第百二十九話 ~降伏~
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<天文十年(1541年)二月末 越後国 頸城郡 直江津 五智の森>
それは、砲撃が一息ついた頃だった。
春日山城の砕けた正門から数名が出てきたと思えば、手に笠を持って必死に振り回している。何かの符牒か?
「何だ? あれは?」
俺は軍監役の長野業正に尋ねた。
「殿、敵陣に向けて笠を振る所作は『降伏の証』に御座います」
「えっ? そうなの!」
驚く俺に長野業正は真顔で頷いた。降伏のイメージと言えば白旗を振ることだが、どうやら違うらしい。戦国の世の習いは難しいな。
「いかがいたしますか?」
「そうだな……」
降伏を申し出てくるとは、意外だった。あのバカ晴景のことだから何が何でも徹底抗戦してくると思っていた。ここまでの事をしたんだ、どう足掻いても死は免れない。良くて切腹、悪ければxxxxxだ。どう考えても……
「む、そうか!」
「殿?」
そうか、そういうことか。なるほど、それなら納得だわ。
奴は自分からは降伏はしない、ならば他の者が主導したに違いない。
「降伏を受け入れるぞ!」
「殿!? よろしいのですか?」
「よい! どうせ晴景が自ら申し出たのではないのだろうしな!」
「はっ!?」
民に見放され、城を失い、そして配下にも裏切られたか。長尾晴景、もう残るは長尾家当主としての首の価値のみか。
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<天文十年(1541年)二月末 越後国 頸城郡 直江津 五智の森>
「羽茂本間家に弓を引いた逆賊、長尾晴景! ここに捕えまして御座います!」
「イヒヒッ、家老職として長尾家を悪逆非道の道へと率いた直江実綱を捕えました。どうか我らに恩赦をお願い申し上げまする」
俺の前に現れた若い二名の胡散臭い侍が声をあげた。何だ? こいつらは?
こいつらが差しだしてきたのは、主君であるはずの長尾家当主長尾晴景。猿轡を嵌められ、腰に縄を結わられている。額から血を流し、瞳には生気がなく虚ろ。まぁ、自業自得だな。
直江実綱はといえば火傷跡に加え、右手と右足が無くなっていた。これは弾が直撃したか、デミ・カルバリン砲が至近距離で暴発してできた傷、かな。
「我らの再三に渡る忠言を無視し、この不届き者共は羽茂本間様への侵攻を強行いたしました!」
「イヒッ、我らは前々から左近衛中将様に仕えたいと考えておりました! ウヒヒッ!」
実直そうな男と、だらしなく腹が出た細目の男。
俺は見た目で人を判断しない。だが勘、というより本能的に感じ取った。こいつらは毒だ。
「…… 怪しいな」
「怪しいですな」
「ぁゃし゛ぃ」
「信用できませぬ」
上泉信綱、弥太郎、長野業正ら重臣達も同じ意見のようだ。大体、主君をひっ捕らえて降伏を申し出る者達がまともかどうか疑わしい。
「なっ!? 我らを疑いなさるとは! この清廉潔白、忠義一徹の武川脛雄、悲しゅうございます!」
「イヒヒッ、何故に御疑いなのでしょうかな? ウヒッ」
ますます胡散臭い。
そこへ!
「武川脛雄! 杉原晴俊!! 貴様ら! よくもノコノコとこの場に姿を現したなっ!!」
鬼神の如き形相で走り込んだのは、上杉謙信! そして中条藤資、北条高広だった!
「なっ! 藤資っ、景虎様ッ!?」
「高広…… ウヒッ」
長尾家変貌の内情を知り尽くした三名が叫んだ!
「この両名こそ悪臣中の悪臣で御座います!!」
「我らと高梨殿を追い込んだのはこの武川という悪漢で御座います!」
「虚偽の報告をまき散らしました! 商家を潰し、娘を攫い、民を虐殺した張本人で御座います!!」
これはもう言い逃れができんだろう。額に汗を滲ませる二人。
……だが、意外なほどに悪臣共の顔に恐れや歪みが感じられない。それどころか、その答えをあらかじめ用意してきたかのように弁舌爽やかに語り出した!
「某共は、忠義の士に御座います! 殿の言う通りに動いたまでに御座います!」
「イヒヒッ、それに自国の領民に少しばかり厳しくしたとは言え、佐渡国の方には関係ありませぬでしょう? それに羽茂本間様の国は『法治国』と存じております。我らは主君の指示に従い、狂われた主君を捕えたまでのこと。どんな咎がありましょう? ウヒヒッヒ?」
ぬっ、俺の「法治国」を逆手に取ったか。
他国の統治にとやかく言うのは内政干渉、主君の指示に従ったのであれば罪には問えない。それらを盾に命を永らえるつもりか?
「我らとて已むに已まれぬ投降に御座る! それに、そこな御三方も我らと同様の投降のはず!! 区別するのは間違いに御座います!」
「その三名を許し、我らを許さないのは筋が通らぬことに御座いましょう? イヒヒッ!」
クソッ 何だこいつら?
自分達で悪政を進めておきながら、立場が悪くなれば「上司に言われたからやむを得なく」「他の者と一緒にしろ」とほざきやがる!
謙信達の言葉を信じると言った所で、「言った」「言わない」の堂々巡りだ。こ奴らを罰するには証拠が必要だ。武川脛雄、杉原晴俊か…… 報告書のどっかに書いてあった気が……
そんな時だった。
「殿! 西三川城城主、真田幸綱様が参られました!」
「おお、沢根本間家の取り潰しに成功したか!」
「はは、雑草を摘み取るだけの仕事。簡単で御座いましたよ」
現れたのは長い口髭と顎鬚に加え、大きな額が特徴の真田幸綱だった。まさに「智将」って感じだな。最上義守、二階堂照行、田村隆顕と協力して事に当たったと聞いた。流石は「六文銭」の当主だわ。
あ、思い出した。
「幸綱。佐渡国へ内乱を仕掛けた者の名を覚えておるか?」
「はっ。『杉原晴俊』という者で御座います。間者が秘密裏に隠し持った書状に記されておりました。最上殿、二階堂殿、田村殿に来た間者の書状全てに同じ名がありましたよ。こちらで御座いますよ」
「ギョ、ギョヒッ!?」
「ほほう、なるほど、なるほど」
急に大慌てしだした醜い男。
「ふむふむ、なるほど、『佐渡を内乱せしめよ』と。杉原、お主の名が記されておるな」
「イ、イヒヒ! 何かの間違いで……」
「幸綱! 佐渡国で内乱を起こした者! 内乱を扇動しようとした者! 分断しようと画策した者にははどのような罪が妥当か?!」
「ハッッ! 『斬首』以上の刑が妥当です! 特に数度に渡る確信的な悪意があるため、この場合は『釜茹で刑』が妥当かと存じます!!」
「うむ!!」
俺は佐渡を混乱に陥れようとした書状を、書いた張本人に向けて叫んだ。
「法により、お主を『釜茹で刑』に処す!」
「ヒ、ヒェエェ!!?」
腹の出た悪臣は尻餅をついた。当主に言われようと、佐渡国へ明確な悪意を向けたのだ、これは逃れようがない。一人は片付いたな。
「さ、左近衛中将! 忠義一徹の武川脛雄が申し上げます!」
「…… 何だ?」
俺はイライラしながらそいつを一瞥した。叩けば埃の出る奴らだ、証拠はいくらでも出て来るはず。この後に及んでまだ何か言うつもりか?
「某! 長尾家に関わります重大な秘密を所持しております!!」
そう叫んだ武川何某。秘密?
すると、今まで虚無のように項垂れていた長尾晴景が矢庭に動き出した! 何だ?
「さっさと申せ!」
「これなる長尾晴景! 前当主である長尾信濃守為景様を『毒殺』いたしました!」
「!!!??」
降伏を伝える手段について
太田牛一が記したとされる有名な「信長公記」によると、1568(永禄11)年の 近江箕作城城攻めの際に 城兵が「笠を出し、命を助けてくれれば 旗を巻いて矛を 逆さにし、降参すると言ってきた」とあるそうです。笠を出すことが降伏の証という記述です。
「城を枕に討ち死」は、江戸時代の儒教が盛んになった頃に理想化されたもので、戦国時代の全部が全部がそうだったのではないようです。結構降伏もあったのでしょう。
加えて、当時は赤旗や白旗が普通に使われていたので、白旗=降伏という図式は成り立たないことは確実です。
1899年のハーグ陸戦条約のwikiによると、「第三章 軍使」の項目に「白旗を掲げて来た者を軍使と規定する」とあります。白旗=降伏はそれよりも前に使われている記載がありますが、この条約が国際的な取り決めの最初かもしれませんね。奥深いです。




