第百二十七話 ~『車懸り』~
更新が遅れてしまい申し訳ありません(*´ω`)
<天文十年(1541年)二月末 越後国 頸城郡 直江津 春日山城 城下~五智の森>
謙信達が配下に加わった次の日の正午頃だった。
敵の主城春日山城から不穏な動きが感じられた! 敵陣に動きがありそうだ!
ブオオ~! ブオオ~!!
「春日山城から陣貝が鳴りました!!」
「来るかっ!!」
昨晩の夜襲が空振りと知った為か、今度こそは敵軍が動き出してきたようだ!
いよいよ敵の本隊が向かってくるか!?
「謙信! 春日山城の戦力は五千ほどで間違いないか?」
「はっ!」
「ふむ、兵数的には互角か。全力で来たらちと面倒か」
俺の問いにズイッと身を乗り出して進言した男がいた。
「殿ッ! 全軍では来ますまい!」
「ふむ、藤資か。詳しく説明してくれ」
太鼓腹を揺らした元「為景の懐刀」こと中条藤資が声をあげた。長尾家の実情を知り尽くした男だ、「全力では来ない」と忠言したのは確信に近い理由があるのだろう。
「春日山城は『天下の堅城』として名高い城! 籠っておれば数か月は持つと思っておると考えます。全軍をあげて野戦を仕掛けてはきますまい!」
「うむ」
「それに……」
藤資は言い淀んだ。実直な老将は、これまで長尾家を支えてきたという自負故に口にしたくないことがあるようだ。例えば恨みがあるとはいえ、元主君の悪口とかは、か。
「臆病者の元主君晴景は『守りの兵を残さずに全力攻撃はするはずがない』ということだな?」
「殿、そこまでは……」
「藤資、もう遠慮する必要はない! 『片喰』の家紋は佐渡へと渡ったのだ!」
「……でしたな」
藤資は鎧袖に縫い付けられた金糸刺繍の『片喰』の家紋を見た。片喰は繁殖力が強く「家が絶えない」ことに通じる家紋。古い根と茎は春日山城に捨て、片喰は新しく佐渡に渡ったのだ! そう思った中条藤資は小さく頷くと、俺の方へ向かって叫んだ。
「長尾晴景は矮小な者でござる!! 覇気無く! 勇無く! 器の小さい男!! 兵を小出しする程度が関の山の男でござる! 我が家中の者のみでも撃退してみせましょうぞ!!」
ビリビリビリ!!
…… 空気が震えた。凄い、凄まじい迫力だ。
そりゃ門番はチビリ、邪魔と思われても晴景が手出しできなかった筈だわ。格が違う。
「殿! 越後の恥は越後の者で片を付けさせてくだされ!」
「ですな!! 高広殿!!」
そう言って「為景の懐刀」と手を取り合ったのは、同じく昨晩我が軍に投降してきた北条高広。長尾晴景に冷や飯どころか煮え湯を飲まされそうになっていた二人だ、心に期するものがあろう。
「殿! 某共にどうかお任せを!!」
「うむ、お主らの心、しかと理解した!! 思う存分に切り刻んでこい!!」
「ははっ! 真の越後兵の精強さを見せつけて参ります!!」
敵軍はおよそ二千。投降してきた越後兵は千五百ほど。数的にはやや劣勢だが、軍の士気、質、そして統率する将の器が違う! 一応我が軍でも後詰めはいつでもするつもりでいるが、ここは彼らの怒り、振り上げた拳を敵にぶつけさせてやることの方が大事だろう。
「此度の戦は某の『初陣』に御座います! 殿! どうか見定めてくだされ! 真の『越後の武士』の力を見せつけて参ります!」
長尾景虎、いや、「上杉謙信」が俺に頭を深く下げた。
「うむ! 励めっ!!」
「はっ!!」
彫刻のように整った顔立ちから喜びの笑みが溢れる。そのまま駆けて月毛馬に飛び乗り、中条藤資、北条高広に下知を飛ばして「イヤァ!」と馬を走らせる。何て絵になる男なんだ、上杉謙信。カッコイイにもほどがあるぞ。
「迎え撃つは『上杉謙信』! 率いるは『真の越後兵』じゃ! 羽茂本間軍はそれを支援せよ!」
「ははっ!!」
俺は、謙信達が勝つことを確信していた。若いとは言え、史実では「軍神」の異名を持つ上杉謙信が率いる軍だ。加えて、為景麾下で名を馳せた中条のおっさんや北条おじさんが脇を固めている。いざとなれば羽茂本間の精鋭がバックアップに入る。勝つことは間違いはない!
だが、俺の予想を遥かに凌駕することが、この後に起こったのだった。
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<天文十年(1541年)二月末 越後国 頸城郡 直江津 春日山城 五智の森 丘>
……
何だ、あれ?
俺は、森の小高い丘から長尾軍と謙信率いる越後兵との戦況を見守っていた。だがそこで、とんでもないことが起きていることを目にしてしまった!
長尾軍と最初にぶつかったのは「片喰」紋の中条おっさんの軍。猛烈なおっさんの迫力が身内の兵と一体となり、猛然と敵陣に突っ込んでいく!
両軍が強くぶつかった!
ドン!
その瞬間、相手軍が「吹っ飛んだ」!
信じられなかったので二度見したが、結果は変わらなかった。見て思った通りにしか言えない。敵軍が吹っ飛んだ!! どんだけの破壊力だよ!
崩れる相手軍、中条のおっさんの軍は右脇にそれる。追わないのか。
と思いきや、今度は左脇から「白地に熊蟻」の旗指物を背負った軍が現れた!? 北条おじさんの軍だ!!
ドン! ドン!!
「熊蟻」の軍が風車のように見事に動き、相手軍をまた「吹っ飛ばした」!! 敵軍はさらに後退。本当ならそこで相手軍が踏ん張り、押して押し返してとなるのが一般的だ。
だが信じられないことに、また北条おじさんの軍が右脇にそれて、さらに…
「続けえええええええええええええ!!」
叫び声がここにも響く! 先ほど俺の前から戦場へと向かった俺の義弟上杉謙信の轟くような号令だ!! 寺の読経修行を真面目にやって肺活量が増したか? 謙信の軍が左脇前方から相手陣をさらに引き裂く!!
ドン! ドン!! ドン!!!
その後も真の越後兵は、入れ代わり立ち代わり何度も何度も、チェーンソーの刃が老木を回転して切り刻むが如く相手軍を食い破っていく!!?
「何と……」
「このような戦法は初めてにござる」
「……ずごい……」
俺の腹心、上泉信綱、長野業正、小島弥太郎も絶句した。皆、唖然としている。
これって……
「……『車懸りの陣』だ」
俺は伝説の陣形を目の当たりにした。
理論的には可能だが、移動のタイミング、兵の士気、兵の練度、機動力、指揮官への絶対的な信頼、その他諸々の課題をクリアしないとこんな戦い方はできはしない。これを戦前の僅かな時間でまとめあげたというのか!? 恐るべき男だ、上杉謙信!!
……勝負の行方はあっと言う間についた。上杉謙信率いる軍は僅かな損害のみで敵軍を切り刻んだ。あとは敵軍をどこまで蹴散らせるかか。
その時、軍監役の長野業正が言った。
「殿。敵軍大将が逃げております」
「何!?」
先ほどからブツブツと呟いていたのは、戦場の動きをしっかりと把握したためか? 俺だって敵軍がボロボロになったのは見えていた。だが「上州の黄斑」は、敵軍大将の動きも余裕で察知していた。千里眼か?!
豆粒みたいに小さく見える敵将と思しき男は馬首を返して春日山城へ逃げ帰っていく! 逃げられたか。まぁ、戦は大勝だ。大将首を獲るまでもないか。
だが、次の出来事も俺の想像を遥かに越えていた。
「まああぁてええええええぇえええぃぃぃぃ!!!」
金色の光がその豆粒みたいに小さな敵将を単騎で追いかけていく! よく見れば月毛馬に跨った謙信じゃないか!? 名馬の脚力と子ども故の体重の軽さ、それに謙信の気合が相合わさり、人馬一体となってグイグイと敵将に追いすがる!!
「危ない!!」
俺は叫んだ!
大将が単騎で敵将を追いかけるなんて!? どこの戦国マンガだよ!?
……だが、謙信はやり遂げた。
ザシュッ
背中を向けたまま直走る敵将の背後から備前刀の最高傑作「山長毛」を一閃したかと思えば、あっという間に敵軍大将を討ち取ってしまった!? 豆粒から何かが飛んだと思えば、敵将の頭だったのか?!
「逆賊! 香取義和、この上杉謙信が討ち取った!!」
「うおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」
「やったぞォォッ!!」
圧倒的だ。圧倒的すぎた。
戦慄が走る。もし謙信達が俺の敵だったら。この勢いが羽茂本間軍を切り刻みに来ていたら……
「剣聖」上泉信綱が俺をじっと見つめる。「危険につき、殺しますか?」と聞いているかのようだ。はは、そんな馬鹿な、と俺は笑おうとした。
だが俺は気づいた、自分の額に滝のような汗が流れていることを。
…… 味方の活躍に汗するなんて、生まれて初めてだ。
「義兄上~!!」
そんな俺のことはお構いなしというように、この勝ち戦の中心、上杉謙信が無邪気なニコニコ笑顔で俺の下へ馬を走らせてくる。「殿」と呼ぶという約束を忘れて、手には生首を一つ抱えて。
俺は謙信に悟られぬように、レンから貰った木綿の染布で額の汗を拭った。
「義兄上! 某の初陣! いかがでしたでしょうか?!」
「う、うむ。見事じゃ! このような戦果、毘沙門天様でも想像できまい!」
「おお、流石義兄上! 毘沙門天様とはよくご存知ですな」
そら謙信と言えば戦勝祈願の毘沙門天様よ。
俺は戻ってきた上杉謙信、中条藤資、北条高広達の戦働きを労いつつ話しかけた。
「二つ問いたい」
「ははっ! 何なりと!」
俺は心の動揺を落ち着かせようとした、だがどうにも止まらない。仕方ないのでドキドキしたまま尋ねることにした。
「先ほどの戦において、回転するように繰り返し何度も敵軍とぶつかった戦い方についてじゃ。あれをいかにして用いた?」
「ははあ、あの戦い方ですか。あれは、そうした方がいいと思ったからでござる。閃きですな」
「…… 呼び名はあるか?」
「いえ、思い付きでしたので。 …… あの戦い方は、よくありませんでしたか?」
「いや」
謙信はあの戦い方をどこかで学んだ訳ではない。つまり互いの戦力を分析した後に、天才的な閃きで思いついた合理的な戦法だったという訳か。もしくは、本当に毘沙門天が乗り移ったのか?
「あの、水車が回るように幾度となく敵軍に襲い掛かる戦法を、これより『車懸り』と呼べ!」
「おお!! 承知仕りました! 『車懸り』ですな!」
ニコニコ笑顔の謙信。俺は震える右手で額の汗を拭いながら同じく笑顔を見せた。スマイルだ、スマイル。
「二つ目じゃ。何故敵軍大将を単騎で追った?」
俺の問いに、謙信は生首を俺に差し出しながら答えた。
「ははっ! この香取という者、大言壮語を吐く小心者で御座いました。越後を揺るがす悪臣だった故、姿が目に入った瞬間に討ち取りたくなりました。それだけで御座ります」
「う、うむ」
討ち取りたいから討ち取ったって。「願えば叶う」とか、神話級の人物すぎないか?!
「お、おほん。討ち取ったのは鮮やかであったが、大将が傷つき命を落とすようなことがあれば味方が総崩れになる恐れがある。これからは軽挙妄動は慎んでくれ」
「は、はあ。相手軍に某を討ち取れるような豪の者がいなかった為でしたが、分かりました。肝に銘じます」
そう言って悪びれる様子もなく、謙信は深々と礼をした。続く中条のおっさん、北条おじさんも晴れやかな様子で礼をした。晴景子飼いの口だけの弱弱しい兵を粛正できたことで清々したようだ。兵の質も大きな要因だったな。
彼らが味方になってくれて本当によかった。一歩間違えれば悲惨な目に遭っていたのはこちらだったかもしれん。これからも味方で居続けてもらえるよう働きかけねばならんな。
俺はこの後の動きに思考を向けた。
「御三方の活躍、実に見事!! 恩賞は後ほどにして、まずはゆるりと休まれよ。あとは春日山城を落とすのみ」
「殿! まだまだ我らは戦えまする!!」
「いや、あの『車懸り』は常に動く為に体力の消費が激しい。謙信、藤資、高広の軍の強さは十二分に見せてもらった、その力をまた後で使わせてもらいたい」
「はっ!!」
「ははっ! 有難き幸せ」
車懸りの陣の欠点だな。体力が無ければとてもあの戦い方はできん。
……だが軍神の号令はそれすらも凌駕する可能性がある。恐ろしい軍才だ。
よし! あとは春日山城を落とすだけだ!!
野戦にはならん。大砲で落とす!! 城の形が消えてなくなるくらいに撃ちまくってやるぞ!
俺がヤルノに「全砲門による重量砲撃」を命じようとした、その時!
バンッ!!
春日山城の方から大きな破裂音が轟いた!
「車懸りの陣」については、本当に色々な説があります。
創作ではないか、陣ではなく戦法・戦術ではないか、甲陽軍鑑にあるが定かではない、反転攻撃ではないか、武田信玄の言霊ではないか、などなど諸説入り混じっております。
本物語では「車輪が回転するように入れ替わりながら波状攻撃する」という説を取り入れさせていただきました。相手と対峙しながら入れ替わるってかなり難しいですが、うまく突き崩し、真後ろでなく横にそれるように入れ替わり~ 弱点は体力の消耗が激しすぎること、など考えた所で御座います。




