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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第九章「佐越の戦い」

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第百三十話 ~『心』~

<天文十年(1541年)二月末 越後国 頸城郡 直江津 五智の森>



 場が静まり返った。

 何と言った? 毒殺?!


「某は長尾晴景の腹心で御座いました! 弱る為景様へ毒を盛るため、これなる長尾晴景に頼まれまして、某が薬に混ぜて毒を仕込みまして御座います!」

「フグーッ! ヌ゛ーッ!!」


 家臣に呼び捨てされた長尾晴景が急に暴れ出そうとしている、どうやら本当のことのようだな。だが骨と皮だけのような男だ、力を振り絞った所で縄はビクともしない。


「『越後は羽茂本間様に任され、晴景にはその下で働くように』との言葉を聞いた為に御座いました! 『それこそが長尾家が永らえる唯一の手段』と仰られておりました!」

「むぅ……」

「何と……」


 この二枚舌の男の言葉だ、全てを信用することはできん。だが、ひ弱な晴景が息も絶え絶えになって暴れ狂っていることを見るに、おおよそ正しいのだろう。

 この晴景という男、何という見下げた男なのだ。病床にある実の父親を、それも越後を的確に治めていた領主を殺し、そして無能を曝け出しながら、民を、臣下を、国を、そして俺達を混乱に巻き込んだのか。


「殿、流石にこれは……」

 「上州の黄斑」こと長野業正は、渋く精悍な顔を一層しかめた。同じく無能な主君である山内上杉憲政を思い出したのであろうか。両の拳をワナワナと震わせている。


 子は親を敬い孝行するのがこの時代でも一般的だ。だが、「已むに已まれぬ事情」があれば「親子の対立」は珍しいことではないし、殺し合いもなくはない。

 「陸奥の巨人」こと伊達稙宗は息子の晴宗と対立したし、斎藤道三と斎藤義龍、大友宗麟もだったかな? 「甲斐の虎」こと武田晴信と親の武田信虎の対立は非常に有名だ。先日信虎が「病死」と晴信は発表したが、多分あれは()っただろうがな。


 問題はその後だ。

 国を富まし民を安んじればよし、これは武田晴信の例だ。国を二つに分けたり、私利私欲の為に対立したりするのはNGだ。今回の長尾晴景はこちらに当たる。断罪已む無しだな。


「長尾家の秘中の秘をお伝え申した! 故に、どうかご助命をお願い申し上げます!!」

 武川何某がまた叫んでいる。いい加減、こいつの顔を見るのもウンザリしてきた。


「いや、それはないな」

 俺はバッサリとその提案を拒否した。


「何ですと!?」

「藤資、知っていることを話してくれ」

 俺は、血管がブチ切れそうになって震えている元「為景の懐刀」こと太鼓腹の中条藤資に発言を求めた。為景に生涯の忠誠を誓っていた勇将だ、この軽薄な男の話は堪え切れるものではなかろう。()()()()をしてやらねばならん。


「大殿…… おいたわしや」

 哀悼の意を表した後、藤資は大声でこの武川を断罪した!


「この者! 羽茂本間家への交友断絶を押し進め、柏崎水軍の拠点を壊し、商家を締め付け、越後屋の者達を虐待した者に御座る!! 金の力で晴景様に取り入り、悪行三昧を尽くした者で御座る!!!」

 謙信も続いた。

「この謙信も断言いたします! 甘言にて兄上の判断を鈍らせ、自分だけは傷つかずに生きようとし続けた蝙蝠のような輩でございます!!」


 それを聞いた武川何某は逃れられぬと知ってか、今まで被っていた表の顔の仮面を脱ぎ捨てた!

「ぬぅ、かくなる上は!!」

 そう言うや否や殺気を発した!


 グサッ


「フグッ!?」

 直後に凶漢の右肩に槍の穂先が刺さった! 槍隊長の保科正俊(ほしなまさとし)が目にも止まらぬ高速突きをお見舞いしていた! 刹那の刻も許さないほどの早業。突かれた男はあっと言う間に倒れ込み抑え込まれた。


「正俊! 見事!」

「はっ」

 朴訥としながらもやることはやる。俺はこの男への好感をさらに深めた。


「おのれ! 我が武川家の財力を知らぬものめ! 我が父の康雄が……」


 この後に及んで父親の権勢にすがるか、スネ〇みたいなやつだな。「ボクのパパは〇〇〇で」とかいう最も恥ずかしい奴だ。

 

「この不届き者を縛り上げぃ!!」

「ははっ!!」

 長野業正の命によってスネ〇は引きずられていった。仲良しのイヒヒと笑う奴と一緒に地獄の『釜茹で刑』だな。最後までわあわぁと喚いていたわ。



 あとは残されたこのアホ晴景の沙汰だけだ。


「長尾晴景の縄を解け」

「はっ!?」

「生殺与奪の権はこちらにある。最期の戯言くらい聞いてやろうじゃないか」

「ははっ!!」


 俺はこの「佐越の戦い」を引き起こした張本人、越後守護代長尾為景を殺した犯人、越後国とその周辺を混乱に陥れた犯罪者と対面することにした。

 縄を解かれた暗君は、逃げようとも暴れようともしなかった。だが、()()だった。

 

「…… 何故だ。何故、俺を敬わぬ? 何故、皆俺から離れる!?」

 

 茫然自失な様子の長尾家当主長尾晴景。俺に言っているのか周りの者に言っているのか、それとも独り言なのか分からぬ言葉を地面に向かって早口で呟いた。


「俺は越後で最も権威ある長尾家七代目。生まれながらにして越後の支配者。それなのに何故だ? 何故俺を敬わぬ? 何故俺から奪う? 何故俺に何も与えぬ?」

「…… それは、お前が『何も与えなかった』からだ」


 この男は恵まれた環境が故に、他者の悲しみや苦労、努力や挫折を感じ取ることができなかった。いや、()()()()()()()()()()()。他人から与えられることを当たり前と思い、奪うことに何ら良心の呵責を覚えなかった。


「何も与えぬ者に、他人は何も与えてはくれぬ」

 

 この男なりに、何かを与えたこともあるのかもしれん。だが、それは与えられた者にとっては喜びではなかった。そして、自分の物だと思った毛氈鞍覆や山長毛、越後国を奪った俺を憎んだ。


 ピクッ


 俯いていた長尾晴景は、骨と皮だけのような体をゆっくりと持ち上げた。この病的な感じは薬の影響があるやもしれん。「比叡山の秘薬」とかいう薬は、もしかしたら一時的に高揚感を与えつつもその後に酷い副作用が起きる薬~麻薬~のようなものだったのかもしれんな。


「…… 憎い」


 髪を振り乱しながら晴景は明確に言った。『憎い』と。


「憎い」

 

 噛みしめるように『憎い』と言い続けた。


「憎い憎い憎い! 父に愛されなかったことが憎い! 人に敬われなかったことが憎い! 信じていた者に縛られたことが憎い! 自分の物を奪われたことが憎い! 幕府が助けてくれなかったことが憎い! 薬に頼らなければならなかったことが憎い! 子の猿千代が早世したことが憎い! 春日山城が落ちたことが憎い! 佐渡の小僧に命を奪われることが憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」


 病的、というより完全な病人だ。精神を病んでいる。きっと全てを他人のせいにして生きてきたのだろう。しばらくその呪詛のような言葉が続いた。そして、最後にポツリと言った。


「…… 体が弱いことが憎い。この体が強ければ……」


 この戦乱の世で病弱な身体で生まれたことを悔やんでいるらしい。だが、俺から言わせてもらえば()()()()()()()()()


「晴景、違うぞ。お前は『体』が弱いのではない」

「?」

「お前は『心』が弱いのだ」

「……!?」


 病的で虚ろに濁っていた晴景の瞳に、微かに光が灯ったように感じた。


「お前は『心の弱さ』を『体の弱さ』にすり替えただけだ。心が弱かったから、父を殺し、民を虐げ、城を失い、戦に負け、ここにいるのだ。体が弱くとも心が強ければ、他人を憎む必要はなかったはずだ」

「……」


 罪人に断罪以外に大事なことがある。それは、自分に自身の罪を自覚させることだ。


「……」


 暫くの静寂。


 そして、ゆっくりとその男は口を開いた。


「そうか。『体』ではなく、『心』だったか」


 そう言うと、暗君長尾晴景は憑き物が落ちたかのように落ち着いた表情を見せた。自分の体の弱さを理由に無理難題、我儘放題してきたことがいかに愚かだったか気が付いたようだ。


「…… 一つだけ問いたい」

「何だ?」


 先ほどまでの狂人のような様子とは打って変わって、凪の水面のように落ち着いた表情を見せた長尾晴景、元々はこのような知性的な人物だったのかもしれん。


「父は…… 長尾為景は、俺を愛していただろうか?」

「うむ」


 為景は最後まで「長尾家の嫡男は晴景」と言って憚らなかった。叱咤激励しつつも晴景を一人前の男に近づけようと誠心誠意努力していた。だからこそ長尾家存続を第一に考え、俺への臣従を薦めたのだろう。


「そう、か」


 目を閉じ、俺の言葉を噛みしめるように聞いた長尾晴景は小さく頷いた。自分の愚かさに気づき、罪を自覚した者の表情だ。

 そして言った。


「此度の動乱、誠に申し訳ございませんでした」


 ゆっくりと自分の額を冷たい地面へと擦り付けた。周囲の者、長野業正、弥太郎、上泉信綱、真田幸綱、さらに中条藤資、北条高広、そして上杉謙信。皆がそれを見つめた。

 武士の散り際だ。俺は頷いた。


「長尾晴景、此度の戦の責は許さぬ」

「…… はっ」


 これは譲れない。責任を取る者が必要だ。


「だが、自害を許そう」


 武家の当主として扱うことにする。大甘な裁定かもしれんが、武士の情けだ。


「はっ、有難き幸せ。罪なき者へは寛大な処置をお願い申し上げます」

「うむ」


 その時、一陣の風が吹いた。冷たい北風ではなく、温かな風だ。冬が明けて春に季節が移り変わろうとしているようだ。


「一度だけ言わせていただこう」

 俺は春風に乗せて、最初で最後の言葉で晴景との会話を締めくくった。


「さらばだ、義兄上(あにうえ)

「…… はっ」


 

________________

 



 長尾晴景は武士の作法に則り腹を切った。武家の当主らしく整然とした式だった。介錯は実弟の上杉謙信が行った。

 本間照詮に嫁いでいる「綾姫」をはじめ、為景の娘や為景の四男上杉謙信など血筋繋がりは残っているものの、ここに七代続いた越後長尾家の歴史は閉じた。


 越後国の混乱を実質的に招いたとして筆頭家老職であった直江大和守(やまとのかみ)実綱(さねつな)も主君の後を追った。その他、晴景の権勢を笠に着た無法者共は河原で断罪された。特に悪質であったとされる武川脛雄と杉原晴俊は「釜茹で刑」に処せられ、その醜い死体は繰り返し何度も焼かれたと言う。処分される者の血で、直江津を流れる関川は真っ赤に染まった。


 宇佐美出羽守定満に捕らえられた越後上杉家縁の上条定憲は、羽茂本間照詮の元へと連れて行かれ、自慢の顎鬚を毟られた後に、裸のまま彼方の山中へ捨てられたと言われる。その後、熊に襲われて死んだとか、蛇に噛まれて息絶えたとかされているが、定かではない。


 上田長尾家当主の長尾房長と嫡男長尾政景は本拠である魚沼郡を羽茂本間家家臣椎名則秋(しいなのりあき)に強襲されて帰る場所を失い、僅かな手兵のみを引き連れて上野国の山内上杉憲政を頼ったとされる。これにより越後国から長尾家は完全に姿を消した。


 長尾晴景の悪政に加担した、柏崎の商家柏崎屋は身代を丸ごと羽茂本間家へ没収された。悪どい商いを続けていた柏崎屋の総資産は春日山城を消失させた弾薬の金額の半分を賄えるものだったとされる。だが羽茂本間照詮はその金に一切手を付けず、この戦の間に損害を被った人々への見舞金に全て費やした。


 その後の越後国は、民衆の圧倒的な支持を受けた従四位羽茂本間左近衛(さこんえの)中将(ちゅうじょう)照詮が治めることとなった。娘を助けられた者、重税を課され苦しんでいた者、無実の罪で牢に繋がれた者など、多くの者が感涙歓喜した。


 

 この、長尾晴景が引き起こしたこの一か月間の戦は「佐越の戦い」と呼ばれることとなる。


 最も多く語られたのは「父殺し」「民への弾圧者」「無能」と呼ばれた長尾晴景の暗愚ぶり。

 それに対比されるかのように称え語られたのは「佐渡水軍」の精強さ、「車懸り」という新戦法を使う上杉謙信を配下に加えた羽茂本間家、「春日山崩し」と呼ばれる圧倒的な破壊力、そして狂人と化した長尾晴景を正気に戻した羽茂本間照詮の底知れぬ思慮深さだった。

 

 結果、意図せずして日ノ本の多くの者にその名が広まるようになった。

 「佐渡の何某」程度にしか認識されていなかった子どもが、「佐渡ヶ島の麒麟児」「北日本の覇者」「弘法大師の生まれ変わり」と日ノ本全土で騒がれるほどに。

 その名声は留まることを知らず、各地の有力大名、足利幕府、そして朝廷も、その影響力を無視できなくなっていた。



 「佐越の戦い」の後も、羽茂本間照詮は止まることを知らなかった。

 長尾家に協応して敵対した越中国の神保家、能登国の畠山家に宣戦布告状を出し、猛烈な侵攻を始めたのだった……


 


 ~ 第九章 「佐越の戦い」 完 ~

 これにて「佐越の戦い」を終えさせていただきます。


 越後国を併合し、さらに越中国、能登国への侵攻を進めることとなりますが、目立ち過ぎた結果が吉と出るか凶と出るか。


 物語は止まりません(*´ω`) 引き続き、第十章へ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 愚かな戦がやっと閉幕したか・・・。 暗愚の限りを尽くした晴景は最後の最後で人の心が戻り、武士らしく散ったか。 加担した外道どももそれなりの処分が下り、越後を統一した照詮の名は一気に有名と…
[良い点] 最後の対面、ジーンときました。 罪を罪として認識できて終われたことに感動しました。 次回を楽しみにしてます。 [一言] ついに越後も平定。 できれば越後百万石を目指して治水と開墾してほしい…
[一言] そっち行くかあ···一向一揆 チート爺とどう戦うか見ものですな(・ω・`*)
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