第百三十二話 ~異国の風~
<天文十年(1541年)三月末 佐渡国 羽茂郡 小木 小木港>
「ほらっ! 見てみろっ! 綾ッ!」
「まあ、本当に!」
俺の言葉に綾は両手で口を押さえた。小木の港に着いた俺達を待っていたのは、壮麗なポルトガルの船、そこから降ろされる大量の異国の品々、そして異人。どれもこれも綾にとっては見たこともない珍しいものだ。
というよりは、この時代の日ノ本の人にとっては想像も付かない光景に違いない。金髪碧眼の女、黒い肌にチリチリ髪の男、頭にターバンを巻いたアラビア人らしき老人、オウムを連れた船員に、テナガザルの子どもを連れた太鼓腹の商人。様々な人々が長旅から解放されて久しぶりの陸地を楽しんでいる。
「凄いであろう? これらは皆佐渡ヶ島での商いをするために来たポルトガルの商人達だ」
「殿の力の大きさを感じますわ」
そんな人々の様子を物珍しく見る綾はおっとりお姉さんという感じで普段と変わらない。だが心に深い傷を負っていると聞いた、何とか癒してやりたいものだが。
若干悩んでいた俺。そこへ、
「殿~~~っ!!」
「おお、田中与四郎ではないか!」
叫びながら俺の元へ駆け寄ってきたのは、羽茂と小木の町で商人兼茶の湯師範をしている田中与四郎だった。茶の湯名人武野紹鴎から推挙された、若いながらに鋭い目利きをしている人物だ。
「殿っっ!! 宝の山ですぞ!!」
そう言った与四郎は荷下ろしされた大きな呂宋壺を抱えて頬を紅潮させた。
「はははっ!! そうであろう!!」
呂宋壺は茶器として高く取引されているため、京の町で取り扱えば五十貫文~百貫文(五百万円~一千万円)はくだるまい。だが仕入れ値を聞いたら目玉を飛び出すであろうな。たったの二十文~五十文(二千円~五千円)ほどだぞ。
そこへさらに茶色い木の塊のようなものがいくつも運ばれてきた。頼んでいた沈香だな。インドネシアやベトナム辺りで仕入れてきたのだろう。
高貴な香りは古代より珍重され高値で取引されてきた。「天下一の香木」として名高い蘭奢待は聖武天皇、藤原道長、足利義政など世の実力者が珍重した。その歴史的価値を前世の金額に換算すれば数千億円で足りるだろうか? ゲームでも魅力が+20も上がる超絶アイテムだった。
俺はそれに匹敵する伽羅、沈香を手に入れることができる。安くはないが余裕で数倍の価値は手に入れることができるはずだ。
運ばれてきた大きな沈香の塊を見て与四郎は飛び上がるほどに驚いた! そしておそるおそる鼻を近づけてその匂いを一嗅ぎ……
「こ、こ、この香りはっ!!?」
そういうや否や、ウーンと唸って卒倒してしまった。
どうやらキャパオーバーだったようだ。沈香は小さな塊を大事に大事に削り取って香りを楽しむ貴重品。それが塊でドンと運ばれてきたんだ、値段を考えたら震えるのも当然だ。
まあ、向こうだってこちらが交換する日本刀一振り、掛け軸一幅で金貨数百枚を手にすることができるはず。ギブアンドテイクだ。
金は手に入る。
だがそれは、日ノ本の甘い汁を吸い上げて俺が大きくなるだけで、日ノ本全体が豊かになる訳ではない。日ノ本が貧しければ、それはより苛烈な貧しさの為の戦を増大させるだけだ。懐を豊かにするだけでは悪徳商人だ。俺は金を稼ぎつつも効果的に使い、来るべき時に備えて国力を増大させねばならん……
再び仕事モードに入った俺を見て綾が物憂げな表情を見せた。
ああ、いかん、まただ。
どうにもうまく行かないので、俺は当面の目標を果たすことへ頭を切り替えた。
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<天文十年(1541年)三月末 佐渡国 羽茂郡 小木港 小木迎賓館>
「ショウセンどの、おひさしぶりデス」
「レイリッタ、それに他の者達。ようこそ佐渡ヶ島へ」
俺はベルベット製であろう豪奢な提督服に身を固めたポルトガル国の「日ノ本特務大使」レイリッタを笑顔で迎え握手を交わした。今回はあのインド総督やらインド総監は同行していないらしい。話が早く進みそうだ。
「『頼まれた<伝書鳩>を連れてきた』、と言っています」
「おお! ありがたい!!」
通訳の長谷川海之進の言葉を聞いて俺は頬を緩ませた。
伝書鳩は、電話やラジオの無いこの時代に一早く情報を伝える術の一つと目論んで頼んでおいた戦略的な伝達手段だ。鳩の帰巣本能を使って10kmから200km、鍛えれば1000kmほども伝えることができると記憶している。第二次世界大戦でイギリス軍が何十万羽も軍用鳩を飼っていたらしいから、この時代でもかなりの効果は期待できる。
ただ、運用することは簡単ではない。
鳩は巣へ戻るだけなので、伝えたい地点の鳩を飼育しておく必要がある。故に限られた場所にしか情報を伝えることができない。それに、鳩がしっかりと巣へ戻る為の訓練が欠かせない。さらに途中で相手方に捕まって重要文書を取られる危険性もある為に暗号作成も急務だ。
まあ、最初は佐渡国内、次に佐渡と直江津あたりから徐々に広げていくことができたらいいか。実用化は五年後あたりを目途にしておこう。急に敵が攻めてきたとか、大きな政変が起きた時に情報を一早く手に入れることができれば、それだけで数千貫文という飼育運用の費用を余裕でペイできる可能性を秘めている。
「加えまして、農業の本、医術の本、海洋学、戦術の本…… 殿、これは厠の本ですぞ? これも買い取るのですか?」
「ああ、知識は武器だ。金に糸目はつけん、全て買い取ってくれ」
「ははっ!」
俺は、レイリッタ達が運んできた本、しかも役に立つか分からん洋書でも全て買い取ることにした。
農業や医術は俺の専門外だ。物語や聖書とかも、どこかで役に立つことが書いてある可能性がある。こちらは海之進に訳してもらい、それを多くの文官たちを動員して増産させる。
活版印刷技術も取り入れていきたいな。紙の値段は高いが、書物にすればその価格はさらに跳ね上がる。だが、写本は売るためではなく、文官達や専門官など、我が羽茂本間家だけに配布する。国力を増大させるための「武器」となるはずだ。
「殿、レイリッタ殿が『画家を三名連れてきたので、殿の肖像画を描かせてもらってもいいか』と尋ねています」
「うむ、構わんぞ?」
向こうからの要望だ。描いてもらうほどの顔ではないが、俺の人となりを伝えるには絵画が一番いいだろうってことか、な?
「ぜひ、奥方様もご一緒にとのことです」
「そうか。綾、一緒に描いてもらうぞ」
「はい……」
俺達は椅子に座ってモデル役になることにした。
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絵が半分くらいできた頃、レイリッタが俺に話しかけてきた。カタコトの日本語だが、聞き取れん訳ではない。練習してきたようだな。
「はこんできたもののなかに、きにいったモノはありましたか?」
「そうだな。ルソン壺と香木は嬉しかった、次に来るときはもっと運んできてほしい。硝石や砂糖はこれからも頼みたい」
「なるほド」
「それと、クリスソードとゴブラン織、二匹の子猫が気に入った」
「オオ!」
蛇のように波打つ短剣はレンの護身用へ、ゴブラン織はサチへ、子猫は動物好きのノンノへのプレゼントにする。物で機嫌を取るようだが、取らないよりはよっぽどマシだ。
「ふねは、つくっていますか?」
「そうだな。まぁ、ボチボチだ」
「ぼっっつぃ、ぼっつぃ?」
「んー、まずまずってことか。海之進、訳してくれ」
「はっ」
俺は返答を暈した。
レイリッタは日ノ本国、特に俺に友好的なポルトガル人だ。だが、心の奥底まで信用することはできない。『船の開発がガレオン船まで進んでいる』と聞けば、世界中が日ノ本の技術力や開発力を危険視するやもしれん。俺はいらぬ気苦労を買うほどお人よしではない。
俺の答えの意図をレイリッタは気づいた様子で、それ以上深くは何も追求してこなかった。金髪碧眼、年の頃は三十くらい。取り立てて美人というほとではないが、何かを追い求める意志の強さを秘めた瞳は健在だ。仲良くやっていきたいが、不必要なまでに仲良くなる必要はない。
「おきをつけてください。ぽるとがるはいちまいのガラスではありません」
「ん??」
『一枚のガラス』って、何だ?
「海之進、どういうことだ?」
「殿、『一枚板ではない』、つまり『完全な意思統一はされていない』ということかと推測いたします」
「なるほど」
俺はさっき「動かないで!」と画家に注意されたために、首を動かさないように固定したまま喋った。
「…… レイリッタ達以外に、日ノ本へ接触しようとしているポルトガル人がいる、ということか」
「左様に御座います」
「うむ……」
そういやもうすぐ1543年。「1543がかかる種子島」の語呂合わせが近づいてきている。
海外勢力は既に海洋を横断する力を持っている。マラッカを占領し、香料諸島を手に入れ、中国澳門に拠点を持っている。そんな中「偶然を装って」日ノ本へ難破したかのように接触してくる者がいても何ら不思議ではない。種子島、それ以外にも。
「俺達以外にポルトガルやイスパニアと接触する日ノ本の勢力がいるのは心穏やかではないな」
「いかがなさいますか?」
海之進の問いに俺は答えた。
「知れたことよ。討ち滅ぼすまでだ」
俺は、黒小灰蝶の幼虫だ。まだだ、まだ羽ばたくのは早い。
力を蓄えるだけ蓄えてから「蛹」になる。そして日ノ本を端から端まで包み込むくらい大きな羽を持つ蝶となる。
俺の狙いを阻害するような、俺に似た幼虫は、滅ぼす。これは絶対必要だ。
「…… 殿、痛うございます」
「あ! すまん、綾」
「ウゴカナイデ!!!」
つい手に力が入ってしまい、握っていた綾の手をさらに強く握ってしまったようだ。そして見知らぬ画家に怒られる。この三人の画家のうち、一人でもダヴィンチとかミケランジェロとか超有名人だったらいいんだけど、それはないか。特にこの顎鬚もっさりでベジ〇タみたいなM字ハゲ頭のジョルジョっていうおっさんは神経質なくらいに怒る。
「デキマシタ」
俺は出来上がった三枚の絵を見比べた。どれも日本画と違うルネサンス期の絵柄で、作風は違えどどれも素晴らしい出来だ。
「まるで本物の殿のようでござる」
「綾姫と一緒だと一層映えますな」
「…… すごい゛……」
弥太郎、海之進達も感心しっぱなしだ。
小姓の藤助はいつものように「報告報告」とメモを取っている。レンにはちゃんとお土産あるから! ちゃんとご機嫌取りするからっ!!
「一枚もらえるのだったな。綾、どれにする?」
すると、綾は迷いなくM字ハゲ頭おっさんの絵を選んだ。確かにいい絵だけどな。
「『ほほう! お嬢ちゃんは儂の絵が分かるな! よしっ、儂の弟子にしてやろう!』と言っております」
「…… 好きにしてくれ」
M字ハゲおっさんのジョルジュは「せっかく遥かジパングまで来たのだ。心行くまで絵を描きたい」としばらくの間佐渡に居座ることになった。また面倒なことが増えたかもしれん。俺はようやく痒かった頭を掻いた。
綾は可笑しそうにはにかんだ表情を見せた。
だが、心の底から喜んでいる様子ではない。瞳の奥はまだどこか寂し気に見える。
「あそこへ行ってみるか」
俺は次の日、「竜王洞」と呼ばれる絶景へと綾を誘った。
伝書鳩は感想からいただいたご意見を使わせていただきました(*´ω`)
伝達網の整備を始めたと思っていただけたら幸いです。電気がないって不便ですね。
蘭奢待は天下第一の名香と謳われた香木です。
名の中に「東・大・寺」の名が隠されていることも有名ですね。時の権力者は、この蘭奢待を切り取って香りを嗅ぐことを夢みていたようです。織田信長や明治天皇が切り取った記録も残っています。超ド級のお宝であることは間違いないですね。
今でも沈香の塊には500gで125万円など値がついています(開運〇鑑定団などを参照)。
十章は内政パートが多くなりそうな雰囲気です。
お知恵を御貸しいただけたら幸いです。




