最も欲しかった首だ。許すぞ、そちらへも炊き出しを行え!」
「はっ!!」
願ったり叶ったりだ。
俺は俺の策略に嵌り七尾家を混乱に導いた悪臣共を信用していなかった。投降してきた所で処断するつもりだったので手間が省けた。
「殿、加賀から参った兵達を連れて参りました」
「うむ…… !?」
俺は信綱が連れてきた、一向宗を中心とする畠山駿河達が率いていた加賀国の兵の様子を見て愕然とした。
その兵達も七尾城の兵同様にガリガリに痩せ貧相な様相だったのだ! 七尾城の兵よりは少しだけマシといった様子だが五十歩百歩だ。
腹を空かせた者が、もっと腹を空かせた者に襲い掛かる…… これでは日ノ本が豊かになるはずがない。
俺は戦国の世の怖さを肌で感じ身震いした。これではいかん、食糧事情を何とかせねば……
「おおう、そこなるは従四位の左近衛中将殿ですな?」
思い悩む俺に話しかける者がいた。
輿に担がれたその男は、異様だった。異質だった。明らかに異常だった。
肌は艶々と脂ぎり、頬も腕も足もはち切れんばかりに丸々と肥え太っている。光り輝く陣羽織を身に付け、肌を白粉で塗り固め、髪に香を焚きつけているのか匂いが漂う。
加えてもう一つの輿が担がれてきた。だがそこに乗っていたのは人ではなかった。人間以上に煌びやかな着物をまとったニホンザルだ。
どこか人間を見下したような赤い顔を肉付きのいい腕でボリボリと掻き、横にあった漆塗りの椀から白米を頬張っている。それを見て輿を担いでいたやせ細った若者は「ゴクリ」と生唾を飲んだ。
……なるほど、なるほど。
七尾城については七尾市が企画・著作した「【石川県七尾市】七尾城CGで復元」などを参考にさせていただきました。なぜ上杉謙信が1576年~1577年における「七尾城の戦い」にてこの城を落とすのに一年以上かかったのかが分かった気がします。大きすぎます。その後、七尾城は力攻めでは落ちず、疫病が流行ったことと悪臣達の内応により落城したそうです。
畠山九郎は嫡男でありましたが庶子でした。弟の畠山駿河と共に当主の座を狙いましたが、能登国最強の傑物畠山義総には敵わず加賀に追い出されました。度々、能登国へ兵を出したのは作品中にある通りです。




