第百二十二話 ~無敵艦隊~
<天文十年(1541年)二月 佐渡国~越後国 佐渡海峡>
風は西から東。西高東低の典型的な冬型の気圧配置か。佐渡から越後へ向かう俺達にとってはおあつらえ向きの追い風だ。
多少波は高いが大型の重キャラックはビクともしない。海を断つようにグイグイと進む。目指すは直江津の港。そして、アホ晴景の待つ春日山城だ。
洋々と進む俺の率いる「佐渡海軍」の彼方先の波間に、黒い影がちらほらと見えた。
「…… ん? 船が浮いているな。十隻ほどか」
まだ距離はかなりある。四角帆が一枚の倭船(和製木造船)だ。当然と言えば当然か。かなり小さいが……
「漁船だろうか?」
「…… 親分。ありゃ『長尾家の水軍』でさあ」
柏崎水軍の、いや、「元」柏崎水軍の「鯨の新人」が呆れ顔で俺を見た。
「ええっ!? あんな小さな船が!?」
「…… 佐渡水軍が規格外なんでさぁ。関船二隻、小早船八隻。普通なら結構な戦力ですぜ?」
本拠地を失った新人は、俺の部下として「佐渡水軍総監」に就任した。就任に関してはとぼけ顔で「仕方ねぇですね」とは言っていたが、嬉しそうに眉尻をヒクつかせていたのを俺は覚えている。
新人に「規格外の艦隊」と言われた俺は、改めて自前の海軍の陣立てを見回した。
旗艦の重キャラック「龍王丸」を中心として、キャラック二十隻が旗艦を守るように左右に五隻ずつ二列並列陣を組んでいる。さらに前面には四十隻のガレー船「佐渡船」。五x四列の二列複横陣で前列を分厚く固めている。
船員は漕ぎ手・輜重隊を含めて四千人。大砲は、キャラック船にはデミ・カルバリン砲12門ずつ、佐渡船には佐渡砲を10門ずつ。そして旗艦の重キャラックには、有効射程距離1.5km、最大射程4kmの「カルバリン砲」が20門積んである。砲弾、火薬、食料、衛生物資などの補給物資も後続のジャンク船に二週間分は積んである。
規格外か。
…… 確かにな。
佐渡水軍の主力艦隊を総動員している。正面から当たれば村上水軍だろうが九鬼水軍だろうが、国内の水軍連中は目じゃないはずだ。
「これだけの戦力差があるんだ。いくらアホの新長尾軍でも流石に引き返すだろう」
俺は至極真っ当な展開を呟いた。
だが、新人からの返事は全く違った。
「ところがどっこい。お相手さん、やる気のようですぜ? 長尾家の『九曜紋』を意気揚々と掲げ、戦闘態勢でさぁ」
目を凝らし、得意の遠目と歴戦の海の洞察力から相手方の意図を感じ取ったようだ。
「!? 相手はバカか!? こちらの戦力を見ていないのか?! 相手になる訳なかろう!!?」
「さぁ? 海は何が起きても不思議じゃないですからねぇ。油断は禁物ですぜ?」
百戦錬磨の海の住人は、決して敵を侮っていない。
確かにその通りだ。
船板を一枚めくれば、深い闇の海。一瞬の気の緩みが死を招く。急な高波や強風の可能性、見えない岩礁にぶつかる危険性だってある。如何に戦力差があろうとも海上の敵は油断せずに全力で粉砕すべきだ。
「では『総攻撃』といくぞ! 『佐渡水軍総監』!」
「おおせのままに。『佐渡水軍総督』殿」
ニヒルな笑みを浮かべた新人は、すぐ部下に合図を送った。
日本海の潮の飛沫を浴びながら、赤い小旗信号を掲げて全軍に意図を伝えた。
「総攻撃だッ!!」
「オオオオオオオオオッッ!!」
小旗信号は前世の海軍のものを応用している。電話も無線もない時代に、声だけでなく意図を正確に伝える為に旗を掲げて指令を出すのは極めて有効だ。練度的にまだ「総攻撃」「攻撃」「攻撃やめ」「防御」「退避」、各種陣形くらいしか伝達はできない。そのうち複数の小旗信号で複雑な命令伝達、艦隊運動を伝えられるようにするぞ!
「長尾水軍! 突っ込んできやす!」
「ウワアアアアアアアアァ!!」
相手側の長尾家艦隊からも叫び声が聞こえる。「相手は見掛け倒しだ。真っ直ぐ旗艦へ向かえ!」とでも言っているのだろうか? 弓を構え、海戦用の返しのついた槍でも振り回しているようだ。叫び声には確かに「ウォークライ」の効果がある。だが、気合で敵を倒せるのなら武器なぞいらん! 相手は漕ぎ手がいるとはいえ向かい風。こちらに肉薄するには時間がかかる。遠巻きに取り囲み、相手の攻撃が決して届かぬ超遠距離から攻撃するぞ!!
「ガレー艦隊を左右梯形陣(「斜線陣」とも呼ばれる。斜め真っ直ぐに展開する隊形)!! 『V字』陣形を組め!」
「承知!」
小旗信号によりガレー艦隊が陣形を変化させてゆく。前面右翼のガレー艦隊は右斜めに。左翼は左斜めに。中心にいる俺の旗艦からは、見事な「V」字型が展開されていくのが見える。
正面から向かってくる相手に対して味方艦の隙間を開けて斜めから砲撃する。攻撃力が高く、味方同士の誤射を無くすにはもってこいの艦隊隊形だ。
美しい。ガレー船が訓練してきた通りに動いていく。『壮麗』と言ってもいい。
しかし、まだまだ動きは固い。足並みの揃わぬ艦もある。この辺は経験を踏む以外になかろう。
叱責はしない。初の実戦的な艦隊戦だ。『失敗するな』『緊張するな』というのは無理な話。今回の貴重な戦闘経験を生かしてしっかり学んでくれ。反省はその後だ。
「ガレー艦隊、配置につきやした!」
「ではいくぞッ!! 両翼から砲撃!! 目標、敵艦隊!! テェェッ!!」
ドン!!
ドドドッ! ドドドドッ!!
バウッ! ドドドッド! ドドドドッ!! ドーーーン!!!
佐渡船四十隻から、長尾水軍十隻に向けて、無情なまでに大量の砲弾が降り注ぐ!!
バシャッ! バシャーン!!
水柱がいくつも立つ。
相手船に当たらず周囲に弾が落ちた証だ。大外れの弾もある。柱の数は相当多い。
当たり前だ。300m先の船になぞ、そう易々と弾は当たらん。火薬の量、船の揺れ、風、的の大きさ、距離、様々な要素を考慮しないと、狙い通りにはいかん。ヤルノならそれでも当てるかもしれんがな。
10m先なら目をつぶっていても当たるが、数百mの距離では致し方ない。
だが、佐渡船には片舷に五門ずつの国産大砲「佐渡砲」が積んである! 故に飛ぶ砲弾の数は5x40=200! 一斉射につき二百発の弾が飛ぶ計算だ! 数撃ちゃ当たるわ!
シュドン!
バリーン!! ドゴオオオン!!
命中した!! 数発が長尾水軍の船に直撃した!
「ウワアアアアアアアアアアアアッッ!!」
大きな叫び声が響く!
弾の運動エネルギーによって船体が大きく傾く! さらに長尾水軍の船には大きな穴が開いた!
「関船、二隻大破!」
「小早船の撃沈五、いや六ッ!!」
ほとんどが弾を受けて沈没寸前だ。
そこへ第二斉射!
凄まじい轟音! そして水柱と破裂音。悲鳴。
勝負はついた。
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「敵艦隊、戦意喪失!! 船は見る影もありません!」
「敵は粉微塵です!!」
「うむ。緑旗を掲げよ」
「ヘイ!」
戦闘行動中止の合図を全艦隊へ通知だ。これ以上の戦闘行為は無用だ。
「助けることのできる長尾兵は助けるように」
「寒海で難しいでしょうが。やりやすぜ」
「頼む」
戦の後、海で救助を願う者は助ける。これが佐渡水軍の鉄の掟だ。たとえさっきまで敵だったとしても。
「左近衛中将様。見事な指揮に御座りました」
「陸の戦も強いですが、海はさらに強い。流石です」
「うむ。長野業正、上泉信綱にそう言われるとこそばゆいな」
乗船している羽茂本間四天王の二将からの感服したとの声だ。弥太郎もウンウンと頷いている。俺は照れながら素直に喜んだ。俺は負ける訳にはいかないからな、特に海では。
「海は『敵無し』ですな。長尾家との戦が終わった後には、水軍力はしばらく増やさなくてもよいかもしれませぬな」
「『敵無し』…… 『無敵艦隊』、という訳か」
「いかにも」
業正は言った。今の戦果を見れば至極真っ当な意見である。海での戦では最早国内に敵は無かろう。陸の戦力増強の方が必要、そう考えてもおかしくはない。
「業正。忠告感謝する。…… だが俺は、まだまだ海軍力を伸ばさねばならぬ」
「何と!? な、何と戦うおつもりなのですか?!」
「…… 本当の『無敵艦隊』だ」
そう言って俺は、目指す東の空ではなく西の空を見た。
追い風はますます強く吹き荒れる。「もっと早く」とでも言うように。急き立てるかのように。
「直江津港へ急ぐぞ!」
1588年、英仏海峡におけるスペイン「無敵艦隊」vsイングランド&ネーデルランドの「アルマダの海戦」は非常に有名な海戦です。
ポルトガルを併合していたスペインは船130隻(含む戦闘用ガレオン19隻)!、水夫8,000人、兵士1万8,000人、大砲2500門をもって攻め入ります。超大な戦力です。しかしイングランド連合はその「無敵艦隊」を打ち破ります!
1570年の「レパントの戦い」では、神聖同盟(カトリック教国連合)艦隊の艦船300隻、兵士28000人、船員13000人、漕ぎ手40000人が、オスマントルコ軍285隻と戦いました。この海戦では、西欧国がこれまで負け続けていたオスマン帝国に勝ったことで、心理的影響は大きかったようです。ですがオスマン帝国は滅ぶどころか6か月後には難なく戦力の再建を果たしました。恐るべき国力です。
目指す所が所だけに、海軍力の増強はまだまだ道半ばと言えそうです。




